6話 幕開ける学園生活Ⅱ

「あらあら?本当に芋臭いですわ!」


 わたくしがそう言いながら物陰より颯爽と現れるとウォルド=エマーソンさんはわたくしの物言いから取り囲んでいる上級生達と同じように、西部出身だからと言って差別しに来たと思ったらしく苦虫を噛み潰したような表情になり、取り囲んでいた上級生達は思わぬ援護が来たと思って、嬉々とした表情になり私に歩み寄って来ました。


「その特徴的な奇抜な髪型は!君は確か新入生のメルセデス・ヴィクトワール嬢!」


 誰が奇抜な髪型ですって!喧嘩売っていますの!!

 その前に、おや?わたくしの名前を御存じで?

 まあわたくしも姉様も今回の入試で姉妹揃っての一番の成績を取り待たし、有名なのは仕方ありませんわね、ですがこの方達は明らかに物言いから貴族派、もしやヴィクトワール家が元侯爵家なので貴族派だと思っているのでしょうか?


「君も彼女が芋臭い、辺境いや秘境貴族だと思うんだな!」

「ええ、わたくしも芋臭くて仕方が無かったんですの」

「そうか!それじゃあ……」


 何やら勘違いをしたらしく、嬉しそうに握手を求めようとした上級生の横を素通りして、わたくしはウォルド=エマーソンさんを守るように腕組みをしながら前に立ち、上級生達を睨みつける。

 その行動に上級生達は目を丸くして驚き、後ろに居るので表情が見えませんので分かりませんが、きっとウォルド=エマーソンさんも同じ様に驚いていると思いますわ。

 

「芋臭いのは貴方達ですわ。ええ、本当に臭い、大丈夫ですの?腐っていませんの?」

「お…俺達がだと!?」

「ええ、改革の波に乗れなかったド田舎育ちの皆々様方以外に誰がいますの?もしや気付いていらっしゃらなかったんですの?」


 リーダー格の男子生徒は顔を真っ赤にしながら、フルフルと肩を震わせどうにか平静であろうと心掛けています、なので隣の別の男子生徒が代わりに私の方に近付き睨みつけて来ました。

 さてどんな言葉が出来て来るのでしょう?


「中等部は貴族派が優勢なのは知ってるよな?」

「ええ、承知していますわ。それがどうしましたの?」

「後ろにいるウォルド=エマーソンは王統派だぞ?つまりそいつの味方をしたら自分が王統派だって認める事になるぞ」

「ええ、そうだと最初に言いましたわよ?はあぁ…自称誇り高いお貴族様は人の話も満足に聞けませんの?一度幼年学校からやり直す事をお勧めしますわ」

「んだとっ!?」


 あら、これは失敗。

 少し言葉に毒を盛り過ぎましたわ。

 怒り心頭と言う感じですの。

 これは間違いなく短慮な行動をする人の表情、これ以上言えば間違いなく短気を起こすに違いありませんわ……というよりも何故この程度の相手に劣勢なんでしょうか?いえ流石にこれはごく一部だと思いますわ。

 

「構う事はない!少し立場を教えてやればその減らず口も叩けなくなるさ!」

「大人しく見て見ぬふりをしとけば痛い思いをせずに済んだのにな、自分の愚かさを呪え!」


 あらあら、仕方ありませんわ。

 ふふ、これでもわたくしは姉様と一緒にベルベットさんから護身術を習っていますの。

 まだまだ姉様には及びませんが、それでも多少は使えます。

 さて……今気が付きましたが上級生の後ろにいる方、どなたですの?


「っいてぇ!?誰だ!」

「誰って、うちやで先輩?皆さんご存知、おとんは亜人でおかんは獣人のハーフ!毎度お馴染みのクレメンテ・レオノールやで」

「ひぃい!?」


 褐色の肌とウルフカットの赤銅色の髪、糸目の人懐っこそうな顔立ちのとても背の高い少女が殴り掛かろうとした上級生の腕を掴み上げていました。

 苗字が先に来ていると言う事は南部の方らしいですわ。


「人がトイレに行っとる間に何グリにちょっかいだしとんねん?グリは根っからのお嬢やさかい、こういうお話は苦手なんよ。せやから話があるんならはうちが相手するで先輩?」


 糸目で人懐っこそうに笑っていますが、とても凄みのある姉様のように凄みのある笑顔をする方ですわ!先程から顔を真っ赤にしていた上級生達が一瞬で顔を真っ青にして震えだしていますの!

