18話 夏休みの始まり、始まりⅡ

「っ!?」

「あら、どうしたのメル?」

「いえその…何やら姉様がまた、幼気な少年心に強過ぎる刺激を与えたように感じて……」

「ああ…お姉様もそうだけど、マリアちゃんは自分の容姿に関して無自覚な所が多いから、学園でもやっぱり?」

「はいですの」

 

 川の方へ遊びに行っていると言う事ですから、きっと何か突発的な理由で川の中に入ってびっしょりと水に濡れて…水分を含んで肌に張り付き薄っすらと透ける衣服、きっと恐ろしく艶めかしいに違いありませんわ。

 そんな刺激の強い姿を殿方が見たのなら、学園でも何かと無自覚に艶っぽい仕草をして色々と殿方の心を揺さぶっては…また殿方に惚れる殿方が生まれてしまっているかもしれませんの。

 まあ本当は姉様は女性ですから、普通に異性に惚れているだけで問題は……無いと思いますわ、ええきっと……たぶん。

 ですが今は姉様の事を気にするよりも、お母様に提出した企画書ですわ。


 あの日、姉様の言葉でわたくしはあることに気がつきました。

 それは自分自身が滑稽にも誰かの手の平で文字通り良い様に踊っていたという事実に、だからこそ現状を打破する為にわたくしが滑稽に踊る姿を見て、良い気分に浸っている黒幕を徹底的に叩き潰す為に、どうにかしてでもお母様から融資の確約を取り付けねばなりませんわ。


 一通りの書類仕事を終わらせたのが三十分程前、それからずっとわたくしの作った企画書にお母様は目を通し続けています。

 とても真剣に、何時もの優しい瞳ではなく一人の投資家としての鋭い目で…。

 そして深く息を吐きお母様は企画書の束を置き真っ直ぐわたくしを見据えました。


「すごいわメル、どれも素晴らしい出来よ。形にすれば間違いなく成功するわ」

「なら!」

「残念、全て不合格」

「ふ…ふごう…かく、ですの?」


 そんな…ですがお母様は形にすれば間違いなく成功すると……何が、どこかいけなかたったのでしょう?何か見落としている所があるということですの?

 お母様の目はわたくしが答えに行きつくの待っている感じですが……駄目ですわ。

 どこに落ち度があるのか、皆目見当がつきませんの。


「何でか分からないって顔ね」

「はい……」

「なら教えてあげる、貴女は今誰とどうやって戦い勝つか、そこだけを見ている。誰と一緒に戦うか、そこが見えていないわ。」

 

 確かに…お母様の言う通りですわ。

 学生の生活の質を向上させたとしてもわたくし個人だけがお金を出した時点で戦いは、私と学園もしくはヴィクトワール家と学園と言う図式になってしまいますの。

 そうなれば鼻持ちならない貴族の、成り上がりの元没落貴族の子女が何かしているだけで、何の解決にもなりませんわ。


「まず第一に協力者を見つける事、それも学園内部に強い発言力があって幅広い伝手のある人、第二に学友と一緒に協力し合い貴女だけが行動するのではなく先頭は貴女が立つけれど、共に歩み協力し合う仲間を見つけ増やす事、第三に明確に学生対学園と言う図式を作る事」

「つまり本格的に動くのは全ての準備を終えてから…ですの?」

「そうよ、戦い起こってから何かを始めた時点で負けてるの。起こる前にどれだけ万全に準備を整えられるかが重要よ」


 そう言えば…以前に姉様やレオさんもそう言う風な事をおっしゃっていましたわ。

 カサンドラ小母様も用意周到は勝利の大前提だと。

 つまりわたくしはその前段階がまったく出来ていない状態、そのまま動いても勝ち目はありません。何故なら相手は今の今までずっと既に都市議会で弱小野党と化した勢力を後援としながらも、都市議会からの干渉を跳ね返し続けて来た老獪な理事長ですの。

