14話 訪問、ルクレルク農園

 ルクレルク農園の見学には大奥様、メイド長さん、お母さん、それとボクが行く事になった。

 農園には王都近郊にあるルクレルク家の屋敷に立ち寄り、そこで子爵婦人と合流してから農園に向かう事になり、ボクは久しぶりの外出だからとても楽しみだったけど遠足の前日に楽しみ過ぎて眠れない子ではないから、昨日の夜は早々に眠りについた。


 ただ今朝は何時もより少し早く起きてしまって、そう少しだけ早く起きてしまったから、長閑な石垣のある田園風景と規則的に聞こえて来る蹄の音に自然と眠くなってしまって、それで目を覚ましたら……。


「あら起きたのね、初めましてマリアちゃん」


 上品な笑顔を浮かべた熟年の女性に抱きかかえられる様に膝の上に座っていました。

 誰この人!?あ、そう言えば途中でルクレルク子爵婦人、つまり大奥様の古い友人のエデ様と合流するって言っていたからこの人がエデ様かもしれない。

 農園を経営している子爵家の人にしては肌はそこまで日焼けをしていないけど何と言うかとても活力に満ち溢れた、どこからかお日様の匂いがしてきそうな雰囲気を持った人だ。


 て!そんな場合じゃなかった!!

 いくらボクの見た目が子供でも自分の主である大奥様のご友人であるエデ様の膝の上で眠るなんて、それ以前に使用人なのに馬車の中で居眠りとか普通なら即刻解雇レベルの失態だ!


「も、申し訳ありません!大変なぶ―――」

「もう子供がそんな事気にしないの、それに私は子爵婦人と言っても元商店の会計士で夫は自分の事を貴族だなんて思って内の、だから貴女は近所のおばあちゃんに甘えたつもりで謝らない、良いわね?」

「ふえ…は、はい……」


 それでも普通は馬車から蹴り出されてもおかしくない失態だ…ううぅ……本当にこの体は衝動に弱い、特に眠気には勝てない。


「でも、本当に可愛いわ、それとずるいわよキャス、こんなに可愛い子なら早く合わせてくれても良いじゃない」

「そう言うなエデ、こっちも色々と大変だった。屋敷は何時取り壊されても不思議ではなかったし、マリアは火傷の治療があった、何より……」

「新聞記者でしょ?新しい新聞社の人達は嫌よ、礼儀がなってないから」

「同感だ」


 大失態で落ち込むボクを尻目に大奥様とエデ様はニコやかに会話を楽しまれているようだけど、何だろう?二人の間で火花が散ってる、友人なんだよね?ううん……ボクは友達が出来たのがここ数年の話だから良く分からないけどこういう火花を散らし合う友人関係もあるのだろうか?


「さて、マリアちゃんが起きた事ですし予定の確認をしましょうか」

「それに関しては迷惑を掛けるな、何分商売に関して私は素人だ、政治的な駆け引きは得意だがどうにも商いは性に合わん、今回の見学は主にベルベット達が行うからよろしく頼む」


 大奥様はそう言って自嘲気味に笑い、メイド長さんは困った顔をしながら「私も酒場を経営していたって言っても数年だけさね、商売に関しては素人に毛が生えた程度さ」と言って肩をすくめる。

 お母さんは「私もです」と言って同じ様に肩をすくめるけど、いや何でボクに視線が集中するのかな!?ボクも素人ですから!そりゃあ色々と料理限定でして来ましたけど、ボクは料理だけだから!それ以外の事は同じ素人です。


「ねえキャス、無謀って言葉知ってる?」

「言いたい事は分かるが、共同出店だ。商売に関しては玄人が居るなら全面的に頼らせてもらう」

「まあいいわ、その代わり、こっちが苦手な分野はしっかりと頼らせてもらうからね」

「ふふ、ああいいだろう」

「ふう、ええ」


 本当に二人は古い友人なのだろうか?

