23話 廻り始める宿命の歯車【前編】

 あれから少ししてネスタ兄さんはガイウス陛下に呼ばれて王宮に赴いた。

 何があったのかはネスタ兄さんは秘密にしているけど、どこか嬉しそうで何があったのかは分からないけどネスタ兄さんにとって良い事があったのは確か見たいだった。


 そんなこんなでもう三月に入り来月にはイリアンソス学園への入学を控えたネスタ兄さんは三月の中旬には学生寮に入寮する為に学園都市イリアンソスへ行ってしまう。


「本日の昼食はとてもいい鱒が手に入りましたので鱒のムニエルにオーロラソースを添えました」


 コックのニックさんの合図でお皿がテーブルに置かれて行く。

 ちなみにオーロラソースは日本のようにケチャップとマヨネーズを混ぜ合わせたのではなくホワイソースにトマトピューレとバターを合わせて物で、とてもコクがあって美味しいソースだ。


「これは実に美味しそうだ、今日も素晴らしい出来だなニック」

「ありがとうございます、旦那様」


 それと今日はラッセ様も一緒に昼食を取っている。

 普段はお仕事の関係から外食が中心だけどもうすぐネスタ兄さんがイリアンソスの学生寮に行ってしまう事もあって出発の日まで毎日、昼食は屋敷で食べる事になりニックさんは普段よりもさらに腕を振るって昼食を作っている。

 料理が全員に行き渡ったり楽しく会話をしながら昼食は始まった。


「そう言えばネスタ、聞いたぞ、殿下の側仕えを辞めずに続けるらしいな」

「さすがは父さんだ、耳が早い」

「そうでもないさ、前からお前と殿下の仲が冷え切っているのは庁内で有名だったから、今度は和解した事で持ちきりさ」


 実はネスタ兄さんはガイウス陛下と王太子殿下にエドゥアルド殿下の側仕えを辞めると退職届みたいな物を送っていたんだけど、何があったのかは分からないけどガイウス陛下に呼ばれて王宮に行ってから何故かそれを取り下げて側仕えを続ける事にしたのだ。

 最初は脅されたのかな?と思ったけど戻って来た時のネスタ兄さんの嬉しそうな表情からそれは違うらしいのは分かっているけど、でもどうして側仕えを続けるんだろう。


 その疑問はボクだけじゃなくてラッセ様やイネス様、それと意外な事に大奥様も疑問に思っているみたいで…シャーリーさんは我関せずという感じだ、で皆の表情を見たネスタ兄さんは渋々と言った感じに説明してくれた。


「実はその…あいつ、エドがすまなかっと俺に頭を下げたんです」

「殿下が!?謝罪したって言うのかい?あの傲慢な事で有名なあの殿下が?」


 ラッセ様は驚きのあまり目を丸する、イネス様は相変わらず「あらあら」と流し大奥様は何やら意味ありげにほくそ笑み、シャーリーさんは予想通りなのか少し呆れ気味に溜息をついている。

 だけど、ボクは一度しか会った事が無いけどあれだけ傲慢な人が素直に謝罪するなんて…とても信じられない。


「ええ、俺も最初は驚いてマリアに引っ叩かれた時に頭でも打ったのかと心配したんですが、何と言うか…憑き物堕ちというか、昔の…初めて会った頃に戻ったという感じで、それに俺はあいつに負い目を感じていたから……」

「負い目、ネスタがか?」


 なんでネスタ兄さんが負い目を感じる必要があるんだ?どう考えても殿下が一人で暴走した挙句の自滅だ、ネスタ兄さんにはまったく非は無いと思うけど……。


「俺はあいつが変わって行く時に止めてやれなかった、それどころかどんどん傲慢になって行くあいつが煩わしくて距離を取ってしまった、距離を取らずにもっと…それこそマリアみたいに引っ叩くくらいすればあいつを止めてやる事が出来たかもしれない、そう思うんです」


 大切な友人が悪い方向へ行こうとして、知っていながら止められなかった…だから今度こそは…か、ネスタ兄さんは人が好過ぎる、だけどまあ、それがネスタ兄さんの良い所であり何よりネスタ兄さんが選んだ道なら、ここは妹として応援しないと!


