11話 新しい日々の幕開けⅠ【雨降って地固まって】
「という訳で、本日よりマリアさんは
メルセデスお嬢様改めメルは朝食の場で高らかに宣言してしまった。
これでもかというくらい大きな声で、まあ別に秘密にしておく事ではないから問題は無いのだけど、急な事だったから旦那様もシャーリーさんも他の皆も目を丸くしている。
お母さんだけは嬉しそうに微笑んでいるけど、たぶん今回の事を裏で企画した人はお母さんだ。何となくだけど、でも旦那様とシャーリーさんの二人に一番接点があるのはお母さんで、メルと接点があるのはシェリーさん、つまり主犯がお母さんだ。
だからなのかボクの視線に気が付いたお母さんは舌を出して誤魔化している、テヘという擬音が聞こえて来そうな表情だけど、まあ万事上手くいったから特に言及する気はない。
そもそも教師として実力のあるシェリーさんがあんな簡単な事、分からない訳が無いのだ。分かったうえで、ボクに発破を掛ける為にわざと相談したに違いない。
本当に上手く行ったから良かったけど、もしもボクが失敗していたらどうするつもりだったんだろう?
などと心の中で今回の事を締めくくっていると、何故か旦那様が立ち上がってボクの方へと来る。
「マリアちゃんがメルの姉なら、僕の娘も同然だ」
「それならお父様、次からは愛称でお呼びした方がいいですわ」
ん?んん??
旦那様は何を思ってなのかそう言うとボクの頭を撫でる。
そしてメルは嬉しそうに微笑んでいる。
んんん??
朝からそうだったけど、これって…あ!目を逸らした。
やっぱりそうだ。
「シャーリーさん、ボクとお母さんの事、話しました?」
「……」
口笛を吹居いて誤魔化そうとしているけど、音が出ていなくてただ必死にふー!ふー!と言っているだけのシャーリーさん、言ったのか。どこまで言ったんだろう。
「シャーリー、正直に言わないと…私は貴女を奥様と呼んで、貴女は私の事をお姉様と言うのを禁止にするわよ?」
「ごめんなさい、全てエルとメルに話しました!」
「マリアの秘密も?」
「はい!」
お母さんの脅しに、シャーリーさんは即座に屈して全てを話したのだった…………え?全てって洗いざらい全部という事?つまり!
「ボクが
「ええ、言っちゃった」
「何で……」
何でボクの秘密をこうも簡単に言ってしまうんだろう?司祭様もそうだったけど、主に司祭様だけど、だいたい司祭様だったけど気軽に話し過ぎだよ。一応、普通は口が裂けても言えない事の筈なのに、何で気軽に話すのかな。
「いやまあ、最初は驚いたけど…結局はその程度さ、君が君である事は変わらない、大切な家族の一員である事はね」
「そうですわ!精神的には兄様かもしれませんが、
まあ、いいか。
ボク自身、嘘が苦手な性分だからいずれは知られていたと思う。
それが遅いか早いかの違いだ、そう思う事にしよう。
何より、こんなボクを家族と言ってくれる、それはとても嬉しい。
「ありがとうございます、旦那様、メル」
こうして、ヴィクトワール家の新しい一日の一歩が始まった。
♦♦♦♦
「本当に申し訳ない!」
「あっ頭を上げてください、シモンズさん!」
ギルガメッシュ商会の農業部門に所属しているシモンズさんは、ヴィクトワール邸に来るなり、旦那様に深く頭を下げて謝罪をした。その理由は、今朝のニコヤカなムードをかき消す程の物で、ソファーに座るシャーリーさんはとても深刻そうな顔をしている。
「こちらでも取引先の開拓を続けて来ましたが、王都と南東部にある商家が一件ずつ、それ以上の取引先を見つける事が出来ず…赤字続きという事から、ギルガメッシュ商会はヴィクトワール家にクインス園の権利を返却させていただきます」
シモンズさんが謝罪した理由、それはヴィクトワール家で管理する事が出来なくなったクインス園の権利を返却するという事だった。
でもそれがどうしたのか?と思うかもしれないけど、ヴィクトワール家に残された数少ない資産の一つのクインス園は人を多く雇わないと管理する事が難しい、それ程の広さがあるのだ。
当然、ヴィクトワール家にそんな余裕は無く、あったとしてもシャトノワ領の人達から恨みを買っているヴィクトワール家に、雇われようという人は皆無で、それを見かねたジュラ公爵の提案でギルガメッシュ商会にクインス畑の権利を貸し出し、維持管理をしてもらっていた。
「そんなに売れなのですか?」
「はい、収穫したクインスの大半が倉庫で腐る有様、以前はセイラム領にも買い求める顧客がいたのですが、事変の所為かぱったりと途絶えて、王都と南東に買い求める家があるものの量は少なく…赤字も相当な額、瓶詰シロップも不評で……」
「そうですか……」
クインスの売上から維持管理の費用を差し引いた利益を、ギルガメッシュ商会の取り分として大半を納めるという契約を結んだものの、クインスはまったく売れず、赤字ばかりが続き、先日の会議でクインス園の経営から撤退する事が決まってしまい、旦那様と親交のあるシモンズさんはその事を謝罪しにヴィクトワール邸に訪れたのだった。
「本当に、本当に申し訳ない」
「シモンズさんが悪い訳じゃない、だから顔を上げてください」
「どうするのエル、私の残りの資産を使えば半年くらいなら維持できるけど、それ以上は無理よ」
「ああ、こればかり仕方がない。あの土地は手放すしかない」
前に旦那様はクインス園を通り過ぎる時に言っていた。
御先祖様から受け継いだ、大切な果樹園だと……だけど不可解だ。
何で全く売れないんだろう?
