21話 夕日に染まる街で【後編】

「世界の命運!?何を訳の分からない事を!冗談でも質が悪過ぎます!」


 ボクはそう叫ばずにはいられなかった。

 ただでさえ自分の認識を超える事態が続いて今にも脳が茹で上がってしまいそうなのに、世界の命運?何でそんな大きな事とボクが関係あるんだ、ソルフィア王国のド田舎で生まれてつい最近まで世界の大きさを知らなかった、そんなちっぽけなボクが世界の命運だなんて…出来の悪過ぎる三文小説と同じ、現実には絶対に起こり得ない妄想と同じだ。


 だけど目の前に座る管理人さんも将軍さんも冗談を言っているような雰囲気ではなかった、声は真剣そのものでフードを深くかぶっている所為で表情は分からないけどきっと酷く狼狽したボクに射殺す様な鋭い視線を向けている筈だ。

 ボクは出来るだけ冷静になる為に深呼吸をして椅子に座り直した、それを待っていた管理人さんはボクが椅子に座り直すと再び口を開く。


「外神委員会、オルメタ、アルビオン、北域諸王国、他にもあるけどこの全てに貴女は接点がある…バウマンはオルメタを作り外神委員会に魂を売った男、セーシャルはアルビオンに深く根を下ろし本来はそこを管轄している、北域諸王国は貴女の祖母の出身地であり祖父はその地にとって重要な役目を担っていた」


 だからどういう事なんだろう?それに関係する人物とボクは確かに接点はあるけど、それが世界の命運とどう繋がるというんだ?ただの偶然でしかない事を必然だと言い張っているようにしか思えない。


「それと貴女は既にそしていずれ未来を背負う者達と関わって行く、貴女を世界の命運の一端を担うと言ったのは彼等はこのままだと王国を崩壊へと向かわせるから、貴女自身がどう選択するかで運命は確定する」

「既に?これから?」


 管理人さんの言い方、話す内容はまるで質の悪い占い師と同じだ。

 相手を不安にさせるだけ不安にさせて幸せになれる壺を売りつける、話す内容は聞き手の解釈に合わせて好きなように言い換えられる、質の悪い占い師にとても似ている気がする。


「私がはっきりと明言しないのはね、確定されていないからよ…宿命は逃れられない、運命は自らの意志によって切り開ける、そして私は運命の話をしているから貴方には私が詐欺師に思えるのは必然ね、だって私は……」


 そう言うと管理人さんはフードを取りその下にある素顔をボクに見せる、だけどそこには顔が…なかった、のっぺらぼうのようにそこに何もないのではなく顔を形成するパーツを剥ぎ取れて顔が無くなっていた。


「不気味でしょ?酷いわよね、彼は力を奪う為に私の顔を剥ぎ取ったんだから、だから私は貴女に適切に助言することが出来ない、顔が無いという事は自己を失うと同義…自己がないのなら私の存在は有耶無耶であり話す言葉もまた有耶無耶になる」


 分からない、何を言っているのかボクには全く理解が出来ない。

 ボクの理解の範疇を越えている、そもそもボクは普通の子供だった。

 何か特別な才能がある訳でもない、ごく普通で平凡な子供なんだ。


「私の言葉に不信を抱くのは必然であり詐欺師のように感じるのもまた必然」


 だから荒唐無稽な妄言のような言葉を信じろと?だけど…この異常な状態で言われると管理人さんの言葉に真実味があるように聞こえる、何より言葉は真剣そのものでボクを騙そうとしているようには思えない。

 信じるにはまだ交わした言葉が少な過ぎるけど、それでもどこか必死に訴えかけるようで何となくだけどボクはこの人の言葉を信じ始めている。


「ねえ、貴女はこの世界の命運の一端を背負える?」

「ボクに…この世界の……」


 命運…想像も出来ない。

 そもそも何をすればいいのかも漠然としていて分からない、世界の命運?大き過ぎるボクには無理だ、だってボクは普通のただの普通の子供で何も特別な才能を持っていない、何かが人よりも異常に秀でた天才なんかじゃない。

 それなのに世界の命運だなんて……。


「無理ですよ、ボクには大き過ぎて背負えない……」


 ボクは管理人さんに力なく呟くように答えると何故か管理人さんはボクの後ろを指差して、振り向いて後ろを見るように促して来た。

 何だろう?そう思って後ろを振り返ると突然、目を焼く強烈な閃光がボクの視界を覆ってその直後に爆音が響き太陽が花開いた。

 地獄の太陽は全てを焼き尽くし、爆風は全てを薙ぎ払いキノコ雲の下の街は地獄へと変じて行く。


「貴女は知っているわね、この光景を」

「……」


 知っている。

 体験したのではなく何度も繰り返してはならないと習ったボクのいた世界で起こった人類史上、例を見えない悲劇であり惨劇であり人間が引き起こした大罪だ。


「貴女が逃げればそうなる、外神委員会の目的の一つはそれの再現だから…思い当たる節はあるわね」

「……はい」


 ダンテスさんの故郷を滅ぼしたのは間違いなくあれだ、ならその悲劇の裏に外神委員会が関わっているという事?なら彼等はボクが思っていた様な小さな組織じゃない、もっと大きくて邪悪な組織という事だ。

「投げ捨てて逃げ出しても良いわよ、あくまでそうなる可能性であって確定された運命ではない、貴女が逃げても別の誰かが担ってくれるかもしれない、逃げたとしても誰も責めないし責められない」

 ボクの脳裏にあの光景が過る。

 授業で何度も見た、広島に行って見てそして聞いた事が……。


「そもそも世界は一人の行動だけでは動かない、世界は無数の歯車が噛み合い組み合わさある事で構成されている、貴女はその中の小さなちっぽけな歯車の一つに過ぎない」


 逃げる、逃げたら…でも背負えるのだろうか?ボクに……。


「歯車が一つ抜けた程度で何かが変わる程、世界は簡単には出来ない…だから貴女が背負えないと放り出しても世界は変わらないかもしれない、だけど遠く離れた蝶の羽ばたきが遠く離れて地で暴風を生み出す事もある」


 ボクは…ボクは、この世界が好きだ。

 まだそんなに長く生きた来た訳じゃなくてもそれでもボクはこの世界が好きだ。

 はっきりとは言えない、背負えるとは言えない、だけど―――。


「逃げ…ない、逃げたくない!」

「覚悟は決まったのね」


 絶対に逃げてたまるものか、逃げるくらいなら足掻いて足掻いて足掻きぬいて前のめりに倒れた方が良い、あの時ああしていれば良かったと後悔して嘆きながら死ぬよりずっとマシだ!


「背負えるか、はっきりとは言えません…でも逃げれば、ボクが逃げればあの惨劇がここでも起こるというのなら、ボクは逃げたくない」


 ボクに大切なモノを沢山くれた、皆が生きてい生きて行く世界を守りたい。

 出来る事は無いのかもしれない、無意味な事なのか知れない…でも、それでも守りたい。


「良かったわ、ならこれでさようならね…記憶になくても運命に負けずに頑張ってね」

「ふえ?」


 あれ、これで…終わり?いやいやいや、もっと説明をしてくれないと対策の取り様がないというか取れないよ…いや、その前に記憶になくてもというのはどういう事?記憶になくても…もしかしてここでの事を忘れるという事?


「吾輩言わなかったか?ここは境…有耶無耶うやむやにして荒唐無稽こうとうむけい、存在せず存在する、全てが人理の蚊帳の外である以上は人理にここでの事を持ち込めぬのは必定だと」

「言ってないですよ!そんな、忘れるんじゃあ何も出来ないですよ!」

「忘れるのではない、最初から記憶にないのだよ少年」


 ボクは立ち上がって将軍さんを問い詰めようとしたけどまた急に眩暈が起こり始めて、バランスが取れずにテーブルに突っ伏してしまう。


「それとここも本来は生者が来る場所じゃないの、だから会うのもこれっきりね」

「そ…んな…どうや…て……」


 世界を守れというんだ。


「今日の事を魂に刻め少年、ここはそういう世界だ…吾輩から言えるのはそれくらいだ」


 魂に刻めって、そんな根性論を超越した事を……。


「お願いね、私が救いきれなかった世界を、何より人類悪に成り果てた彼等から世界を救って」


 彼等って誰の事?それにまだボクは聞きたい事がある。

 さっき貴女がいったもう一人は一体誰?それにこの世界は一体、駄目だ…意識が……。


「達者でな、次に会う時は少年が天寿を全うした後だ」

「その時に色んな事を聞かせてね、私達は円環に戻る前にここで本当の意味でこの世界に生まれ直す必要があるから、その時にお話を聞かせて」


 何を…い―――。


『いいからさっさと戻るぞ!オレが迷わねーよーに引っ張ってやるから!』



♦♦♦♦



「マリア!」


 誰?ボクの名前を呼ぶのは……。


「マリア!返事をしてくれ!」


 誰なんだろう?とても気持ちよく寝ている時に……。


「頼む、目を開けてくれ!」


 この声はネスタさんだ…あれ?そう言えばボクはホットミルクを飲んでいて、それで眩暈がしてそれでどうなったんだろう?何と言うかその後の記憶がぽっかり抜けている。

 前にラシードに襲われて瀕死の重傷を負って気を失った時とは何と言うか違う感じだ。

 ただはっきりとは言えない不思議な、そう最初から存在しない感じだ。

 あと…あ!そうだホットミルク!