 二人の間に今まで以上に激しい火花が散っていた。



♦♦♦♦



「ようこそ、我がルクレルク農園へ!私はルクレルク農園の社長でエデの夫、ユージーン・ルクレルクだ!」

「こちらこそ今日はよろしくお願いします、私はメイド長を務めるベルベット・ギース、そしてルシオ・ベアトリーチェとその娘のルシオ・マリアローズ、二人共挨拶を」

「はい、メイド長、本日は急な申し出に関わらず快くお引き受けいただき誠にありがとうございます」


 お母さんがお辞儀をするのに合わせボクもお辞儀をする。

 そして……角だ。

 ユージーン様の頭に水牛の様な立派な角が生えてる!それに体格もとても立派でどんなに低く見積もっても2メルトルは越えている、メルトルと言うのは地球で言う所のメートルでセンチはそのままセンチだ。

 話は戻るけど兎に角、ユージーン様はとても立派な体格をしている。

 はち切れんばかりの筋肉にボクとお母さんを合わせたよりも太そうな腕、畑仕事で日焼けした浅黒い肌とその厳つい体に反してその笑顔はとても優しそうな雰囲気を醸し出していている。


「おや、マリアちゃんだったか、獣人を見るのは初めてかな?」

「あ!これは大変な失礼を…はい、話では聞いていたのですが……」

「はっはっははは、気にする事は無い西部から来たというのは聞いているよ、西部には獣人族は殆ど住んでいないから珍しいのも仕方がない、それに王国に住んでいる獣人自体とても少ないから驚くの無理はない」


 ユージーン様はそう言ってボクの頭をその大きな力強い手で優しく撫でてくれた、心が広い人で良かった。

 でも、好奇な目で見られることの不快感は王都に来てから何度も晒されていたボクがしていい訳じゃない、気を付けないと!と思っていたら突然ユージーン様がボクを抱き上げて肩に乗せて「さて、案内を始めよう」と笑いながら歩き始めた…て!


「ユージーン様!?」

「はっはっははは、君は物事を難しく考え過ぎる癖があるね?誰だって初めて見る時は好奇な目で見るものさ、大事なのはそこに悪意を篭めるか否かだ。君の眼には悪意はなかった、だから気にする事は無い」

「あ、ありがとう…ございます……」


 お、お、男前な人だ!それにとても温かみのある人だ、お父さんと言うのはこんな人の事をいうんだろうか?

 ボクは思いがけない優しい言葉に少し気恥ずかしくなりながら返事をして、ボクの返事を聞いたユージーン様はまた優しく笑って歩きながら農園の説明を始めた。

 まずはルクレルク農園の代名詞であるじゃが芋畑、農園で一番広く品種はルクレルク家のご先祖様が持ち込んだじゃが芋を品種改良した物でマティルダと言うらしい。


「名前の由来はご先祖様とじゃが芋作りを始めた女性から取られていてな、その人がいなければルクレルク家は無かった感謝を篭めれているんだ、他にもスイートポテトも育てている」


 スイートポテト…サツマイモかな?名前は似ているけど全く違う場合もあるから断定は出来ない、クインスも地球だと全く違う種類の果物だった。


「内の農園では小麦などは育ててはいない、菜園と果樹園だけだが土地の幾つか貸し出して共同で畜産を行っている、ほらあっちの奥の方に柵が見えるだろう?あそこでギルガメッシュ商会が経営する精肉店に卸す豚が育てられているんだ」


 確かに近付くに連れて変な嗅ぎなれない臭いがして来た、そう言えばボクは農園に来るのは生前を含めて今日が初めてだ、だから嗅ぎなれないのかもしれない。

 ボクが生前生まれ育ったのは港町だったから、潮の香りに慣れていない人は海の匂いは臭いらしい、それと同じ感覚だ。


「あそこはロッソ家が管理している、与える飼料に工夫を凝らしていて何よりに豚の健康に気を使っているからとても品質が良い、肉は臭みが少なく甘みが強くて絶品だ」


 説明はまだまだ続く。

 他にも果樹園では何が育てられているのか?じゃが芋も外から色んな品種を取り寄せて改良を続けていたり、まだ一般的ではない品種の野菜を実験的に育てたり驚いたり感心したり、やっぱり百聞は一見に如かずだ。

 聞くだけと分からない事は沢山ある、何よりボクは今回の出店に関してじゃが芋にだけ目が行っていてルクレルク農園の良さを魅力を伝えるという事を失念していた、こうやって見て周る事でボクの中で考えが溢れて来る。


「さて、では内の自慢の野菜を試食して貰おう」


 とは言っても肝心な何を作るか?どう売るか?については全く考えが纏まっていない。

 


