14話 5月からの日々にⅢ

 アルフォード先生の言葉が何を意味しているのか?

 その答えに行きつく前に5月は過ぎて6月中旬に。

 何かと矢面に立つ、という行動以外の手段を思いつかずメルとグリンダは今日も机に突っ伏しながら頭を悩ませている。6月も中頃を過ぎれば7月に入ってすぐに実施される期末テストに備えて、何時も以上に予習と復習をしないといけない。

 普段なら帰ってヴェッキオ寮でする勉強会も、色んな資料や過去の問題が保管されている学園の図書館でしている。

 分からない所があればここですぐに調べられるからだ。


 学園都市イリアンソスの歴史資料館と併設しているこの図書館は、本当に色んな資料があって困ればすぐに調べ物が出来る、他にも豊富な蔵書量を誇っていて勉強以外にも色んな小説を読む事が出来る。

 ただ学園側が経費削減だと言って新しい本を購入する事を禁じているから読める本はコンラッド理事用就任前に出版された物に限られている、資料館の方もコンラッド理事長を称える為の展示に変更され数多く合った歴史資料は都市議会へ寄贈されてしまった。

 オリヴェル小父様が言うには当時の議長を筆頭に汚職に手を染めていた議員によって転売され、多くが失われてしまったらしい。今はそれを買い戻す為に動いてるらしいけれど国外に流出した物も幾つかあると言っていた。

 

 その内、この図書館の蔵書も次々と寄贈と称して売りに出されるかもしれないと思うと、とても憂鬱な気分になってしまう。

 少しの間だけだったとしてもここはお母さんが学んでいた場所で、思い出の場所なのだ。

 だから汚されている気分になってしまう。


「なんちゅーかあれやな、この前はまったく人が居らへんかったけど今はぎょーさんおるな、特に図書館は貴族的やと言って利用せんかった連中もおるで」

「うん、そうだね。クライン君達は期末テストで点数が悪いと夏休みを返上して補習を受けないといけないらしい、まあ正確に言うとボクのいる5組事態がそういう状況だね」


 だから危機感を抱いている人達は必死に遅れを取り戻そうとしている。

 授業中によく居眠りをする人も今では眠りそうになると、自分の頬を抓って目を覚ましたり休憩時間中も勉強をしたり、中には徹夜をしているのか目が真っ赤に充血している人もいる。

 だけどそれは逆効果だ。

 ローマは一日にしてならず、勉強もまた一日では駄目なのだ。

 一夜漬けで覚えても、それは身に付かない。

 三歩歩けば忘れてしまう鳥のように、試験期間が過ぎてしまうと頭からすっぽり抜け落ちてしまう。

 だから日頃の無理のない努力が必要なのだ。


「1組は比較して勤勉な方が多いので特に問題はありませんわ、革新派はいませんし貴族派の方も不真面目なのは一部だけ、後の方は貴族たる者他の規範であるべしと日頃から励んでいますの」

「レイエス先生が言うには昔のイリアンソス学園では今のような勢力争いは無く、貴族派は生徒の規範たれ、王統派は誰よりも勤勉であれ、革新派は新しいことへ挑戦せよ、という感じだったそうだ。すると私は貴族派になるのか?」

「そうなるとアルベールとうちは王統派、メルは…何かと新しい物が好きやさかい革新派ちゅー事やな、昔なら」


 それが今では三勢力に分かれて対立している。

 思想も規範も全て過去とはたがえて、まるで犬歯を剥き出しにして吠え合う犬のように勢力争いを繰り広げて…繰り広げて……繰り広げ………ううん、ここまで出て来ている、喉元まで何か出てきているのだ。

 アルフォード先生の言っていた事の意味が分かりそうなのにどうしても辿り着けない、だけど何かきっかけがあれば分かりそうなそんな感じなのだけど……駄目だ、後ろの声が気になってどうしても答えにまで行かない!


 そうさっきから後ろの席でクライン君やラディーチェん君達がああでもない!こうでもない!と、何たら団?の面々と一緒に教科書とノートを広げて侃々諤々けんけんがくがくと勉強会を開いているのだ!