 下手に動いても潰されるだけでしたわ。


「そして最後に重要なのはどうやって終わらせるか、そこをはっきりと決めて置かないと無意味な泥試合になるわ」

「どうやって…終わらせるか……」


 盲点でしたわ。

 勝つ事ばかり目が行って、終わりをまったく見ていませんでした。

 さすがはお母様ですの。

 そして多少の実績でわたくしは図に乗っていましたわ。

 自分ならどうにか出来ると……。


「こらこらメル、ちょっとした失敗くらいで落ち込まない、自信も失わない。貴女はまだまだ子供なんだから、それと失敗したなら得をしたと思いなさい」

「得を…した?」 

「ええそうよ、失敗したのなら改善すべき点を見つけられるって事、つまり自らの成長に繋げる事が出来る。だから一回や二回の失敗で挫けちゃ駄目、大切なのは失敗から学び自らをさらに高める事よ」


 さすがはお母様ですわ。

 確かに成功は自信に繋がりますがそれで終わり、自らを省みる切欠にはなりませんもの。

 ですが失敗したのなら反省すべき点は無いか?と自らを省みる事が出来る、そうすれば今まで気付かなかった自分の反省すべき点、改善すべき点に気が付ける。姉様も言っていましたわ、人は失敗する、失敗を繰り返して成長すると。わたくしは変に気負い過ぎていたみたいですの。


「肩から力が抜けたみたいね、メル」

「はい、お母様」


 ならわたくしのすべき事は……やはり姉様のおかげですわね。

 お母様の言っていた事、第一と第二に関しては心当たりがありますわ。

 それも姉様のおかげで一方には大きな貸しと…いえ、それに関してはわたくしは不干渉で…、取りあえず姉様が頼めば協力してくださる筈、後はもう一方には前もってこちらの予定をお伝えしておけば理解して動いてくれるはずですの。

 わたくしが今後の予定を立てているとお母様は何故か企画書を読みながら微笑んでいます。

 何故なのでしょう?


「それにしても…本当にメルはすごい。私にはまったく思いつかない事ばかり、レストランの時もそうだったけど、貴女は実業家としての才能に溢れているわ」

「いえ、そんな事は……」


 わたくしは敵の思惑に気付かずに滑稽に踊る程度の小娘ですわ。

 姉様の何時も突飛な行動がなければ、その行動のおかげで首の皮一枚で繋がっている程度の小娘、とても褒められるような……。


「貴女の発案で開業した淑女の休日、ついに王都の新聞で紹介されたわ。ソルフィア王国初の完全女性限定の革新的なレストランだって」

「ですがあれは…姉様のおかげですわ。姉様とボベスコ副議長さんの言葉を聞いたから思いつただけですの、私が最初から全てという訳では……」

「いいえ、普通の人なら聞き逃すか聞いただけで終わる事を、しっかりと形にしたのは貴女よ。私もエルも、本当に驚いたのよ?あの企画書の完成度、何より提示された可能性に」


 淑女の休日。

 それはヴィクトワール家が経営する女性向けの料理を専門に扱う女性限定のレストランですの。

 切欠はお母様とボベスコ副議長さんと話し合いをしている時に「女性向けのメニューが少ない」というボベスコ副議長さんの呟きを聞き、以前姉様はとある事情から女性向けメニューを考案した事があるという話を思い出して、それならと企画書を作りお父様とお母様がそれを見て革新的だと形にしたのが淑女の休日。

 ですがそれは……やはり、わたくし一人だけだったら何も思い付かなかった事ですの。姉様と言う異世界の、文明の進んだ世界の知識を持っている人が近くにいたから思い付いた事ですわ。

 決してわたくしの実力ではありません。


「マリアちゃんもマリアちゃんだけど、メルもメルね。自己否定が過ぎる、貴女は私の自慢なの、それに今回の企画書だってすごく革新的よ?」

「ですが、それをわたくしが出来ない以上はお蔵入り……」

「何言ってるのメル?貴女が出来ないなら、他の人達がやったらいいんじゃない」

「…………え?」


 他の…人?