♦♦♦♦



 試食をする場所は農園の中心にあるルクレルク家の本宅で来る途中に寄ったのは別宅、居眠りをしていて別宅の方は見ていないからどんな作りだったのか分からないけど本宅は、レンガ造りで外壁の色が薄緑で農園の空気と合わさって長閑な雰囲気を醸し出していた。


「色々作ってるからしっかり食べてね、ああそうそう、実は農園で働いている人達も一緒に食べさせてあげたいんだけど良いかしら?」

「かまわないが…どうした、何かあったのか?」


 エデ様の突然の申し出に大奥様は怪訝そうな顔をしながら訪ねるとエデ様は少し溜息をついてから説明を始める。


「ほら、どこかの領が国外に労働者を募集してたでしょ?それで大勢移民が集まって来たんだけど立冬祭と重なっちゃって王都で足止めをされてるのよ、しかも数百人単位で!」

「数百?それは随分と…剣呑な数だな」

「そうなのよ、しかもホテルの空室が無いからって公園にテントを張って生活してるのよ?」

「成程な、それで飲食店に移民が殺到して利用できなくなっているのか」

「そうなの、特に独身の人達には死活問題なの、だから本当に申し訳ないんだけど…」

「気にするな、こちらも急に言ったのだからな」


 移民…そう言えば亜人はソルフィア王国の外にもいるんだった、お祖母ちゃんは北域諸王国の出身だってお母さんが言っていたし、でも外で政変が起きていて政治的に安定しているソルフィア王国に出稼ぎに来る人が増えている…何だろう?すごく引っ掛かる。

 生前、何か移民に関して問題が起こっていたような…駄目だ、思い出せないそれに今はテーブルいっぱいに並べられてた料理だ!どれも美味しそう、いや絶対に美味しいに決まっている!何から食べようかな?


 まずは今回の立冬祭で売り込むじゃが芋からだけど、ポテトサラダにじゃが芋のグラタン、じゃが芋とベーコンの炒め物とじゃが芋づくしだ。

 何から…あ!あれは間違いないサツマイモだ!デザートが置かれているテーブルに蒸かしたサツマイモ、王国だとスイートポテトが皿に載せて置かれていた。

 どんな味がするんだろう?


「ではまずは一口…美味しい!」


 日本だと甘みが強いのが当たり前だったからそれと比べると若干甘みが少ないように思えるけどそれでも後を引かないさっぱりとした甘さ、そして栗のようなホクホクとした食感、そのまま食べても十分美味しいけど―――。


「ポテトサラダに入れても美味しい筈!」

「そうなのマリア?」

「ふえ!?お母さん!」


 ビックリした…料理とスイートポテトに夢中になっていてお母さんに気付かなかった、だけど何となくだけど出店で提供する料理の輪郭が見えて来た。


「それでマリア、スイートポテトをサラダに混ぜるのよね?甘くなり過ぎない?」

「大丈夫ですよお母さん、逆に甘さが付け足される事で他の味が際立つんです、特にこのスイートポテトは甘さは控えめですがその分身がしっかりとしているのでポテトさらに混ぜる事で二種類の食感が楽しめます」

「成程、マリアは本当に料理が得意なのね」


 ボクの説明を聞いたお母さんは嬉しそうにボクを褒めながら頭を撫でてくれた。

 と、お母さんに褒められて忘れそうになったけど今日は目的があって来たのだからしっかりと試食して何を出すのか決めないと!さてとまずはじゃが芋から…うん!えぐみが全く無くて癖も少ないから色んな料理にとても合う!

 食感はマティルダは男爵に似ていてマシューはメークインに似ている。

 他にも玉ねぎやニンジンはとても甘くて、キャベツやアスパラガスは瑞々しい。

 どの野菜もとっても美味しくて、ちょっと食べ過ぎたかも……。

 エデ様とユージーン様の目が点になってる。

 と、ボクが衝動に負けた事を恥ずかしがっていると近くにいた農場で働いている年の若い女性達が気になる発言をした。


「さすがは奥様ね、このじゃが芋のグラタンの作り方、奥様が考えたんでしょ?」

「ええ、料理長が言ってたは奥様はプロの料理人泣かせだって」

「羨ましいわ、私もこの半分でも作れたら彼を逃さなかったのに、良いですよねリリイさんは料理が出来て……」

「馬鹿言わないの、主婦の私だってこんなに上手に作れないんだから!」


 ……もしかして、いやそうか…王都だったここは!王都だから飲食店は普通の大きな街の倍以上はある筈だ!それこそ持ち帰りが前提の惣菜店だってある筈、つまり料理が出来なくてもご飯は食べられる、だから料理が出来ない人や苦手な人も多い筈だ。

