13話 憂鬱な新生活の後の新しい騒動の序章
お昼が過ぎた頃、何時もの様に郵便を受け取ってからボクはとても憂鬱な気分になった。
「はぁ……」
「どうかしたのかマリア?」
「大奥様、いえその…何時になったら珍獣扱いをされるのが終わるのかと思いまして……」
「その事か、慣れろ…と口で言うのは容易いが、さっきのは露骨過ぎるな」
「はい、目が合った瞬間にギョッとされました…あ!忘れていました、エクレルク子爵夫人からお手紙が届いています」
「ありがとう…ああ、マリア、気にし過ぎるな」
「はい、大奥様」
気にしない様にはしているけど外に出たらボクを見るなり「実在した」とか囁かれるのはどうやっても気になってしまう。
ああ!もう!このセドリック殿下はボクに一体何の恨みがあるんだ!?
そう、ボクがツチノコとかヒバゴンみたいに扱われている原因はこの国の王太子の息子、セドリック第一王孫殿下が原因だ。
ギルガメッシュ商会が経営する服飾店を視察で訪れたセドリック殿下が、ドレスの見本として飾られていたあのドレスを着ているボクの写真を見るなり「すまないが、この写真を貰えないだろうか!?」と興奮して行ってしまった事が原因で、セドリック殿下が一目惚れした謎の少女としてボクは有名になっていた。
以前から謎の少女の写真として噂話になっていた所にセドリック殿下だ、あっと言う間に話題になって写真の少女は実在するのか、しないのかで論争が起こって新聞の一面にもなってしまい、そんな時にボクは王都に移住してしまった。
はぁ…本当だったらお母さんと一緒に商店街を見て周る予定だったのに、表を歩けば新聞記者が群がるからボクは大人しくお留守番をしている。
もしかしたらアレックスがこの近くに住んでいるかもしれないから探したいのに…もしも殿下に会う機会があったら文句の一つでも言わないと気がすまない!ウスターソースやトマトケチャップとかの再現が出来たから次はカレー粉に挑戦したいのに、殿下の所為でスパイス探しが出来ない。
「うん、諦めよう…今は―――」
親方さんに作って貰う調理器具の設計図を描こう。
実は前から不便だな、と思っていた事があった。
屋敷の修繕が終わってから気付いた事だけど大奥様達は東南部に住んでいたから食事に関して、特に朝食に関してボク達と違う。
朝はしっかりと食べるのだ。
トーストした食パンに似たパンのパンドミ、一皿にベーコンとソーセージ、目玉焼きかスクランブルエッグにサラダ等の副菜、それと南部の文化で朝は一杯のコーヒーから、つまり朝食に関しては全く違う。
で、何が不便かと言うとパンを焼く時だ。
トーストする時は取っ手の付いた網で挟んで焼かないといけないのだけど、それをすると焜炉が一つ使えなくなるしお店の時と違って台所は小さいから同時に作業が出来るのは二人まで、つまり一人がパンを焼く事に専従しなければならなくなり急に予定が早まった時に対応できなくなってしまう。
だからボクはパンを焼く、その工程を簡略化する事にしたのだ。
正確にはボクが描いた
「まずは…オーブン型かホップアップ型だけど、確か最初に作られたのはホップアップ型だった筈だから…構造に関しては…何となくだから、親方さんにはまた苦労を掛ける事になっちゃうな……」
でも仕方がない、どこの世界にトースターの詳細な内部構造を理解している一般人がいるというのか?ここは開き直って技術的な事は親方さんに丸投げだ!今度、ちゃんとした親方さんの利益に繋がる商品になりそうな物の設計図を描こう。
という事でまずは形だ。
箱型で一枚か二枚、出来れば二枚同時に焼けるのがベストでパンを入れる口の広さは…事前に調べて置いたパンの大きさを参考に一番大きなサイズを前提にした大きさで、次はこれは図面は描けないけど、どんな使い方なのか?どんな風になるのか?その説明書きを…うわ、説明書きばっかりになってしまった。
「だけど、一番の問題は何で代用するか?だよね」
ニクロム線をどうするかだ。
ソルフィア王国では電気という概念が存在していても実用化されていない、それなら当然のようにニクロム線も発見されていない、トースターを作る上で必要不可欠なこの二つを何で代用するか?
