10話 良薬、色々と苦し

 王都に数か所ある湖畔地区にその診療所はあった。

 緑に囲まれた小さな湖のほとりという長閑な雰囲気に、近くには桟橋があり小舟が停泊していて、他にも水鳥の為の小屋があったりと療養するなら理想的な場所に診療所は居を構えている。


「成程ね、それでこの厄介な火傷か」

「そんなにマリアの火傷は酷いのですか、先輩」


 そうシャーリーさんが言っていた国家魔導士のお医者様はお母さんの知り合いでもあった。

 国家魔導士でソルフィア王国でも名医として知られるサラ・ユンカースさん、お母さんとシャーリーさんが学園に通っていた時に養護教諭として在籍していて、士官科の授業で生傷の絶えなかったお母さんは何かとお世話になりお母さんを通してシャーリーさんと知り合い、卒業生だった事もあって先輩と言ってお母さんとシャーリーさんから慕われている。


「まあ、少し難しいけど顔も目も綺麗に洗浄すれば後は薬と自分の治癒能力で元通り、まあそれでも完治には一年は覚悟してね」


 サラさんの言葉を聞いたお母さんは涙を流しながら「良かった、本当に良かった」と言いながらボクを抱きしめる。

 診療所に到着してすぐ、ボクの左側の火傷を見たサラさんは酷く顔を歪ませた時、お母さんはこの世の終わりの様な表情になって、診断結果を聞くまでずっと表情が悲痛に満ちていたから少しホッとした。


「それで先輩、何でマリアちゃんの火傷がアーカムで治療できなかったの?少し重い火傷じゃないのかしら?」

「ううん…そう言えば若い貴女達は知らないっけ、これはね呪毒という物よ」

「呪毒?」

「そう呪毒、争乱時にどっかの国が効率的に人を苦しめる為に作った呪いを付加された毒の類よ、不治で何より長く苦しむからそれを見ていると自然と戦意を失うから山脈の向こう側で盛んに使われたのよ」


 それがボクの顔に…ちょっと待って、不治の呪いが付加された毒が呪毒でそれを用いた炎をカリムは使っていてそれにボクの顔の左側が焼かれて、それならグリンダは?確かグリンダも火傷をしていた筈だ。


「その顔、お嬢ちゃんもしかして貴女以外にも同じ様な火傷をした子がいるの?」

「はい、います!ボクの大切な友達なんです、腕に火傷をしていて…助けてください!」

「落ち着いて、いいわよ、私は王都から離れられないけど弟子を向かわせるから。安心して腕利きだからね」


 良かった。

 それならグリンダも大丈夫な筈だ。


「さてさてマリアちゃんだったったけ、今から治療を始めるから覚悟していてね」

「え?覚悟?」


 覚悟って何?もしかしてまた注射!?


「あれやるの?」


 後ろにいるシャーリーさんがとてもとても苦虫を噛み潰した様な顔でサラさんに尋ねる。


「当り前よ、これ呪毒よ?ならまずは皮膚に固着してる呪いを洗い流さないと、まあちょっと染みる洗浄液を使うから痛いのは我慢してね?」

「え?はい、多少の事なら平気です」

「良い子ね、それじゃあちょっと待ってねすぐに用意するから、おーいラヴィ、ちょっと呪類用の洗浄液を用意して!」

「はいはい」


 呪いの類用の洗浄液、染みるってことはオキシドールとかみたいに染みるのかな?

 よく従弟が徒党を組んで襲って来ていたから怪我をするのはしょっちゅうだった、なのでオキシドールには慣れてる。

 と、ボクは余裕の顔で待っていると何故かお母さんやシャーリーさんがとても悲壮をしている。


「呪類用ってあれ、なのよね?」

「そうよ、あれ以外ないでしょ。あれなら綺麗に洗い流せるし、回復速度も上がるし多少、まあ多少は痛いけど…まあ、あれなら一発よ」


 あれ、お母さんとサラさんの会話がとても不穏なんだけど……大丈夫さ!子供に使えるなら危険は無い筈だ、それにお母さんやシャーリーさんは知っている感じだから問題があったら絶対に止めるから、うん!どんと来い!


「先生、準備終わりましたよ」

「分かったは、それじゃあマリアちゃん、ベッドの上で仰向けになってね」

「はい」


 サラさんに言われてボクは診察室に端に置かれているベッドの上で仰向けになり、隣では何か洗面器の中に透明なラップの様な、でも見た感じの質感は布の様な物が漬けられいる。


「それじゃあ行くけど、その前にまずは目の洗浄から、失明しかけているから優先的にするわよ」


 サラさんはスポイトの様な物に洗浄液を入れるとボクの左目にそれを点眼した。


「―――――!!??」

「頑張ってね、もう一滴だから」

「――――!!!」


 オキシドール越え!?染みる、多少とかちょっととかそんなレベルじゃない!

