5話 幕開ける学園生活Ⅰ
早朝。
ついにやって来た入学日。
日本のように大々的に入学式を開く伝統はソルフィア王国には無く、初日はクラス毎に分かれてクラス担任が挨拶をしてから自己紹介を行い、それが終わるとクラス担任が二日間かけて学園施設を案内する。
中等部五年間、高等部に進級するまで一度もクラス替えが無いと思うと、何とも簡素などと考えてしまうのは、やはり12歳になっても残り続けている日本人だった頃の感覚の所為なのだろう。
路面電車に乗りながら隣に座る、食べ過ぎて辛そうなメルの背中をさすりながらボクはそう物思いに耽る……メル!だからおかわりは駄目だってボクは言ったんだ!!
「厚切りベーコン二枚は……多過ぎましたわ……」
「それと目玉焼き二つとパンケーキ三枚、まったくボクが食べる量と同じ量を食べようとするからだよ」
「逆に何でアルベールは毎朝あれだけの量を食べて、その腰の細さとくびれなんですの?」
「まあ…動く量がメルの数倍だからね、これでも鍛えているんだよボクは」
今朝はメルの要望で決戦に挑む為に力をつけたいと、厚切りでしかも大きなベーコンとその油で焼いた目玉焼き、食事の相棒だから甘味を抑えたシンプルなパンケーキにシャトノワ名産クインスシロップをたっぷりとかけて……ただメルは気合を入れ過ぎて食べ過ぎてしまったのだ。
なのでさっきから辛そうな表情をしている。
エチケット袋は一応用意したけど、淑女然としている事を何よりもこだわるメルだからきっと耐えきると思う。ボクが出来るのは気持ち悪さを和らげる為に背中をさすることぐらいだ。
「メル、そろそろ着くけど少しどこかで休む?」
「いえだいぶ楽になりましたわ、大丈夫ですの」
学園区前の停車駅で降りたボクとメルは眼前に
そこで学園が発行した学生証を見せて中に入る許可を貰い、門をくぐって中へと入る。
学園都市が出来る過程で次々と移住者が増え、一時は治安が悪くなりそこで学生の安全を守る為に壁は作られた、あとは夜遊びの防止で実はイリアンソスにはその…夜の街が……大人のお姉さん達と遊ぶ場所があって、お酒の飲める年齢になった学生がそこに遊びに行くという問題が起こったのも門が出来た理由なのだ。
だから壁自体は厚さも高さも控えめ。
そして壁を抜ければそこは学園区。
壁の外とは違って綺麗に碁盤の目のように整備された街並み、各門まで続く大通りの先には荘厳な石造りの校舎が見える。
ボクとメルは興奮をそのままに速足で校舎へ向かう。
♦♦♦♦
校門をくぐるとそこにはまるで宮殿に設けられた、国家の威信を体現したかのような立派な庭園が広がっていた。
イリアンソス学園を創設に関わった七人の賢人を称える像が各所に置かれ、近くの石碑には賢人たちが遺した金言が刻まれている。
この庭園にはそういった賢人達の学ぶ事の尊さを表した作りを……している筈なんだけどな……おかしい、お母さんが必ず目を通しておくように言っていた筈の、ソルフィア王国の医学の発展に尽力した人の像がここにある筈なんだけど……。
「誰?これ?」
「この学園の理事長ですわ……七賢人の石像を一つ残らず都市議会に寄贈して、自分を称える石像を立てたらしいですの…あと自画自賛の駄文が刻まれた石碑もありますわ」
何だろう……とても、とても、とても……気持ち悪い!!
本人的には最高の笑顔かもしれないけれど、笑顔の小太りのおじさんの石像があちらこちらに、立派で学園の歴史や伝統を物語る庭園と合わさってまるでお化け屋敷の如き様相を呈している!!
横を向こう…ひっ!?右に!じゃあ左…ふえ!?左にも後ろにも!!
早くこの恐怖の心霊スポットから脱出しないと!