「当然と言えば、当然だけど…万能過ぎるよ、魔石は」
ロバートさんに聞いて、聞いた本人なのに思わず驚いてしまったけど人工で作られる魔石はある程度まで自由に形に成型できる、そして電気ヒーターの様に炎を上げず熱だけ発する魔石が存在する。
しかもそれは船と言った火気厳禁の場所で実用化されていて、魔石焜炉と混同を避ける為に無炎焜炉と呼ばれている。
その技術を使えばたぶん、電気やニクロム線が無くてもトースターが出来る筈だ。
ボクは分かる限りの事を設計図に書いて行き、一時間ほどでオーブン型とホップアップ型のトースターの設計図を描き終える。
「ふぅ…少し甘い物が欲しいな……」
そう思ってボクは地下室の台所から同じ地下室にあるボクとお母さんで使っている部屋に行き、棚の隅にこっそりと隠している飴玉の入った缶から一粒取り出して口の中に含む。
「甘い…癒される」
べっこう飴に似た黄金色の飴は見た目通りの素朴な味でどこか生前食べた飴の味に似ていて、少しだけ懐かしくなる。
だから少しだけ分かってしまった。
何で地球を比較して19世紀や20世紀に近い文明を築いているのに、部分的に遅れていたり発明されていてもおかしくない物が発明されていないのか。
魔石が、あまりにも万能過ぎるからだ。
必要は発明の母、窮すれば通ずという諺にあるように必要が無かったから発明されなかったんだ、それが最も顕著に表れているのが電機で電機が実用化されていないから存在している筈のものが存在していないんだ。
「それなら……」
電気が無いからと諦めていた物も魔石を使えば作れるかもしれない。
だけど慎重に選ばないと、物によっては悪い方向に行ってしまうかもしれない、ギリウスがそうだったように、ボクは絶対にギリウスと同じ道は歩まない。
そう固く決心をしたのと同時に上から「ただいま戻りました」とお母さんの声が聞こえて来た。
不足している日用品や使い切ってしまったウスターソースやトマトケチャップを作る為の材料、他にも色々と入用な物までお母さん達は買い出しに行っていて本当だったらボクも一緒に行く予定だった。
セドリック殿下が恨めしい、サラさんの診療所に行く時くらいしか屋敷の外に出る機会が無くてボクは暇を持て余している。
だから、うん、たっぷりと作ろう!
料理を作ってストレス発散だ!
♦♦♦♦
「マリアちゃん!何かいいアイディアない?」
「え?ええと…何のでしょうか、シャーリーさん」
大鍋でウスターソースを作っていると突然、シャーリーさんが台所に突入して来た。
良いアイディア、何のだろう?
突然の出来事に呆然としていると後ろから大奥さんとイネス様が現れて、大奥様は丸めた新聞でシャーリーさんの頭を叩いて「ちゃんと事情を説明しないか、この突撃娘!」と叱りつけイネス様はそれを苦笑いを浮かべながら見ていた。
「すまないなマリア、実はエデ…ルクレルク子爵婦人がな立冬祭で共同で出店をしないかと誘われてな」
「出店ですか?えーとつまり、良いアイディアと言うのは……」
「ええ、何を出すかで話が纏まらなくて、マリアちゃんはそう言った事に詳しいってシャーリーが言っていたから何かいいアイディアは無いかなって」
イネスさんはそう言って数枚の紙をボクに見せてくれた。
それには出店する場所と予算、去年と一昨年に何を売ってどれだけ売れたかが書かれていた。
でもボクは別に詳しい訳では…いや、確かに以前は淑女の酒宴と言う酒場で働いていましたよ、それも厨房担当で料理とかバリバリに作っていました、だけど別に詳しい訳じゃない。
だって、生前のボクはお祭りに行った事が無いのだから!遠くから見ているだけだったから!お祭りはアーカムで二回だけ体験しただけですから!なので立冬祭は参加する側で予定を組んでいました。
でも頼られた以上は期待に応えねば!ボクはそう思って手渡された紙を読んでみた。
「去年は…蒸かしたじゃが芋?何で子爵家の方が蒸かしたじゃが芋を…え?一昨年はじゃが芋のガレット…何で芋づくし何ですか?」
ボクは書かれている内容に目を通して思わず感想を口にしてしまった。
他の紙にはさらにその前の年に何を売っていたかが書かれているけど、やはり芋と芋で彩られさらに最初に出店を始めてから絶対に欠かさず開いているお芋など野菜の即売会。
「ええと…ルクレルク子爵家何ですよね?子爵なんですよね?男爵より一つ上だけど爵位を持った貴族ですよね?」
「そうか説明を忘れていたな、ルクレルク子爵家は南方大陸に起源を持つ旧外戚貴族の家で、元々は農家だった」
「農家…ですか大奥様、だけどどうしたら農家が爵位を与えれるんですか?まさか献上した野菜が美味しくて爵位を与えられたなんて……」
「じゃが芋だ、ルクレルク家が王国に来る前年に飢饉が起こっていてな、そんな時にじゃが芋と共に王国に移住しじゃが芋の普及に尽力した。そして数年後に起こった飢饉ではじゃが芋のおかげで餓死者が出なかった、その功績から爵位を与えられたのだ」
「……」
じゃが芋のおかげで子爵の爵位を与えられた…成程、だからじゃが芋にこだわるのか……何だろう、頭では理解できても心が納得しない。
