29話 夜明け前の攻防Ⅱ【追走劇の幕開け】
切欠は今後の相談をする為に皆で居間に集まっている時に石が投げ込まれた事だった。
窓ガラスが割れて居間に散乱したけど咄嗟にヴィクトワールさんがボクを庇おうとしたネスタ兄さん事庇ってくれて、少し米神をガラス片で切ってしまいそれを見たネスタ兄さんが閃いた。
投げ込まれたのは石じゃなくて何か薬品の入った瓶でそれが原因でボクが髪を切らないといけなくなった事にし、切ったボクの髪でカツラを作りネスタ兄さんがそれを被って変装して囮になるという物だった。
当然、ボクはネスタ兄さんがそんな危険を冒す事には大反対だったけどそれ以外にボクが屋敷の外に出る手立てはなく、どれくらい切るかは皆の反対を押し切ってネスタ兄さんがそんな危険を冒すならと思いっきり短くした。
そこからはネスタ兄さんの考えた作戦の穴を大奥様が修正して、秘書さんを通して宰相さんに作戦を伝えると宰相さんが「それなら港に陸軍の砲艇を回す、鉄道ではどうやっても捕捉されるが河川は陸軍が管轄だ、連中も陸軍には手を出せん」と便宜を図ってくれた。
シャトノワ領にはヴィクトワールさんが交渉してボクが移住する事の許可を取ってくれた、ここ数日でヴィクトワールさんの体調も良くなり以前はまるでお化けのような顔色だったけど今は肌の色も良くなり、シャトノワ領に戻る為にボクが無事にシャトノワ領に行ける為に動いてくれている。
それで分かったけどヴィクトワールさんは…今は旦那様だけど、旦那様はとてもよく人の話に耳を傾けてしっかりと考えて動く思慮深い人だ。それに何よりとても大きい人だ、ボクがどんな状況なのか聞いて迷わず「君は頼りないかもしれないが、このエルネスト・ヴィクトワールが必ず守る」と言ってくれた。
皆と一緒にシャトノワ領に行ってもいいと言ってくれた。
犯罪者の汚名を被さられ、ボクがいればヴィクトワール家建て直しの邪魔になると分かっていて関係ないと守ると言ってくれた、もしもボクが女性だったら好きになってしまいそうな、そんな素敵な人だった。
シャーリーさんが好きになるのも分かる。
そして王城に乗り込んでから一週間後、全ての準備が整った。
♦♦♦♦
「車を屋敷の前に着けました、では私は着替えて来ます」
ロバートさんは普段と変わらない動きで屋敷の中に戻ると今度は速足で二階に上がってラッセ様の服に着替え始める、ボクとララさんは着替え終わっていてロバートさんの着替え終わればすぐに動ける状態で玄関に待機している。
ララさんは最後の確認とばかりにロングコートの下に隠し持っている拳銃とかの状態を見ていた。
ララさんが教えてくれたけどバナナみたいな鉄の箱が付いた銃は短機関銃と言って鉄の箱は弾倉というらしい、それとララさんに念の為に持っているように言われて渡されたこの拳銃は自動拳銃というらしい。
滑らかで引っ掛かりの少ない外観で服の下に入れていても邪魔にならない、名前は教えてもらえなかったけどソルフィア王国で唯一の民営銃器メーカーが作った物らしい、だけど…本物の銃を初めて持ったけど、ナイフと同じで怖い。
だから昨日のお昼、ロバートさんに中庭に呼び出されてそこで軽い手合わせをした後に言われた事を思い出した。
ボクは殴る蹴るの方が性に合っているという考えは誤魔化しだと、凶器を人に向けるのが怖いのは当たり前でボクはその恐怖から逃げているだけだと…ロバートさんに練習用の木のナイフじゃなくて本物のナイフで斬りかかって来い言われた時、凶器を人に向ける恐ろしさをそこで初めて自覚した。
メイド道をどこまで進むかによって変わるけどメイド長さんが進んだ様な道を行くなら、決して避けては通れない道があるとロバートさんはその意味を少しだけ教えてくれた。
だからボクは気付いた。
この顔の火傷はある意味では自業自得だ。
殺してでも守る覚悟があればグリンダだって火傷を負わなくて済んだ、結果は確かにあの場にいた子供達をグリンダを守れたけど運が良かっただけだ。次も同じように上手く行く保証は無い。
その時、ボクは、この引き金を引けるだろうか?
