15話 5月からの日々にⅣ
さて、いざクライン君達に勉強を教えようと決めたのはいいけれど二つ問題があった。
放課後から夕方までボクはヴェッキオ寮に戻れない、その間の家事とかをどうしようという問題だ。それはネスタ兄さんとエドゥアルド殿下に相談したらあっさりと、ダンテスさんを派遣してくれる言って解決した。
ダンテスさんはメイド道の有段者だからとても頼りになる、なので後顧の憂いが無くなりボクはクライン君達に勉強を教える事に集中する事が出来た。
もう一つの問題はクライン君達の分からないがボクの予想していた分からないの遥か斜め上を行っていた事だ。
名門学園に入学したのだから最低限には勉強が出来る筈だと思っていたら、基礎学校の段階での躓きを今も引き摺って教科によってはそこから教え直しをする必要があったのだ!
ボクは図書館にある参考書を片っ端から漁ってシェリーさんがボクに教えてくれた要領を参考にしてクライン君達に勉強を教えている。
取りあえず全員が共通して躓いている数学を中心に教えつつ、得意な科目を伸ばす方向で行っている。
ただ得意科目と言っても比較してだから結局はそこもしっかりと教えないといけない。
こんな惨状で期末テストまで間に合うだろうか?
勉強を教え始めた頃はそうボクは思っていた。
「ラディーチェ君、そこは数式を省略しちゃダメだよ」
「ええ!?何でさ!別に省略しても計算は出来るよ」
「ここは省略せずに全て書くようにって何度もテストで出ているんだ、そういうのは日頃からやっておかないといざと言う時に必ずミスをする、ほらやり直し!それとええと、ランバート君はそれで正解、それじゃあ次は……」
「アルベール、これってこうでいいのか?」
「ん?少し違うね、ここの綴りはこうだよ。間違えやすいから気を付けて」
だけど始めてた時は何かと食って掛かって来ていたクライン君も、頻繁に行われるようになった小テストで勉強会の成果が目に見えて見え始めると、一番率先して勉強に励み協力的になってくれた。
そして同じ様に結果が出始めた事で他の人達もクライン君を見習って寮に戻ったり、休憩時間の合間に遅れを取り戻そうと勉強に励んでくれているから、期末テストはたぶん中間テストのような悲惨な結果にはならないと今のボクは確信している。
7月に入り来週には期末テストを控えた今日この頃。
つまりテスト週間真っ最中の今、図書館は多くの生徒が集まってテストに向けて勉強会を各々で開いている……筈だけど思っていたよりも人数が少ない。一年生は成績が上位の人が中心で後は上級生が殆どだ。
一番ここを利用しないといけない5組の生徒はボクやクライン君達以外誰もいない。
「なあアルベール、何でお前ここまで勉強教えるの上手いんだ?あれだろ、全教科満点って言うのは法螺話だったんだろ?なら何でどの教科でもすんなり答えが出るんだ」
「それはボクが日々予習復習を欠かさないからだよ、秀才は一日にしてならず。日々の積み重ねが秀才を作るんだ。後はボクに小さい頃からずっと勉強を教えてくれている人がいて、その人の教え方を真似しているだけだよ」
「小さい時って、今も十二分に小さいだろ」
「クライン君、はいこれ追加の問題。頑張って解いてね?」
「ええ!?」
「馬鹿でーアルベールに身長のこと言うなんて、全然学習しないよなクラインは」
「うるせぇ!お前だけには言われたくねーぞラディーチェ!!」
「二人共、図書館で静かに出来ないなら二倍増しだよ?」
「「……」」
ちょっと気を抜くとすぐに騒ぎ出す。
自分で疑問に思うのあれだけど男の子ってこういうものだっけ?
それよりも彼等に教える事に集中して自分の事を疎かにする訳にはいかない、必死に問題を解いている隙に自分の勉強もしないと!メルからも成績は絶対に落とさないように厳命されているからお姉ちゃんとして良い成績を取らないといけない。
でもテストの範囲は予想通りで予習自習に抜かりはないのだ。
「解けたぞ!どうだ!」
「ええとね……うん、前より正解している所が増えてる、だけど引っかけ問題にはやっぱり引っ掛かるね。こことここ、あとここも」
「嘘だろ!気を付けてんのに何でだよ!?」
「引っかける為に出す側は創意工夫を凝らすからね、だけど始めた頃よりもずっと良くなってる、この調子なら期末テストも悪い結果にはならないと思うよ」
クライン君は一番熱心だから始めた頃よりもずっと良くなってる、特に数学に関しては一番上達している。国語はラディーチェ君の方が上で基礎が出来ていなかっただけで基礎さえできれば、元から向いているのもあって目を見張る成長を見せている。
他の面々もそれぞれで得意な科目の成長が著しくて、落第クラスの最底辺と言われていた面影はどこへやら、今では5組の中でも上に食い込むようになった。
これなら夏休みを返上して補習なんて事態にはならないと思う。
何より落第点を取ったら許さない。
「さて今日はここまで、何時も言っているけど睡眠時間はしっかりと取るように!徹夜と寝不足は厳禁、予習復習もやり過ぎると逆効果、適度に緊張を解して心に余裕を持つ様に」
「分かってるって、本当に口煩いよなアルベールは」
「だけど一番熱心に守ってんのはお前だぜクライン?」
「何でもくっちゃべるなよラディーチェ!」
♦♦♦♦
マリアローズがクライン達に勉強を教えている最中、ヴェッキオ寮の面々も自習に励んでいました。
特に前回の中間テストで上位にこそ食い込めたものの三人に大きな差を付けられているレオノールは今回の期末テストで10以内に入ろうと必死です。ただ根を詰め過ぎていてこのままとテスト本番前に力尽きてしまいそうなので、グリンダは小休憩をさせようとちょっとした小話の為の話題をふります。
「そう言えばギリウスの火って知ってるかレオ?」
「知っとるで、あの胸糞悪ーなる訳の分からなん物語やろ?」
「そうそれ、マリアは以前、そのギリウスの火はギリシャ?火薬だと言っていたんだが、ギリシャって何だ?」
「うちがおっと世界の…たぶんマリやんが言っとるのは古代ギリシャやな。ただマリやんは勘違いしとるで、名前は確かに似とるけどギリシャ火薬はナパームの一種やさかいあんま関係ないで」
「なぱーむ?」
「ええとな…分かりやすー言うとな、水掛けても消えへんめっちゃ粘り付く焼夷弾や、ほれ随分と前に魔獣狩りでオトンが使っとた焼夷弾のえげつない版や」
「何だそれ?取りあえずマリアは勘違いしていたという事か」
「たぶんな、せやけど合ってるかもしれへん。オトンから聞いた話やと人間領で起こった事件やさかいそれが今の火薬なんか、それとも世界初の本格的な焼夷兵器やったんかは不明やけど、人間領で火器が使われるようになったんはギリウスの火が発明されてかららしいで」
それから先の話には繋がりませんでした。
理由としては二人揃って余裕が無いからです。
マリアローズの抱いた疑問を聞いた二人は今まで自分達は何故その事に疑念の一つも抱いてないかったのか?中等部に進学するまで学園の現状を変えたいと思っていたのに、何故勢力争いに夢中になっていたのか?