 そんな人達に「この料理、美味しいでしょ?この野菜使ってます」と言って勧めてもその場で買ってくれても買い続けてくれる訳じゃない。

 なら継続的に買い続けてもらうにはこっちから働きかけるしかない、安さで勝負を挑まれているなら質と質で勝負するしかない。

 ボクは手帳を取り出して考えを書き殴るように書き込んで行く。



♦♦♦♦



「つまり…料理教室を開くという事か」

「はい、というより料理教室も開くというのが正解です。売られている料理の作り方を三回から四回に分けて教えるというものです」


 ボクの考えを聞いた大奥様はそう言ったもののまだ納得が出来ていないみたいだけど、エデ様とメイド長さんはボクの意図を理解できたみたいで理解の追い付いていないユージーン様に説明をしていた。


「料理に関してはまだ大奥様にお出しした事のないアーカムでは一般的になっている生パン粉を使ったクロケット、それと最初の日にお出ししたじゃが芋のポタージュを考えています」

「クロケットに関しては食べてみない事には何とも言えないが、ふむポタージュか…そう言う事か」


 どうやら大奥様もボクの意図が理解できたみたいだ。

 これはボクが生前の記憶を参考にした作戦だ。

 ボクが生きていた日本では規模の大きいスーパーとかでよく料理教室やライブキッチンのような場所で料理を作り、作った料理を食べてもらいながら商品の宣伝や料理の提案をすることがあった。

 冷凍食品やスーパーやコンビニのお惣菜が便利過ぎて、そして外食とかが増えて料理が苦手な人や出来ない人が増えたのが原因だったと思うけど王都に住んでいる人も似た様な感じだと思う。


 昔から住んでいる人は親から教わる事があっても後からルクレルク農園で他領から出稼ぎや、農業を勉強する為に来ている人達は同じとは限らない。

 料理をしないのに野菜を勧められても困る。

 そして料理が美味しいからと言って野菜を買いたくなる訳じゃないし、買ったとしても意外と印象に残らなくてそれっきりという事もある。

 だけど料理を作ったという経験なら残る、そしてそれが周りに伝わって行く。

 経済学とかそういうのは門外漢だから自信はないけど大手のスーパーや百貨店でもやっていたことなのだから、きっと何かのきっかけになる筈だ。


「商品に関しては、そうさねクロケットとポタージュそれからポテトチップスで、あと教える料理に関しては同じのだと芸が無いね」

「ふふ、なら私の出番ね!任せてお野菜を使った料理は得意だから」


 メイド長さんの意見を聞いたエデ様はそう言って胸を張り、メイド長さんはそれに負けじと「私も負けてられないね」と言って二人揃って台所の方へと向かって行く。


「で、いいのかマリア?」

「バレちゃいました?」

「ああ」


 どうやらボクの考えは大奥様には筒抜けだったみたいだ、というより何でだろう?お母さんは分かるけどエデ様にもバレてた…ボクってそんなに分かり易いかな?


「ああ、だが料理が出来る物はルクレルク家に用立ててもらうことは出来るぞ?」

「…いえ、逃げるのはやめにします」


 料理教室を開く以上、ボクは教える側として表に出ないといけない。

 すると今までボクが屋敷の中に引き籠っていて取材が出来ていなかった新聞記者が必ず殺到する筈だ、殿下という関係だ?とかどこから来た何者なのか?とか根掘り葉掘り、それこそありもしない話まで、逃げていれば隠れていれば晒されなくてすむけど逃げ続けなければならない。

 だからこちらから打って出るのだ!


「分からないから気になる、逃げ隠れするから追いかけ回される…だから、堂々と受けて立ちます」

「ふ…くく、ふはははっ!」

「大奥様!?」

「なんとまあ勇ましい子だ、だがそれでこそリンドブルム家に仕えるメイドだ、ならば私も共に戦おう!」


 そう言って大奥様はとても、とても好戦的な笑みを浮かべる。

 まるで猛獣の様な……。


「ふえ……」 

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