第36話 ずっと一緒に
あれから美波に宿った紋様についての浅木と憶測を話したが、これといった進展はなかった。
もしもそれが呪いだとしたら、三人の暗黙の中にひとつの推論は存在した。しかし、それは司も彩女も、浅木でさえも決して口に出すことはなかった。
もっとも、浅木は終始「知らん」「分からん」の一点張りだったが。
そうして結論は出ないまま、司と彩女は宿に帰ることになった。
「えっとね、司くん――」
「美波――」
宿に戻るや否や、美波と顔を見合わせて最初に発した言葉がそれだった。場所は女子の部屋で、創一も含めて四人で集まっている。
続けて「なんだ、美波?」「なに。司くん?」とふたり同時に聞き返す。すると、今度はどちらも会話を切り出すことができなくなって口ごもってしまった。
そんなふたりを眺めて、愛おしそうに目を細めていた彩女が、ある提案をする。
「あの……昨日は途中でトラブルに見舞われてしまったので……また、おふたりで外の散歩に行ってきてはどうでしょうか?」
今度は、鳥居には近づかないように。彩女はそう念を押すのを忘れなかった。
「そ、そうか……? それも悪くないかもな、美波……?」
「う、うん……。そだね」
意味もなくわたわたと返事をする司と美波のふたり。彩女と創一はやれやれと苦笑しながら顔を見合わせた。
「なら、女の子はいろいろと準備があると思うし……いったん部屋に戻ろっか、司くん」
「そうですね。美波ちゃんは、これから念入りにおめかししないといけませんから」
「お前ら……普段は”からみ”少ないのに、こういうときは息ぴったりなんだな……」
しどろもどろになってしまった美波に、ここぞとばかりに追い打ちをかける創一と彩女。そのふたりを、司は半目になって睨んだ。
対して美波はあうあう言いながら赤くなってうつむいている。今にも頭から湯気が出てきそうだ。
司は、美波の様子とほかふたりの反応を眺めて、なんとなく腹をくくるしかないような気がした。
あの時、浜辺で美波が言った言葉。
なんの飾りもない、ストレートな告白。
それに、自分は答えなくてはならないのだと思う。
男として、いつまでも誤魔化して先延ばしにしているわけにもいかない。
「……わかったよ……じゃあ、俺も部屋で準備をして……その…………待ってる」
司はそう言ってから、くるりと背を向けた。それだけで顔から火が出そうだった。
背後で、創一がくすくすと笑いながらついてくる気配を感じる。彩女はいま、どんな顔をしているだろうか。
すっかり照れくさくなってしまった司は、そのまま振り返ることなく、部屋へと戻っていった。
美波とは、宿の入り口で待ち合わせることになっている。同じ宿に泊っているのだから、準備ができたら部屋まで行ったほうが早いと思ったのだが、それじゃ味気ないから宿の玄関前で合流しようということになった。これは創一の提案だった。
おかげで司は、この強烈な真夏の日差しの中、待ちぼうけを食うことになってしまった。
美波の準備がいつ終わるか分からないため、何時に待ち合わせするかも決めさせてもらえなかったからだ。
今日は、創一と彩女からの自分に対する扱いが雑だ、と司はなんとなく感じていた。その理由も見当がついたため、甘んじて受け入れているというのが現状だ。
三十分以上待ってちょうど時刻が十二時を回った頃、美波は司のもとに現れた。
「おまたせ、司くん。待った?」
「お、おう……いや、だ、大丈夫だよ……」
司の声音が裏返り、一瞬自分が何を喋っているのかわからなくなった。
美波の雰囲気がいつもと違うため、驚くと同時に妙に緊張してしまったからだ。
島に持ってきている服の中で一番よさそうなものを見繕って来たのだろう。さわやかな水色のキャミソールはスタイルのいい美波によく似合っている。髪は美しく整えられ(ここは彩女が手伝ったのだろう)薄く化粧もされていて、もともと美形だった美波だが、今日はいっそう綺麗に見えた。
「あ、その、いいんじゃないか……?」
「ほえ? なにが?」
美波はとぼけたように首をかしげる。
かわいかった。
「その……服とか、髪とか……見た目」
「――え?」
美波が、ぼっと赤くなって両手で頬をおさえる。
やっぱりかわいかった。
なんとなく緊張がほぐれてきた司は、一度うーんとうなりながら伸びをして、美波の背中をぽんと叩いた。
「それじゃ、行くか」
「あ、うん。その……司くん……えーと……」
美波がなにやらもじもじとして何かを言いたそうにしている。
「どうした?」
「その、ね……手…………つないでもいい?」
今度は司の顔がかあっと赤くなった。
前は勢いでしてしまったとはいえ、改めて美波ほどの美少女と手をつなぐのはやはり照れるし、なにより彼女のいじらしい態度が、なんかこう――なんかだ。
だが断る理由もなく、司は照れながらも左手を差し出した。
「ほら」
「あ、ありがとう……うへへ……」
美波はにんまりと嬉しそうな笑顔を浮かべて右手を重ねる。
そして手をつないだまま、ふたりは歩き始めた。
「司くん、これからどこ行こっか?」
「そうだな……残念だけど、砂浜のほうはやめよう。鳥居に近づくのはなしだ」
「うぅ……そうだね。りょうかい」
「……じゃあ、反対のほうに行ってみるか。まだ見てない場所を散歩するのも俺はいいと思うんだけど……どうだ?」
「うん! 行こう!!」
美波は嬉しそうに司の腕に抱きついてくるので、司はまたも心拍数が上がってしまった。彼女のスキンシップはいつものことだが、あの告白があってからは受ける意味合いも違った。
それは美波も同じだったのか、いつもとは違ってすぐに抱きつくのはやめ、頬を染めてうつむいた。
「み、美波はさ……」
「――ん?」
「この旅行が終わったら、何するんだ?」
上目使いで見つめる彼女に、司はそんな質問をした。
特に意味はない。照れ隠しに無理やり話題を作っただけだった。
「んっとね。もっともっと遊びたいかな。アヤヤに、創一くんに……司くんと……」
美波は、特に迷うこともなく答えた。
「そっか。夏休みは長いもんな」
「ううん。夏休みだけじゃなくて、高校の間もずっと――」
「わははは。そりゃもちろんいいけどさ、そんな遠くの話したわけじゃなかったんだけどな」
「あ、そうだよね。なに言ってんだろあたし……だから……えーとぉ……」
美波は困ったような、はにかんだ笑みを浮かべた。
「司くんとは、ずっと一緒にいたいなーって。卒業したあとも、ずっと一緒に……」
「――なっ」
何いってんだ、と言おうとして言葉に詰まった。
美波はいつもこんな調子だから勘違いしてしまうが、冗談を言っているわけではないのだろう。
司は美波と一緒に過ごす未来を思い浮かべた。
高校を卒業して、大学に行って、働くようになってからも一緒に遊びに行ったりして過ごす。
彼女となら悪くない、気がした。
なにせ一緒にいて飽きないのだ。
「……いいかもな」
「ほんとに?」
「ああ。美波といると楽しい」
「ほへへ……嬉しい……じゃあ、約束ね」
美波は、細い小指を司に向けて差し出す。
「ああ、約束だ」
司は、それに自分の小指を絡めた。
美波は、満面の笑みを浮かべた。それは、今日一番の、いや、今まで見た中で一番の、太陽のように明るい笑顔だった。
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