「だから今度こそ友としてあいつを支えてやりたいんです、ですから……」

「反対はしないよネスタ、お前の人生なんだからお前自身が後悔しない選択をしなさい、お祖母様もそれでいいですね?」

「ふっ、最初から反対はしていないよ…そもそも、あれの側仕えをさせたのは私なのだぞ?なら辞めるも続けるも決めるのはネスタだ、私はそれを黙認するだけさ」

「絶対嘘ね」「嘘さね」「嘘、ですな」「嘘なの」「嘘だね」

「お前達は私を何だと思っているんだ!?」


 大奥様の言葉に一斉に皆は嘘だと言い放つ、ちなみにボクも同意だ。

 ただし殿下が改心していないのに続けると言ったら反対して改心したのに辞めるといったら反対するという意味でだけど、見た目は冷酷そうな大奥様だけど実際はとても優しい人だと皆は知っているのだ。


「とても曾孫思いの優しい曾祖母ちゃんだと思っているんですよ」


 なのでボクはフォローを入れる。


「マリア…本当にお前は優しい子だ、最近は私に対する周りの対応が雑で…お前だけだ、私に優しいのは……」

「いや、曾祖母様?俺も、俺もそっち側の筈なんですが?」


 大奥様はボクを抱きしめながらそう言ってネスタ兄さんは苦笑いをして、今日も今日とで穏やかで楽しい時間が過ぎて行く。


「クエ!クエ!」

「どうしたのアストルフォ…ああ、お客さんだね」


 普段は食事中に食堂に入って来ないアストルフォが入って来たという事はたぶん来客だ、アストルフォはベルが鳴る前によく気付いて知らせてくれる。

 ボクは屈んで大奥様の腕から逃れると玄関へと向かう、食堂を出たと同時に来客を知らせる呼び鈴が鳴りボクは駆け足で玄関へと行くんだけど…乱暴だな!そんなに激しく呼び鈴を鳴らしたら壊れてしまう。

 半年前に新しくしたばかりのボクの要望でヒポグリフがベルを持つというで在院の趣向を凝らしたお気に入りの呼び鈴なのだ、そんなに乱暴に扱って壊れでもしたらどうしてやろうか?でも今は注意の方が先だ。


「今行きますので乱暴に呼び鈴を鳴らさないでください、壊れてしまいます」


 聞こえるように大きな声で言ったけど駄目だ、呼び鈴を鳴らすのを止めない。

 力任せに紐を引っ張るから呼び鈴が金切り声を上げている。

 それでふと思い出したけど、あの時と状況が何となくだけど似ている。

 そもそもラッセ様のお仕事に関係する緊急の用事だったら呼び鈴を鳴らすだけじゃなくて大声で呼んでいる筈だ、郵便配達の人とかだったら急いでいても丁寧に鳴らす、つまり外にいる人は前者でも後者でもない。

 第三の選択…あの時と違ってボクは慎重に鎖を外し鍵を開けて少しだけ扉を開けて外を覗き見る。


「ええと…どなたでしょうか?旦那様に御用でしょうか?」

「あれ?え?ちょっ?え?は!?え?」


 乱暴に呼び鈴を鳴らしていた来客は思うように扉が開かず、少し混乱しながらガチャガチャとドアノブを回したり、ガタガタと扉を押したりしている。


 ふふふ…前は考えなしに階段を駆け下りてラシードに見つかって襲われたけど、今回は最初から魔法で体を強化してからの「どちら様でしょうか?」だからボクがチラッと見える以上に扉が開く事は無い。

 ボクはちゃんと学習するのだ。


「あの…何か御用でしょうか?」

「あれ?何で開かない?おいお前、開けていれろ!私を誰だと思っている!?」


 ……ボクは力を1ミリも弱める気にはなれなかった。

 だって、だって、人生で初めて見た!こんなにも「まさに悪人!」という容貌の人!

 短足で背が低くて、顔は大きくてがま口でニキビがいっぱいで目付きも悪くて来ている服は…警邏官さんの制服に似ているけど痛々しい程に似合わない金糸と銀糸で装飾がされていて、もうどこから見ても犯罪者から賄賂を貰っている悪徳警官そのも。


 人を見た目で判断していけませんと前世では教わったけど、無理だよね?そもそも身嗜みに気を付けるの年齢関係なく共通のマナーで学生でもどんなに成績が良くても服装がなってなければ優等生でも不良として扱われる。

 何者なのか、何の用なのか、ちゃんと言わないのなら力を弱める気は無い。


「それでご用件は何でしょうか?理由もなく扉を開ける事は出来かねます」


 ボクが至極当然のことを言うと悪徳警官風の男の人は茹蛸みたいに顔を真っ赤にしてボクを睨みつける。


「私は街道警邏王都外縁域治安統制統合局局長付き統制代理長官モーリス・ラムザ―だ!ここに大罪人マリアローズ・バウマンがいる筈だ!直ちにこちらに引き渡せとここの家主に言え!」


 マリアローズ…バウマン!?ちょっと待った、何でボクがバウマンの姓で呼ばれるんだ!?ボクはルシオ・マリアローズだ、決してバウマン家とは縁も所縁…一応、血縁上では娘だけど無関係だ!


