4話 初々しい季節Ⅳ

 翌朝。

 ボクとメルはケインズ通りにあるギルガメッシュ商会の支店へと赴きアンリさんに挨拶と先日のお礼、それと新聞の定期購読と牛乳の定期購入の申し込み、それと足りない日用雑貨などを注文してそのまま食材の買い出しへ。

 ケインズ通りは商業区とも言われていて、色んなお店が軒を連ねている。

 一応、区画分けはされていて大通りに面した場所は飲食店などが、その近くには大小の小売店、水路の近くには工房、そして青空市場が開かれる大広場と都市の入り口付近に卸売市場がある。

 ただ実際は何一つとして区画分けは守られず雑多としていて、気を付けないとすぐに迷子になってしまいそうだ。

 やたらと路地が多く、計画的に都市を構築するよりも早く移住者が土地を広げて建物を増やして行ってしまったから、イリアンソスは全体的に道が入り組み建築様式はバラバラで統一感が無い。

 だからなのか、学園都市イリアンソスは迷宮都市とも言われて、ボクもメルもさっきから路地に入っては行き止まりで往生してしている。

 

 そしてやっと思いで停車駅に辿り着いたけど、ここからさらに大変だ。

 ケインズ通りの停車駅からヴェッキオ寮のあるタレース通りの停車駅は路線が繋がっていなくて、途中の停車駅で降りてそこから路地を通ってタレース通り行きのある路線に乗り換えないといけない。

 何でそんなに面倒なのかと言うと、線路を敷設が出来る程の道幅に余裕のある通りが少なく、あとこれが一番の原因だけどまだ電動機の馬力が足りなくて一定以上の角度のある坂道は上れないのだ。

 相転移機関は確かに画期的だったけど一度に作り出せる電力はまだ小さく、当然だけど電動機もまだまだ発展途上、だから路面電車は一度に乗れる人の数が限られていて速度もまだまだ馬や蒸気自動車より遅い。

 

「自転車…買った方が良いですわね……」

「だね…さすがに疲れた」


 タレース通り行きの路面電車に乗りながらボクとメルは買い込んだ荷物を座席に置いて、体を座席に預けて力を抜いて予想していたよりもずっと、イリアンソスは複雑怪奇な街並みだと痛感する。

 お母さんやシャーリーさんから話は聞いていたけど、ここまでとは……だからお母さんは自転車を持って行った方が良いと言っていたのか。

 ボクは昨日の疲れも合わさって酷い倦怠感に襲われる。

 このままだらだらとしていたいという衝動に襲われたけど、もうひと踏ん張りでヴェッキオ寮に到着する、ここで感情に身を任せては駄目だ。

 休むならちゃんと家で休まないと!

 

「今さらですが…電気の力で走る列車、本来なら驚くべき事ですのに……忙しさのあまり気にも留めていませんでしたわ」

「だね……」


 ごめんねメル。

 ボクにとってはそこまで珍しくないんだ。

 路面電車には広島市に授業で行った時に乗った事がある、それと隣町に行くのに何度も電車に乗った事があるし、似たようなバスは通学で何度も乗っていた。

 だから本音を言えば、驚きはしたけどそこまで興奮していない。

 

「帰ったら…シャワーを浴びたいですわ」

「うん、汗を流して…今日のお昼はどうする?作る?」


 ボクの問いにメルは座席に体を預けながら気怠そうに考える、昨日の今日だからとても疲れているみたいだ、そうなると…軽めの昼食が良いかもしれないと、買えり途中のパン屋で見かけたあのパンを買っていて正解だ。

 

「軽く…野菜多めの…そうでしたわ、確かフランセーズから伝わったパンを買っていましたわよね?」

「うん、クロワッサンをいくつか買ってるよ。あれに切れ込みを入れて、そこに焼いたベーコンとスライスしたチーズ、それと野菜を挟めばサンドイッチの出来上がり。試食してみたけど、しっかりとバターが香って生地はパリッとしてフワッとした食感で、とても美味しかったよ」


 山脈向こうの大国フランセーズ共和国発祥のパン、ボクがいた世界と同じ名前のクロワッサン、パン・ド・ミがあったからもしやと思っていたけど本当にあって驚いた。

 味も同じように何層にもバターが織り込まれたあの外はパリッと、中はフワッとした食感のクロワッサンで、これならクロワッサンサンドが作れる!と思って買っていたのだ!

 さすがは学園都市、王都と同じように色んな食文化が混じり合っているだけはある。

 確か南方大陸からの移民達が多く住む地区では、南方料理と言う香辛料をきかせた料理が食べられるらしい。生前はお腹が弱くて香辛料のきき過ぎた料理、カレーとか食べるとすぐにお腹が緩くなってあまり楽しめなかった。

 だけどこの体になってからは強靭な胃や腸のおかげで生前は食べられなかった物が、何も気にせず食べられる!

