15話 初日から大忙しです

 それから大奥様とエデ様、そしてギルガメッシュ商会が中心となって話は進んで行きあっと言う間に三日が過ぎて立冬祭当日が来た。

 この日までにそれぞれが自分たちの出来る事を全力で取り組み、当初は料理教室を宣伝するのに日数が足りない事から立冬祭二日目か三日目にズラそうという話になっていたけどルクレルク農園で働いている人達が友人や知人に宣伝してくれたおかげで開催前日には立冬祭一日目の料理教室の予約は無事に満員となった。


 ちなみにボクが考えた計画を聞いたギルガメッシュ商会は「これは良い!全面的に支援させていただく!」と、とても乗り気になってリンドブルム邸の前の通りを役所に申請して使用許可を取りそこにギルガメッシュ商会とルクレルク農園が共同でお祭りの特設会場を設ける事になった。


 他にも大奥様とシャーリーさんが色んな謀略を巡らせアーカムの時のようにルッツフェーロ商会が何か仕掛けて来た時の為に備えをしていたり、会場の警備をロバートさんの友人や知人の執事さん達がしてくれたりと準備に一切の抜かりはない。

 そして今、午前の第一回目は不詳、マリアローズが務めるのだ!


「皆さん、本日はお越しくださりありがとうございます。午前の部を担当するマリアローズと言います、よろしくお願いいたします」


 ボクがお辞儀をすると同時に新聞記者が一斉にシャッターを切る。

 うわ!?眩しい!


 昨日の内に慣れていなかったら思わず身構える所だった…あれは昔の映画とかで良く出て来る凄く強い光を出す電球の光じゃなくて、それに良く似た閃光灯せんこうとうというガラス玉の中に入れられている魔石をシャッターを切る時に魔力を流して一時的に強く発光させる道具だ。

 昨日、ボクを目当てに新聞記者が殺到して写真を撮る時に閃光灯せんこうとうをこれでもかと焚いて撮るだろうという事で、ボクは閃光灯せんこうとうの光に慣れる練習をしていた。

 だから目の眩む光を焚かれても淑女の酒宴で働いていた時に身に着けた営業スマイルを崩さないでいられるのだ!


「本日作るのは寒い時期にピッタリ、冷え切った体を内側から温めるじゃが芋のポタージュです。既に食べられた方もいると思いますがお店で出してあるレシピ、文字通りお店の味をご紹介いたします」


 ボクの前にはルクレルク農園で働いている若い従業員の女性達が5人とその友人やギルガメッシュ商会の本店や王都内の系列店に張られている、ポスターを見て参加を申し込んだ人達が15人で合わせて20人、仮説のテーブルに4人一組に分かれて前に立つをボクを見ている。

 さて、頑張りますか!


「ではまず各テーブルに置かれている調理器具の確認から始めます」

「あの!?」

「はい、何でしょうか?」


 最初に調理器具の確認から始めようとした時、一人の女性が手を上げる。


「その…貴女が料理を教えるの?」

「はいそうですよ」

「ええと…まだ、子供よね?」


 当然の意見だ、でもこれでも淑女の酒宴で厨房を担当していた。

 ボクの実力はメイド長さんもアグネスさんも太鼓判を押す程なのだ。

 と、ボクが説明しても説得力がないのでここは事前の打ち合わせ通りにギルガメッシュ商会で長年働く熟練の従業員さが説明を始める。


「その事ですが、彼女は確かに7歳と子供ですが我が商会が取り扱っている数々の調理器具を発明、セイラム領アーカムでは次々と新しい料理や調味料を考案した天才なのです、料理の腕は商会に所属する料理人も太鼓判を押していますのでどうかご安心を」

「えっへん!」


 説明が終わると同時にボクはドヤ顔で胸を張るとどよめきが生まれる、まあ見た目は小さい子供だから仕方が無いけどこれでも中身は前世も加算で20代だ。

 そんじょそこらの主婦には負けないと自負している。


「では改めて、調理器具の確認から始めます」

「「……」」


 熟練の従業員さんからの説明でも納得できていない人もまだ多いみたいだけど、ボクはかまわず説明を始まる。


「皆様のお手元に包丁、ピーラー、おろし器…」


 ボクが調理器具の名前を言い始めると我に返った参加者さん達は慌てて調理器具の確認を始める、普段からある程度は料理をしている人とそうでない人をバランスよく班分けしたから初心者の人が慌てていても慣れている人が手助けをして何とか確認は滞りなく終わり、次に食材を確認を始めると予想通りの意見が飛んで来た。