「気持ち悪い!?何で?何でこんな石像を!?」
「水の女神風…理事長の半裸石造……吐きそうですわ……」
ボクとメルは出来るだけ石像を視界に入れないように下を向いて、いや走って庭園を抜けて本校舎に辿り着いた…ああ怖かった……。
「それじゃあアルベール、ここからは別行動ですわ」
「うん…メル一人で大丈夫?」
「平気ですわ、それよりもアルベールの方が心配ですわ、何かあっても我慢は必要ありませんの、やられたらやり返す!」
「大丈夫、それじゃあメル、オリエンテーションが終わったら正門で待ち合わせ、それでいいかな?」
「ええ、ではいざ行かん!ですの」
ボクはメルと分かれて自分の所属するクラス担任のいる……うわ、何だか嫌な予感がして来た……クラス担任の先生は国語の先生だ。
うう……どうしてもカリムの事が脳裏に…いや、そもそも国語の先生で悪かったのは一度だけなのだ、たった一度の事を気にし過ぎるなんて良くない!
そう思いながらボクは教室の扉を開けて中へと入る。
既に数人の生徒が来ているみたいで、思い思いに席に座って談笑をしている。
あれ?何だか奇妙な視線を…いや悪意のある視線を感じる。
それも一人や二人じゃない……談笑していたのにボクが教室に入るなり、皆話すのを止めてこちらを見ている……何で?まあいか、とにかくどこか開いている席に…いや、これから中等部の5年間を共にするクラスメイトなのだ、それに何事も最初が肝心!こちらから挨拶をしよう!
ボクは男子生徒の集まっている席へ向かう。
一応ボクは男子生徒なのだ。
「初めましてボクはアルベール・トマと言います、ここ座っても良いですか?」
「…ああいいぞ」
「それでは……て、あれ?」
ボクが席に座ったと同時に座っていた男子生徒が立ち上がって別の席へと移動して行く。
何で?
混乱しながら男子生徒を見ていると、何やら囁くようにだけどボクに聞こえるように誰かの声が聞こえて来た。
「おい…あいつだろ?不正入学したっていう準爵家の使用人」
「ああ、全教科満点とか、普通にありえねえだろ」
おや?
「ああ、全教科満点とか、普通にありねえだろ」
「見ろよあの白い肌、気持ち悪いぜ……」
「北部の子でもあそこまで白くないわ、それにあの赤目…化け物みたい……」
おやおや?
「女みてぇな面してるし、噂じゃあ教師に色目使ったとか…」
「嘘……でも色街にいる女性と同じ雰囲気だからそういう事やってそう……」
おやおやおや?
何で教室に入ってすぐにボクはクラスメイト全員から敵意を向けられているんだ?
何も…うん、何もしていない。
それに……。
「見てよあの髪飾り、どう見ても高そう……」
「やっぱりお貴族様の使用人だからね、きっと有名な職人が作った物なのよ……」
「これ見よがしに自慢知れくれちゃって……」
それにグリンダの姿を探して教室を見渡していて気づいたけど、今年入学した貴族の子弟がこのクラスには一人もいない。
全員、ボクと同じ普通の平民の子供ばかりだ。
確かクラス分けは無作為に行われるから、どのクラスにも身分の区別なく均等に振り分けられる筈で、ヴィクトワール家のように数多い準爵家の子弟がいても不思議ではない筈なんだけど、不思議な事に誰もいないのだ。
何だかすごく作為的なものを感じる。
ボクが戸惑っていると始業を知らせる鐘の音が響き、準備室の扉が開かれクラス担任が教室に現れる。
見た目はまだまだ初々しさの抜けない、だけどとても真面目そうな、若く情熱に溢れていそうな顔立ちの人だ。
「皆さんおはようございます!私は今日から君達のクラス担任を務めるスパーキー・ウィットです!担当教科は国語!今日から一年間、皆さんのクラス担任を一生懸命努めますので、どうず!よろしくお願いします!!」
声も大きくはつらつとしてるけれど……何だか怪しい。
直感が警戒しろと言っている。
♦♦♦♦
姉様は大丈夫だと言っていましたが、本当に大丈夫なのでしょうか?