 ですが腕を掴まれているリーダー格の上級生は振り解くと少し退け腰でクレメンテさんを睨みつけました。


「噂通りの主人思いな飼い犬だな」

「何言うてんねん、うちのオカンは豹やで、犬と違うで」

「あ…え…まあいい!話は終わった。今日はこのくらいで許してやる!!」


 後退りながらある所まで下がると脱兎の勢いで、上級生達は逃げ帰って行きました。

 文字通り尻尾を巻いて逃げて行きましたわ。

 さて、助けに入ったつもりが逆に助けられてしまった…という事でよろしいのでしょうか?


「全員揃いましたか!誰かいない人に気付いたら言ってください!」

「先生!ヴィクトワールさんがいません!」

「ウォルド=エマーソンさんとクレメンテさんもいません!」


 上級生達の所為で集合時間に遅れてしまっているみたいですわ!

 早く戻らなければ!

 大急ぎでクラスへ戻った私とウォルド=エマーソンさんとクレメンテさんはレイエス先生から注意を受け、故意ではない事を伝える為に事情を説明するとさらに「そういう時は先生に言いなさい!」と注意を受けしまいました。



♦♦♦♦


「へー!シャトノワ領から来たんかメルメル!」

「ええ…え?メルメル?」

「おいレオ、いきなり変なあだ名をつけるな」

「ええやん!メルセデスやからメルメル!」

「それならメルでいいだろ……あ、すまないヴィクトワールさん、レオはその…すぐに人にあだ名をつける癖があって悪気は無いんだ」

「いえ、驚いただけで気にしていませんわ」 

「ほら!まあさすがにメルメルは砕けすぎやな、まあよろしゅうなメル!」

「だから馴れ馴れしいぞレオ!すまない本当に悪気は無いんだ、南部人は恐ろしく人懐っこくて……」

「大丈夫ですの、気軽にメルで構いませんわ。ですので私もグリさんとレオさんと呼ばさせていただきますわ」


 そう言うとレオさんは人懐っこそうな、いえ人懐っこい笑顔を浮かべて大袈裟に喜びながらまるで猫が軽やかに踊るように私の前に出て、メイドの方達が客人を迎え入れる時にするようにお辞儀をしながら自己紹介を始めました。


「なら改めて自己紹介やな、うちはクレメンテ・ホルヘの娘でクレメンテ・レオノール。クレメンテが苗字で名前がレオノールっちゅうねん、あ!尾っぽはないけどれっきとした獣人やで!うちはおとん似でな、兄やんはまんま獣人なんやけどうちはぱっと見は普通の亜人と変わらんのんよ、でもな魔法は獣人らしく内向特化でおまけにおかん譲りの身体能力で木登りは誰よりも得意なごへっ!?」

「一人で話し続けるな馬鹿レオ」

「それなら一言いえーや!おもっきり人の脇腹突っつくなや!弱いんよ、めっちゃ脇腹弱いんようちは!!」 

 

 夢中になって話し続けるレオさんに苛立ったグリさんは慣れた動きでレオさんの脇腹を小突き、小突かれたレオさんは怒ってグリさんに抗議していますが、お互いに本気で苛立ったり怒っている訳ではなく、ただじゃれ合っているだけのようですの。

 そして一通りのやり取りを終えると、グリさんは小さく咳ばらいをして自己紹介を始めました。


「こいつの所為で色々と遅れてしまったが、先程は助かった。私はアッシュ・ウォルド=エマーソンの娘でグリンダ・ウォルド=エマーソン、まあ聞いての通りの西部の辺境、アーカムの田舎貴族だ」


 セイラム…姉様と出身地が同じですわ。

 もしかして姉様のご友人はこの方?いえだからと言って軽々しく姉様の名前を口にする訳にはいきませんわ、歯がゆい事に姉様は今も指名手配を受けている身、南部連合と半ば独立国家のような行動を取っていてもソルフィア王国の一部。