でもまあ、確かに芋は優秀だ。
麦や米の育たない痩せ細った土地でも育ち、じゃが芋は連作障害はあるけどヨーロッパの人口爆発はじゃが芋があったからだし、サツマイモに至っては連作障害が起こりにくいから日本では何度も飢饉の度に大活躍した。
だから頭では納得は出来るんだ、頭では……。
「それとルクレルク家はルクレルク農園という大農園を経営している、以前は王都で消費される野菜を半分以上を賄っていた」
「それは…すごいですね」
王都はとても規模の大きい大都市だ、そんな大都市で消費される野菜を半分以上も賄っていたなんて一体どれだけ大きい農場なんだろう?想像もつかないや。
「それとねえマリアちゃん、今マリアちゃんが使っている野菜だけどそれもルクレルク農園で作られた野菜なのよ」
「そうなんですか!?」
イネス様はそう言ってどの野菜がルクレルク農園で作れたか教えれくれたけど、八割はルクレルク農園産でトマトといった南部の気候じゃないと育たない野菜はさすがに作っていないみたいだ。
それ程の名家に協力したのなら先代が不祥事を起こしたことで下がっているリンドブルム家の評価も上がって、当代当主として頑張らないといけないラッセ様も職場である財務教での立場も楽になる筈だ。
うん、全力で挑まないといけないけど一つ確認して行いと行けない事がある。
それは―――。
「ルクレルク家は善意からだけで共同出店を持ち掛けた訳じゃないですよね?」
「聡明だと聞いていたが……ふむ、質問に質問で返すのは失礼だが何でそう思う?」
理由…感の域を出ないけどさっきの大奥様の言葉に引っ掛かる所があった。
それは以前は王都で消費される野菜を半分以上をという所だ、以前はという事は今は違うという事だから、何かが原因でシェアを失ったという事だ。
「正解だ、実はルッツフェーロ商会が農場経営にも手を伸ばしていてな、品質では圧倒的に勝っているが価格で勝負を仕掛けられシェアを奪われているそうだ」
「成程、ですが大奥様、それでどうしてリンドブルム家と共同出店の話に繋がるんですか?それこそギルガメッシュ商会といった大商会と手を組むというのなら話は分かるのですが」
「首謀者はギルガメッシュ商会だ、それとリンドブルム家はついでだ、ルクレルク家の目的は淑女の酒宴でありマリア、君だ」
「ふえ?」
目的はボク?それと首謀者がギルガメッシュ商会………あ、そう言う事か。
ルッツフェーロ商会は確か薄利多売の経営方針で品質重視のギルガメッシュ商会のシェアを奪って行っていて、大都市ではギルガメッシュ商会の方がまだ強いけど地方だと安さでルッツフェーロ商会が強い。
そして淑女の酒宴はかつてアーカムからルッツフェーロ商会を間接的にだけど追い出した事があり、そしてボクはギルガメッシュ商会に色んな調理器具を親方さんを通して売り出している。
何より淑女の酒宴を中心にアーカムの飲食店の質は大幅に向上した。
その実績を知っているギルガメッシュ商会が同じ様にルッツフェーロ商会に苦しめられているルクレルク子爵家に助け舟を出し、ルクレルク子爵家は協力の見返りにリンドブルム家の後ろ盾になる。
ギルガメッシュ商会はルクレルク子爵家とリンドブルム男爵家に恩を売りつつ邪魔なルッツフェーロ商会に痛手を食らわせる事が出来る、上手く行けばの話だけど上手く行けばルッツフェーロ商会以外は万々歳な展開になる訳だ。
まあ、でも上手く行けばの話だけどね。
「シャーリー、聡明という話どころではないだろ、これは……」
「でも基本的に善良な子ですから、悪い事をするっていう発想が無いから大丈夫ですよ小母様」
「いや、それは見ていれば分かるが…まあ、考えても仕方がない」
「?」
何だろう?何で大奥様とシャーリーさんは明後日方向を見ているんだろう?
まあ、今はそれよりも出店に関する事だ。
事前に確認しておかなければならないのはルッツフェーロ商会だけじゃない、ルクレルク子爵家の事もだ。
孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦あやうからずだ。
古典でチョビっとだけ習った孫子の兵法、その通りだと思うから何かする時には必ずそうするようにしている。
なのでボクは大奥様とイネスさんにルクレルク農園に関する質問を始めたのだけど…イネス様はラッセ様と結婚するまで軍人だったからそういった事には疎くて、大奥様は詳細は知らないらしく最後の頼りのシャーリーさんに至っては敵情なら何でも知っているけど、ルクレルク農園に関しては全く知らないみたいだった。
「あの、立冬祭は四日後ですよね?それなのに何で事前の打ち合わせが全く出来ていないんですか?」
「「「……」」」
三人とも黙っていた。
その後、ボク達はルクレルク農園に見学しに行く事に決まった。
決まったけど、ルクレルク農園を宣伝しつつルッツフェーロ商会に痛手を負わせる料理……ポテトチップスじゃあ無理だよね?
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