10話 そして少女は愛を知るⅥ【愛を知り、愛を貴女へ】

「お父様、シャーロットさん、少しよろしいでしょうか?」

「メル?どうしたんだい、眠れないのか?」

「大きな声で煩かったわよね、ごめんね起こしてしまって」


 大切なお話をしているのに、その邪魔をする様に部屋に入ったわたくしをお父様もシャーロットさんも、煩わしくするどころか逆に心配してくださる。

 だけど、だから不安になってしまう。

 その言葉が嘘偽りかもしれないと…いいえ!マリアさんが背中を押してくださった。

 思いは言葉にしないと伝わらない、思いは言葉にしないと分からない。

 マリアさんが私に前に進む勇気をくださったのだから、私の思いを言葉にしてお父様とシャーロットさんに伝えるのですわ!


「その…お二人にとって私は、私がいない方が幸せですよね?こんな…あんな女の生き写しのこど―――」

「馬鹿な事を言うな!メルがいない方が幸せだって?そんな事がある筈がないだろ!」

「おっお父様!?」

「僕が今まで頑張って来れたのは、メルと言う掛け替えのない大切な娘がいたからだ。何度も死にたくなった、何度も諦めたくなった、それでも今日まで頑張れたのはメルのお陰なんだ」

「お、お父様……」

「だからそんな、悲しい事を言わないでくれ……」


 私を抱きしめるお父様の腕はとても温かくて、不思議とマリアさんが私にしてくれた時と同じように、私の心に何か温かい物が流れて込んで来る。

 ああ…私のただの思い込み、愛は本当だったのですわ。


「メルちゃん、貴女はあんな女に全く似てないわ!」

「シャーロットさん、ですが私の顔は……」

「派手な顔立ちだから?でもね、貴女の目元はエル似、髪の色も、それにあの女に似てる似てないなんて私には関係ない、貴女は…貴女は私の大切な娘!だから二度と、自分がいない方が良いなんて言っちゃダメ!」


 そう言ってシャーロットさん、いいえお母様は私をお父様と一緒に強く抱きしめる。

 ああ、やっと言える。

 ちゃんと言える。

 ずっと言いたくて言えなかった事。

 やっと言えますわ。


「大好きですお父様、お母様」

「ええ、私も大好きよメル」

「ああ、大好きだぞメル」


 マリアさんの言った通りでしたわ。

 全て私の思い込み、この愛情は全て本物。

 馬鹿ですわ、私は…周りの声に惑わされて、勝手に思い込んで…自分の事を思ってくれる言葉に耳を塞いで、本当に私は馬鹿ですわ。


「マリアさんのおかげですわ、マリアさんが思いは言葉にしないと伝わらないと言ってくださったから……」

「マリアちゃんが?」

「はい、ですがお母様、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「ええ、良いわよ」


 私の疑問、それは何故マリアさんは私の痛みを自分の事のように感じて、いいえそれ以上に同じ痛みを知っているかのように、私に接してくれたのかですわ。

 ベアトリーチェさんとマリアさんのお二人はとても、お互いを大切に思い遣る仲の良い母娘ですわ。二人でいる時は常に笑顔で、遠目から見ていてもその愛情の深さが伝わって来るほどに。

 それと、あの時、まるで自身を卑下するような物言いをされた事も気になりますわ。


「そう…そうよね、マリアちゃんなら誰よりもメルの事を分かってあげられる、でも…明るく笑うから、何ともないように振舞うから、ああ…本当に私は母親失格ね」

「お母様?」

「シャーリー?」


 何故お母様は沈痛な面持ちなのでしょう?

 お母様は目を瞑り、少し考えてから何か決意をした瞳で私とお父様を見つめる。


「エル、それにメル、二人を見込んでお姉様とマリアちゃんの間に起こった事、お姉様の過去、そしてマリアちゃんの過去と前世から続く呪いを話すわ…だから、受け入れて欲しいの」

「……分かった、それに僕はマリアちゃんに誓った、必ず守ると」

「承知しましたわ、マリアさんに私は救われました、なら私に出来る事があるのなら受け止めますわ」


 お父様と私の言葉を聞いたお母様はベアトリーチェさんとマリアさんの過去を語り始める。

 それは私が聞いていた事よりもずっと壮絶な過去でした。



♦♦♦♦



「駄目ですわ、まったく寝付けませんわ」


 お父様は王都でベアトリーチェさんとマリアさんの事を、詳細を省き虚偽で誤魔化した内容で聞いていたらしく、お母様の口から語られたお二人の真実を聞いたお父様は酷く動揺されていましたわ。