「マリア」
「ふえ?」
ララさんに声を掛けられてボクは我に返った。
何だろう?状況が状況だからかもしれないけどララさんは普段は見せない真剣な顔でボクを見ていた。
「思い詰めたら駄目なの、マリアはすぐに思い詰める…引き金は私が引くの、だからマリアは安心するの」
「…はい」
だからと言って、誰かに押し付けて逃げる為に引き金から指を離す事は出来ない。
覚悟を決めろ。
「お待たせしました私の準備は終わりましたがララさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫なの」
「では行きましょう」
ボクは領頬を叩いて自分に活を入れる。
そして振り向いて心配で心がはち切れそうな表情を浮かべるお母さんを見る。
「では行ってきます」
「必ず、必ず……」
「はい、必ず後から行きます。だから先にシャトノワで待っていてください」
「絶対よ?」
「はい」
お母さんの覚悟も決めたみたいだ。
後ろにはボクに変装したネスタ兄さんやお母さんに変装した大奥様、それと少しでも作戦が上手く行く様に囮を買って出てボクの髪から作ったカツラを被る旦那様や女装した警邏官さん達がいた。
「では行ってきます」
ボクはお辞儀をしてから外に出る。
はやる気持ちを抑えて焦らず助手席に座る。
「マリアさん、気付いても無視ですよ?」
「はい」
いる…路地からこちらをじっと見ている…予定通りだけどやっぱり不安になる、だけどここで振り向けば全てが無駄になる、ネスタ兄さんが囮という危険な役目を買って出てくれたんだ。
「では行きますよ?走り出しても決して後ろを振り返らないでください」
「はい」
ゆっくりと蒸気を吹き出しながら車は走り出した。
蒸気エンジン特有のエンジン音。
夜明け前の一番暗いく静かな時間帯だからなのかとてもよく響いて、ボクの心臓を囃し立てる。
早く早くと心臓がバクバクという音を立てて鼓動する。
緊張の糸が最大まで張り詰めた時だった、後のララさんが大声を上げた。
「予想より連中が早く仕掛けて来たの!台数は2台、面倒な事にエンフィールド社のデューク!」
「はっはっは!アルビオン製とは、小癪ですな!」
サイドミラーから見える光にボクは見覚えがあった。
電球の光!?でもこの世界には魔石があって電気…待って今アルビオン製って言わなかった?ガソリン車!?いや違う、だけどその前に予定だと最初は様子見で尾行に徹する筈だって大奥様は言っていた。
だけどこれは追撃だ!?
「ちなみにマリアさん、エンフィールド社のデュークと言うのはアルビオン製の色々と面倒な車で、2番目に厄介なのは最速という事です!」
「それって港まで逃げ切れないんじゃあ!?」
最速って、それじゃあすぐに追い付かれるしまう。
そんな状況でもゴーグルの下のロバートさんの目には焦りはなかった、それどころは……。
「安心をマリアさん、最速というのは一般で販売されている車の中での話、長年に渡って改造に改造を続けた私の愛車が!アルビオン如きに負ける道理無し!!」
「ふええええ!?」
「ひゃっはーなの!」
急加速!?あ!忘れていた、速度を上げたらゴーグルをつけるんだった!
ふえええ…風が!風圧が凄い!
「後ろの様子はどうですか?」
「負けじと速度を上げて来てるの!」
「では王都では初となる蒸気自動車での追走劇といきましょう!」
「安全運転でお願いします!!」
計画的な都市設計だからと言っても道は複雑に入り組んでいる事には変わりなくさっきからギュルルル!と急カーブと急ハンドルを繰り返す音が響いて来る、危険な一歩でも間違えれば大事故に繋がりかねない運転を繰り返しながら陸軍の砲艇が停泊している埠頭へ向けて車は夜明け前の王都を走り抜けていく。
「信号弾上がったの!様子見に徹していたのが来るの!」
空には星のように煌めき弧を描きながら物体が上がっていた、それを合図になのか後ろから耳を劈く破裂音が響いて来た!
「本腰を入れましたか、ですが!王都内で発砲とは、仕方がありませんララさん!」
「牽制程度に撃つの!」
前にララさんが持っていた銃よりも少し短いええと…確か騎兵銃をララさんは取り出すと後ろに迫る街道警邏が乗った車に当てないように撃ち返し始める。
ララさんが一発撃つ毎に車を運転している人が驚いているのか不安定にグネグネと揺れているけど、3発4発と撃ったあたりから当てる気が無い事に気付いて全く動揺しなくなった。
それどころか……。
「伏せなさい!」
「ふえ!?」
な、なに!?連続してバババババとさっき聞こえて来たのとは比べ物にならないくらいの大きな破裂音が聞こえて来たけどあれってもしかして!?
「連中!重機関銃を持ち出して来たの!」
「救いようのない馬鹿ですな!それとララさん口径は?」
「7.8ミリ!フレームを貫通してないから普通実包なの!」
「ですか…ララさん、食らわしてやりなさい!」
食らわす?何を!何をですか!?それと後ろからまだバババババという音が聞こえて来ているのに何でロバートさんは身を屈めないの!
ボクは屈みながら後ろを見ると!ララさん危ない!何で立ち上がってるの!?