生前は恵まれない人生を送っていた事は私も知っていますの。
ですがそれ以外に心配な事がありますの、それは12歳になった辺りから姉様は頻繁に立ちくらみを起こすようになってしまわれたのです。
最近は落ち着いていると仰っていますが、姉様は少し目を離すとすぐに無理をされてしまう、健康診断で全くの健康体だと太鼓判を押されたから大丈夫と言って昨日も平然と米俵を担いでましたわ。
「はあぁ…私が心配し過ぎても、余計な気苦労を負わせるだけですわね」
姉様の事ですから、きっとそうですわ。
そう言えば…姉様の大切なご友人、以前は
西部に住んでいらした時のご友人で親友だと、ベティーさんは言っていましたがどういう方なのでしょう?
まあ今は先生の説明に耳を傾ける事を優先しないといけませんの。
「ここはまだ皆さんが使用する事はありませんが、中等部三年生になる頃にはここで社交界でのマナーなどを習う事になります、貴方達!勝手に奥に行ってはいけません!戻って来なさい!」
以前はもう少し落ち着いた内装だったダンスホールを、どこか顔を引き攣らせながらクラス担任のグレン・レイエス先生が説明をしていますが、貴族派の生徒は真面目に聞こうとせずダンスホールの裏部屋に入ろうとしてレイエス先生に注意されていますわ。
自分より身分の低い者に教わる気はないと言う事なのでしょうか?
まったく愚かですの。
それにしても中等部では王統派が劣勢と言うのは本当のようですわね。
初日なので
ただまだクラス全体を見渡しても立ち位置を明確にしているのは少数、殆どが
ですが今、
早く!早く言ってくださいまし!!
「では次へ行きますが、その前に小休憩を挟みます、お手洗いに行く人は今のうちに行っておいてください」
♦♦♦♦
「ふぅ……」
危なかったですの。
緊張から姉様が用意してくださっていた水筒の紅茶を何杯も飲んでしまったのがいけなかったですの、危うく淑女にあるまじき失態を犯すところでしたわ。
ですがその問題はお花を摘む事で無事に解決。
さて戻り……あら?何やら裏手から声が聞こえますわ。
「お前が西部の田舎貴族で間違いないか?」
絡まれているようですわね。
絡んでいるのは…たぶん上級生の男子生徒、絡まれているのはもしかすると私と同じクラスの女子生徒。
飴色の髪を前下がりに短く切り揃え凛とした美形の少女で、その意志の強さを感じさせる瞳は動じる事無く、取り囲む男子生徒を腕組みをしながら睨みつけていますわ。
名前は……駄目ですわ、緊張から殆どの方の名前を覚えきれていませんの。
「だとしたら、何の用事だ?」
「ああん?用事だ?おま―――」
「お前ではない、私はグリンダ・ウォルド=エマーソンだ。人は名前で呼ぶのが礼儀だ、分からないのなら聞け、その貧相な頭に刻み込め私の名前を」
女性としては長身のウォルド=エマーソンさんは、男子生徒のネクタイを掴み引き寄せると冷たい眼差しで言い放ちました、まるで舞台の一場面を観ているかのような気分になる程、とても凛としていましたの。
「煩い!この貴族の面汚しの辺境貴族が!」
「西部は田舎だが、辺境ではないぞ?風光明媚な名所が溢れ、食文化も王都で流行する物を生み出した場所だ、少なくとも政治不安を引き起こしている南部連合よりもずっとマシな場所だ」
「何だと!南部を馬鹿にするのか田舎者!いや化外の地の野蛮人め!」
「馬鹿にしていない、私の友も大切な人も南部に由来を持つ、私が言っているのは醜聞を撒き散らす南部連合だ、何を聞いていた?耳穴は掃除しているのか?」
「辺境貴族が!芋臭いからさっさと帰れと言っているんだ俺達は!」
「そうだ!権威あるイリアンソス学園にはお前のような田舎者は不要だ!俺達まで芋臭く思われるんだよ!!」
これは、見過ごせませんわね。
いえ見過ごす事など出来よう筈がありませんわ。
姉様は西部出身なので馬鹿にされるのは
是非ともお助けして、お友達になりたいですの。
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