 ただ問題は参加者はクラスでもダントツの最下位争いをしている面々で、教科書を見ても分からず持って来た参考書を見ても分からず、そして誰も答えが分からないから多数決で正解か否かを決めるという奇行に至ってしまっている。


 見て見ぬふりをボクはするべきだ。

 知らないふりをボクはするべきだ。

 彼等は革新派でメルの敵で、ボクは彼等に襲われたしだから……見て見ぬふりをボクは前世で何度もした。自分の事で手一杯だったし落ちこぼれる人は集団がある限り、必ず現れる。

 彼等もそうだと割り切るべきで……だけどやっぱり自分の心に従うべきだ!


「では採決の結果、この答えで正解とする!」

「正解とするじゃないよ、最初の計算から全て間違ってる。そもそも公式事態違うよ!」

「「「アルベール・トマ!?」」」


 まさか、まだ4月に習っていた数学の問題で躓いたままだったのか……。

 どうしようもう既に頭痛がして来た、だけどやると決めたのならやるきる!


「アルフォード先生の補習を受けた筈だよね?なのにそこからまだ先に進んでいないとか……」

「馬鹿にしに来たのか!貴族に媚を売るお前と違って俺達は自分の力だけでここにいるのだ!だから自分達の力だけで前へ進むのだ!」


 クライン君は立ち上がってボクを見降ろしながらそう叫んだ。

 威勢だけは立派、というのはまさにこの事なのだろう。

 自分達の力だけ?片腹が痛いよ。

 今の自分がここにあるのは教えてくれたり、支えてくれたりする人がいるから。

 今の自分がその程度なのは自分がプライドばかり気にして、一時の恥を厭うあまり二の足を踏んでいるから。

 クライン君の言葉は格好つけているだけでとても中身が空っぽだ。


「馬鹿に?今のままならボクは君達を軽蔑する。大層な御託を並べるだけで何もしない、他人を妬んで足を引っ張るだけの君を、ボクは馬鹿にするんじゃなくて軽蔑する。そして目の前には学年三席の秀才がいる、一時の恥をかくか一生の恥をかき続けるか、どちらかだよ」

「っ……」


 クライン君はボクの言いたい事を理解して思い悩む。

 この…何とか戦隊?のリーダーで皆、どうやらクライン君に信頼をよせている。

 だから彼の選択次第だ。


「……分かった、分かったが!俺は絶対にお前を認めないぞ!俺達は…俺は…貴族が大嫌いだ、そいつらに媚を売る奴も大嫌いだ!だけど、負けたままのは見下されるのはもっと嫌だ!」

「いいよ、ボクは別に見返り欲しさに手助けをする訳じゃないから終わった後のことなんて気にしない…だけど普段から真面目に授業を受ければ良かったと、改心してしまう地獄は覚悟してね?ボクはけっこう容赦ないから」


 後ろから感じる背中を突き刺す視線には後で謝ろう。

 うん、どれだけ成長してもボクの本質は昔のままだ。

 感情的で衝動的で血の気が多い。

 だけど、これは今気づいた事なのだけれど、ボクは何で彼等と対立していたのだろう?



♦♦♦♦



「馬鹿ですの?」

「残念だがメル、マリアは基本的に衝動的で馬鹿だ」

「分かってますのそんなこと!だからと言って態々敵対している相手に……」


 ヴェッキオ寮に戻るや否や、ボクはメルから正座を命じられて三人に見下ろされながら説教を受けている。

 敵対している勢力へ助力する。

 第三者からしてみればただの迷惑でしかない。

 だけど後悔はない!

 例え全教科が壊滅的でどうやって入学したのか理解の範疇外だったという衝撃の実態を前にしても、ボクは後悔をせずに勉強を教えるのだ!!


「まあ落ち着きーやお二人さん、まあ…正直言って聡い顔して何やってんの?ちゅーのは誰やって思うし何よりなマリやん…あいつ等必ず恩を仇で返すで?」

「うん、覚悟はしているよ。それとレオ一つ聞いても良い?」

「何や?」

「何でボク達は彼等と敵対しているの?」

「は?何で敵対しとるかって?そりゃあ決まってるやろ!あれや、ええと…そりゃあ……」


 レオはボクの質問に最初は勢いよく答えようとして、続く言葉が思い当たらず深く考え込み始める。ボクはメルとグリンダにも視線を送ったけれど二人も言葉に詰まって答えを返してはくれなかった。

 学園に入学してからボクは普通に当たり前のことのように勢力争いに加わった。

 所属する王統派の優位を確立する為に敵対する勢力を極端な言い方をすると排する事ばかり考えていた、だけど今さらだけどそもそもボクは彼等と敵対する理由はあるのだろうか?


 何より今の学園の現状を見る限り彼等と敵対して優位に立ったからと言って何が変わるのだろうか?

 何も変わらない、それなら争う理由は無い。

 ボクはクライン君達に勉強を教えようと思い立った瞬間に気付いたのはその事だった。

 そしてボク自身、誰かに踊らされているような気がした。

 だから今のままではいけない。

 もっと別の事で行動を起こすべきで、何より敵対する相手を間違えていると確信を持って言える。


「確かに言われてみればそうやけど…マリやんの考え過ぎや無いか?学園の現状を考えれば自分の所属する派閥を優位に立たせるっちゅうのは当然やで、せやないと毎日闇討ち祭りや」

「だがレオ、マリアの意見も一理ある。確かに私達は優位に立とうとしていた、だが誰を相手にだ?そもそも学園の現状は誰の所為だ?正直に言って今の私達は本当に誰かの手の平で踊っているだけのように思える」


 ボクの言葉にレオは釈然としない表情だけどグリンダは何かに気が付いたみたいで、このままではいけないと……あれ?なんでメルはここまで深刻そうな表情をしているんだ?

 それに爪を親の仇のように噛んで…ここまで険しい表情をしたメルは初めて見る。 


「迂闊…いえ短慮でしたわ。そもそも派閥分け事態も実に愚かですの、私達わたくしたちが本当に戦うべき相手とは、何故今まで…でしたら準備が……殿下、いえもしやこれは計略?誰の?殿下の?いえそれでは噛み合わせが悪いですの。全て偶然の産物……」

「メル?」


 何かブツブツと一人で呟いているメルに声を掛けたけどまったく聞こえていないらしく、レオやグリンダが声を掛けても何の反応もせず、何か呟き続けている。

 だけどもう止めないと、爪を噛み過ぎて血が出てる!


「メル!!」

「ひゃわあ!?なっ何ですの姉様!?」

「何ですのじゃないよ!血が出てるまで爪を噛むなんて、もうレオ!」

「ほいさ!ちーと待っといてや、薬と包帯とっと、その前にしっかりと洗っといてや」

「分かった、ほらメル!こっち来て!」


 ボクはメルを台所へ連れて行って水で傷口を洗い、レオは手馴れた手つきでメルの指を消毒してから塗り薬をしてガーゼと包帯で傷口を覆う。さすが生前は軍人だけあってレオの手つきは迷いが無くてあっと言う間に処置を終わらせた。

 ただメルはその間もずっと何かを考えているらしくて、表情はどこか曇っている。


「メル、何に気付いたの?」

「申し訳ありませんわ、まだ確かな事が言えませんの。ですが姉様は彼等に勉強を教えてあげてくださいまし。それはきっと、この先で大きな意味を持つはずですわ」


 顔を上げたメルはさっきまでの曇った表情は消え、何かやるべきことを見出したという表情を顔に浮かべ、ボクを真っ直ぐ見る瞳はとても力強く確固たる意志を宿していた。

 その意味を理解するだけの能はボクに無いけれど、反対していたのに急に賛成したと言う事はメルにとっても大きな意味を持つというのだけはボクにも分かる。

 ボクは頷く。

 絶対にやり切って見せると!

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