クインス、すごく美味しいのに!
皮を剥かずに衝撃を与えてシロップにして、それを氷水にレモンの絞り汁と混ぜたら蜂蜜レモンのような風味で、煮詰めたらメープルシロップの様に濃厚で、そして何よりあの不思議な食感と味が癖になる。
ただ皮を剥くには熟練の、それこそ何十年も研鑽を積んだ技を持つ人にしか剥けないのだ。
ボクの知る限り、綺麗に失敗なくクインスを剥けるのはメイド長さんだけ、アグネスさんやリーリエさん、一流の腕を持つニックさんでも度々失敗する程の難しさだ。
当然、ボクは包丁を入れた瞬間に液状化してしまう。
その所為なのかもしれない。
クインスは砂糖や蜂蜜の代用品、その程度にしか思われていないのは……。
ボクが作るソースや料理に、クインスは必要不可欠だけど……そう言えばクインスってリンゴみたいだよね。
リンゴ?リンゴ…リンゴ…そう言えば蜂蜜を使ったのもあった筈だ。
生前、美味しいスペアリブの作り方を探している時にその記事を読んだ事がある。
だけど…クインスはすごく昔から親しまれていた果物?だからもう存在しているかもしれない、ボクが見た事が無いだけかもしれない。
うん、駄目なら駄目でその時だ。
「旦那様、一つ思い付いた事があるんですが」
「ん?何だいマリア」
旦那様にボクの考えを伝えると不思議そうな表情をした後、目の前に座るシモンズさんに視線を向ける。シモンズさんは目をつもり考え込んでからはっきりと言った。
「無いですね、自分は部門が違いそれで知らないだけかもしれませんが、クインスを使った醸造酒は聞いた事も見た事もありません。少なくとも何かとワインの知識を語りたがる友人から、その手の話を聞いた事はありません」
そう断言するシモンズさん。
ボクは自分の閃きに誤りが無い事を確信する。
リンゴからはシードル、蜂蜜からはミードが作れるのならリンゴっぽくて蜂蜜っぽいクインスでも、お酒が作れるのではないか?というアイディアだ。
そして思っていた通り、クインスから作られるお酒は存在しない。
だけどその理由がやってみて、無理だったという可能性もある。
「ロバートさんは何か知りませんか?」
「残念ながら聞いた事はありません、が、今まで仕えて来た数々の家で一度もクインスを使った醸造酒の話は聞いた事がありません」
ロバートさんはそう言い、メイド長さんやアグネスさんも同じ意見みたいだ。
「お父様、姉様の言った事で思い出したのですが、確かクインスは天上の神々が零した神酒の雫から生まれたと、神話に書かれていた筈ですわ」
「そうなのメル?」
「はい、ソルフィア教の教典に確かにそう書かれていましたわ」
ソルフィア教の教典…確か司祭様が誕生日プレゼントに置いて行ったあれだ、確かあれには…うん!書いてある。陽光に煌めき、月光に輝く、双子の女神がこよなく愛する神酒で、二人が飲み交わしている最中に零れた神酒がクインスになったと!
ボクは思わずメルの頭を撫でる。
メル良い子、とっても良い子!
そしてメルの言葉で旦那様の決心も決まったみたいだ。
「成功する確証は無い、だけどこれ以外の案は浮かばない。ジュラ公爵に面会して何を作るか決めたと報告しよう」
「ええ、なら明日から大忙しね!」
旦那様はシモンズさんに今後の方針を伝えて、シャーリーさんは立ち上がって皆に指示を出す。
ボクはメルの頭を撫でながら思う。
やっと長い長いトンネルの出口が見えて来た。
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