「現バウマン家当主であるマリアローズがこちらに滞在しているのは知っている、彼女には国家反逆罪等の疑いがある凶悪犯だ、我々はマリアローズ・バウマンを逮捕する為に来た、令状もある、ただちにバウマン家当主であ―――」

「ボクをバウマンの姓で呼ばないでください!失礼ですよ?ボクはルシオ・マリアローズです、訂正してください今すぐに!」


 何なんだこの人達は!いきなり何て失礼な…あれ?ちょっと待った、この人はさっき何て言った?マリアローズ・バウマンに国家反逆罪等の疑いで逮捕しに来た……そうか、つまりこの人達はボクを逮捕しに来た訳だ……あ!?ヤバい!


「マリアローズ・バウマンだな?」

「いえ人違いです、ボクまだ7歳で難しい事は分からないのでお母さんか…大奥様を呼んで来ます」

「そうか、そうしてくれ」

「……」「……」


 ボクは目の前のラムザ―と名乗る街道警邏の…なんか良く分からない人と少し見つめ合った後、何事も無かったように扉をしめよ――――。


「ふざけるな!今さっき自分でマリアローズと名乗っただろうが!確保だ確保!!」

「人違いです!勘違いです!聞き間違いです!」


 うとしたけど、気付かれてしまった!だけど殆ど開いていなかったからすぐに扉を閉める事は出来る!と思っていら、駄目だ、まるで英語教材を買うというまで執拗に纏わりつくセールスマンのように、鈍重そうな見た目に反して素早くラムザーは動いてた。

 足を玄関扉の隙間に入れていた!?


「総員、押せ!」

「「はっ!」」


 力技で来た!いくらボクが内向魔法に特化しているとはいっても7歳の子供なのだ、魔法で肉体を強化しても基になるのが非力な子供である以上、その力はたかが知れているのだ。

 大人が複数人で同時に来られたら普通に力負けしてしまう、だけど!


「押せ!押せ!押せ…ぎゃあああ!?足が!?」

「とっりゃああ!」


 ド根性なら誰にも負けないと自負している、魔力全開で全身の力を最大限まで高めて押す!


「いたたたたたたたた足が!足が!めて!めて!」

「絶対にめません!絶対にボクはめたりしません!」


 だけど…すごい…あれ?まだ力負けしていない、それどころか若干ボクの方が上回っている?何で?普通は内向魔法であっちも体を強化して押して来る筈だけど、良く訓練している警邏官さんはとても巧みに内向魔法が使える。

 でも、この街道警邏の人達は子供のボクでも魔法で体を強化すれば普通に力負けしない、扉の隙間から見えた限りだと5人はいた筈で、とボクが困惑していると何やら若く力だ強い声が響いて来た。


「何を遊んでいるんだ!全員、内向魔法で肉体を強化しろ!」

「「は、はい!」」


 ふえ!?急に押す力が強くなった、だけど人数の割には力はそんなに強まっていない、なら持久戦だ、ボクは同年代の平均的な魔力の総量の倍以上の魔力を持っている、だから魔力が枯渇させるつもりで使えばこの程度の相手どうという事はない!


「な!?小癪こしゃくな!押せ!押せ!押せ!」

「あばばばばばばば!?足が、足が、足があああああ!?」

「耐えてくださいラムザーさん!ええい、無駄な抵抗をするなマリアローズ!大人しく同行しろ!」

「絶対に嫌です!例え足が砕け散る事になったとしても、1ミリだって力を弱めたりしません!」

「子供の分際で良くも言ったな!足の一本や二本がどうと言うのだ、こちらとて覚悟は出来ている!押せ!」

「子供と侮るなら!負けないぞ!とっっりゃあああ!」

「こなくそ!?総員、死力を尽くせ!」

「「うぉおおおお!」」

めて!めて!お願い!犠牲になるのは私の足だからね!?だからめて!やぁああめぇえええてぇえええ!!」

「マリアさん、こういう時は引くモノですよ」

「ふえ!?」


 あれ?何でボクは宙に浮いて…あ、ロバートさんがボクの両脇を持って持ち上げているのか、て!?そんな事をしたら外の不審者が屋敷の中に入って来てしまう、あ、だけどロバートさんはとても強いから大丈夫かな。