 つまり彼等が出した指名手配は確固たる証拠を突き付けて姉様は無実だと裁判で証明しない限り、姉様はマリアローズとして大手を振って生きられない、シャトノワ領でさえ正体を隠さねばならないのだから、ここではさらに警戒して軽々しく外で姉様と言えませんわ。

 

「田舎、辺境などとあまり言わない方がいいですわよグリさん、聞き手によっては卑下している様に感じられますし、何よりシャトノワ領だってド田舎ですわよ」

「シャトノワが?東北部随一と言われているシャトノワ領が田舎?」

「ええ、確かに大きな領ですが栄えているのは領都とその周辺が主、外れれば牧歌的な風景の広がる長閑な場所ですの、ですから無い事は劣っているのではありませんわ」


 私がそう言うと何故かレオさんはケラケラと笑い出して、グリさんの肩を叩きました。


「ほらなゆーたやろ?ちょいと周りより遅れてるくらいで気にし過ぎなんよ、何やりなそれをどーにかしたいからここに来たんやろ?」

「それはそうだが……」

「どうにかしたいというのは、どういう事ですの?」


 レオさんの言った事が少し気になった私はお二人に言葉の意味を尋ねると、レオさんはニヤニヤと笑いグリさんは気恥ずかしそうな表情を浮かべました。

 そしてグリさんは頭を掻きながら意を決した表情を浮かべましたの。


「私は…他の地方と比べて明確に遅れている西部を少しでも発展させたくて、その助けになりたくてイリアンソスに入学したんだ。ここで政治について学んで、他の領の人達と交流をして見聞を広め、少しでも故郷の発展に尽力したい、それが私の目的であり夢だ」


 大志を抱いた瞳でグリさんは自らの思いを口にしました。

 とっても素晴らしいですわ!

 わたくしと同い年だと言うのに、ここまで大きな夢を抱いてここへ来た!

 気恥ずかしそうに顔を赤くしていますが、その思いは紛れもなく本心であり何より太陽のように燃える熱意がありますの。

 会ってまだ間もないと言うのに、わたくしはグリさんとお友達になりたくて仕方が無くなりましたわ、なら思い立ったが吉日ですの。

 わたくしはグリさんに向き直って右手を差し出しました。


「是非、私と友達になって欲しいですの」

「いいのか?口先だけの夢想家かもしれないぞ、私は」

「口先だけの人はそのような目をしませんわ」


 ええ、口先だけの人はそのような熱のこもった目をしない、あの女がそうだった。

 そして熱意を持った人の目は爛々と輝く、グリさんも同じ様に爛々と輝いていますの。

 グリさんにわたくしの本気が伝わったのか、少し苦笑いを浮かべてから笑顔で私の手を握りました。

 

「こちらこそ、是非私と友達になって欲しい」

「ええな!うちは?うちも友達になりたいんやけど!!」

「ええ、レオさんも」


 姉様、そしてシャトノワの皆さん、色々と問題が起こりそうな予感は多々ありますが早速友達が出来ましたの。

 ええ、ええ!

 とても幸先がいいですわ!



♦♦♦♦



 何でこうなったんだろう?

 ほんの数日前まで、ボクは楽しい学園生活を夢見ていた。

 最愛の妹と掛け替えのない親友達と共に青春を謳歌するのだと思っていた。

 だのに!何でこうなったの!?

 

 所属する5組のクラスメイト達はボクに対して敵意の眼差しを向け、担任のウィット先生に至っては事あるごとに『トマ君は入試で全教科満点とを取った天才!皆さんは誠実に日々努力し勉学に励み、彼に負けぬように正々堂々としてください!』とボクが不正に入学したかのように言い触らして皆のボクに対する悪感情をさらに増幅させようと躍起になっていた。

 どうやらボクがいるクラスは革新派の生徒だけが集まったクラスで、王統派はボク一人というまさに孤立無援状態。

 楽しい筈の学園生活は生前の再現と……いや、今はメルがいてくれる。

 だから平気だ、何よりきっとグリンダも約束を守って絶対に入学している筈だ。

 