 熱い!?痛い!?

 ボクは自分の左目を襲う色んな痛みが複合的になった激痛に襲われ、その痛みから暴れない様に看護婦さん達に押さえつけられる。

 その後、何摘か点眼して滝の様に流れる涙を綺麗に拭きとって目の治療は終わった。


「はい、ちょっと見せてね……うん、綺麗に洗い流せたわね。それじゃあ本命と行きたいけど、また今度にする?」

「どんと来いです!」


 これくらいの痛みで逃げる訳に行かない。

 包帯を替える度に、ボクの顔を見る度にお母さんは苦しそうな顔になる。

 守ってあげられなかった、お母さんは何度も眠っている時にボクに寝言で謝っていた。

 だから、これくらい、お母さんが味わっている苦しみに比べれば!

 さっさと終わらせてこんな火傷とはおさらばしてやる!


「一思いに、一思いにやってください!」

「いいね、女の子だけどとても男気があるね、それじゃあ一思いに」

「―――――!?!?!」


 やばい、一瞬だけ意識が飛びかけた。

 顔に消毒液を染み込ませたラップの様な布が被せられた瞬間、意識が断ち切られるくらいの衝撃に襲われて、何とか覚悟していたからまだ意識を保っていられるけどさっきから、熱しられたフライパンに水を垂らした様な音が響いている。


「我慢してね、はいもう一度」

「――――!!!」


 耐えろ!悲鳴を上げるな!

 もう何時間もずっと…いや、まだ数分だ。

 一瞬が永遠に感じてしまう、それくらいの激痛がボクの左側を襲っている。


「先輩!」

「あと一回で終わるよベティー、さあこれで…よしよく頑張ったね」

「はぁはぁ……」


 終わった?やっと終わった……。

 意識が朦朧とする、頭も上手く動かない。

 何と言うか魔力を使い果たした時と感覚が似ている。


「先生、薬湯の調合が終わりました」

「はい、ありがとう、それじゃあマリアちゃん頑張ってグイッと飲んでね」


 ボクは誰かに抱き起される。

 顎を上げられ何かが口元に触れると同時に、液体が口のぉおおお!!


「はい我慢、はい我慢、一気に飲んどね」

「―――――?!?!?!!!?」


 苦い、苦い、苦い、苦い、苦い!?

 何これ!何を飲ませたの!?苦いを数百倍に濃縮した味がボクの舌を蹂躙する。

 激しい吐き気が!でも耐えないと!


「ぷふぁ!飲み干しました!」

「おりこうさん、それじゃあご褒美のシロップよ、はいあーんして」

「あ~ん」


 甘い!水飴の様なドロッとした甘いシロップだ……うん、頭がスッキリした。

 あの苦い何か、朦朧としていたけど何となく聞こえていた薬湯、それを飲んだら頭がとてもスッキリした。


「先輩、もしかして世界樹汁をマリアに……」

「そうよ、呪毒の洗浄には精神力も消耗するからね、そういう時は夏採れの世界樹の葉から作った世界樹汁ことエリクサーが一番よ。マリアちゃんも気分がスッキリして驚いてるわ」


 うん、本当に驚きだ。

 とても、とても美味しくなくて青汁の様に「もう一杯!」なんて口を裂かれても言いたくない、それ程の不味さなのに飲んだ直後から八時間しっかりと睡眠をとって目を覚まし、早朝の爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込んだ様な、それくらい頭がスッキリとしている。

 良薬は口に苦しというのは本当の事だったのか。


「世界樹の夏に採れる葉にはね豊富な栄養が詰まっていて、色んな薬の原料として利用されているのよ。特に魔力が枯渇した時には回復を早めたりする効能があって、陸軍では常備薬にもなってるの」

「成程」


 サラさんが言うには世界樹の葉は採れる季節によって利用され方が大きく変わり、夏に採れた濃緑の葉はボクが飲んだ薬湯や他の薬に利用され春に採れる若い薄緑の葉は渋みや苦みが少なく、栄養価も夏採れに比べて少ないけど十分に栄養があって健康茶として利用される。

 秋に採れた紅葉した葉は薬効成分が無くなっている代わりに肥料としてはとても栄養が豊富で、近隣の農家や遠方の農家まで多くの人達に愛用され、冬に採れる葉は驚く事に水晶の様に透き通っていて押し花にして栞にしたり装飾品に加工し、王都土産として売り出されている。