「まったく、何やら騒がしいので来てみれば何とも言えない事をされていたので驚きましたよ、で彼等は何者ですかな?」


 ロバートさんはボクを自分の後ろに下ろすと状況の説明を求めて来た。


「ええと、街道警邏の……すごく肩書が立派な人とその部下の人達です」


 それにしてもラムザーと言う人の肩書はとても長くて、名前を一度で覚えられるように練習していても覚える事は出来なかった、王都…外縁なんちゃらだったと思うけど、ただ聞いた限りだと無駄に長いだけで意味は大した事が無い様な気がする。


「足、足、足、私の足」


 必死になって自分の足が無事か靴と靴下を脱いで確認しているその姿は間抜けの一言に尽きるからだ、それと後ろに倒れている部下の人達も状況の変化について行けてなくて目を白黒させながら混乱している。

 本当にこの人達は警邏官なんだろうか?ボクの知っている警邏官はとてもカッコよくて日々、街の住人の安全と安心の為に汗を流す使命感に溢れた立派な人達だった。

 お母さんに告白しては降られていたアッシュさんも普段はとてもカッコいい人だった。

 だけど目の前のこの人達は…情けないとか恥晒しとかそういった言葉がとても似合う。


「さてさて、途中からですがマリアさんに国家反逆罪等の疑いですか…死にたいのはお前からでいいな?ラムザー」

「ひぃいい!?」


 息苦しくなるくらい、呼吸がし辛くなるくらい濃い殺気を放ちながらロバートさんは一歩一歩ゆっくりとラムザーに近付き、殺気を浴びせられているラムザーは今にも泡を吹いて気絶しそうだった


 これはロバートさんが本気で怒ってる!

 それと後ろからもすごい殺気が…今さら気付いたけど皆がいた。

 メイド長さんはバキバキと腕を鳴らしララさんは眼鏡を外して、その鋭い眼光をあらわにしてお母さんに至っては足元が凍ってしまう程に苛立って周囲の空気が数度は下がっている。


「まだ7歳、刑事責任を負う歳ではないマリアさんを逮捕ですか…それとバウマン家当主?ふざけた事をぬかしますね、王国が定めている法では満15歳以下の者は家督は継げない決まりになっていますよ?そもそも令状自体、正規の手続きを経て発効された物ですか?」


 ロバートさんはゆっくりと近付いて行くけどここで驚く事にラムザーは立ち上がり及び腰ながらもロバートさんを睨みつけ令状を掲げると大声ではっきりと言った。


「これは最南部イオニア領、領域裁判所が発行した逮捕令状だ!他領とは言え国家への反逆を起こった疑いにより領を越えて逮捕権を行使する事は王国憲章によって許された行為だ!そしてマリアローズ・バウマンは現在、セイラム領の旧戸籍によれば20歳であり家督を継ぐ事は出来る、故に我々の行為は何ら正統性に欠けるモノではない!ただちにマリアローズ・バウマンをこちらに引き渡せ!」


 ボクが…20歳!いやいやいやいやいやいやいやいや、こんな小っちゃい20歳がいるものか!王太子妃殿下だってそこまで幼く見えないぞ!それにセイラム領の旧戸籍って信憑性が皆無で公的文章として扱われず、今はアーカム教会が保管していた戸籍を基に新しく作り直されていている筈だ。

 それにはボクは何歳と書かれているの?普通に7歳と書かれている筈だよ!


「これは驚きね、ふふ、本当に驚きね…それで何で貴方達がここで逮捕権を行使しているの?ここは王都、市中警邏の管轄で貴方達の管轄は街道でしかも街道警邏自体が逮捕権は持っていない、つまりこれは拉致と同義よ?」


 シャーリーさんの冷たく微笑みながら凄味のある声でそう言ってラムザー達を睨みつける。


 それとそう言えばここは街中で確かに市中警邏の人達が管轄しているから、てっきり市中警邏の人達もいると思っていたけどどこにも姿は見えない、見えるのは中央警邏の人達や市中警邏の人達とは違って無駄な不必要な装飾がこれでもかと施された制服を着ている街道警邏の人達だけだ。


「こ、これ、これは超法規的措置だ!領域裁判所より限定的な逮捕権の行使を許されている!これに逆らうは国家への反逆、王家の謀反だ!例えリンドブルム家だろうが許されんぞ?分かっているのか!」

「分かっていないのはお前達の方だ、リンドブルム家だけが敵に回ると思っているのなら甘い考えだぞ?」


 大奥様はロバートさんを上回る圧倒的な恐怖を纏っていた。

 声を少し発しただけで、これ体感座無くて本当に温度差がってますよね?

 その好戦的な笑みだけでもうボクも久しぶりに…我慢!ボクまで気圧されてはいけない、ここは怯えを出さずどっしりと構えないと!


