第1話 アイボール・アース

 夢うつつ。

 講義とはいつも眠いものだ。


 どこかの大学の有名な教授とやらの講義、のビデオだ。

 テーマは「アイボール・アース」だったか。

 とにかく眠いので無視してうつ伏せになっている。


「このプロキシマ・ケンタウリbは地球に一番近い系外惑星です。主星のプロキシマ・ケンタウリとの距離は0.05 AU(1AUは概ね地球と太陽の距離)であり、太陽と水星の距離0.39AUと比較しても非常に近いのです。よって、潮汐力により、常に同じ面を主星に向けていると思われます。地球と月のような関係ですね。

「主星とこれだけ近いと灼熱の惑星であるかと思うでしょうが、違います。主星、プロキシマ・ケンタウリは太陽と比べ非常に小さい恒星です。光度は太陽の0.0015倍と非常に暗い。プロキシマ・ケンタウリbが受ける放射流束は地球の65%です。これは主に赤外線です。可視光線としては太陽の2%程度。常に昼となっているエリアでも地球の黄昏れ程度となります。

「このプロキシマ・ケンタウリbはハビタブルゾーン内に存在していると考えられます。地上の平均温度は摂氏-39度。惑星表面に水が液体で存在している可能性があります。水が存在すれば昼間の部分は液体、夜の部分は個体、氷となります。その外観はまるで目玉の様に見える。そのため、アイボール・アースと呼ばれています。赤色矮星における特殊な例なのですが、幸運なことに我々の地球と一番近い系外惑星がアイボール・アースである可能性が高いのです。

「もうお気づきでしょう。このプロキシマ・ケンタウリbには生命が存在している可能性があるのです。地球と比べ条件が良いとは言えない。しかし、太陽系にある他の惑星や衛星と比較しても生命の存在する可能性がある。そう断言できます。皆さまの探査により、この謎の惑星の真の姿を明らかにして頂けるよう祈念します。そして何らかの生命が発見されることを願います」


 ミーティングルームの照明が点灯し周囲が明るくなる。

 恒星間探査艦「アキツシマ」艦内だ。

 ここに集められている連中は主に宇宙軍に所属している荒くれ者だ。

 俺もその一人。


 数年前から準備が進められていたプロキシマ・ケンタウリへの有人探査計画『オケアノス』。

 このミッションに参加すべく多くの軍人、宇宙飛行士、科学者、技術者、その他有志が応募した。総数は数万人だったという。


 オレも宇宙軍の端くれ、宇宙飛行士の資格を持っている。

 当然応募したわけだが、書類選考であっさりとハネられた。

 日常の素行が悪いのだろう。

 まあ仕方ない。

 素行に問題ありで落とされる。

 当然だ。

 オレが試験官でも落とす。


 だが、その俺がここに呼ばれているのは何故だ。


 そして、計画全般の教育を受けている。

 何故だ。

 しばし考えていると艦内放送開始のチャイムが鳴った。


「三笠少尉、発艦デッキまでお越しください。繰り返します。機動攻撃軍バリオン小隊の三笠少尉。発艦デッキまでお越しください」


 艦内放送で呼ばれた。

 オレに何の用だ。


 何か緊急事態であればオレの出番になる。


 ミーティングルームを出て発艦デッキ行きのエレベーターに乗る。


「三笠少尉入ります」

 敬礼をして中へ入る。

「忙しいところごめんね」

 出迎えてくれたのは同期の斉藤中尉だ。既に宇宙服を着こんでいる。象牙色と朱色のツートンカラーは女性士官用だ。既に赤いヘルメットを被っている。

 艦長から艦内通信が入る。アキツシマ艦長滝沢雄一たきざわゆういち、軍に所属していない初老の宇宙飛行士だ。オケアノスは国際プロジェクトであるため軍人ではない人物が艦長に任命されたのだ。

「三笠君、スマンな。早速だが哨戒任務にあたってくれ」

「急ですね」

「うむ。詳細は斉藤中尉から聞いてくれ」

 艦長は渋い顔をしている。

 通信が切れた。

「三笠君、急ぐわよ。詳細は発進してから伝えるわ」

「了解」


 俺は宇宙服を着込みバリオンの操縦席に座る。バリオン隊用の宇宙服は象牙色と黒のツートンカラーだ。ヘルメットも黒色だ。

 人型機動兵器バリオン。

 宇宙軍の標準装備の機体だ。哨戒なら戦闘機で行くべきなのだろうが、急にオレが呼ばれた。

 これは、オレが必要なんだろうな。


 殴り合いが得意なオレが呼ばれる。


 そう、何かの戦闘行為が予想されてるって事だ。

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