「知らなかった、世界樹の葉はそんな風に利用されているんですね」

「そうよ、ただし原則として自然に落ちてきた葉に限定されていて、まあ無理だと思うけど無理やり枝から葉を千切るなんてしたら逮捕されるわよ」

「そうなんですか?」


 知らなかった。

 それだけ世界樹はこのソルフィア王国で大切な存在という事なんだ。

 日本で言う所の富士山とかと同じ感じだろうか?ううん、それ以上かもしれない。

 ボクが悩んでいると助手のラヴィさんが洗浄液の入った洗面器を持って来る。


「先生これどうしますか?」

「それはちょっと面倒な手続きをして処理しないといけないから、何か容器に入れて置いて、間違っても洗面台に流しちゃダメよ?」


 何あの真っ黒な液体は?もしかして洗浄液…じゃあ真っ黒になっているのはボクの顔の左側に固着していたという呪毒なの?あんなのが自分の顔についていたなんて……。

 グリンダは大丈夫だろうか、軽い火傷だって言っていたけどボクと同じカリムの炎で負った火傷だ。

 だけどサラさんがお弟子さんを派遣してくれると約束してくれた、ならきっと大丈夫な筈、ここはサラさんを信じて朗報を待とう。


 ボクはこの後、目薬と塗り薬とかを処方してもらい急いで屋敷に戻る事となったのだけど、何でだろう?受付の人や他の患者さん達が何でかボクを凝視して来る、その目はツチノコやヒバゴンを見た様な珍獣を見る目だった。

 でも、気にしても仕方がない。

 ボクの火傷治療も大切だけど今はお屋敷の修繕が先決だ、急いで戻らないと!



♦♦♦♦♦


 

 と急いで戻ったら何やら騒ぎが起こっていた。

 家具の大半が処分か除染中で殆ど何もない状態の書斎でロバートさんと数人の背広の様な服を着た男性が言い合いをしていた。


「はっはっは、それだと間に合いませんな…この項目は後回しでもいいのでは?」

「無理です、そもそも衛生課としては直ちに閉鎖し屋敷自体を取り壊しにしたいのです。しかしそちらの事情を組み最大限の譲歩をしてこの条件、飲めないのでしたら直ちに退去してください」

「はっはっは、そうは言っていませんよ」


 そう言って眼鏡を掛けた神経質そうな顔の衛生課の職員さんは大量の書類を苦笑いを浮かべるロバートさんに押し付ける様に渡す、するとそれに続く様にロバートさんと同年代と思われる都市課の職員さんが大量の書類をロバートさんに同じ様に押し付ける様に渡す。


「これが使用した場合、重大な事故を起こす可能性のある魔道具等一覧です。消防局も大火災を発生させる恐れありという報告書を書いています、お分かりですね?」

「ふむ、では―――」

「言って置きますが後回しにしても問題ない魔道具等は既に除外してのこの量だとご理解ください」

「……そうですか」


 ロバートさんが何か言う前に都市課の職員さんはロバートさんが言わんとする事を先回りで否定して了承させる、さらに続く様に次々と役所の職員さんが大量の行政指導に関する書類をロバートさんに渡して行く。


「最後は今回の屋敷の修繕を請け負う建築事務所の社長だが、はっきりと言って三か月は覚悟してくれ」

「ちょっと待って、三か月!三か月ですって!三週間後にはラッセと鬼婆が来るのよ、何とか出来ないの」


 社長さんが提示した工期を聞いたシャーリーさんは社長さんに掴みかかり工期の短縮を迫ったけど代表さんはその手を振り払って「無茶を言うな!」と怒鳴ってシャーリーさんから距離を取り、何でそんなに時間が掛かるのか説明を始める。


「文句は役所に言え、そもそも修繕だの改装だの範疇を越えておるわ!一から建て直しに近いんだぞ、地下室に至っては基礎以外は全て一から作り直し、それと役所の監査も含めての三か月だ!文句があるなら新種の病原菌を生み出した自分の父親に言え!!」


 畳み掛ける様に言われてさすがのシャーリーさんもぐうの音も出ず、黙っているけど目が!目がとても錯乱した人の目だ!さっきから「人員を増やして、昼夜問わずやれば……」と真っ黒な企業の社長の様な事を呟いてる。

 隣でお母さんが「一緒に謝るから、ね?元気出して」と慰めているけどシャーリーさんの目がどんどん虚ろになって行っている。


「兎に角!我々は帰るが少しでも提示した条件を守らねば即座に強制退去、その後に取り壊しだ!そちらも工期短縮の為の偽装などしたら登録を抹消するぞ」

「うんなことしねーての」


 こうして騒動から始まった王都での新生活は今も事態の収拾が付かないでいるのだった。

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