「まだ飲みとちゅわぶっ!?」

「マリア!?良かった、大丈夫か?変なと―――」

「ちょっと待ってくださいネスタさん!一体何を……」


 え?何でボクはネスタさんに抱きしめられてるの?それにネスタさんとマスターさんが泣いているし、他のお客さんも…え?一体全体何が起こったの?


「何も覚えていないのか?マリアが倒れてそのまま、最初から居なかったみたいに消えてしまったんだ」

「ふえ!?ボクがですか?いや、確かに気を失ったみたいですがそんな…神隠しに会った様な…」

「会ったんだよ実際に!お前は!神隠しにあったんだよ!それで俺は…俺は…」


 神隠し…あれ、ボクは何か大切な事をそして何か恐ろしい事を忘れている様な気がする。

 だって体が……。


「震えてるのか?安心しろ!俺が、兄ちゃんが守ってやる!だから心配するな、絶対に連れて行かせない!」

「こんな時に言うのもあれだけど、やっぱり妹のように思ってるんじゃないかネスタ君」

「いや、これはその勢いでですね…」


 ネスタさんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているけど、うん、ボクとしては一人っ子で兄弟がいなかったし従弟はあれだったし、前世では何度も兄弟が欲しいと思っていたからネスタさんみたいな人がお兄さんならボクは嬉しい。


「それじゃあ頼りにしてますよ、ネスタ兄さん」

「なあ!?ああぁぁ、うん、ああ!任せろ!」


 何でボクが震えているのか、何を忘れてしまっているのか分からないけどネスタ兄さんがそう言ってボクの頭を撫でてくれたら不安と恐怖がどこかへ行ってくれた。

 で、落ち着いたら思い出した。

 ボクはホットミルクを飲み途中、いやそれどころか一口も飲んでいない。

 適温に冷めた直後だった様な気がするから、どれくらいの時間が経ってのか分からないけど今ならまだ適温に間に合う筈だ。


「ネスタ兄さん、ホットミルクが飲みたいのではなふえ!?」

「この馬鹿!何がホットミルクだ!この能天気!それより痛い所は!」

「ないれふ、そふぇよりいらいれふ!つふぇらないね!」

「反省したか!この能天気!」

「ふぁい、ひふぁひた!」


 ネスタ兄さんはボクの言葉を聞くとようやく頬から手を放してくれた。

 ううぅ…頬が痛い。


「マリアちゃん、体に変な所は無いかい?」

「変な所ですか?特に異常は無いです」


 それどころぐっすりと睡眠をとったようにスッキリとしている。

 あれ、何でネスタ兄さんやマスターさん、それに他のお客さん達は驚愕の表情なんだろう?ボクは何か変な事を言ったのだろうか。


「マリアちゃん…実は君、ほんのついさっきまで息をしてなかったんだよ」

「そうだぞ!それに心臓だって止まっていた、本当にどこも悪い所は無いのか?我慢しているんじゃにのか?」

「いえ、本当に何とも無いんです」

「何とも無い訳ないだろ!?兎に角、今医者を呼んでもらっているから」


 本当に何ともないんだけどな…どう説明したら信じてもらえるのだろうか?ううん…駄目だ全く思い付かない、だけどここままだと採血と言う流れも…どうにかして何とも無い事を信じてもらわないと!


「ぐぅぅううううう」


 考え過ぎて、お腹が空いてしまいお腹の虫が鳴いてしまった。


「マリアちゃん……」

「マリア……」


 そしてネスタ兄さんとマスターさんは呆れ果てた目でボクを見て来る。

 でも仕方ないよね!だってボクはとても燃費が悪いのだから!それに本当だったら今は屋敷に戻ってクワトロ・フォルマッジを食べている予定だ。

 だからボクは悪くないのだ。


「ネスタ君、お腹が空くという事は本当に何とも無いのかもしれないね」

「ですね…はあぁ…なんか心配して損した様な気分だ、兎に角だ、医者に診てもらってその後で家に帰るぞ」

「はい、分かりました」


 ネスタ兄さんは呆れながら優しくボクに手を差し出し、ボクはその手を握って立ち上がる。

 この後、ボクはサラさんに診察してもらい悪い所は何一つない健康体だと太鼓判を押してもらい、ニックさんが作った絶品のクワトロ・フォルマッジを食べた。

 青カビのチーズだからとても癖が強いんじゃないかと思っていたけど、いくつものチーズが合わさって織り成される味の競演が逆にその癖を文字通り癖になる味に昇華して蜂蜜との相性も絶妙で、ボクは夢中でニックさん特製のクワトロ・フォルマッジトーストを美味しく食べのだった。


 でも…ボクは一体、何で神隠しなんかにあったんだろう?その間に何があったんだろう?とても大切な事があったと思うけど全く思い出せない。

 まあその内、ふとした切欠で思い出すさ。

 ボクはそう思うようにした。

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