20話 夏休みの始まり、始まりⅣ

 ソルフィア王国には、といよりもこの世界では自動車に関して免許が存在しない。

 それは車がそこまで普及していなかったからだ。

 最近は人工魔石の高純度化と高強度化、工場の自動化も進んで全体的に蒸気自動車の価格が下がり、さらには技術革新が相次いだ事で蒸気エンジンの小型化もされたりして一般に広まり始めたからきっと、近い将来には車を運転するには免許が必要になると思う。

 なのでボクが普通に蒸気自動車を運転していてもまだセーフ!

 13歳だけど、加算で二十歳を越えているからセーフ!

 レオも実家で車を乗り回しているって言っていたからセーフ!


「どうしたんですの姉様?何か、悪い事をしているけれど、今は罰する法律が無いから問題にならないという表情をされていますわ」

「何でそこまで分かるのかなメル?」

「義理でも姉妹ですから、それでどうしてそのような事を?」

「ボクが前いた世界だと車を運転して良いのは、一定の年齢に達して運転する許可証を持った人だけで、ボクはその年齢に達していないし免許も持ってないんだ」

「それはそれですわ、ソルフィア王国では車の運転に許可証は必要ありませんから、何一つ問題ないですわ」


 まあそう言ってしまえばそういう事だから、ボクも前がそうだったからと気にし過ぎるのは良くない、何より今はメルと一緒に親方さんのいるロリアンへ向けて晴れ晴れとした青空の下、駆け抜ける熱を帯びた夏のそよ風を切り裂いてドライブの真っ最中だ。

 今日の為にずっとロバートさんとシェリーさんの指導の下、自動車の運転の仕方を習い続け昨日ようやく許可が下りたのだ、だからもっと楽しい話をしないと!

 それと今、アクセルとブレーキに足が届くのか?と思った人!

 ふふふ、この車は座席の位置を変えられるから、前いっぱいに移動させればボクでもちゃんとアクセルとブレーキに足が届くのだ!!


 ちなみにボクが運転しているのはアンリさんの奥さんが働いている東部に本拠を置く自動車メーカー『ルイ』が製造した、小型だけど四人乗りのファミリー向けで『エクレ』という名前の蒸気自動車だ。

 比較して本拠が近い事から輸送費が安く済んでいるからと言うのもあるけれど、値段は他社の車よりも安く、だけど性能はお値段以上で今もこれと言って大きい問題も小さい問題も起こらず快調に走り続けている。


 長閑な牧歌の似合いそうな、水車のある風景の中をボクとメルを乗せた車は疾走しているのだけど……どうやら樹石の原料となるサトウキビに似た植物は既に収穫された後みたいだ。

 一応、以前から樹石とは何ぞや?と思って調べてはいた。

 ただどの書物にも、古い時代、日本でいう所の縄文時代のような時代に製鉄技術が普及する前まで、様々な用途に使われていた物としか書かれていなくて、樹石に関してまるで分からない。

 なので親方さんの住むロリアンが樹石の産地と聞いて、長年の疑問に終止符を打てると思っていたから、油黍あぶらきびを見れないのは少し残念だ。


「メル、そろそろ親方さんのいるダルトン工房に到着するよ」

「ようやくですわね、それにしてもロリアンというのは聞いていた以上に田舎ですのね、道があまり舗装されていませんので、揺れに揺れて腰が辛かったですわ」

「ははは、仕方ないよ文字通り田舎だからね。だけど西部はもっと凄いよ、リューベークの周辺は綺麗に舗装されていたけどセイラムの道は獣道と変わらないから」


 メルは信じられないという顔をしたけれど、長雨の度に道が使えなくなって物流が滞ったり止まったりしていた。ロリアンの周辺の道はメルにとっては悪路かもしれないけど、西部出身のボクからしてみれば十二分に整備されている。

 まあ、そういうボクは生まれ故郷であるアーカムの外へ出たのは、リューベークへ向かう度の途中が初めてだったから、長雨でぬかるんだ西部の道を見た事は無くて聞いた話なのだけど。


「そう言えば姉様、姉様が何時も首にかけている片翼の鳥のペンダント。それも親方さんが作ったんですの?」

「これ?これはお弟子さん達が作ったものだよ。まだアーカムに住んでいた頃にアレックスに買ってもらったんだ。学園だと…盗れたら困るから服の下に閉まっているけど、再開する為の目印なんだ」

「姉様、それは普通……いえ、会えると良いですわね」

「うん」


 とは言ったものの、ボクはいまだにアレックスと再会できていない。

 二歳上だから中等部の三年にいると思い何度も探しに行ったけど、そんな生徒はいないと言われて、司祭様にも何度か尋ねたけれどわからないの一点張り。結局聞き出す前に司祭様は国外へ派遣されてしまった。

 たぶん、イリアンソス学園に在籍していないのなら王都の学園に在籍しているんだと思うけど、中々王都へ行く用事が無く今年中には王都へ行ってアレックスを探したいけど、好き勝手に動き回る事の出来ない身の上だから機会を伺うしかない。