「あの、このスープの缶詰を使うんですよね?」

「はい、そうです」

「…この味ッ気のないスープの缶詰をですか?」


 味ッ気が無いは正確ではない、正確には保存技術の関係から具材が全く入っていない文字通りスープだけの缶詰だ。

 だから温めただけだと具材が無いから味ッ気なく感じてしまう、しかし!このスープはとても手間暇がかかるコンソメスープ、下味がしっかりと付いていて簡単にアレンジが出来る優れ物だ。


 元々、軍から「長期間に渡って保存できる缶詰の技術を応用してスープの缶詰を作って欲しい、具材などは後から加えるのでブイヨンとして使えるコンソメスープで頼む」と依頼された缶詰会社が作った製品だ。

 争乱が終結すると陸軍も海軍も軍縮が進み常に予算不足に悩み、結果として軍からの発注が減り困った缶詰会社はギルガメッシュ商会に相談して民生品として売り出したのだけど肝心の陸軍がこのスープの缶詰を十全に使いこなせていなくて、元軍人の人達が「具材の入っていない味ッ気ないコンソメスープ」という間違った知識を広めてしまい、結果として目の前に人達の疑念の篭った目だ。


「このスープの缶詰の中身はコンソメ―スプ、コンソメスープはとても手間暇がかかるスープですがブイヨンと同じ様に色んなスープの基本になります。このスープの缶詰も元々はブイヨンとして使う事を前提にした物で、単体で使う事を前提にしていなんです」


 ボクの説明を聞いた参加者さん達にまたどよめきが生まれる。

 驚いていたり怪訝そうにしていたり、中には納得している人もいた。

 そんな感じに食材の確認が終わると次はお待たせしました料理の時間です。


「ではまず具材を切って行きますが具材を切る時に気を付けないといけないのは、包丁の握り方と具材を押さえる方の手の押さえ方です」


 ボクは親指と人差し指で刃元を握り、残りの三本の指で柄を握ってお手本を見せる。


「そしてもう片方の抑える方は猫の手です」

「猫の手ですか?こんな感じですか?」



 猫の手と聞いた参加者の一人が握り拳をボクに見せる、確かに猫の仕草を真似する時は手はグーだけど料理をする時の猫の手は全然違う、だからボクはよく見える様に手を上げて猫の手を作る。


「いえ、猫の手はこんな風にニャンとするんです」


 会場が別の意味で騒めいている、新聞記者の人達は一斉にシャッターを切っている。

 恥ずかしい!ニャンっていっちゃったよ!ニャンって!ええい、ここは無かった事にして説明を続けよう。


「それではベーコンはこのように5センチ幅で切り…」


 ボクは説明を続ける、そうさっきの失態を無かった事にする点に!

 そんなこんなで具材を切り終わり、鍋で具材を炒めてスープを入れじゃが芋をおろし器でおろす段で次の質問が飛んで来た。


「使うじゃが芋は何を使っても問題無いですか?」


 当然の疑問だ。

 このポタージュのメインになる具材はじゃが芋だ、そのじゃが芋は何を使えばいいのか?疑問に思うのだ必然であり、そして待ちに待っていましたその質問!!


「何でも…と言いたいですがじゃが芋の味次第でこのスープは美味しくもなれば不味くもなります、えぐみや癖が少なく甘みのある美味しいじゃが芋じゃないと美味しいスープにはなりません、例えばこのマティルダとかお勧めです」


 新聞記者の人達が一斉にメモを取る、ふふふ、大奥様の作戦で実は事前にじゃが芋のポタージュを新聞記者の人達に実食させていているのだ。

 そすると「あの美味しいポタージュはマティルダじゃないと再現できない」とメモを取り新聞に載せる、マティルダはルクレルク農園でしか栽培していない品種だから新聞を読んだ人達が買いに来るという大奥様の作戦、その第一段階が見事に成功した。


「ではじゃが芋をおろし器でおろし入れてトロミが出るまで煮込んで完成です」


 今の所、料理教室は上手く行っている。

 班ごとの空気も和気藹々としていて料理が苦手な人や出来ない人も、料理が出来る人も楽しそうに会話をしながら調理を進めている、第一回目の担当と言う責任のある役目を何とか全うする事が出来そうだ。

