19話 夏休みの始まり、始まりⅢ
「痛ってぇぇ……」
「思いっきり殴られたなバーニィ」
「バーニィ言うな!クラインと呼べ!」
「いいじゃん、どうせ俺達は行動隊を抜けたんだから昔みたいに呼び合ってもさ」
「俺はバーニィって呼び方を昔かっら許してねえ!」
紙袋を両手に頬を腫らして不機嫌な表情を浮かべるバーナード・クラインと、その姿をニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるブルーノ・ラディーチェは歩いていました。
ここは二人の故郷、南西部と西南部の境に辺りにある小さな領の小さな街です。
これと言って産業はありませんが古くから立地の良さもあり土木関係の事務所が軒を連ね、行き交う人々の多くが何らかの形で土木に関連する仕事をしていたりそう言った人達を相手にした商売をしている。
素朴で長閑などこにでもあるそんな普通の街ですが、つい最近まで街は何時大規模な暴動が起こってもおかしくない状況でした。
流入し続ける悪質な国外労働者や違法移民、反社会勢力と癒着して私腹を肥やす領主や政治家、最早盗賊となんら変わりの無い街道警邏、その他にも汚職撲滅を掲げるが掲げただけの口先番長な労働党、さらに何やら中央で政変が起こり労働党は分裂して労働党と結束党に分かれて領政はさらに大混乱に陥ります。
大規模な暴動が起こる寸前で大改革を強行するガイウスが中央でも指折りの、オリヴェルのような元国務院の凄腕政治家を送り込み、中央からの圧力も加えた領政の大改革によって山積する問題を一つずつ解決して行った事で幸いにもセイラム事変のような事は未然に防ぐことが出来ました。
移民問題に関しては今後のモデルケースになるように幾つか提出されている計画の一つを試験的に導入し、違法な移民は強制的に本国へ送還し正式な移民でも王国の一員として義務と責任を果たせないのなら本国へ送り返す。
強硬策ではありましたがそれでも悪質な移民や労働者に悩まされていた人達にとってはまさに行幸で、街の治安は大幅に改善されラディーチェの実家である風呂屋の経営もその政策のおかげで建て直す事が出来ていました。
ただそこまで行きつくまでに多くの不満や鬱憤が地層のように堆積した事で、問題の多くを解決した今でもクライン達のように中央への不信感から偏った思想に傾倒する若者が後を絶たず将来に禍根を残す事となり今も予断を許さない状況が続いています。
ですがついこの間までその偏った思想に傾倒していたクラインは、マリアローズとの一件により心を入れ替え、結束党に傾倒して迷惑をかけてしまった父に謝り心機一転、この夏休みはしっかりと親孝行をしようと決意していました。
ただ政治活動に熱中するあまり家業の手伝いを疎かにしていたつけで、ものの見事に腕が鈍ってしまい、今までの事も含めて我慢の限界に達した父親にほんの数十分前に殴れていました。
ですから頬が腫れていたのです。
「でもそれで済んだだけマシじゃん?俺なんて危うく勘当されるところだったんだぜ」
「それはねーだろ、お前は唯一の跡取り息子だろ?」
「いや、じーちゃんが割って入ってくれなかったら絶対に勘当されてた、目が本気だったね」
ラディーチェはそう言っていますが、事前に打ち合わせをした上での勘当してやる!なので実際には勘当はされず、態度によっては勘当してくれた方がマシだと思える罰が待っていてそれを考えていたのは祖父だと言う事をラディーチェは知りません。
それを必死に止めたのが両親だと言うのも後々になっても知る事はありません。
「んでさあ、お前の親父さんがいる時はバーニィでもいいじゃん。ていうかさあ、苗字で呼び合うのって行動隊を結成した時に決めた事だろ?解散して足ぬけしたんだから前通りでいいじゃん」
「うるせーなー!今さら呼び方を変えられるかってんだ!それに親父の前ならバーナードで良いだろ?バーニィって絶対に言うなよ!」
「あ、分かった。あれだろ、アルベールにバーニィ君って呼ばれるの恥ずかしいんだろ?」
「っ!!??」
図星のようです。
ただそれだけではなく、思春期特有の症状でもあるのでそれだけはないのでしょうが一番の、特に気にしている理由はラディーチェの指摘した通りなのでクラインは顔を真っ赤にして怒鳴ろうとして、しかし怒鳴れば認めた事になるのでグッと堪え衝動的に振り上げよとした拳を元に戻します。