「さあ私の一物に接吻しな!クソったれの街道警邏共!!」
口汚く叫んだララさんは自分の半分以上もある大きさの、ララさんが持っている騎兵銃?を全体的に大きくして横に弾倉を付けた様な銃を取り出すと後ろに迫る車に目掛けて引き金を引いた。
その瞬間、パパパパパンと耳を塞ぐ手を突き抜けてけたたましい轟音が響く。
「6.5ミリでもやはり30発弾倉の一斉射は愉快な音ですな!」
「この軽機関銃すごいの!何でこれ正式化されてないの?シャイデマンもそうだけど昔使っていたのよりもずっと高性能なの!」
「それよりも!え?それ!?いいの!」
機関銃だよね!駄目だよね!セイラム事変の後に色々と調べたけどソルフィア王国では銃の所持は許可制で役所に届け出をすれば所持出来るけどそれでも所持して良いのは、単発式に限定されている訳で!機関銃とか駄目だよね!
「いいの!そもそも未だに割とマシになった程度の歩兵銃を兵士に使わせる国が悪いの!」
「意味が分かりません!?」
「お二人共!お喋りはその辺で、しっかりと掴まってください!!」
「え?それ…ふええええ!?」
急旋回!?え!?これってスピン!スリップ!クルって半回転しながらロバートさんはハンドルとギアを巧みに操作して、操作して!?
「後ろ向き!?」
「さすがなの!それじゃあなの!」
「「「……」」」
追い付こうと、追い抜こうと最大まで加速していた後ろから追い掛けて来ていた二台の車と後から来て重機関銃を乗せた車がボク達を追い抜いて行った。
追い抜く瞬間、巧みすぎるハリウッド映画さながらのロバートさんの運転を見た街道警邏の人達は後ろ向きで走るボク達が乗った車を呆然と見つめていた。
「それではマリアさん、あのデュークが一般販売されている車の中で最速というのが二番目に厄介だと行った事を覚えていますか?」
「ふえ?あ!?はい!」
確か最初にそんな事を言っていたと思うけど、それよりも……。
「後ろ…前?とにかく追い抜いて行った以外にもまだ車はいます!追い付かれます!」
「まあまあ。では一番厄介な理由ですが後ろを御覧なさい」
「うし―――」
大爆発だった。
ハリウッドの火薬やり過ぎの、昔懐かしのテレビ番組を紹介する時に必ず名前が挙がる西部の警察みたいな大爆発が起こ…え!?追い抜いて行った車に別働だと思うけど、同じデュークという車が飛び出して来てそれで衝突した瞬間に大爆発!?何で!!
混乱するボクを尻目にロバートさんは車を半回転させて正面に向けると爆発して燃え上がる車を避けんて進んで行く。
「あれの蒸気エンジンには灼石炭を再利用した人工の魔石が使われています」
「ええと!それとあの大爆発と何の関係が!?」
「落ち着きなさいマリアさん、ではその人工魔石の別名は爆弾石…つまり下手な衝撃を加えると大爆発を起こすのです。まあその分、この車の蒸気エンジンに使われている人工魔石よりも出力は大きいですが」
「そんな危険な物を…何で規制が掛からないの!?」
地球だったら即規制が…あ、そう言えばボクが小学生の頃にお隣の国で生産されているスマホ爆弾が問題になっていたから規制は掛からないかも…じゃなくて、そんな危険な物を積んだ車が普通に走ってるって!大問題だよ!
「はっはっはまさにその通り、なので普通には買えませんし買ってもエンジンを積み替えますね。デューク自体はデザインが良いので」
「それはそうとまだ二台…いやもう一台追加できたの」
「みたいですね…ん?奇妙な車ですね」
ロバートさんとララさんは訝し気にしている、何だろう?とボクは少し乗り出して後ろを見ると、まるで軽トラックのように屋根を切断したデュークが迫って来ていた。
その荷台のようになっている後部座席には……。
「機関銃を載せていますが…まあ、この車は7.8ミリでもそうそうに貫けませんから頭を低くしていれば問題ないでしょう」
「そうなの、でも初めて見るの…どこ産なの?」
ボクはその機関銃に、いや重機関銃に見覚えがあった!
テレビや映画でアメリカ軍が出て来ると必ず一緒に出て来る、銃に詳しくないボクでも知っている。
自衛隊が特集されてもそのインパクトのある見た目から必ず紹介されるあれだ!
「なんで!?何であれがここにあるの!!」
「どうしたのですか、急に叫んで?」
「ロバートさん!あれはヤバいんです!急いで曲ってください!」
「何を言っているのですか?ふむ、安心してください大砲にでも撃たれない限りこの車は―――」
「その大砲なんです!」
必死にロバートさんに訴えるけどまるで話が通じない、ララさんもボクが何を言っているのか分かってくれていない。
ちゃんと伝えないと!じゃないと車がエメンタールチーズみたいに穴だらけに!ボク達は挽肉にされてしまう!
だけど焦って、何よりボクはあれの事を詳しく知らないから上手く伝えられない!
「マリア?何をそん―――」
ララさんが何かを言おうとした瞬間、後で轟音と共にそれが火を吹いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます