30話 夜明け前の攻防Ⅲ【明日への逃走】

「怪我はありませんかマリアさん!?」

「は、はい!」


 咄嗟にロバートさんが抱き寄せてくれたおかげで何ともなかったけど、さっきまでボクが座っていた場所の頭があった場所が丸々吹き飛んでいた。12.7ミリで当たれば人の体なんて簡単に木っ端微塵になってしまうとテレビで説明されていたけど、あれは誇大広告でも何でもなく本当だった!


「ララさん!」

「……」

「ララ!」


 何度ロバートさんが呼び掛けても返事はなかった。

 血管に何か冷たい物が流れて心臓がギュッとなる感覚に襲われてボクはロバートさんの腕を振り解いて身を乗り出して後ろを見ると、後部座席の下の所に額から血を流して倒れているララさんがいた!?


「ラ、ララさん!?」

「うぅ…ぅぅ……」


 良かった、いや良くは無いけど頭を打って気を失っているだけみたいだ。

 だけど頭を打ったという事は早くお医者さんに見せないと!もしも内出血を起こしていたら命に関わる!


「マリアさん!ララさんは!?」

「頭を打って気を失っているみたいです!ただそれ以外の外傷は見当たりません!」

「座席には防弾版が仕込んであったのですがそれ事吹き飛ばしましたか…マリアさんはあれをご存じで?」

「はい、あれはボクがいた世界の兵器です。名前はM2重機関銃で弾の大きさは12.7ミリだった筈です」

「成程…だからあんな奇妙な形状に改造したという訳ですね。助手席に載せようものなら衝撃で横転してしまう、すると射角は限られますが…この車のボディーを抜くとは」


 後部座席を見ると左側に幾つも大穴が開いていて、そこから後ろの景色が見える。

 分厚い鉄板事、文字通り豆腐に釘を刺すように容易く吹き飛ばしていた。


「マリアさん!脇道に入って逃れはしまたしが再び衝撃して来るのは見えています、なので後部座席に移りララさんを押さえていてください。かなり危険な運転をしますので気を失っていてはさらに頭を打つ事になるので!」

「!は、はい!」


 確かにそうだ。

 早く後ろに移らないとそれこそ、さっきみたいに後ろ向きで走ろうとしたらその時の衝撃でララさんが外に放り出されてしまう!早く……。


「馬鹿なのか!?」

「ふえ!?」


 ロバートさんの声で左側を見ると光が見えた。

 割れたガラスと木片を撒き散らしながら街道警邏の車が現れた!?

 家を!建物を!突っ切って!?確かに車だからその気になれば出来るかもしれないけど、それでも危険なニトログリセリンの親戚の様な物を燃料にしたエンジンを積んでいるのに?壁を突き破る衝撃で爆発してもおかしくないのに!


「うわ!?」

「くうぅうう!?」


 勢いのそのままに並走を始めた街道警邏の車は体当たりをして来た。

 常に余裕を崩さないロバートさんも忌ま忌ましそうに渋い顔をしながら壁に押し付けられないように必死にハンドルを握るけど、駄目だこの隙を逃すはずがない。

 その時ボクの目には確かに拳銃を構えようとする男の姿が見えた。

 咄嗟だった。

 ララさんに渡されたそれをボクは反射的に拳銃を男がこちらに狙いを付けるよりも速く構えて狙いを付ける。


「!?」


 目が合った。


 顔は恐怖に染まっていた。

 自分に訪れる死に怯えて今にも泣きだしそうな真っ青な顔でボクを見ていた。


 撃つんだ。


 覚悟を決めたんだ。

 この引き金はボクが引くんだ。

 引くんだ!


 心臓が異常に早く鼓動する。


 胸が苦しい。

 息苦しい。

 指が重い。

 何で。

 何で!

 覚悟を決めたんだ!


「マリアさん、止めなさい。もう居ませんよ」

「うぅくぅぅ……」


 建物を突っ切って来た車は後ろで横転していた。

 無理な運転でどうやら車輪が外れたみたいで、その隙を見のがさなかったロバートさんはハンドルを切って逆に壁にぶつけて横転させていた。

 引けなかった。

 怖くて、いざ構えた瞬間…絶望に染まる表情を前にしたら撃てなかった!

 ララさんから渡された拳銃をロバートさんはボクから取り上げる。


「マリアさん、私が言った言葉は貴女に人を殺す覚悟を持てという意味ではありません」

「……」

「人を殺す、命を奪う、その重みを知って欲しかったのです。貴女は不幸にも死の恐怖を乗り越え過ぎた、命の重さを知るよりもずっと早く…そういった者は何も知る事なく進めば必ず人を平然と殺める殺人鬼に成り下がります。私の弟子もそう成り果てました」


 ロバートさんはどこか遠い目で語り続ける。


「ですから引き金を引き無かった事を悔やんではいけません、引き金を引こうとした瞬間に感じた重さと恐怖を忘れないでください…それを忘れない限り殺人鬼に成り下がる事はありません」


 ボクには…理解出来ない事だ・

 ボクが今感じているのは…躊躇った事で誰かが撃たれていたらという事で…だけど怖くて、駄目だ頭がグルグルして上手く……。


「痛っっってぇえ!なの!」

「ふえ!?」

「おや遅いお目覚めで」


 ロバートさんに言われた事の意味を理解しようと考えていたらララさんが目を覚まして、怒りと戸惑いの入り混じった声で絶叫を上げて起き上がった。


「どういう状況なの!あとあれ何なの!?どう考えても陸軍の横流し品じゃないの!あんな大口径の機関銃、初めて見るの!?」

「マリアさんがいた世界で使われていた物らしいですよ?口径は12.7ミリでマリアさんの口振りと戸惑いようから陸軍で使われている装甲車も平然とエメンタールチーズのように穴だらけにしてしまうでしょう」

「はあぁ!?12.7!?市街地で何も持ち出してるの!」


 ララさんは怒鳴り声を上げながら座席に座り直すとコートの下に隠し持っていた短機関銃を取り出す。


「おや、軽機関銃と騎兵銃はどうされたのですか?」

「自慢の一物達はこうなったの!腹立つの!」


 口汚く吐き捨てるようにいいながらララさんはさっきまで持っていた軽機関銃と騎兵銃を両手で持ち上げると、半分から先が跡形もなく吹き飛んでいた。どうやらさっきの銃撃で後部座席事吹き飛ばされたみたいだ。


「とすると最大火力はそれですか、確かドアノッカーはあと3発だけですよね?」

「そうなの、あとドアノッカーは反動が大きいのと弾道の安定性が悪いから文字通りドアをノックするように押し付けないと当たらないの」

「ではマリアさんに渡していた弾の入っていない拳銃は私が、弾をください」


 ロバートさんはララさんから弾倉…ふえ!?


「え!?あの拳銃、弾が入っていなかったんですか!」

「当然なの、子供に弾入り渡すとか危ないの、あれは威嚇用に渡しただけなの」


 ……何だろう。

 体からガクッと力が抜けた。


「さてさて、驚きの事実はこれで終わりとして真面目な話ですが、そろそろ砲艇が停泊している埠頭に近付きますので次の直線が勝負です」

「すると…やっかいなの距離を取られれば一方的にやられるの」


 確かにテレビで拳銃は映画のようには当たらないって言っていた。

 ララさんに教えてもらったけど短機関銃は拳銃と同じ弾を使っている、つまり一定の距離を開けて銃撃されたら太刀打ちできない。ボクの生死を問わないのはさっきの銃撃で分かった。


 …そう言えばロバートさんはさっきM2重機関銃を載せた車は射角が狭いと言っていた、射角は…つまり撃ってる角度だよね?だけどこれは博打だ、失敗すれば三人仲良く肉片になってしまう。

 だけど…どっちにしてもそれ以外の手立ては思い付かない。

 ボクは思い付いた作戦を二人に伝えるとララさんは真っ先に顔を真っ赤にして反対した。


「無茶なの!絶対ダメなの!そうだ、車を捨てて徒歩で行くの」

「無理ですね、こちらを追撃する為に動かせるだけ人員を動かしている筈なので徒歩でも確実に捕捉されます。全員返り討ちにする自信はありますが誰一人巻き込まない自信ありませんよ」

「確かに…あれを所構わず撃たれたら逃げ切れてもマリアの立場が無くなるの」


 うん、ボクが大人しく掴まっていれば!という意見は必ず出て来る。

 そうなったらシャトノワ領も受け入れに関して考え直すと思う、何よりヴィクトワール家にトドメに一撃を入れる事になる。


「分かったの!私はマリアの案に賛成!死なば諸共!」

「はっはっは!それも良いですな…では行きますよ?マリアさんはしっかりと掴まっていてください!ララさんは横っ腹に食らわしてください!」

「はい!」

「どんとこいなの!」


 わき道を飛び出して直線の道が埠頭まで続く倉庫街に出た瞬間、待ち構えていたように後ろから街道警邏の車が三台、真ん中の一台は間違いなくM2重機関銃を積んだあの車だ!


「では行きますよ!」


 M2重機関銃が火を吹くと同時にロバートさんはサイドブレーキを上げる。

 けたたましい音を上げながら車は速度を急速に緩めて目の前を光の線がレンガの倉庫の壁を破壊しながら迫る、だけどロバートさんはサイドブレーキを下ろして流れる様にギアを変えて後ろ向きに加速して後ろに回り込む。

 そしてM2重機関銃を載せた車は予想通り横転した!

 さらに後ろに回り込む瞬間にララさんとロバートさんは残りの二台の車輪を的確に撃ち抜き、残りの二台も態勢を崩して壁にぶつかったり横転した!


「はっはっは!間一髪でしたな」

「次はしないの!絶対にダメなの!」

「でもこれで逃げ切れます!」


 よしこれで…て、この先は確か…水泳は中学生になってからしていないから少し自信は無いけど…出来るさ!


「ララさん、あちらは作戦通りに動いてくれていますか?」

「…見えたの!ちゃんと内火艇を出してるの!」

「さてでは大きく息を吸ってください!」

「「すうぅ……」」


 ボクとララさんは大きく息を吸って、そして車は勢いをそのままに顔を出し始めた朝陽に照らされて煌めく湖面に向かって飛び出した!



♦♦♦♦



「やはりお前達がここに来た訳か」

「驚いた、まさか街道警邏にもまともな人材はいたのね」

「何だと貴様!」

「やめろフィン、すまんな…血気盛んなんだ」

「そう」


 シャーロット・リンドブルム、いや今はシャーロット・ヴィクトワールは腹の立つ勝ち誇った笑みを浮かべていた、で…隣にいるのはエルネスト・ヴィクトワールか?


「何をしているんだ?」

「それはマリアちゃんに変装…いや私がマリアローズだ!」

「不器用か!」


 そんな面をしたマリアローズがいてたまるか。

 まあ化け物に比べればまだましだがそれでもさっさと屋敷に戻って欲しいものだ。


「それにしても意外ね…全力を挙げて陣頭指揮を執ると思っていたのに」

「ふん、本部が寄こした連中だけ向かわせた…馬鹿らしい事で部下を失いたくないのでな…本部の連中だけお前らの思惑に乗ってもらったよ」

「あらお利口さん、それでさっきから響いて来るこの音だけど…さっさと逃げないと大変よ?」

「ああ、言われるまでも無い」


 どうやら本部から派遣されて来た連中は相当な馬鹿だったらしい。

 最初は金の掛かる自動車部隊を揃えてくれた本部の本気に感心したが、蓋を開ければマフィア崩れと不良貴族の子弟ばかりで必ず問題を起こすと思っていたがまさか王都で銃撃戦をしてくれるとは……。


「ここまで盛大に銃撃戦をして…火災まで起こしたんだ、ここいれば市中警邏に捕まる」


 まあ、街道警邏の悪評を広める事も目的としているからなこいつ等には、我々が一人で勝手に馬鹿をしたという喜劇にしか見えんだろうな、大義名分を手に入れて浮かれて末の結末だ。

 場末の劇場でも早々演じられない三流喜劇だが、ふん!私にしてみれば悲劇だ!起こると分かっていても止められなかったのだから!


「フィン、撤収の合図だ!」

「……」

「フィン!」

「……はい」


 駅に向かう途中でフィンには説明したが感情が納得してくれないだろうな、この男には自分達が正義だと写っているのだから猶更だろうが、私は至極当然の結末を迎えたと思っている。


 私の予想が正しければマリアローズは生死不明となる。

 我々、街道警邏による執拗な追撃により運転を誤って湖に転落して、まあどうせ出張ってる陸軍が小舟でも出して朝焼けに隠れながら救助するだろうが。


「ホイットさん……」

「何も言うな、ただ…退散するだけだ」

「はい……」


 帽子を深くかぶり直してフィンは俯く。

 泣いて、いるだろうな。

 まったく若いな、そして私は悪事に手を染めるにしては歳を取り過ぎた。

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