「以上がわたくしの所属する1組の実情ですわ。王統派が優勢で貴族派は劣勢、革新派の生徒は主張していないだけかもしれませんが、ほぼ皆無ですの」


 夕食後の紅茶を飲みながらボクはメルと情報の共有の為に、今日会った事を報告し合っているけど、いうべきだろうか?いやボクが教師主導の虐めを受けている事は濁して、クラスの大半が革新派である事だけ伝えよう。

 メルの事だからきっと心配してしまう。

 せっかく友達が出来たと大喜びして、早速レティシアさんや基礎学校の皆へ手紙を書いていたのだから水を差す訳に行かない。


「姉様のクラスはほぼ革新派……なら他のクラスで革新派が少ないのにも納得が出来ますわ、弱小勢力が故に一か所に集まる事で自衛をする、一応は理に適っていますの」

「うん、集団と言うだけで十二分に敵対する勢力へ牽制になるし、自分達を守る抑止力にもなる」

「上の学年、特に高等部では革新派は完全に日陰者、なら集めて一クラス分にしようというのが学園側の思惑なのでしょう」


 あとは担任のウィット先生に関しては……伏せて置こう。

 彼の事を言えば間違いなくメルはボクが虐められていると察してしまう、何より最悪の場合は教員側と一戦交えるかもしれない、そうなるとメルの友達のグリさん?とレオさん?も巻き込まれてしまう。

 ちなみにメルはレオさんと言う人の強烈な個性に圧倒されて、二人のフルネームが頭からすっぽりを抜け落ち、愛称だけしか覚えていないらしい。

 しっかり者のメルがうっかり忘れてしまう程の個性……レオさんと言う人は一体どんな人なんだろう?


 だけど……メルの話を聞いてますます気になったのは中等部で王統派が劣勢過ぎると言う事だ。

 メルが聞いた話ではセドリック殿下は暴力事件に関わったとして停学中らしい。

 ならボク達より一歳年上で弟のオズワルド殿下がここぞとばかりに辣腕を振るっていてもおかしくは無い筈だ。

 馬鹿……エドゥアルド殿下が国事で不在だから学園に在籍する唯一の王族として、ここぞとばかりに自分を売り込む絶好の機会、だけどメルの友達のグリさんが言うにはもっぱら日和見を決め込んでいるらしい。

 

 幼年学校に在籍している頃から常に叔父と兄の顔色を窺い、無難に敵対せずかといってどちらにも味方せず、常に安全圏で傍観に徹する。

 それがグリさんとレオさんのオズワルド殿下に抱いている印象で、メルも話を聞いた同じ様に感じたみたいだ。

 

「変な話だね、王都に居る頃に読んだ新聞には馬鹿…叔父のエドゥアルド殿下と同じく天才肌って将来を有望視されていた人なのに、学園では真逆でここまで酷いなんて……」

「ええ、どうにも兄と比べて人を引き付ける魅力も前に出る勇気も無く、かといって叔父のように裏で動く野心も狡猾さも無い、ただ頭が良く人辺りも良いの気さくな人柄なので教員や勢力争いの外に人達からの受けはいいそうですわ」


 オズワルド殿下、聞いた限りだと腰の抜けた意気地の無い人に思えるけど何だろう?

 何だか演技臭い。

 理由は良く分からない、実際に会ってみないと分からないけどメルの話を聞いているとそう思えてしまった。

 だけど今は目の前の現状に対処しないと!

 中等部で王統派を引っ張る筈の人が貴族派に属したり、日和見を決め込んでいるこの現状を打破しないと、高等部に上がる頃には色々と大変な事になってしまう。

 この現状を打破する方策は一つ。

 誰かが王統派の旗振り役を担い、引っ張る事だ。

 それは誰か?

 メルの目はやる気に満ちている。

 これは……ますます言えなくなった。

 兎に角、心を無にして明日も乗り切ろう。


 翌日、オリエンテーション二日目は一日目が各教科の教室を見て回ったから二日目は各施設の案内、逆にメルは各教科の教室の案内を受けてこれと言って大きな問題は起こらずに二日目を終える事が出来た。

 

 三日目からは通常の授業が始まり、その忙しなさからボクはメルにグリさんと言う人のフルネームを聞く事が出来ず、胸の中にグリさんと言う人がもしかしたらグリンダの事かもしれないというモヤモヤとしたものを抱えながら、二回目の土曜日を迎えるのだった。

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