31話 夜明け前の攻防Ⅳ【羅針盤は明日を示し、夜明けはまだ遠く】

 あの後、予定通り…と言ってもいいのだろうか?まあでも作戦では街道警邏の追走を利用して車を湖に突っ込ませ埠頭に停泊している陸軍の砲艇グルーに救助してもらおう事になっていたから予定通りではある。

 これでボクは生死不明、ロジャーさんはボクを死んだ事を前提に記事を書くらしい。

 だから…ネスタ兄さんとは少し長めにお別れだ。

 一応、ボクは学園に通う事を諦めていないからそこで会おう!と約束したけど…その為には戸籍とか色々と偽装しないといけない、今後の予定だとシャトノワ領が用意してくれた偽名とかを使う事になっている。

 細かい事はシャトノワ領に着いてからだ。


 それとロバートさんは艇長さんと今後の打ち合わせをララさんは頭を打っている事もあって医務室で安静にしている。ボクは休日に着る赤と白のワンピースドレスに着替えて船室で大人しくしている。

 だからとても暇だ。


 勝手に船内を歩き回ると迷惑になるからここで大人しくしていないといけない、なので荷物の確認をしよう!

 旅行鞄が二つ、一つは着替えとボクにとって必須の調味料達を入れた小瓶と愛用のグスタフさんから誕生日プレゼントで貰った万年筆、これすごく書き心地が良くて手入れの仕方をロバートさんに教えてもらってからは定期的な手入れを欠かさずしている。

 この鞄の中身は以上だ。


 もう一つは鞄にこれでもかと詰め込まれたお金……何で持って来たんだったけ?以前からコツコツと貯金をしていたけど遂に重過ぎて床が抜けるのではないかという事態になってから紙幣に全て両替してもらった。

 西部がそうだったから他もそうだと思っていたけど実際には違っていた、そう金貨といった高額硬貨は西部でしか流通していない、他の地域では紙幣が一般的で西部で硬貨が主流なのは戦災が原因だ。

 火災に強いのは紙幣ではなく硬貨、だから今でも高額硬貨が一般的で中には紙幣が使えない領もある。

 それで貯めに貯めた硬貨を紙幣に両替して銀行に預けようと思ったらのあの騒ぎ、それで持って来てしまったけど…どうしようこれ?邪魔だけど無かったら無かったで困る物だし一応持っておこう。


 さてこれで持ち物の確認は終わり……再び暇になってしまった。

 うん、少し迷惑にならないように船内を歩いてみよう。

 王都からも大分離れたからもう船室から出ても問題無い筈だ。

 ボクは扉を開けてこっそりと外に出る。


 抜き足差し足じゃないけど何だが冒険をしている気分だ、フェリーとか生前に何度も乗ったけど軍艦に乗った事なんてないから少し興奮気味、ただ何と言うか見た目は軍艦というより遊覧船だ。

 艦橋の近くに小さい大砲と艦尾の近くにある構造物の上に機関銃が置かれていなかったら、ボクは遊覧船と間違えていたと思う。テレビとかで見た軍艦は灰色だったからこの白い塗装も軍艦らしく見えない。

 そう思いながらボクは船尾近くにある構造物の上、機関銃が置かれている場所に見つからないように上がってそこからこの運河の景色を一望する。


 不思議だ。

 運河自体は初めて見るけど何となく懐かしく思えた。

 似ているんだ、生前の故郷で何度も見た、尾道水道の景色にどことなく似ている。

 泳いで渡れそうな距離しか離れていない向島、朝陽に照らされて煌めく水面を波で乱しながら行き交う漁船やフェーリー、潮の香りがしないのが不思議に思るくらい懐かしく思える光景だった。


「ここに居たのか、部屋に居なかったから心配したぞ?」


 後ろから声がして振り向くと久しぶり会う意外な人物がいた。


「ラインハルトさん」


 以前と変わらずの少し物憂げなイケメンだった。

 とは言ってもアーカムを立ってまだ一年も経っていないから大きく変わっていたらそれはそれで大変な事だ。


「相変わらず好奇心旺盛だねマリアちゃんは、だけど機関銃は触っちゃダメだぞ?」

「さ、触ってないです!まだ!」


 ちょっと触ってみたかったけど、ちゃんと我慢しているのだ。


「そうか」


 優しく微笑むとラインハルトさんはボクの隣に立ちボクと同じ様に朝陽に染まる運河を眺める。

 改めて見ると本当にラインハルトさんはカッコいい。

 朝陽に照らされる姿は鎧を着ていたら絵本に出て来る正義の騎士の様で、実際にボクがこうやって砲艇に乗れるのもラインハルトさんのおかげだ。

 ボクの窮地を知ったラインハルトさんはすぐに駆け付けて作戦を聞くなり宰相さんと一緒にこの砲艇グルーを、軍人時代の伝手を使って呼び寄せてくれた。

 湖に車で突っ込んだ後も小舟に乗って近くで待機して、車が突っ込むなりすぐに飛び込んでボクや怪我したララさんを抱えて小舟まで泳いでくれた。

 本当に正義の騎士のようだった。


 ……それと前から疑問だったけど何で腰に剣を提げて居るんだろう?昔は剣と魔法のファンタジーな世界に転生したんだと思って疑問に思わなかったけど、今はとてもとても不自然に見える。

 だって剣を腰に提げているのはラインハルトさんくらいだったから!

 ただ色々と忙しくて聞く事が出来ずにアーカムを発ったから、うんこの機会に聞いてみよう。


「ラインハルトさん、一つ聞いてもいいですか?」

「ん?何だい?」

「その…前から疑問に思っていたんですが何で剣を腰に提げているんですか?」

「ああ、これかい?そう言えばマリアちゃんはグスタフ殿が国家魔導士なのは知ってるね?」

「はい」


 その証として王国と王室の…あれ?よく見るとラインハルトさんが腰に提げている剣にもグスタフさんが持っていたカンテラと同じように紋章が刻まれている、それってつまり……。


「そう、これでも私は国家魔導士だ」

「だから剣を腰に…いや、それでも日常的に帯剣するのは駄目なのでは?」

「ああそれは…それは……」


 ん?何やら言い淀んでいるけど、何でだろ、何か答えづらい質問はしていない筈だけど。


「それは、魔獣や魔物への対策の為だ」

「魔獣や魔物への…銃では駄目なんですか?」


 逃げている最中にララさんは色んな銃を使っていたし機関銃もあった。

 魔物や魔獣がどんなのかは知らないけど銃があればいいのではないのだろうか?


「普通の動物なら銃で問題は無い、だが魔獣や魔物には銃は通じないんだ…あれはね…大争乱の時に生み出された生物兵器なんだ」

「生物…兵器……」


 それって、どういう事だろう?


「動物をベースに銃火に耐えられる生命力と強靭な肉体、そして何人も恐れぬ凶暴性…いくら銃で撃ってもあれは倒れないがこの特殊な術式が刻み込まれた剣と私の魔法があれば致命傷を負わせられる」

「つまり…ラインハルトさんが剣を腰に提げているのは魔獣が現れてもすぐに対応する為なんですね?」

「ああ、西部は何度も国境を抜かれて魔獣が流入している、終戦から100年近く経っても生存している個体はいるが、陸軍の人員も大幅に削減されてセイラムのような田舎にまで手が回らないんだ」

「だからラインハルトさんは……」


 あれ?魔物は?

 ラインハルトさんが剣を持っている事の理由は分かった。

 魔獣が生物兵器なのも分かった。

 でも…魔物は?


「レオニダスからは話すなと言われているが…やはり君は知っておくべきだ、成り損ないとはいえ君は三度も魔物に襲われているのだからな」

「ボクが…魔物に…」


 襲われている?成り損ない…あ、ロバートさんはラシードを見た時に成り損ないと言っていた、つまりラシードとカリムは魔物?だけどそれは……。


「そうだ、魔物は人をベースに作られた生物兵器だ。だがラシードやカリムは成り損ない、魔物の失敗作だ…本物の魔物はもっと吐き気を催す、生命を冒涜した存在だ」

「生命を…冒涜した、存在……」


 ラシードやカリムが成り損ない、つまり失敗作だった?だけどボクにはあの二人は醜い化け物にしか見えなかった、吐き気のする存在だった。

 それが失敗作で本物の魔物はもっと恐ろしい存在。


「魔獣は確かに難敵だがよく計画して兵を布陣し組織的に対応すれば、本能に任せて突出するだけの標的だった。銃撃に強くとも十字砲火に耐えられる訳ではないからな、だから知性を持った兵器が必要だった」

「それで魔物は生み出された?」


 ラインハルトさんは静かにうなずくとどこか遠くを見る。

 何かを思い出しているみたいだった。


「西部には魔獣こそ今も生息しているが…魔物は私が軍に在籍している間に掃討した、多くの将兵を犠牲にしてな……」


 ラインハルトさんはそう言うと遠く、薄っすらと見える狂気山脈群を見つめる。

 そしてそれを語り始めた。


「外神委員会の目的は外神の顕現だ。そして過去に一度だけ外神の眷族が外から招き込まれた事がある。十数の国を滅ぼし私が率いていた連隊を壊滅させヒポグリフ達の助力で討伐できたが…あの風を穢して歩む者は、恐ろしく魔物に似ていた。私には何故か確信して言える事がある、君は何時か魔物と…外神委員会と戦う運命にある」

「ボクが?」

「ああ、だからよく己を鍛えるんだ。来るべき時に備えて」


 ボクを見るラインハルトさんの目は真剣そのものだった。

 何かを知っているからこそ断言できる。

 そんな目だった。

 ラインハルトさんが何を見たのかボクには想像もできない。

 だけど忘れていた。


 ボクは過去に外神委員会と結果的に戦っている。

 そしてボクは外神委員会と関わりのあったバウマンの娘だ。


 心の中が何かが蠢き騒めく感覚に襲われて、言い知れぬ不安を覚える。

 まるでまだ夜明けは遠い様なそんな感覚に似ていた。

 


♦♦♦♦



 マリアローズが生死不明になってから一週間後。

 ルッツフェーロは不機嫌そうに新聞を読みながら後ろに控えるカリギュラに対して苛立ちを見せていた。

 勤めて平静を装おうとルッツフェーロはしているが指の爪をボロボロになるまで噛んでしまい、その努力がより強くルッツフェーロを滑稽に見せていた。


 セーシャルから全幅の信頼を寄せられておきながらのこの失態、ルッツフェーロは内心で塞翁の愚かさに苛立ちながら、自分自身がセーシャルの手の平で踊っていたに過ぎない現実に打ちのめされていた。


「あれをキャリバーを回収しなかったのは…軍に接収させる為だったという事か、そして街道警邏は既に捨て石としか思っていないのか、あの人は……」

「はい、内密にと言われていましたので」

「そうか……」


 ルッツフェーロの思い描いていた謀略はマリアローズをあえて放逐して、街道警邏にマリアローズ捜索という大義名分を持たせて王国各所で暴威を震わせる事と、M2重機関銃はソルフィア王国と対立する周辺諸国にソルフィア王国で生産して輸出して国境を脅かさせる事だった。

 しかしセーシャルは違っていた。


 セーシャルの目論見を完全に理解出来ずその一部だけを垣間見たルッツフェーロは底知れぬ無秩序でありながら、恐ろしく狡猾なセーシャルに恐怖を抱くと同時によりその抱いている感情を強くする。


「それで…僕はどう動けばいい?それとも好きに動くべきなのか?」

「心の赴くままに、セーシャル様はそう仰っていました」

「心の赴くままに、か…」


 ならマリアローズは邪魔だ。

 ルッツフェーロは確信していた。

 あれは、放逐していれば必ず委員会に終わりをもたらす存在だと。


 バウマンに、そしてセーシャルの二人を、関わった者を破滅に導きしまいには自分の商会は大きな痛手を負わされ、今では方針転換を余儀なくされている。

 ギルガメッシュ商会とは争わず、彼等が進出していない業種にそうアンダーソン家と結託して教育関連に進出する事を決め多くの幹部を処分する羽目に陥った。

 苦々しく忌ま忌ましお。

 ルシオ・マリアローズ。

 機会があれば必ず潰すとルッツフェーロは決意して新聞を読み続ける。

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