49~52 スーパーリエミ様タイム④ ファイナル

 自分の感想を書いた文を一応1回は読みなおすのですが、大変なことに気が付きました。


 45作品参加いただいていたはずなのに、残りのものを読み終わったら感想を書いた作品が50になります。7作品まで書いていたはずなのに。


 あれえ?


 計算が合わない……。


 それで、作者様の小説欄と照らし合わせると、短編2つ分の感想が抜けていました。


 まことに申し訳ございませんでしたあああああ(土下座)


 その2作品の感想も含めて、ようやくリエミ様タイム終了となります。確変の終了です(パチンコやないか)





 スーパーリエミ様タイム④


 https://kakuyomu.jp/users/riemi/works




 49 輪廻転生


 人が輪廻転生し、生まれ変わるといった世界観が適用されている。


 魂だけを共有するとして生まれ変わるとしたら……。


 なんだろう、生への渇望が恐ろしい形で表現されている。無限ループ。




 50 不思議な絵


 とある天才画家の書いた絵が、なんと自分そっくりだった。


 とても運命を感じる物語なのですが、小学生の自然教室で先生が話していた恐怖のお話を思い出した。


 ピンに糸を通して口にくわえ、水を張った洗面器に向かって「私の運命の人はだれ?」と尋ねるとその相手が映し出されるという。


 少女はそれをやってみたところ、クラスのイケメンの顔が洗面器に映った。びっくりしてもっていたピンを離してしまうと、洗面器のその人の顔に刺さり、水は赤く染まってしまった。


 で、翌日になると洗面器に映ったクラスメイトが、額に包帯を巻いていたので、びっくりしてどうしたのか尋ねたところ







「お前の仕業だあああああああああああああ」




 と大声で切れられるとというびっくり系のお話。


 これで女子は泣き出しましたね。


 私? もちろん大丈夫。


 あっでもなんだか冷たいので、ちょっと洗濯してきますね。



 くだらない話はさておき、こうなって欲しいという願望通りでよかった作品でした。




 51 稲妻トリップ


 服屋のショップ店員である成人女性の秋吉、警備会社に勤めるアオムラ、秋吉の幼馴染であり、恋人でないながらも同棲して彼女を支える竜野の、それぞれの視点からとある事件を語る、群像劇というジャンルにはなるのかな。


 過去に稲妻に打たれるという事件から、稲妻に当たるとタイムスリップできるという体質となった秋吉は、心残りを解消するために過去に飛ぶ決心をします。


 物語の全体のテーマとしては、過去に対するわだかまりを残しつつも、今を生きようとする前向きなものですね。


 過去に対する「ああすればよかった、こうしておけばよかった」という葛藤はきっと誰しもあることですが、どうすることもできないのが基本的な世界のルールです。


 でも、彼女であればそれが可能。そうであれば、大切な人を助けたい。


 端的に魅了的なフレーズを入れていくような書き方なので、文章量は少なめ。でもスッキリコンパクトにまとめるのって本当に難しいことだ。自分が一番見習わなくてはと思う←お前いつも長くなるもんな


 過去について介入した後、今を生きていこうという意思はとても好ましく思いました。


 それでもなんだろう、何かがまだひっかかる。


 それを無理やり言葉にしてしまうと、アオムラと竜野はおそらく秋吉にとって過去と現在をたとえというかメタファーというか、過去から断ち切るという行為が竜野のアオムラに対するお願いなんだと思うのだけれど。


 うーん、強いて言えば竜野の存在が一番薄いかな。役割でキャラクターを配置するということは創作において意識するところだとは思いますが、役割感が何となく強くて、キャラクターとしての魅力をそこまで感じ取れなかった。


 彼のエピソードがもう少し欲しい、と個人的には思ったところでした。


 読後感は爽やかでよかった。


 これからみんなが幸せでありますように。




 52 アパルトマンで見る夢は


 スランプに陥っている舞台女優三鷹舞花。


 演じる物語の主人公キミカを、どうしてもうまく演じられなかった。


「私はキミカじゃないわ」


 監督は言う。


 アパルトマンというアパートに行き、キミカを見つけて来い、と。



 アパルトマンというアパートは田舎町にある平凡なアパートだった。洗濯も料理も誰かがやってくれていたのに、それを自分で全部やらなければいけないのかと、少し気が滅入る。


