第54話 秘術を求めて
司たちは、再び客間へと集まった。
司は、イースの秘術を使う覚悟ができたことを、ディーと創一に伝えた。
「キミの覚悟は、よくわかった。キミたち人類の未来がかかっているんだ。……キミたちの考えを尊重するよ」
「……ありがとう、ディー」
司は素直に礼を言った。ディーは、司がイースの秘術を使うかどうかも、イース人を含むあらゆる生物の運命を、司の選択に委ねると言ってくれているのだ。
記憶の中で見た、不思議な見た目をした触手のイース人の姿を思い出し、ディーがどれほど変わり者で、親切な人物なのかを噛み締めた。
「それじゃ出発するとしようか」
「待って、司くん……」
出発しようとする司を、創一が呼び止める。
「あの……僕はここで待っていることしかできないんだよね?」
「ああ。悪いな……でも、今から学校に戻るのは危険なんだ」
「わかったよ……なら、これだけは伝えておきたいんだ」
創一は深呼吸すると、改めて自らの胸の内を吐き出した。
「司くん。僕は、君に最初に話しかけてもらえて嬉しかった。
おかげで、とても楽しい学生生活を送ることができた。
ありがとう……。このことを、僕は卒業して、大人になって、働いて、年をとっても忘れない」
「……なんだよ、いまさら。そんなのいいって」
司が少し照れながら言うが、創一の表情は真面目だった。
「司くんが、どんな選択しても僕はそれを受け入れるよ。
でも、できることなら、もう一度ここに戻ってきてほしい……」
「創一……」
司は、創一のことをぎゅっと抱きしめた。
創一も、司の背に手を回す。
「俺、彩女と創一がいたからここまでやってこれたんだと思う。
……本当にありがとう。ふたりとも、大切な友だちだ」
ふたりの姿を眺めていたディーが、司の肩を叩く。
「さて、今生の別れは済んだかな?」
「……縁起でもないこと言うなよ」
「軽口を軽口で返せるなら問題なさそうだ。さあ、行こうか」
今のはディーなりに励ましてくれたのだろう。
司は皆の気遣いに感謝しつつ、力強くうなずいてみせた。
司、彩女、ディーの三人は神社を後にして、学校を目指して山を下った。
途中、何度か異形の魔物に接近したが、そのたびに彩女が気配を読んで魔物のいるルートを迂回して進んだ。
学校まではそうして魔物との遭遇を避けて進めたが、問題は学校の中だった。
学校の敷地内は、まるで地獄の窯をひっくり返したような有様だった。
校庭など学校の敷地のいたるところに触手の魔物やボロ布をまとった幼子、さらには見たこともないような異形の魔物がひしめいていて、とても通り抜けられるような状況ではなかった。
だが、この中を旧校舎まで進まなくてはならない。幸い裏門からは校庭をほとんど通らなくていいので距離こそは短いが、その間にいる十体ほどの魔物を振り切って進まなくてはならないのだ。
ディーは電気銃を構え、彩女は小さく印を結ぶ。
どうやら、覚悟を決める必要がありそうだった。
「こりゃあ、大量だねぇ」
ディーが軽口を叩く。彩女は緊張した面持ちで構えている。
「それでも、ここまで来たらやるしかありません」
「そうだな、行こう……!」
三人は、魔物たちがはびこる学校の敷地内に裏門から踏み込んだ。
左からくる魔物をディーが電気銃で撃ち、右からくる魔物は彩女が霊気をのせた格闘術で振り払う。その二人を、中央の司が持ってきたバールで援護する。
荒削りな戦い方だが、旧校舎にたどり着くまでの間は、なんとかそんなやり方で凌ぐことができた。
だが、問題は旧校舎の中だった。
建物の中は、さらにびっしりと魔物で埋め尽くされていて、とても通り抜けられるような状態ではない。
「任せてください!」
彩女が叫ぶと同時に、巫女装束の懐から数枚の札を出す。