「ルインタイムズ、オルフェ、デイ・モンドの大手三社は一斉にお前達を叩くぞ?ルクレルク農園はその人脈を生かして街道警邏不要論を展開し陸軍で影響力のあるバンデラス家を敵に回し、最悪の場合は王家が動くぞ?私の曾孫は第二王子の側仕えだ、行っている事が分かるな?」

「っ……」


 ラムザーは開いた口の塞ぎ方が分からなくなっている。

 だけどそれでもまだ引き下がるつもりは無いみたいでボクに向かって叫び出した。


「いいのかマリアローズ!言っておくが南部の各領では次々と逮捕状を発行し街道警邏に超法規的措置として逮捕権が与えられている、それだけではないぞ!政治家もお前を逮捕する為に動いている、いずれは王国全土に指名手配され協力した者は重罪に問われる、死刑すらあり得るのだ!」


 そんな…このままだと皆が、だけど確かバウマンは死刑判決が出される筈だ、つまりこの人達の言おうと下りすればボクはバウマンの代わりに死刑になる、だけどボクが拒めば皆をお母さんを……。


「賢明な判断をしろ、拒み時間が経つにつれて世論はお前達の敵になりお前に関わった者全員が犯罪者となる、今ならお前一人ですむ、さあどうする!?」


 ラムザーはそう言ってボクを睨みつける。

 ラムザーの言うとおりだ、日本だって犯罪者の身内というだけで同じように被害者という事だってあるのに関係なしに加害者として扱われる、世論は常に無慈悲で残忍で冷酷だ。


「マリア…馬鹿な事を考えちゃ駄目よ?」


 俯くボクにお母さんは諭すように優しく、力強く言ってくれる。

 これは、これはボクの我儘だ。

 きっとどうしようもなく自己中心的な事なのかもしれない。

 だけどお母さんと約束した。

 どこにも行かないと!


「ボクはルシオ・マリアローズだ!バウマンの娘じゃない!お母さんの娘だ、だからお前達の言う事なんて聞くもんか!それと…ええと…ラムザー後」

「は?うしろおおおお!?」


 今さらだけど後ろが蜃気楼みたいに歪む程、怒気を放つ市中警邏の皆さんが集まって来ている事に気付いた、中にはジョージを逮捕する時に来ていた警部さんもいてその人は回転式拳銃の撃鉄を起こしていた。


「これは驚きだ、何やら鼠の小便の臭いがしたから来てみれば…まさかバウマンと繋がりのある議員から賄賂を貰っていた犯罪者が小さな女の子を拉致誘拐しようと脅迫している場面に遭遇するとは、豚箱はお好きかい?」

「ひぃいいいい!」


 あ、見た目だけじゃなくて本当に悪徳警官だった。

 とボクが何とも言えない納得感に苛まれている中、大奥様はラムザーに近付いて行く。

 そして眼鏡を外して眼帯に手を掛ける。


「カサンドラ・ナダル・バンデラスを知っているか?」

「カサンドラ…人食いバンデラス!?」

「知っているなら話は早い、私の魔眼…見る覚悟は出来たな」

「ひぃ…ぃぃ…ぃ………」


 ラムザーは泡を吹いて気を失った。



♦♦♦♦



 当事者であるボクが理解する事など蚊帳の外にして物事は淡々と恐ろしい速度で進んで行く。


 あの後、ラムザーがひきつけを起こして気絶すると集まって来た市中警邏の人達を見たラムザーの部下達は形勢が絶望的になった事を理化して脱兎の勢いで逮捕令状を置いて去って行った。

 そしてこの逮捕令状は大奥様やシャーリーさんが何度も確認したけど本当に裁判所が発行した物だった、つまりボクはいずれはラムザーの言う通り指名手配犯、しかも生死を問わないという但し書きのつく犯罪者になるのは避けられないという事でもあった。


「まず今回の事への謝罪と、今後の対応についてです」

「ほう、では納得がいく説明をしてもらおうか」


 大奥様の前に座る警部さん、前はちゃんと顔を見ていなかったから改めて見るとその痩せた厳めしい顔立ちと鋭く入念深く相手を観察する目はボクでも一目で油断ならない人物なのが分かった。


 グレゴリウス・ヴェルガッソラ、中央警邏の警部さんでシャーリーさんが教えてくれた彼の別名は猟犬、一度でも狙いを付けたらどこまでも追い掛け必ず逮捕する事からそう呼ばれているらしい。


 そのヴェルガッソラさんは大奥様に睨みつけられても動じる事無く重い口を開き、何でボクが犯罪者として指名手配されたのか、その経緯を語り出した。

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