35話 君の中の思いは色褪せてもⅦ

 11月に入るとすぐに、立冬祭が始まった。

 ただ学生達は学園側の、理事長の方針で本来な祝日として一週間の連休の所を、立冬祭の開催期間中でも平常通りに授業が行われる事になり、元々から噴出し始めていた不満は、中等部で一気に爆発する。

 それを止めたのは、復学したアレックス…セドリック殿下だった。

 彼は颯爽と暴徒となり始めた学生達の前に立ち、


「君たちが、一時の感情に身を委ね、暴力を持って解決に当たれば、教員側は容赦なく、不穏分子として君たちを処断する。俺が学園を正そうとして見せしめにされたように、だからこそ!聞かせてくれ、俺に君たちの怒りを」


 堂々と演説して学生達の不満を一身に引き受け、彼等の不平と不満を聞き、学園側に陳情した。セドリック殿下の陳情に折れて、学園側は三日間の休日を確約、この騒動は幕引きを迎える。

 これによってセドリック殿下は学園側に意見することが出来る、唯一の存在という立ち位置を確立し、メルが目論んでいた各勢力の中の一勢力だけではなく、全体が一つの勢力となって学園と対峙する。

 それによって都市議会の介入を呼び込むという策略は、セドリック殿下という強大な敵の出現による、貴族派の一勢力の躍進を前に、大きく揺らぎ始めていた。

 学園側がこちらの動きに対して、殆ど対抗策を打ち出さなかったのは、もしかしたら復学するセドリック殿下への、学生達の支持を、その足場を堅固にする為だったのかもしれない。

 だけど、それでもまだメルは手の内の半分も見せていない、逆転の目はまだ潰えたわけじゃない。あくまで最終目標は都市議会に介入する事への大義名分を与える事、たとえ中等部の勢力図が変わらなくても、理事長に痛打を与えればこちらの勝ち。

 大局的な視点では、まだボク達はまだ負けていない。


 だからこそボクは、メルや皆を支える為にしっかりとしないといけいのだ!

 分かっている、とてもよく分かっているんだ。

 だけど、どうしても、ボクは前へ踏み出せず、思い悩んでいた。


 そんなボクの胸中を気にも留めず、時間は淡々と流れ、気が付けばもうすぐ冬休みが始まる12月。学生達は久しぶりの帰省に故郷にいる家族に思いを馳せ、心を躍らせているというのに、ボクだけは、ボクの心だけがどんよりとした空のように曇っていた。



♦♦♦♦



「おいアルベール!」

「ふえ?」

「授業が終わったぞ」

「え…あ、うん、ありがとう、クライン君」


 うっかりしていた。

 ボーとして、授業が終わったのが分からなかった。

 周りにいるのは、クライン君だけで他のクラスメイト達はもう教室にはいない。どれくらいボーとしていたんだろう?


「大丈夫か?最近、元気がないし授業中も上の空、成績だって少し下がってるぜ?」

「うん…ちょっとね、だけど大丈夫だよ」


 心配そうな表情を浮かべるクライン君に、ボクは出来るだけ笑顔で平気だと答えて、荷物を両手にボクは教室を後にした。


「気を付けているんだけどな……」


 あれからずっと、ボクは光の無い真っ暗闇の荒野で、手探りも出来ず延々と彷徨う旅人のような気分だった。頼りにする星も見えず、どこへ行けばいいのか、どうすれば良いのか?

 はっきりとした答えが出せず、その所為でいつも上の空だ。

 息苦しくて、胸が苦しくて、淀んだ空気をいくら吐き出しても、すぐにまた淀んだ空気が肺の中に溜まっていって、苦しくなる。


 予想以上にアレ…セドリック殿下を支持する貴族派以外の人が多くて、一時は巻き返していた王統派は、ボクやメルが入学する前の状態に逆転し始めている。だからメルは連日、グリンダとレオと一緒に、各方面に走り回っている。

 クライン君も同じように、自分達の出来る事を精いっぱいしてくれている。

 なのにボクだけ、こんな所で……ダメだな。

 しゃっきりとしないといけないのに、酷い醜態を晒している。

 だけど……どうしてアレックスはボクの事を忘れてしまったんだろう?

 それにあの嫌な臭い…どこかで嗅いだことがある、いや正確に言うと似たような臭いだ、どこでだろう?ダメだ、思い出せない。


 ボクはヴェッキオ寮に帰ろうという気分になれず、延々と自問自答を繰り返しながら、学園の中を歩き続ける。

 鐘の音が聞こえて、そこでふと、人気の少ない場所に来ている事に気が付く。


「ここ、どこだったけ?」


 確か図書館のある場所だ。

 ここもまるで整備されていないのか、酷い散らかりようだった。

 枯れた雑草はそのまま放置され、誰かが捨てたゴミがそこら中に、まるで廃屋の一角のような怪しげな雰囲気が充満している。そうえいばクライン君が前に言っていたけど、革新派の人はこういう場所でこっそりと集会を開くらしい。

 クラスメイトから、目の敵にされているボクがそんなところにひょっこり顔を出せば……、


「色々と面倒な事になるよね…長居はしない方がいいか」


 何気にボクって、あちらから問題が来る事が多いから、うん、ここは大人しく速足で立ち去ろう。そう思った矢先、突然怒鳴り声が聞こえて来た。


「ふざけないで!貴方達のような特権階級がいるから、私達が苦労するのよ!お金持ちや家が裕福なだけで偉そうにしないでよ!」

「はっ、こいつは面白い、俺達の親が毎年納める税金は、お前らの親が納める税金の倍だ。その税金で国が動いてんだ。逆に言えば俺達の親が納める事を渋れば、お前らはその恩恵の一切を受けれないって事だぞ?」

「っ!?じゃあ何で南部連合になんか参加してるのよ!その所為で領境は閉鎖されて、こっちは大変なのよ?おまけに移民が好き放題しているし!」


 言い合い……口調からして片方は貴族派の人だ。

 確か貴族派には南部連合の生徒が多く、彼等は貴族派の中でも特に、極端な特権意識と選民思想を持っていて、何より西部を『辺境』と呼んでバカにする、嫌な人たちだとグリンダが言っていた。

 

 ボクはこっそりと声のする方へと忍び寄り、気づかれないように様子を窺う。

 背の高い、たぶん中等部の…三年生や四年生の人達だ、人数は四人。

 対して腕組をして真っ向から睨み合う女子生徒が数人…あれ?クラスメイトの子達だ。


「そもそも、貧富の格差ってのはな、嫌でも生まれるんだ。利口な者がより多く稼ぎ、凡庸な者は慎ましやかにってな」

「だからこそ、労働者の権利を守り、富を平等に再分配する制度が必要、少なくとも領境を閉鎖されて労働者が困窮に喘ぐ南部連合は害悪よ!」


 お互いの考えを真っ向からぶつけ合っているみたいだ。

 言われれば言い返し、言い返されれば言い返す、まるで水の掛け合いだ。どちらも自分の方が正しい、自分達こそが正義だっていう感じで収拾がつかなくなっている、ううん…ここは割って入らない方が得策かもしれない。

 それは分かっている、重々承知しているし、ここでボクが割って入っても何の解決にもならない、ただ白熱し過ぎて上級生の一人が、顔を真っ赤にして拳を握り、大股でクラスメイトの女の子に向かって行っているのだ。


「やめろ!」


 向こう見ずと言うか、無鉄砲と言うか…皆に何度も注意されているけど、どうしてもこの性分だけは変えられない、黙って見て見ぬふりだけはボクには無理だ。

 物陰からボクは飛び出し、殴りかかろうとしていた上級生を一喝する。

 すると全員の視線がボクに集中し、


「お前は…確かヴィクトワール嬢の下男か。名家に媚売り取り入った身分卑しき賤民が、何の権利があって口を挟むか!」

「貴族に媚を売る誇りも欠片もない奴が、何しに来たのよ!」


 一斉にボクに向かって罵声が飛んできた。

 ううん…予想していた以上に面倒な事になってしまった。

 暴力沙汰は止めることが出来た、けどその代わりに標的がボクに変わってしまったのは、ちょっとした誤算、まあ敵意がボク一人に向いたのなら、取るべき選択は一つだけ。

 ジリジリと距離を詰めて来る人達をしり目にやるべき事、それは?

 三十六計逃げるに如かず、なのだ!


「お前たち!何をしている!!」

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