22話 夏休みが明けたから本気出すⅠ
ふと思った事なのだけど、そう言えばボクはイリアンソス学園の学生寮に立ち入った事が無い。グリンダとレオのお引越しの時はギルガメッシュ商会に依頼して、ボクは直接学生寮には行っていない。
なので中がどうなっているのは知らなくて、気になって二人に何度か学生寮に関して尋ねんだけど、グリンダもレオも必要以上に話したがらない。
とても気になるから少しレオにしつこく尋ねたけど、
『あれやあれや!気にしたらまけっちゅーやつや!せやから気にしたら負けやで、マリやん』
と、何故かとてもお茶を濁された。
「やっぱだ、クライン!そっちはどうだ?」
「こっちもだ、全部粗悪の、しかも中古の人工魔石に換えられてる!おまけに大きさもあってねえ、その内異常加熱を起こして火が出るぞ」
「いや、その前に壊れるから燃えは…するか。取りあえず給湯器は全滅か……」
今日、ボクはクライン君達と一緒に女子寮に来ている。
理由は…少し時間を遡るから後々で。
とりあえず言えるのは女子寮の浴室は予想以上に酷いと言う事だ。
本当に酷い!
まともに掃除していないから床も壁も…あっ!排水溝に髪の毛が溜まってる!!
それに…一応、数人が入れる程度の大きさのお風呂もあるけれど、もう世紀末っていう次元の汚さだ、ぽすとあぽりぷす?みたいな有様だ。
「アルベール、今日は現状を見に来ただけだからな?」
「分かってるよクライン君、うん…現状を……」
掃除したい。
徹底的に完膚なきまでに掃除したい。
その為にも……、
「クライン君、縄を解いてくれるかな?」
「駄目に決まってるだろ!いいから大人しくしてろ!この小型暴走機関車め!!」
「な!?ボクは小型暴走機関車じゃないやい!!」
「とか言ってるけどさあ、寮に入るなり管理人に激昂したのは誰だっけ?」
「……はい、ボクです」
鬼!ラディーチェ君の鬼!!
……いや、確かにボクが悪い。
学生寮は浴室以外も本当に酷い。
何年も掃除がされていない、廃墟同然は…言い過ぎだけど一歩手前の状態なのだ。
廊下も壁も窓も埃だらけ、湿気のある所にはカビが生え外の壁面には蔦が、雑草は茂みのように、挙句には寮の管理人は暢気に茶を飲んでゲラゲラと同僚と談話して何もしていなかった。
本職のメイドとして黙っていられないのは、当然だと思う。
「いやーしっかし女子寮も同じだってのは驚きだな!」
「ああ、で、ラディーチェ、直せそうか?」
「直せる…って断言出来たら男前なんだろ言うけどかなり難しい、給湯器は経年劣化と整備不足で全部取り換えが必要だし、それまで応急処置で持たせられない訳じゃないけど一番の問題が問題だからな……」
一番の問題?
何が問題なんだろう…あ、さっき人工魔石に換えられてるって、つまり元々使われていたのは天然の魔石で、それように作られた給湯器だから必然として相当に精緻な加工を施された同じ天然物の魔石が必要と言う事か。
人工魔石は以前と比べれれば段違いに強度が増して、精緻な加工に耐えられるようになったけれど、それでもやはり天然物の方が強度が高くてより精緻な加工に耐えられる。
そして天然物はとてもお高い。
純度を考えなければお手頃の物もあるけど…絶対、元々使われていたのは高純度の一級品に間違いない。
「つまりシャワー一つに付き一台×《かける》の魔石だから、家が建つぜ下手したらな。それならセントラル式に買えた方が安上がりだ、設備も一新できるしな」
クライン君はそう言うけれど……、
「学園が出しても必要最低限以下、残りは個人負担って、入寮時に通達が出てるんだよね?難しいか…一応、屋外用の湯沸かし器なら伝手があるから用意できるけど……」
「「あるのかよ!?」」
「?」
「不思議そうにするな!んで、マジであるのかよ屋外用の湯沸かし器?」
「うん、お屋敷の方に、災害が起きてお風呂が使えない時に備えて、ただ試作品で一台だけだから」
女子か男子か、どっちかだけか日替わりか……ちなみにその湯沸かし器は正確には湯沸かし器単体だけで無くて、自衛隊が持っている災害が起きた時に活躍する野外入浴セットを記憶を頼りに親方さんに用途を伝え、試作して貰った野外入浴セットの事だ。
幸いにも活躍する場面には恵まれず、何より完成したのが夏休みの明ける直前だったから試運転はまだ一回しかしていない。
それでも性能は十二分を軽々と超えていた。
「恐るべしヴィクトワール家……」
「その内、移動式の調理場だとか屋台とか作りそうだね」
「もうあるよ」
「「あるのかよ!?!?」
野外炊事具。
親方さんはシチュー砲と呼んでいるけど、それはもう完成してヴェッキオ寮に持って来ている。それと移動屋台、つまりキッチンカーもアンリさんの協力を得て形にしていて目途が立てば何時でも使えるようにしている。
ただ肝心な協力者はまだいないから倉庫で待機してもらっているけれど。
「そんじゃ戻って書類を作るぞラディーチェ」
「うぇー…またかよ、ここんとこずっと費用だの経費だの……」
「どうせその内やらねーといけねーんだ、それにアルベールや他の連中も手伝ってくれるんだ。俺もお前もいずれはあいつ等の上に立つ、文句言わずにやるぞ」
「はいはい、まったく昔に戻ったのはいいけど、生真面目まで戻って、まあ付き合うぜ。だけど給湯器に関しては火急だぜ」
本当に二人は仲が良い。
さっきからずっと息の合った連携で一日がかりだと思っていた女子寮の、浴室の現状確認も、あっと言う間に終わってボクはただ腕を縄で縛られていただけだ…何時になったら縄を解いてくれるんだろう?
あと、これでも一応今回も事前確認の責任者はボクだよ?
メルからも言われていたと思うんだけど……まあ、いいか。
さてさて、夏休みも明けてもうすぐ一月が経とうとしている今日この頃。
ボク達学生は水面下で着々と学園への反旗を翻す準備を進めている。
王統派、貴族派、革新派、そういった勢力争いを催しておきながら自分達は外から高みの見物をしている、全ての元凶たるコンラッド理事長一派へ反旗を翻す為の準備を出来るだけ静かに進めているのだ。
今はまだ準備が整っていないから本格的には動いていないけど、あと…、
「そろそろ縄を解いてくれないかな?何か、連行されてる気分なんだけど」
「学生寮から出るまで我慢しろ、解いたら即掃除を始めるだろ、管理人を含めて?」
「まあ、うん、するかも」
「ならダメだ…たく、俺達の大将の一番の切り札がこれってのがな……」
「本当にね、赤子並みに目が離せないのに一番能力が高いってのが笑えるよね」
え?何その残念な生き物を見るような目は!?
ボクに何か残念な要素ある?
確かに身長は……それ以外は平均より上だと自負してるよ!
「兎に角だけどさアルベール、ここであんまり問題起こすと後が大変だから大人しくしてね?」
「メルセデスを困らせんなよ?あっちも準備で忙しんだからよお」
正論過ぎる……派手に動き過ぎたら動く前に潰されてしまう。
ここは言われる通り、ドナドナの曲が流れて来そうな状態だけど大人しく学生寮から出るまで我慢しよう。
じゃないと今までの準備が無駄になる。
夏休みが明けてもうすぐ一月が経つ。
夏休みが明けてから準備を少しずつ進めている。
そう全ては夏休みが明ける三日前に始まったのだ。
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