 そんな中、左右で色の違う奇抜なシャツ、麦わら帽子の黒縁メガネの奇妙な青年と出会う。


 かけるという、画家を目指す青年で、パリから戻ってきたのだという。


 舞台女優と芸術家の、恋という言葉ではない何か。




 一番最初に思ったことは、物語の流れがとても脳に染み込みやすい。乾いた砂に水をあげるように、スーッとすんなりと溶けていく。


 いいですね。なんだかごちゃごちゃした文章や物語だと、なかなか頭に入ってこない感覚があるんですよ←一番ごちゃごちゃしているのはお前の文章だろ。


 三人称視点のため、舞花の独白的なものよりもセリフや周囲との関りで彼女のキャラクター性を伺わせます。


 一目で少しとある人に好意を抱くなど、案外乙女的なところ。同じ服をきたりルーティン的に行動したりと、こだわりの見えるところ。相手の意図を読み取ったり自身と相手との交流に関して考察したり、思慮深いところ。

 芸能人的な高貴さの中に、見えてくる情熱や感情。とても魅力的に感じますね。


 芸術家気質で個性的なかけるは、よくしゃべり舞花を口説くことを言ったりと一風変わった様子を見せますが、家に一人でいる時は死んだようにしゃべらなかったり無気力的だと言います。


 芸術家という自身のイメージを通した姿が外で振る舞っているかけるという幻想なんでしょう。心理学用語でいうとペルソナ(仮面)なんでしょうね。


 スタンフォード監獄実験では、看守役と囚人役に分かれてどのような効果が生まれるのか実験したところ、看守は看守らしく実験にも関わらず囚人を罰するようになり、囚人は囚人らしくどんどん反抗的、卑屈的になっていったそうです。


 役割に人が当てはまろうとする。決められた枠組みの中に、人は無理やり収まっていく様相を想像させます。


(まあこの実験の主導者が看守にそう振る舞えと指示した面もあったらしく、完全な信憑性は疑わしいけど)