 そう思いながら運転しているとモクモクと上がる煙が見え始め、農道の先に親方さんの工房が見え始める、以前の街角の小さな工房から街の需要を一手に引き受ける立派な工房に様変わりしたダルトン工房は、どうやら今日も上がる煙が表すように熱気に溢れているようだ。

 アーカムに住んでいた頃に見たあの熱気に包まれた工房の様子を思い浮かべながら、ボクは車を工房の近くの道に、妨げにならないように脇に停める。

 あれ、駐車場に止めないの?と、現代に生きる人達から言われそうだけど、自動車の価格が下がりファミリーカーが広まり始めたばかりだから、馬車を停めるスペースがあっても車を停める為の駐車場はまだまだ一般的ではないのだ。

 決して違法駐車じゃない!


「ようやく到着ですわ!」


 長時間、座りっぱなしだったメルは体を伸ばしボクも…若干、揺れる道の所為で腰が痛くなっていたから少し、体を伸ばしてからダルトン工房へ。

 扉を開けて中へ入ると以前のように狭い店内に所狭しと商品を置いていた、薄暗さも合わさって雑多な雰囲気から……う、やっぱり広くなった分さらに大量の工房で作った商品を陳列しているから雑多な雰囲気は変わってない。

 ただ陽光が差し込むようになったから雰囲気は全体的に明るくなっていた。


「いらっしゃい、あらマリアちゃん!それと隣にいるのはもしかして?」

「初めまして、わたくしはエルネスト・ヴィクトワールの娘でメルセデス・ヴィクトワールと申し…ひゃわあ!?」

「それじゃあ貴女がマリアちゃんと姉妹の契りを交わしたメルちゃん!可愛いわ!本当に、特に向日葵のような黄色い髪がとっても綺麗!それにマリアちゃん!小さいままだけどさらに可愛くなったわ!」

「ふえ!?」


 お店に入るなり、ボク達を見つけた以前と変わらない姿のニムネルさんが現れて、メルの自己紹介を聞くなり嬉しそうに抱き締め、続けざまに視線をボクに移して今度はボクを抱き締める。

 ただ…小さいままとは!?

 これでもミリ単位だけど大きくなったるのだ!

 決して、10歳の辺りからまるで身長が伸びていないとか絶対ないのだ!!


「ニム何やって…と嬢ちゃんにお嬢か!よく来たな!」

「お久しぶりです親方さん」

「お久しぶりですわ、本日はよろしくおねがいしますの」

「久しぶりだな二人共!しっかりと見て言ってくれ」


 ニムネルさんとメルは初対面だけど、親方さんとは何度かメルは会った事がある。

 だけど工房で槌を振るう親方さんを見た事が無いから、メルは今日この日をとても楽しみにしていたから、初めて親方さんの工房に訪れた時のボクと同じようにウキウキとした足ぶりでメルは親方さんの後ろをついて行く。

 ただ工房の中は真っ赤な炎を上げて燃える高炉とかがあるから、興奮し過ぎて近付き過ぎないように…あれ?何でメルはボクの手を握っているんだろう?


「姉様、工房の中は危険ですから興奮して走り出さないように、手を握りますわ」

「ボクだって成長してるんだよメル?」

「帰省中に立ち寄った駅で、装甲列車を見るなり興奮して軍の方々に迷惑をかけたのはどなたですの?」

「……はい」


 ぐうの音も出ません。

 帰省中に、その昔リューベークで見た名前だけ軍用列車とは違い、本格的な、それはもう立派な装甲列車を見てしまい、ボクは思わず走り寄ってしまいました!

 

 メルに手を握られながらボクは工房の中へ。

 以前と変わらない、いや以前よりもずっと熱気に溢れる工房の中では燃え盛る炎の勢いにも負けない勢いで、お弟子さん達が真っ赤になった鉄を打ち、時には鋳型に溶かした鉄や樹石を流しいれていた。

 あれ?

 何やら人が増えてる。

 以前からいるお弟子さん達の他にもニムネルさんのような笹穂耳の人達もお弟子さん達に混ざって、溶かした樹石を鋳型に流しいれて樹石製品を作っている。工房もアーカムの頃と比べたら倍以上に広くなっているから、きっと新しいお弟子さんなのかもしれない。

 新しい工房の中をキョロキョロと見ていると、親方さんは唐突に振り返り申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「嬢ちゃんに頼まれていたもんなんだが、ちーと特殊な依頼が立て込んでてよーまだ出来てねーんだよ」

「そうなんですか?じゃあ……」


 頼んでいた物は間に合わなかったのか……あれがあればきっとメルの大きな助けになると期待していたから、とても残念だ。

 そう思った直後、親方さんはころり表情を変える。


「安心しな、樹石製品に関しては全部できてる。なんせここロリアンは樹石の産地だ、加工に関しちゃあ玄人揃いでうちの工房より頼りになる」


 親方さんはそう言うと工房の奥に行き、頼んでいた物で作った箱に入った。

 これまた頼んでいた物を持って来た。

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