気付いてしまい試験勉強に集中しながらその事も考えているので、どうしても二人には余裕がなく、何よりマリアローズが問題のある生徒に日が暮れるまで勉強を教えていること、そしてあのマリアローズが勉強を教えると言い出した日以来メルセデスは授業が終わってヴェッキオ寮に戻るなり部屋に閉じ籠るようになっていました。
「しっかしあれやな、何となくやけど答えが見えて来たわ、そんで正直凹むわ」
「何でだ?確かにものの見事に手の平で踊っていたが凹むよりも腹立たしいだろ?私は心底腹が立っているぞ」
「グリはな、基本が勝ち気なお嬢やさかい。うちはこれでも中身は45《しじゅうご》のおっさんや、年長者として気付けへんかった事に無力感を感じてんねん……」
そう言ってレオノールは項垂れ自身の無力さに溜息をついてしまいます。
享年45歳、転生してからの日数を加えれば60が迫って来ていると言うのに、それでも気付けず滑稽に手の平で自分は踊っていた、その事実は屈辱であると同時に自分は所詮戦う事以外の能力が無いと痛感させられ、レオノールは無力感に苛まれていました。
グリンダは力なく項垂れる親友にどんな言葉をかけるべきか迷い、下手に慰めても責任感の強いレオノールを追い詰めるだけで言葉を見つけられず、ただ静かに時間だけが過ぎて行くだけの筈でした。
「まあ仕方ありませんね、精神は肉体に引っ張られるといいますから、中身が60歳手前とは言え肉体は12歳の…そう言えば先日誕生日を迎えられたのでしたね、肉体は13歳の少女で子供なのですから、これを糧にして次に生かせばいいだけですよレオノールさん」
「そういうけどなダンテスさ………え?ちょっ!?」
「ご安心を、マリアローズさんのことも知った上で妹のように可愛がっているので貴女も同じ、あと知っているのは私だけで殿下もネストルさんも知りません。ああ、口が軽いのはあのいけ好かない司祭ですよ」
「あのクソ司祭かい!口が軽過ぎやで!」
いけ好かない司祭、またはクソ司祭。
言うまでもなくレオニダスの事です。
ダンテスは事前にレオニダスから今年入学する一年生の中に二名程、
共通の嫌いな相手の話題で空気が軽くなった事を確認したダンテスはそっと、紅茶とマリアローズがおやつとして作っておいたブラウニーの載った皿を、図書室の机に置いて二人に休憩をする様に促します。
「取りあえずレオノールさんは肩に力が入り過ぎです、生前どれ程の長さを生きたとしても転生してしまえば等しく子供、気にし過ぎていては人生を楽しめませんよ?」
「オカンにもよう言われる、うちは気張り過ぎやって……」
「ええ、ですから気楽に行きましょう。普段通りに何時も通りに」
「せやな…その方がうちらしいな!」
先程までの沈んだ雰囲気から一転して何時もの調子を取り戻したレオノールに、グリンダは安堵して今度は部屋に引き籠っているメルセデスの事が気になりだしましたが、すぐにダンテスは心配ないとメルセデスに伝えます。
「二人が思っている様な事ではありませんよ、あの子は現状に気付き打開作を講じる為の準備をしているだけなので、今心配すべきはマリアローズさんです」
「マリやんか?まあ確かにあの連中は信用ならへんからな!そや、次回からはうちらも参加するんはどうやろうか?」
良い事を閃いたという表情でレオノールは言いましたが、どうやらダンテスが心配しているのは別の事だったようです。
「私が心配しているのはその後です、考えてみてください?日が暮れて女の子一人で帰宅するのは危ないと殿下が自ら迎えを買って出ているのですよ?マリアローズさんに求婚したエドゥアルド殿下が!」
「……一大事じゃないか!」
「あかん!男は皆狼や!マリやんが!マリやんが!!」
三人はマリアローズをエドゥアルドが押し倒すのではないかと心配して騒いでいますが、実際にはその心配は無くと言うよりもネストルがそれを許すはずもなく、ヴェッキオ寮まで送る時は必ずネストルも同席しています。
大切な義妹を守る為なら兄という生き物はどこまでも強くなれるので、例え相手が王族であっても容赦なく鉄拳による制裁を加えます。その事を知りつつダンテスは二人の肩から力を抜く為にあえてその事を伏せて一緒に騒いでいるのです。
ただすぐ隣の部屋で企画書作りとテスト勉強に勤しむメルセデスはやたらと騒ぐ三人に、随分と気楽に構えているなと呆れていました。
メルセデスが作っているのは母シャーロットに見せる企画書です。
夏休みに実家に戻った折に両親に見せ必要なら資金面での援助を頼む為に、娘だからと言って手放しで資金援助などしない、それが採算の見込めるもしくは価値のある事業だと証明しなければ決して援助をしないシャーロットを納得させる為の企画書をメルセデスは作っていました。
しかしまだ納得のいく完成度の企画書は出来ていません。
なので今日もメルセデスは血眼になって企画書を作り続けました。
今も騒ぎ続ける隣の部屋の三人に呆れながら……。
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