 在学中には南方料理にも挑戦したい。

 ただ今はメルの昼食だ。

 

「そう…ですわね、ではそれでお願いしますの」

「となると…スープはオニオンスープでいいかな?」

「ええよしなに」



♦♦♦♦



 ヴェッキオ寮に戻ると早速、買ったばかりのクロワッサンを使ったサンドイッチ作りに取り掛かる。

 とは言っても何か特別な事をする訳ではない。

 シンプルにBLTを作るのだ。

 この旬のトマトを使って!

 え?トマトの旬は夏だろう?

 確かにトマトは夏野菜と言うイメージがあるけれど、トマトは高温多湿が苦手な野菜なのだ。

 

 ボクがいた世界だと原産国は南米の高原地帯、だから冷涼で日差しが強い所が栽培に適していて日本のように、夏は蒸し暑く陽射しの強い高温多湿な場所は栽培に適していないのだ。

 日本だと春から初夏、秋から初冬にかけてが一番美味しい時期でソルフィア王国も似たような感じ、それと西部だと毒があるじゃないのか!?という感じで嫌がられていたけどイリアンソスでは美味しい野菜として普通に市場で色んな種類が売られている。

 今日は中玉のトマトを使う。

 

 ではまずはマヨネーズ。

 卵黄にリンゴ酢、塩、白胡椒を加えてよく混ぜてそこにサラダ油を少量ずつ加えながら混ぜる、白っぽく乳化してもったりとした出来上がりだ。

 次は出来上がったマヨネーズをベースにしてサンドイッチにかけるドレッシング作り。

 

 何にしようかな?

 そうだ!

 パルメザンチーズに似たチーズを買ったんだった。

 名前はグラーナチーズ、一般的に粉チーズと言われていて味はパルメザンチーズにとても似てる、それと使い方も同じなのでこれを使った定番のシーザーサラダドレッシングを作ろう。


 マヨネーズに件の粉チーズ、塩・白胡椒、すりおろしたニンニクと細かく刻んだアンチョビ、オリーブオイル、生クリームとレモン果汁を入れなめらかになるまで混ぜたら完成。

 あとはギルガメッシュ商会がヴィクトワール家に特許料を支払って……ごめんなさいアメリカ人さん、勝手に貴方達が考案したドレッシングをボクが考案したと言って売り出してます。

 リヨン・ドレッシングことサウザンドアイランドドレッシング。

 

 さてドレッシングの準備が終わったら次は具材だ。

 トマトはヘタを取って適度な大きさにスライスしてから軽く塩をふると、余分な水分が出て来るからそれを布巾でふき取る。

 レタスは一枚ずつ剥がしてからゴミや汚れを洗い落とし、最後に冷水につけてしめてシャキッとさせる。

 適度な大きさにざっくりと切る。

 ベーコンはカリっとさせるまで焼いてこれで準備完了。


 最後はクロワッサンに横に切れ込みを入れて、レタスを挟みベーコン、チーズ、トマトとドレッシングをそれぞれにかければクロワッサンサンドイッチの出来上がり。

 付け合わせのオニオンスープはとてもシンプルにバターをフライパンで溶かして玉葱を入れて飴色になるまで炒め、そこに濃縮液体ブイヨンと適量のお湯を入れて煮立たせ、香りづけに乾燥パセリを振り返るだけ。

 これで今日の昼食は完成だ!


「メル、出来たよ!」

「ええもう座って待機していますわ」

「いつの間に…じゃあ食べようか」


 ボクはお皿に載せたクロワッサンサンドイッチとカップに注いだオニオンスープをテーブルに並べ終えると、早速メルは手に取って一口食べて初めて食べるクロワッサンの不思議な食感と、野菜とベーコンとドレッシングが織り成す味の交響曲に満面の笑みになる。

 それじゃあボクも……美味しい!


「美味しいですの!良いですわねこのクロワッサン、是非製法を調べてお父様とお母様にお伝えしないといけませんわ!」

「一応作り方は知ってるけど、難しいよ?」

「姉様はこれをご存じで?」

「うん、殆ど同じパンがボクのいた世界にもあった。バターと生地を何層にも織り込んで作るパンで、とっても手間がかかる難しいパンなんだ」


 こんな感じにボクとメルは会話を楽しみながら、昼食のクロワッサンサンドイッチを食べて行く。



♦♦♦♦


「姉様、いよいよ明後日ですわ」


 食べ終えて食後の紅茶を飲み始めた頃。

 メルはそう言うって封筒を取り出してテーブルの上に置く。

 差出人は……大奥様!?

 そう言えば文通しているんだった。

 だけど何で大奥様からの手紙をテーブルに置いたんだろう?何か明後日の事と関係あるんだろうか?


「カサンドラ小母さまに頼んで学園の実情、主に教員側に関する情報を調べてもらっていましたの、この書簡にはその事が本人たちも把握していない情報が詰まっていますわ」


 ボクはメルから手紙を受け取り、その中に書かれている事に思わず目を丸くしてしまった。

 想像以上に酷い状況がそこには書かれていた。


 まず第一にクリストファー・コンラッドが理事長に就任して始めた学園運営の民主化により、今までなら採用されていなかったような低水準の教員が多く採用され理事長を筆頭とする一大勢力を築き、事実上イリアンソス学園は理事長の私物化されている事。

 第二に生徒が王統派、貴族派、革新派の三つの勢力に分かれて覇権争いを繰り広げ、時には禁止されている決闘まで秘密裏に行われ死者は出ていないが多数の重傷者を出している事。

 第三に理事長は学生間のその争いを防止するどころか奨励しており、年々対立は激化し教員は理事長のご機嫌を取る為に、火に油を注ぐような行為、つまり露骨な贔屓や思想誘導を行っている事。

 

 あとは三つの勢力に関する説明。

 王統派は健国王の共存共栄の理念、移民によって形作られたソルフィア王国の伝統を守り生まれや身分で差別や排斥する事を明確に否定している。

 貴族派は政治は責任ある血統、つまり貴族が担うという考えを持ち移民排斥と階級制度の復活を掲げている。

 革新派は……よく分からないらしい。

 思想も主義もバラバラだけど、王統派と貴族派に押されているから取りあえず同盟を結んでいるという感じで、実態は足の引っ張り合いをしているとの事。

 それと理事長とその一派は大の貴族及び富裕層と軍人嫌い。

 

「これは……酷い……」

「ええ、そしてわたくしが所属するのは王統派、高等部では事実上の覇権を握っていますが中等部では貴族派に押されていますの」

「貴族派に?高等部で王統派に負けているのに、何で中等部ではそんなに強い影響力があるの?」

「それは簡単ですわ。中等部には高等部のように、エドゥアルド殿下のようなカリスマを持った人がいない、逆に貴族派は中等部に強いカリスマを持つリーダーがいるんですの」

「中等部…強いカリスマ……っ!?もしかして!」

「ええそうですわ、カサンドラ小母様曰くセドリック殿下が貴族派の旗振り役となって、勢力を纏め上げているそうですの」


 そう言えばセドリック殿下はボクより二歳年上、今は中等部三年生だ。

 そうなると……いやだからこそのボクとメルの現状なのか。

 良家の一人娘が護衛一人で一軒家暮らし。


「本来なら監督し時には行き過ぎないように指導する筈の、対立の外にいるべき教員が覇権争いを繰り広げて、生徒から支持を得る為に露骨な贔屓や嫌がらせ……笑えませんわ」

「本当にね……」


 笑えない。

 そもそもボクとメルだけ、二人だけでここに住んでいる事自体、ありえない話なのだ。

 メルは良家の大富豪の一人娘。

 普通なら多くの使用人や護衛が必要だけど、学園側からの通達で使用人はボク一人しか許可が出なかった、理由は他の生徒は同じ様な生活が出来ないのに一部の特権階級が贅沢な暮らしをしながら勉学に励むのは不平等だという理由だ。

 それにはさすがの旦那様も烈火の如く怒り、何度も学園側に猛抗議をしたけれど門前払いを受け現在に至る。

 ソルフィア王国随一の名門学園の実情は下手をするとボクやメルが想像しているよりも悪いかもしれない、ならやっぱり……。


「姉様、わたくしだって不本意ですの。ですがここで波風を立てすぎると後々に動き辛くなりますわ、耐えましょう……」

「分かったよメル…だけど何かあればすぐに言ってね?」

「ええ、問題ありませんわ。というよりもわたくしは姉様の方が心配ですの」

「ボクが?」

わたくしに何かすればお父様もお母様も、下手をするとシャトノワ領の領主であるジュラ公爵も敵に回すかもしれない、ですが姉様なら、ただの一介の使用人なら…そう思う命知らずが少なからずいますわ」

「それなら問題無いよ、ボクはそういうのに慣れてる」


 ボクが笑ってそう言うと、何故かメルは呆れたように米神を抑えながら溜息を吐く。

 メルはどう思ってるか分からないけど、これでも自慢にならないけど嫌がらせとかにはとても慣れてる。面倒な従弟を持ったが故に執拗な嫌がらせやら虐めやらを受け続け、何時だって泣き寝入りをさせられていたから平気だ。

 昔は何時も一人だったけど今はメルがいるから何があっても平気だ。


「ですが本当に腹立たしいですわ!まさか今日この日になって!お父様とすぐに連絡が取れないこの瞬間に!このような手紙を寄こすなんて、許すまじですわ!!」

「メル落ち着いて!ティーカップが壊れる」

「何で姉様とわたくしが別々のクラスなんですの!!」

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