36話 君の中の思いが色褪せてもⅧ
振り向くと、そこには……
「一人を相手に、それもお前たちの過ちを止めた者に感謝ではなく罵声を浴びせるなど…恥を知れ!!」
アレックスがいた…いや違う、彼はセドリック殿下だ、でもあの日と同じだ。
あの日のように、いやそれ以上に迫力のある声で彼等を一喝すると、ボクを守るように立ち、気迫に満ちた鋭い眼光と、怒りに満ちた形相で彼等を睨みつける。
「貴族とは生まれだけでなれるのではない、自らを厳しく律し、かくあるべきと振る舞い実力を持って我は貴族と証明するのだ!己を律せず好きに振舞う者は貴族とは言わん!ただの不貞の輩だ!!」
野性味のある気高さを宿した、金色の髪の若き獅子のような相貌に睨まれて、先程までの勢いを失い、怯える小さな猫のように貴族派の上級生たちは縮こまり、ただただ叱責されていた。
貴族派の旗振り役でありその首魁である筈のセドリック殿下に、貴族派の上級生たちが叱責されているという状況が、どうしてなのか理解できないクラスメイトの女の子たちは、目を泳がせながら『そうよ!そうよ!』と相打ちをいれる。
だけどそれは、セドリック殿下の怒りに油を注いだだけだった。
「お前達もだ!彼はクラスメイトだろ?そしてお前達が暴力を振るわれる様を見過ごせずに、助けに入ったというのに、共に非難するなど…その時点でお前たちはそこのバカ共と同類だ」
睨みつけられ、同級生の女の子達もまた怯える。
すると今度はボクに向き直る。
「無茶をするな、そんな小さい体ではひとたまりもないだろ?こういう時は、すぐに教師か他の上級生を呼ぶんだ」
「ふえ?いや、ボクはこれでも一応…」
「怪我はしていないか?どこか打った所とかは?」
「ふえ!?ちょっ!?!?」
突然、ボクが怪我をしていないか調べ…胸!胸触ってるから!!まっ平らで
それにこの前、ボクはマリアローズだって名乗ったよね!!
「怪我はないようだな、まったく…はっ!!」
「はっ!?じゃないよ!!」
「ご、ごめん!!」
ようやく思い出してくれたみたいだ。
これでも、最近は自分が女の子になったんだっていう自覚が強まっているんだ。だから胸とか…触られると普通に、恥ずかしいし……あれ、何だろうこの気持ちは?
「ごほん…と、とにかくだ。腕に自信があったとしても、こういう場合は教師に頼る。見過ごせなくても、正義感から出た行動が悪い結果を呼び込むこともあるんだ、分かったか?」
「うん、気を付けるよ」
「それならいい」
顔を赤くしながらセドリック殿下はそう言ったけど、とても普通だ。
あの時、ヴェッキオ寮で再会した時はもう少し横柄な雰囲気だったのに、今は普通だ。アーカムで一緒に過ごしていた日々と同じように、優しい瞳でボクを見ている、それにあの嫌な臭いもしない。
もしかしたら、ボクの事を忘れているだけで性格は昔のままなのかもしれない。
そう思っていた時だった。
「あんた…アルベール!誇りはないわけ!?」
と、クラスメイトの女の子の一人が怒鳴り声を上げた。
「ヴィクトワール家に拾われただけでもズルいのに、他の貴族や王族にも媚売って…浅ましいにもほどがあるわよ!この娼婦面!淫婦!!」
娼婦面!さすがのボクでもそこまで言われた怒るよ!!
「いくらクラスメイトでも、そこまで言われる筋合いはないよ。少なくとも授業中に居眠りをして、その所為で成績が悪い人達に蔑まれる理由はない!」
「なんですって!?」
「事実じゃないか!確かにボクは恵まれている、だけどそれに甘んじずに努力もしてる!その結果が今だ。人を非難する暇がるのなら、まずは自分を磨きなよ!」
「煩い!男子から『もう男が好きでもいいや』って女子よりモテてるあんたに、自分磨きとか言われたらどうしようもないじゃない!それとどうせ成績だって、その顔や体でも使ってるんでしょ?そでないと、勉強に関してはここまで差が出る筈ないわ!」
いやいやいや、出るよ普通に。
千里の道も一歩から、ローマは一日にして成らず。
何事も日々の積み重ねが重要なのだ。
勉学もまた然り。
授業中に居眠りをしたり、授業の内容をノートに写さなかったり、写し忘れたならクラスメイトに見せて貰ったり、寮に戻って復習をして、次の授業に備えて予習をする、それをしなかったら普通に大きな差が出るよ?