何よりそんな事をすれば手に持っている紙袋の中身が台無しになり、父親の怒りに油どころか爆薬を投げ入れる結果になるので、ニヤニヤとした意地悪な笑みを浮かべる親友を殴りたいという衝動をクラインは必死に抑えました。
「にしても不思議だよな、アルベールって男だよな?」
「ああ、俺達と同じ男だな」
「男の割にはすげーエロいよな、何より女の子みたいな顔してるし」
「お前、それ本人の前で絶対に言うなよ?」
「分かってるって」
ラディーチェの発した言葉に明確な苛立ちをクラインは見せました。
粗暴で普段から余計な一言の多いクラインですが、何気に気遣いの出来る男なのでもしもアルベールが自身の容姿に関して、コンプレックスを抱いていたらそんな言葉を投げかけてしまうと傷つくかもしれない、だから間違っても本人の前で言うなとクラインはラディーチェに釘を刺しまたがそれは無用な気遣いです。
何故ならアルベールはマリアローズで当人はまるで自覚はしていませんが、性格が故にエロい顔立ちと言われても気にしませんし、生前は男の娘な事を気にしていましたが現在は女の子なのでこれも気にしません。
「そういやさあ、これって西部発祥の料理だよな?」
「らしいな、西部の…アーカムだったか?そこでマリアローズとか言う奴が切欠で考案されたとか店主が言ってたな、このホットドッグ」
「どうしてホットドッグ?」
「知らね」
そう二人が手に持っている紙袋の中身はホットドッグ。
アーカムで親しまれリューベック実験州の一員になってからは、リューベークへと広まりそこから鉄道を通じて、西南部から南西部へと少しずつ広まり地域はまだまだ限られていますが手軽なファストフードとして愛され、そして少しずつ改良が加えられて行っています。
二人が手に持っている紙袋の中のホットドッグも、トマトケチャップとマスタードの定番の味ではなくチリドッグのような、香辛料などで味付けをした挽肉をたっぷりとかけた通称、南部風ホットドッグ。
二人揃って親から南部風ホットドッグを人数分買って来る様に言いつけられその帰りです。
「まあ、兎に角さ親父さんの前ではバーナードって言うけど問題なよな?」
「ちっ、しゃーねーな…だけどバーニィとは言うなよ?」
「分かってるって……バーニィ君」
「てめえ!!」
マリアローズの声真似をしてからかって来るラディーチェを、殴りたくても殴れず怒りの表情に顔を歪めながらクラインは睨みつけます。
そんなクラインの反応を見てラディーチェはケラケラと一通り笑ってから、ふと思い出したかのように、故郷に戻ってから感じ続けて来た事を呟きました。
「俺さ、家に帰ってからずっと思ってんだけどさ…母ちゃんの作る料理ってこんなに美味しかったんだって」
「ほんとそれな、俺もお袋の飯が旨すぎてフォークが止まらねえ」
「やっぱバーニィもか!」
「バーニィ言うな!」
理由はとても簡単でした。
極限の状況に追い込まれた事によって二人は、今まで見落として来た事に気が付いたのです。
その極限の状況とは学生寮での生活。
簡単に言うと料理のような残飯を常日頃からこの二人は食べ続けていました、なので久しぶりに食べる母の真心の篭った美味しい料理に、今までお腹を膨らませる為にしていた食事の大切さをこの二人は気が付いたのです。
それと純粋に美味しいご飯に飢えていたのもありました。
帰省した事で今まで自分達が見落としていた事、何より誰かの言った正しい事を鵜呑みにして見過ごして来た事、それが何でどう大切だったのか?何より自分の頭で考え感じる事の大切さに気付く事が出来ました。
それは故郷の街が少しずつ良い方向へと進んで行っているという事。
なら自分達は何をするべきなのだろう?
誰かの言った正しい事を鵜呑みにして、誰かの言っている事が絶対に正しいと突き進む事なのか?それとも故郷の街の為に、自分達は何が出来るのか考える事なのか?かつて結束党少年行動隊を結成していた少年達は、誰かの言った事を鵜呑みにするのではなく、自分達の頭で考え思い悩み、そしてこの夏で大きく成長するのでした。
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