それを一気に前方に投げ込むと、炎が巻き上がりちょうど人が通れるくらいの炎の道ができた。
魔物たちはその神聖なる炎を嫌がるように、炎を避けて道を開ける。
「……そんなことができたのか」
「家に伝わる秘蔵の札をすべて持ってきました。まだありますよ」
彩女が得意げに袖の裾から札を出してみせた。
「はは……頼もしいや」
炎の道を通って、司たちは旧校舎の地下へと向かった。
地下に行くと、首のない肥満した大男の魔物――イゴーロナクがいた。
さらにその周囲には、ボロ布の幼子たち。
「――大輔!」
イゴーロナクは体を司たちへと向け、唸り声を上げる。
「お……おお……つ、かさ……とも、だち……」
「そうだ。俺だ! 大輔!」
そのとき、空間の歪みが現れ、中から開道光が現れる。
開道は前回あったときと違ってジーパンに白衣のようなものを着ていて、いかにも科学者風の外見をしていた。
「おや……イゴーロナクが生贄にした人間の意思を取り戻すとは。
荒木大輔――やはり彼は優秀だな」
「――開道、光!」
「君が黒河司くんだったんだね。噂は大輔くんから聞いているよ。
私の可愛いショゴスロードから二度も逃げ延びた、幸運な
「……そこをどいてもらうぞ。俺は大空門に用があるんだ」
「ああ、構わないよ」
開道は争う気はないと言わんばかりに両手を広げ、うやうやしく道を開ける。
「……どういうつもりだ?」
「どうもこうもない。私も見てみたいんだ。君たちがどうやってこの危機に抵抗するのかを。
まあ、たとえ私が許したとしても、このイゴーロナクが許さないだろうがね」
開道の言葉の通り、イゴーロナクはいまだ司たちを牽制するよう行く道を塞いでいる。
「あ……ア……ツカ……サ……」
「そこをどいてくれ、大輔!!」
迫りくる巨体に怯まず、司は足を一歩踏み出す。
イゴーロナクの巨体には司の言葉は届かず、司を捻り潰さんと巨大な手のひらを大きく掲げる。
「止まりたまえよ、デカブツ!」
ディーが電気銃をイゴーロナクに何発も撃ち込む。
続いて彩女が、大量の札をイゴーロナクに投げ込んだ。
「――祓え!」
彩女は手持ちの札を、全て出しつくす勢いでイゴーロナクへ炎の札をぶつける。
帰りのことなど考えない――どうせ、ここから帰ることは不可能だから。そういう気概があった。
「いまです。司さん!」
「さあ、大空門へ……イースの秘術を!」
「…………わかった!」
司は、食堂の奥へと進む。
そこには、開道がうやうやしく大空門への道へと手招いていた。
「開道……お前の思惑通りに行くのは癪だが……」
「いいや。私の思惑などではないさ。君たちの進む道は、私にも予想ができない」
そこで開道は言葉を止めて、かぶりを振る。
「いや、何をしようとしているかの予想そのものはできるが、その先に何が起こるかは私にも計り知れない。楽しみでならないよ」
「……後悔するなよ?」
「後悔……後悔? ハハハハハ!」
開道は初めて、心の底から愉快そうに笑みを見せた。
「後悔などしないさ。他ならぬ私の母校であるこの校舎で、私の予測もつかないことをご教授してくれるというのなら……」
「……ここが、お前の母校なのか?」
「そうだ。君は年の離れた後輩ということだね。黒河司くん」
全く、実に優秀で面白い後輩だ。そう、開道は小さく付け加えた。
「行ってらっしゃい。黒河司くん。私を超えて見せてくれ」
開道の指し示す先に、巨大な空間の歪みが見えた。
それこそが、大空門なのだろう。
――望むところだ。
司は開道に向かって強くにらみつけると、巨大な空間の歪みに自らの体を投げ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます