23話 夏休みが明けたから本気出すⅡ

 突然だった。

 その日、メル宛てに手紙が届いたら突然、早めに夏休みを切り上げてイリアンソスに戻るとメルは言い出したのだ。

 当初の予定だと夏休み終了二日前にイリアンソスに戻る予定だったのだけれど、本当に急にメルは予定を早めると言い出して、さらにグリンダとレオの二人にはもう手紙でそのことを知らせてあるからと。


 本当に唐突だったけれど何となく予想は出来ていたからイリアンソスに戻る支度はその日の内に終えて、翌々日には汽車に乗ってイリアンソスに戻り二人が戻ってくるとそのまま何故か夏休み最終日だというのに学園へ行くことになった。

 なんでもとある人物と会う約束をしているらしい。


 なのでボク達はメルに先導されてその人物が待つ正面の立派な庭園の隅にある、生垣に囲まれた歴史を感じさせる趣の、赤レンガ造りの喫茶店『フォートナム』のお店の奥にあるサンルームにその人はいた。


「待っていたよ、学校が始まってからお礼などしたら色々と面倒を言ってくる御仁がいてね、さあ座りたまえ。確かトマ君とクレメンテさんはとてもよく食べるのだったね、ここの名物、というよりもそれ以外は諸事情で何もないがケーキをホールで注文してある」


 アルフォード先生。

 何となくだけど想像は出来ていた。

 ボク達が何と戦うべきか、それに気づくためのヒントをくれた人だ。

 そして学園で最古参の先生であり、学園の実情を誰よりも憂いている先生でもある。

 ならこれからメルが行おうとしていることの一番の協力者に相応しい人物は、アルフォード先生以外、ボクは想像が出来ない。


「おや、私がここで待っていると予測出来たのはトマ君だけか、ヴィクトワールさんが知っているのは事前に知らせたからだが、ウォルト=エマーソンさんは高等部へ進学するまでに幾度か議会を見学することをお勧めするよ」

「……お心遣い痛み入る、でどういうことか説明してもらえるか?私は、メルから手紙で、予定より早く学園に戻ってほしいと伝えられただけで、全て憶測の域から出ていない」

「そうなのかい?まあ座り給え、話は美味しいケーキを食べながらだ。ここの名物である三代目店主が考案したステファン・ケーキは絶品だ。紅茶はもちろんセリナで仕入れている」

「せやな、座ろうでグリ。うちは腹芸は得意やないし、するにしても何も知らんは負け確定や、虎穴に入って虎児を得ようで」

「はあぁ…まったくその通りだ。薄情な幼馴染と違って、私はもレオも何も知らないからな」


 ……ボクも、事情は知らないんだよグリンダ、レオ。

 だから!そんな鋭い目でボクを見ないで!本当に!本当にボクは何も知らない!

 予測は出来ているけどね。

 だけどまだ何も語らない。

 あくまでボクはメルの使用人だから。


 全員が椅子に座るとすぐに紅茶とケーキが運ばれる。

 アルフォード先生が絶品だと言っていたステファン・ケーキはどうやらスポンジ生地でジャムを挟み込み、粉砂糖でうっすらと化粧をしたサンドイッチケーキのようだ。

 ただホールと言っていたから一度にそのまま持ってきてくれるのかと思っていたけど、そこはやっぱり名門学園に併設されている、歴史と伝統のある喫茶店だからちゃんと切り分けてある。

 レオは少し残念そうにしているけど、まあ普通に考えればホールで出すのは品がない。


 さてさて、ではさっそく一口……美味しい!

 スポンジ生地だからてっきりボクは苺のショートケーキのように軽くふわっとした生地を想像していたけど、このステファンケーキは重くしっとりしたバターの香る生地で、甘酸っぱい木苺のジャムを優しく包み込んで……紅茶ととても良く合う!


「気に入ってくれたようで安心した。個人的に一番協力してほしい相手に臍を曲げられる事態だけは避けたったからね」

「やはり狙いはアルベールですの?そしてわたくし達はおまけ」

「いやいやいや、正確に言うならトマ君もだね。ヴィクトワールさんの名前は、政財界で徐々に知れ渡り始めているよ、そちらのウォルト=エマーソンさんもね。おまけというなら…クレメンテさんだね」

「うちかい!」


 ボクが本命?

 てっきりメルが本命だと思っていた。

 学園に入学した時点で既にシャトノワ領でも有名になっていたレストランを考案して、他にもワインからブランデーが作れるのならクインスワインでもブランデーが作れるはずだと、新たな名産品を考案したり、メルはまさに将来有望な実業家の卵だ。

 だからボク達がやるべきこと、そして最終目標に辿り着くためには必然的に一番重要になるのはメルなのだ。


「それでは夏休み前に出した宿題の答えを聞こうか、もうここにいる4人は分かっているのだろう?」

「ええ、わたくし達の本当に戦うべき相手は学園、いえもっと狭く個人、コンラッド理事長と、ですわよね?」

「正解だ。彼が何を目的にこんな愚かな真似をしているのかは皆目見当がつかない、が…明確に学生同士の争いを演出している。その為に出自不明な、ウィットのような教師を雇い入れているのだよ」


 出自不明……つまり……いや、それは違う。

 嫌な空気はまとっているけれど、それはラシードやカリムのような魔族の臭いやセーシャルのような異常な臭いは纏っていなかった。だから外信委員会と関連付けるのは良くない、警戒はしておいた方がいいけれど。


「そういや短足も、ウィット先生に誘われたって言うとったな。結束主義はええ考えやって、そんでアホやから信じてもーたって」


 確かに言っていた……あれ?それだと辻褄が合わない。

 5組の面々は結束主義の人だけじゃない、もしもウィット先生が結束主義に傾倒しているのなら、当然社会主義や無政府主義に傾倒している人が5組にいるのは変だ。

 何よりクライン君達を優遇していないのは……かみ合わせが悪い。


「つまりわたくしが計画はある程度予測している、で間違いないんですのね、アルフォード先生?」

「ああ、その為に適任な者達を紹介する予定だ」

「それは重畳ですの」

「すまない、二人だけ話を進めないで欲しい。つまり何をするつもりなんだメル?私もレオも、何も分からないのだが……」


 メルとアルフォード先生が最小の言葉で理解し合う中、完全に置いてけぼりにされているグリンダが思わず、話に割って入ってもっともな質問をする。

 ボクもある程度では予想している、だけど完璧に分かっているわけじゃない。

 本命がボクだということが何より分からない。


「簡単に説明しますと、学園を私物化している理事長を叩き潰す為に、都市議会に介入をさせる為に、学園対生徒という構造を作る、という事ですわ」

「……っ!そういう事か!」

「え?どういう事や??」


 レオはまだ理解できていないみたいだけど、グリンダは理解できたみたいだ。

 そもそも学園の実情は異常だ。

 王立の学園を私物化するなんて普通はありえない、だけど実際に出来ている。

 それは学園の特殊な性質が原因だ。


 イリアンソス学園は学園都市イリアンソスよりも歴史が長い。

 都市があったから学園が出来たのではなく、学園があったから都市が出来たのだ。

 だからイリアンソス学園は基本的に都市議会からの介入を受けない。

 物言いが出来るのはもっと上の所で、コンラッド理事長はそこに太いパイプを持っているから、学園の実情を途中で遮ってしまえばいくら都市議会が改善を要求しても知らぬ存ぜぬを通せる。

 そこでカギになるのが学生だ。


 学園は私物化できても学生はそういはいかない。

 学生は都市議会の管轄だからだ。

 つまり、学生が学園と戦うという構図を作り大きな切欠さえあれば大手を振って学園に干渉することが出来る……そうか、その為にボクなのか!

 まあ確かにボクはそっちが本職だからね。


「それではさっそく紹介していただけますの?ただお茶をする為にわたくし達を読んだ訳ではありませんのよね?」

「もちろんだとも、さあ入って来てくれたまえ」


 アルフォード先生はそう言うとパチン!と指を鳴らした。

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