 それは私も同じ。


 何でお二人はあそこまでお互いを慈しむ事が出来るのか。

 何であそこまで深く強い絆で結ばれているのか。

 何より……。


「私と同じ痛み所か、私以上の痛みですわ」


 そして、きっとお二人は多くの葛藤を乗り越えての今、マリアさんが私にかけてくださった言葉はベアトリーチェさんが掛けてくださった言葉、救われたからこそ誰かを救う。

 だからこそ、ええ、憎いですわ。

 ディルク・バウマン。

 誰からも祝福されるべき、マリアさんの生に大きな汚点を残した外道。

 でもお父様と私の一番の驚きはマリアさんが廻者で、前世では何一つ報われる事なく父親に殺された少年だった事。


「……だから何?ですわね」


 ですがマリアさんはきっと今も…自分の事が好きではない筈。

 何となくですが、私には分かりますわ。

 お父様を不幸にした女の子供である私。

 ベアトリーチェさんを苦しめた男の娘であるマリアさん。

 同じなどとは言えなくても、似ているとは言えますわ。

 だからこそ、今度は私がマリアさんに何かしてあげたい。

 ですが……。


「考えれば考える程、考えがまとまりませんわ。あと、眠れませんわ」


 う…急な尿意ですわ。

 私はベッドから下りて一階に下り、トイレへ。

 一階は本来、使用人用、ですが実は二階のトイレは故障中で仕方が無く使っていますわ。

 なので眠る前に出来るだけ水分を取らないようにしていましたが、今日はうっかり眠る前に紅茶を飲んでしまい…まあ、そうしていたのは変な意地でしたので今度からは普通に使いますわ。


 と思いながら階段を上っていると急な眠気が…これはいけません、今にも倒れてしまいそうな眠気ですわ。早くベッド……扉を開けて…あら?隅にあんな人形ありましたっけ?

 あった気もしますし、無かった気もしますし、今は早くベットに入って…眠気も限界……あら?やっとの思いでベッドに潜り込んだら温もりが…というより抱き締めらえている様な…というより瞬く間に抱きしめられたような……。


「それに…とても良い匂いですわ……この匂い…以前に嗅いだような……」


 そこで気付きましたわ。

 私、部屋を間違えましたわ。

 ここマリアさんの部屋ですわ!そして私は今、マリアさんに抱きしめられていますわ!


「すぅ……すぅ……」


 マリアさんの可愛らしい寝息が聞こえて、どうしましょう!あら?さらに激しい眠気が…いけませんわ……マリアさん、とても優しく抱きし…めながら…頭まを撫でて来るから……眠気に…さか…らえ…………。



♦♦♦♦



 ええと…これはどういう状況だろう?

 何でこんな事になっているんだろう?

 うん、ありのまま言おう。

 目を覚ますとボクは、メルセデスお嬢様を抱きしめていた。

 そうメルセデスお嬢様を抱きしめていた。

 とても気持ちよさそうに、何時も眉間に寄っていた皺も全くなく、本当に幸せそうな寝顔のメルセデスお嬢様を、ボクは抱きしめていた。


「良かった、上手く行ったんだ」


 きっと、ちゃんとお互いの思いを伝え合って、お母さんとボクが乗り越えたように弾様とシャーリーさん、そしてメルセデスお嬢様は心を通わせる事が出来たみたいだ。


「ん…んん……」

「おはようございます、メルセデスお嬢様」


 目を覚ましたメルセデスお嬢様はまだ寝惚けているらしくて、ボクの顔を見ると嬉しそうに微笑んで抱き着いて来た。頭を撫でてあげると嬉しそうにする姿はとても可愛らしくて、妹とかいたらきっとこんな気持ちなのかもしれない。

 十分くらいして、完全に目が覚めたメルセデスお嬢様はゆっくりと顔を上げて目をぱちくりさせた後……。


「ひゃわあ!?」


 と目を丸くして、飛び上がってしまう。


「わたっわたっ私は何を!?」

「落ち着いてくださいメルセデスお嬢様、たぶん寝惚けて部屋を間違えたんだと思いますよ、だから落ち着いてください」

「え…ええ……」


 ベッドに座り直したメルセデスお嬢様の顔を改めてみて、ボクは安堵した。

 起きていても眉間に皺は寄っていない。


「何故、そんなに嬉しそうにしているのですか?」

「旦那様とシャーリーさんと、ちゃんと話し合いが出来たみたいなので、それでです」

「ええ、まあ…マリアさんの言った通り、私の思い違いでしたわ、だからそれで…マリアさんにも迷惑を……」


 どこか恥ずかしそうに顔を赤らめるメルセデスお嬢様の姿は、以前とはまるで違っていた。無理に意地を張っていた頃と違って自然体の、今のメルセデスお嬢様は年相応の可愛らしい女の子だった。

 あれ?何でメルセデスお嬢様はボクの目を見ながら、何か決心をした様な表情をしているんだろう?


「あの…マリアさん!貴女を…貴女を姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ふえ?」


 姉様?誰を?ボクを!?何で…そんな風に呼ばれる様な事はしていないと思うんだけど…だけどメルセデスお嬢様の目は真剣そのもので、遊びや冗談ではなく本心からの言葉みたいだ。


「嫌なら、断っても良いですわ」

「……ボクなんかで良いんですか?」


 ボクの言葉にメルセデスお嬢様は真っ直ぐボクを見る。


「マリアさんだから、貴女だから姉様とお呼びしたいのですわ。私の心を救ってくださった貴女だから私は、姉様とお慕いしたいのですわ…だから私の事は親しみを篭めてメルとお呼びください」


 うん。

 何故か、何でか分からないけど、とても心が温まる。

 ボクだから…うん、そうか、ならボクに断る理由はない。

 とても、とても嬉しい。


「ではよろしくお願いします、メル」

「はい姉様」

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