 舞台女優という枠、芸術家という枠。そんな枠にハマることで、それっぽく振る舞えるのではないかな。




 芸術という表現の文化に挑戦しているのは、二人とも同じなのです。


 だからこそ、お互いを似ているという感覚もあるのでしょう。


 関係性を深める要素には相似性と相補性というものがあったと思います。


 関係性を深めるための初期段階には相似性。相手と似た部分や共感があると、関係性が促進されやすい。


 関係性がある程度深まった段階に行くと相補性。お互いないところを補い合うようになるなど。


 まあこんな御託はいいのですが、二人の関係性が深まっていくことで、内緒でデートにも出かけます。


 キュンキュンするようなロマンチックなものというよりは、大人びた静けさも感じる。


 サーカスを見ている時に、団長の息子が演技をしています。その姿を見て思うのです。


「彼には選ぶ自由がないのかもしれない」


 親の仕事の関係で、何かを継がされるという出来事はあるのだろうけど、そこに不自由さも感じている。色々なことを選べないことは、不幸であるように語ります。


 実際に不幸な面もあるのでしょう。選択の自由という名目は今の社会では、おそらく今までのどの時代よりも保障されているようですから。


 結婚相手をお見合いで決められた時代よりも、今の時代が幸せかどうかはわかりません。けれど、今さら戻れない。


 なぜなら、今の時代で同じような慣習に戻ってしまうと、自由を奪われることになるから。与えられることには無頓着でも、奪われることには敏感なのが人間だと思う。


 悪い癖で脱線するところだったけど、本題へ戻る。


 かけるはサーカスを見て涙ぐむ。感動ではなく、境遇を重ねて。


 いずれ親のアパートを継いで、アパルトマンの管理人になった時、自分の夢はどうなるのだろうか。




 愛のために他の大切なものをあえて捨てるといった物語もあります。


 この物語では、自分の夢を諦めません。


 たとえ名残惜しくても、もっと夢を見ていたくても、自分の目的を見失ったりしないところに、とても好感を持てます。


 人の夢は儚いという。


 夢中になるということは夢の中だという。


 夢からは、いつか覚めないといけないという。


 でも夢は





 1人では見つけられなかったことも、誰かとなら見つけることができる。


「家族計画」というゲームで、主人公の司は偽の家族との生活の中でこう言います。


「人は一人でも生きていくことはできる。でも、生きていくことだけしかできない」


 誰かのためにがんばるという理論は、個人的にあまり好きではないのですが、でも確実に自分のためだけ以上に、力を発揮できるように感じます。


「化物語」西尾維新著という小説で、主人公たちを助けた忍野メメはからかうように言います。


「助けたんじゃない。一人で勝手に助かるだけだ」


 あくまで、自分のことは自分で責任を持てと言っているように思う。


 この物語でも、自分の夢については自分で考えて、自分で責任を持っている。


 夢を一緒に描いたっていい。でも相手を尊重して、その責任は押し付けない。


 そんなことをできる人って、意外と少ない。


 自分の夢を追って、お互いに歩き続けることを決めた二人は、見ていて爽快なものでした。




 一か月間のアパルトマンでの生活が、彼女をどんな風に変えたのか。キミカは見つかったのか。かけるの夢はどうなったのか。


 結果は言いませんが、気持ちはとても穏やかです。


 そういう、ことなんです。








 総括


 思ったより長くかかったぞい(疲)


 まあ、今回は一人一つまで絞っていなかった結果が、逆に良かったように感じます。


 しかしこれだけ一人の方の作品を読んでいると、指摘ではなくただ単に気になることがありますね。


 短編~中編は全部15話に決まっている鉄の掟には、何か意味があるんだろうか?


 舞花が芸能界に飛び出したのも15歳だったし、あと思いつくのは十五夜とか?

 一カ月の約半分の数字。wikiで調べたら7番目の奇数とか14の次であり16の前の数字(知っとるわ)とか。


 まあ真相はわからないけど、作者様にとって何かしらの思い入れのある数字なのかもしれないですね。


 ショートショートは擬人化の傾向だったり、斜め上から見るような穿った視点で物事を見ていることがうかがえる。自身の判断のみならず、多面的なものの見方ができるんだろうなあ。


 主に人間の汚い部分にスポットを当てて思うところを感じていそうだけど、裏を返せば正しいことや美しいことへの渇望があるということ。物語を作成する上で、マイナスにとられるような感情って、けっこういい原動力になると思う。


「変身」を書いた20世紀最高の小説家と言われるカフカも、鬱状態の時しか小説を書けなかった。

「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で社会学の萌芽を築いたマックス・ヴェーバーも、鬱状態に陥ったからこそ名著を書くことができたのだという分析家もいた。

 ペシミストと言われるエミール・シオランも、仕事をしなければいけないけど動くことすらできないという嘆きもあった。抑うつを状態にあったのかもしれない。

「死に至る病」のキルケゴールもせむしであることなどを呪いのように感じて、当時の婚約者と愛し合っていたのに自ら婚約を破棄して著作に取り組んだ。


 精神的な鬱屈。なんとなくつまらない感覚。この世の中が果たして正しいのか。


 そういった内面的な不充足感って、もの書きには原動力になるのかもしれないと考えた。小説を書いていた自分は少なくともそうだった。


 作者様がどのような気持ちを抱いているかはわからないけれど、「こうあって欲しい」「こうなったらいいのにな」「こうあるべきだ」などなど、願望が物語を紡いでいくのかもしれない。


 なんとなく現実がうまくいかないから異世界転生してチート無双する話が流行っているように思うし


 恋愛にいい思い出がないから美少女たちとハーレムに浸れる物語が流行っている気がするし


 現実はドラマティックでないから人が殺されたり熱狂できるようなミステリーがはやっていく気がするし


 現実にない物を物語に求める。それはとてもいいじゃないか。


 今回の作者様だけでなく、見てくださっている皆様も、自分の願望やら哲学やらを物語にしていって、少しでも楽しい人生を謳歌していってもらいたいなあと思います。


 ありがとうございました。





 E





 N





 D

















 ↑いや勝手に終わんなよ













 ……はい。

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