日頃から
つまり、彼女たちの現状は自業自得なのだ!
実際に5組の成績はボクを一番にして、その後ろをクライン君達が続く形になっている。
彼等は皆、日々努力しているのだから。
「うっさいわよ!人の上げ足取らないでよ!この淫乱!」
「失敬な!ボクはしょ…童貞だ!」
ボクは処女の上に童貞さ!
そうさ前世で童貞のまま死んだのだ!だから、処女でどうて……ううぅ…自分で口にして、何だか悲しくなって来た。
「絶対嘘よ!そんな顔をし―――」
「厚かましく囀るな、愚物が!」
言い合いをしていると、セドリック殿下は声を荒げてクラスメイトの女の子達を、今まで以上の怒りに満ちた表情で睨みつける。その凄まじい形相に、勢いを取り戻した彼女達も、自分が盛大にセドリック殿下の逆鱗に触れたのだと気づいて押し黙る。
「自分達の愚かさを棚に上げて、努力する者の足を引っ張り回す。お前達は恥ずかしくないのか?」
「ひっ……!?」
「努力する者が報われるのは当然だ、有名だぞ?5組の生徒は何もしない癖に、口だけは達者だとな」
「違う、私達は言いたいのは、貴族に取り入って良い思いをしているのが気に入らないからよ!」
「つまり嫉妬か?他人の幸せがそんなに妬ましいか?努力して掴んだ他者の幸せがそんなに恨めしいか?自分で這い上がろうともせず、他人の所為だと叫び散らすだけで飽き足らず、陥れようと…うっ!?」
どうしたんだろう?急にセドリック殿下は、頭痛に襲われているような表情になり、頭を押さえて苦しみだした。それでもよろめきながら苦悶の表情で睨み続ける。
「お前達のような奴が…お前達のような奴がいるから、救われないといけない者が犠牲になる。踏みつけられて、お前達のような奴がいなければ…」
徐々に苦悶の表情は憎しみに、憎悪に満ちた表情へと変化していく。
まるで般若の面のような表情になったアレックスは、よろめくのを止めてクラスメイトの女の子達に向かおうとする、だからボクは…、
「憎い…お前達がにくっ―――!」
「ダメだよアレックス、ダメだ。君が何に対してそこまで怒って、憎んでいるのか分からないけど、それはダメだよ」
アレックスの腕を掴む。
何をしよとしているのか、分かったから……。
「マリ…――――?はっ!?俺はいったい……と、とにかくだ!俺は正しく生きる者が報われる世の中を作る。その為に広く人材を集め、育てようと学園改革を推し進めるコンラッド理事長を支持する。そして……」
良かった、正気に戻ったみたいだ。
それからセドリック殿下は何事もなかったように、自分が何を考えてどうやって学園を改革するか?どうしてコンラッド理事長を支持するのか?を頼まれてもいないのに30分くらい熱弁をして、自然とお開きになった。
話した内容は…簡単に言うと『我こそは
きっと最初に抱いていた志は、もっと大きかったんだと思う。だけど今はまるで、
「……」
心の奥底で、何かが煮え滾る感覚をボクは覚えている。
それは何故?セドリック殿下に纏わりついていたあの、嫌な臭いの所為だ。
あの嫌な臭い、あいつ、セーシャルと同じ臭い、正確に言うとセーシャル以上に嫌な臭いだけど。あの理解できない臭いと少し違う。何となく知っている臭い…そう、臓腑から腐り果てた臭い。
それでようやく分かった、こいつが君を汚したんだね?
お前が、アレックスを、ボクから奪ったんだね?
なんだろうこの心の奥底で煮え滾る感情は?
怒り、と少し違う。許せない、というのに似ているけどちょっと違う。
複雑で、表現しづらいのだけど、努めて一言で述べるなら…うん、少し無理やりな感じだけど憎い、が一番近いと思う。
だから決めた。もう逃げない、目を逸らさない。
ラフタ灯台の下で交わした約束を守る為に、ボクは君と戦う。だって君の進んでいる道は明らかに間違えているし、何より君の進もうとした道じゃない。他人事だけどはっきりと断言出来る、それは君の進もうとした道じゃない。
ボクはメル達のいる、フォートナム二号店のあるイリアンソス郊外へと路面電車に乗り込みながら、心の中で覚悟を決めた。
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