 何でしょう、今日は本当に目から鱗が落ち過ぎて、鱗の絨毯が出来そうですわ。

 わたくし、一生お母様に勝てる気がしませんの……。


「お金に関しては心配しなくてもいいわよ、エルからも後学の為に使って良いって出張前に許可も貰っているから、心配せずにどんとやってしまいなさい。ちょうどこの企画書が喉から手が出る程欲しがる人がいるし」

「それはつまり…事前に学園の調査をされているんですの!?外部からの干渉を跳ね除けている学園内部の!?」

「あら忘れたメル?うちのメイドは優秀な人揃い、元諜報員のシェリーさんにかかれば簡単に内部の情報を集められるのよ」


 それなら行く前に教えて欲しかったですわ!!

 と、わたくしは喉元まで出そうになった言葉を抑え込み、きっと娘の成長を促す為の母の愛の鞭だと思う事にしました。思い返せばカサンドラ小母様の手紙も故意に誤認を促す文面でしたし。

 まあ当初の目的である、お母様に融資をしていただくというのは達成できましたし今は今後の事と、姉様と一緒に夏休みを謳歌する事を優先しましょう。

 ですが一つ、お母様に気になっていることを聞かないといけなませんわ。


「お母様、その…何でお父様の出張にベティーさんが同行を?ベティーさんはどちらかと言うとお母様の専属、主に事務仕事を専門とされていますから、同行するのはロバートさんだけかシェリーさんだと思いますの」

「ふふふ、ねえメル?もしもマリアちゃんと本当の姉妹になれたら嬉しい?」

「本当の?それはつまり、契りではなく戸籍上、姉様がヴィクトワール家の一員になると言う事ですの?」

「ええ」


 それは……嬉し過ぎて淑女として恥ずべき喜び方をしてしまいますわ。

 ですがその為には姉様を養子にするか、ベティーさんがお父様と結婚するかの二択、前者は絶対にありえない選択ですのでつまり……。

 

「もしや……」

「お姉様と私は異性の好みが一緒なのよね、そして案の定お姉様はエルに好意を抱き始めている、まあ私がそうなるようにけしかけていたのだけど!」

「お母様……欲望に忠実過ぎますわ」

「ロバートさんにも協力してもらってるから、たぶん来週のティアソフィーさんのお墓参りの頃には報告が出来るかもしれないわ」

「お祖母様のお墓参りまでには…いえ、さすがにベティーさんの性格からして義妹の夫に手を出すのは不義理だと、下手をすれば家を出てしまいますわ」

「大丈夫よ、再来週は言い過ぎたけど、皆お姉様の幸せの為に協力してくれるからそう遠くない内にね」


 お母様はそう言っていますが……いえその前にソルフィア王国は重婚をしても問題無いのでしょうか?

 確か…人間領の国々ではプロヴィデンス教の教えで重婚は重罪。

 こちらは……そう言えば国王陛下はお妃が5人いましたわ。

 問題は、無いという事でしょうか?


「さて、今後の方針に関してはゆっくりと詰めていくとして、明々後日は確かダルトン工房へマリアちゃんと一緒に行くのよね?」

「はい、姉様の突拍子の無いアイディアを形にする名工。一度しっかりとその手仕事を見ておきたかったんですの」

「それなら…ふふ、きっと驚くわよ、職人としての腕は超一流、それにダルトンさんがいるロリアンは樹石の産地、ついでに樹石に関しても習って来るといいわ」


 それはとても楽しみですわ!

 樹石に関して姉様も詳しくはなく、わたくしにとっては奇妙な半透明な石のような物体にしか思えず、ですが姉様は樹石に対して強い期待感を抱いていますの。

 以前から気になっていたのですが、書物にはもっぱら『古い時代に使われていた樹液を固めた物』『製鉄技術の発展と伴い廃れて行った』程度の説明しか書かれていないので、一体全体何なのか今一つ判然としていませんでした。

 ですから明々後日赴くダルトン工房のあるロリアンが樹石の産地なら、知りたかった事を知る絶好の機会ですわ!

 今からその日が待ち遠しいですの。

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