 そして程よくトロミが出てスープは完成する。

 出来上がったスープを木皿に入れて行きながら試食を始めると食べた人は口々に「美味しい!」とか「あのスープの缶詰を使ってるのに!」と驚きの声が上がる、そして他の班が作ったポタージュを分けてもらったり、自分たちが作ったポタージュを分けたりして交流が進んで行く。


「あの、マリアローズさん」

「はい、何でしょうか?」


 無事に大役をまっとう出来たと安心しているとボクの周りの参加者さん達が集まっていた、ただどうしたんだろう?何か言いにくそうにしているけど……。


「その、あの…」

「ふえ?」


 何だろう?

 すると農園の従業員の女性が一歩前に出てボクが作ったポタージュが入った鍋を指差す。


「マリアローズさんが作ったポタージュを、食べさせてもらえないでしょうか?」

「ボクが作ったのをですか?良いですよ少し待ってください」


 何だ、ボクが作ったポタージュが食べたかっただけか。

 それなら問題は無い。

 この作ったポタージュは後で食べたい人が食べてくださいという感じだったから、逆に食べてくれた方が鍋が空くからとても助かる。

 ボクは参加者さん達の木皿にポタージュを注いで行く…何で新聞記者の人達も並んでるの?別にいいけども……。


「美味しい、最初はこんな小さい子がなんて思ったけど…すごいわ」

「私達が作ったのよりも美味しいかも、いえ美味しい……」

「でも、これ程じゃなくても、私達でも毎日作れるわ!」


 とスープを食べながら交流会は続く、よしここでさらにダメ押しの宣伝だ!


「ちなみに今回はじゃが芋を使いましたがじゃが芋をカボチャやニンジンに置き換えたり、ソーセージに玉葱、じゃが芋、ニンジンを一緒に煮込んでポトフなども簡単に作れますよ」

「「「それ本当!?」」」


 ボクのダメ押しを聞いた参加者さん達は目を輝かせ料理教室が終わるとすぐさま即売会の方へと走って行った。

 お買い上げありがとうございます、ボクは心の中でそう思いながら後ろで待ち構える新聞記者さん達に向き直る。


「本日は私共の無理なお願いを聞いていただきありがとうざいます、私はルインタイムズのロジャーと申します。西部のアーカム出身だとお聞きしているのですが…」

「セドリック王孫殿下とは何か関係が…」


 次から次へと質問をぶつけて来る新聞記者さん達にボクは出来るだけ丁寧に答えつつ、教えられない事は誤魔化したり黙秘を主張して切り抜ける。


「アーカムソースと自身の名前を冠したマリアソース、それを考案した切欠は何ですか?」

「……揚げ物に合うソースが無かったので」


 はは……ウスターソースのウスターはどういう意味か?そうメイド長さんに聞かれて「ボクのいた世界のイギリスと言う国のウスターと言う街に住む主婦が考案したからです」と言ったら「エリンソースと一緒だね、あれもアルビオンのエリンで考案されたから公開するレシピはアーカムソースで秘伝として教えない方はマリアソースに決まりさね」という事でこうなりました。


 アーカムの人達もメイド長さんの話を聞いてそれで行こうという事になりそして現在である。

 恥ずかしい…とても恥ずかしい、だからボクは心の中ではウスターソースと言い続けている。

 ボクはそんな穴があったら入りたくなる様な質問に精神をすり減らしながら答え続けた。



♦♦♦♦



 午前の部2回と午後の部2回に分けている料理教室の午後の部の1回目の途中だった、クロケットを売っている屋台方から怒鳴り声が響いて来た。


「ついに尻尾を掴んだぞ!ギルガメッシュ商会の卑怯者共!」

「んだとてめえ!?誰が卑怯者だと!」


 ボクは料理教室を一旦中止して急いで屋台の方に行くと屈強な大男で両脇を固めた、嫌みな顔付の珍妙なクルっと先端が丸まった髭の男がクロケットを売っているリーリエさんとギルガメッシュ商会の従業員さん達を睨んでいた。


「お前達だ、まさか我がルッツフェーロ商会が売り出す予定のソースのレシピを盗んだ挙句、何の許可も無く考案者の名前を語るなど…恥ずかしくないのかね?」

「はあ?なに馬鹿言ってんだ?その前にてめぇ誰だ?」


 リーリエさんを怒鳴りつけていた男はその言葉を聞くとただでさえ嫌みな顔をらに厭らしく笑って歪ませる。


「私はお前達にソースのレシピを盗まれたルッツフェーロ商会の幹部の一人であり、お前達に盗まれたソースのレシピを取り戻すべく馳せ参じたサルコジという者だ、さあ我々から盗んだソースのレシピを返すと同時に賠償金を支払って貰おうか?」

「はあ?何をい―――」

「言って置くが誤魔化そうなどと思うなよ、こちらは証拠も掴んであるのだからな!下手な物言いをするなよ?立場が悪くなるだけだ」


 ソースのレシピを盗んだ?何を言っているんだろうこの人は?

 いやそれよりも、サルコジと名乗った男は普段はその勝ち気な性格で誰が相手でも食い下がる事のないリーリエさんが行き成りのこの言い分に呆気に取られて、しかも何を言っているのか理解出来ずに混乱しているの良い事に畳み掛ける様な物言いで反論を許さず、まるでリーリエさんの方が悪だと仕立て上げようとしている。


 その流れる様な手際の良さ…間違いなくこういった事の玄人だ。

 それに何だろう、とても似てる…カリムに似た雰囲気を感じる。

 悪意に傾倒した、悪意が存在の中心になっていたカリムにとても纏っている空気が似ている。

 ボクが突然現れて一方的な主張を始めたサルコジに戸惑っている間に騒ぎを聞きつけた新聞記者の人達が集まっていた。


「ここにお集まりの皆々様にお伝えします、我がルッツフェーロ商会がアーカムにてマリアローズ嬢よりその権利を譲渡されたソースのレシピ、それを保管していた商会本部の金庫から盗み出される事件が起こり、我々は必死になってその行方を追っていました」


 サルコジは集まって来た新聞記者さん達を意識して出来るだけ周りの人達に訴えかける振りをしながら新聞記者さん達にアピールを続ける。


「偶然、偶々、商会に所属する者よりギルガメッシュ商会とルクレルク農園が共同で開催している会場で売られているクロケットに使われているソースが、盗まれたソースに似ているだけでなく何の権利があってか考案者の名前まで語っている、私は思わず義憤にかられここに参上した」


 感情を篭めて政治家が大衆に向けて語り掛ける様にサルコジの演説は続く。

 場の空気がどんどんサルコジの方へと傾き始め、その姿を写真に収めようと新聞記者さん達は次々とシャッターを切りサルコジはそれに合わせるように劇的な場面を演出す領にポーズを決める。


「許されるだろうか?否!許されない!セイラム事変で重傷を負ったマリアローズが医療費を捻出する為に泣く泣く我々に譲ってくれたレシピを、私利私欲の為に彼女の名前まで語るギルガメッシュ商会とルクレルク農園の悪辣さ、卑劣さ、決して許されない!」


 ……何と言うか、ここまで大奥様の予想通りの展開に進むとはたぶん後ろで打ち合わせに参加していた必死に笑いを堪えているロジャーさんも予想だにしていなかったと思う。

 そして後からロジャーさんに作戦を聞かされてた他の新聞記者さん達はロジャーさんの反応に呆れたり、まんまと罠に嵌ったのにそれに気付かず意気揚々と演説を続けるサルコジを可哀想な物を見る目で見ていた。

 あ、よく見たらリーリエさんも笑いを堪えてる、ギルガメッシュ商会の人達まで……もう終わらせよ…これ以上待ったらボロが出て来そうだ。

 ボクは一歩前に出てサルコジに話し掛ける。


「あの、すいません」

「何だね君は?今とても大切な話をしているからあっちに行ってなさい」


 あちゃー、自分で自分の首を閉めちゃった。

 料理教室に参加している人達は目が点になっているし笑いを堪えている人達は今にも大声を上げて笑い出しそうだ。


「さっきから言っているマリアソースのレシピを誰から教えられたんですか?」

「この私はマリアローズ本人からだ!それと早くどっかに行きなさい、全く誰だ?この子供の親は!」


 さてと、トドメを刺しますか。


「ボクは貴方達にソースのレシピは公開していませんよ、それ以前に初対面なんですが」

「は?何を…言っている?」

「ソースを考案したルシオ・マリアローズですが?」

「はっへ?」


 サルコジはそれはそれは間抜けな声を上げた。

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