9話 質の悪い置き土産
「汚い……」
ボクは思わず愚痴を零してしまった。
「酷過ぎるねえ、何をどうしたらこうなるんだい?」
本当にそう思います。
副女将さんとお義母さんは想像を絶する光景から立ち眩みを起こして、今は比較的に綺麗な書斎で休んでいる、ただし比較的だからね。
書斎の中は埃だらけでまともに喚起をしていないからとても臭く、本や書類が散らかっていて中には何か月も前に作ったと思わしきカビが生えているを通り越して胞子まみれのサンドイッチがあったり…でもここに比べればまだマシだ。
「はっはっは、これは何と言いますか…本当に何と表現したらいいのか……」
さすがのロバートさんも目の前の光景に言葉を窮していた。
ここは地下室、といっても半地下室で最初は何の為にあるのか分からなかった堀も地下室に来た事で適度な光量を確保する為の物で、だから地下室という割にはとても明るい。
若干、薄暗くはあるけど時間や天気次第でとても明るくなると思う。
さてこの地下室だけどここには食材の保管庫、台所、それと使用人の部屋などがある。
あと窓がある側は談話室兼使用人が食事をする場所になっているんだけど、今は使える状態ではない、昔はそこで楽しい日々の色々な事について賑やかに会話がされていたのだと…思いを馳せ様にも想像が出来ない。
ゴミだらけだ、そうゴミだらけだ。
大事な事だから二回言った。
はっきりと言う。
この邸宅、このお屋敷は汚屋敷だった。
いや、既に汚屋敷を通り越して夏休みとか大型連休がある時に必ず放送されるボクが生まれる前に制作されたジ〇リに出て来る腐〇の森だ、確か汚部屋は腐〇の森と表現されるらしい、ならまさにこの地下室は…いやこの屋敷全体が腐〇の森だ。
「どうしますぅ女将、このままだとぉ絶対にぃ出ますよ?ここからパンデミックが起こりますよ?」
シェリーさん、最後の方が素だった。
普段は完璧に演じ切るシェリーさんも平静を装いきれない汚さだ。
もう汚い、それ以外の表現が見つからない。
「知り合いに、火魔法の使い手がいますので呼んできましょう。徹底して滅菌しなければとても人は住めませんよ」
ボクはロバートさんの意見を全面的に支持したかったけど女将さんは難色を示した。
「馬鹿言うんじゃないよ、ここは王都だよ?いくら水路が都市中に張り巡らされていようがね火に関しては用心しないといけないさね、真上に世界樹があるんだよ」
「そうは言いましても、こればっかりはどうしようもありませんよ。そうですね、陸軍で防疫を専門とした部隊があった筈、役所に申請して彼等に動いてもらいましょう」
防疫を専門とした部隊、そう言えば前にシェリーさんの授業で大争乱が起こっていた時期に地球で言う所のスペイン風邪の様な病気がレムリア大陸で大流行した事があって、その時の教訓から感染病対策などを専門とした部隊が創設されたって聞いた事がある。
成程、確かにこれはその人達が出動しないといけない状態だ。
だってあそこで何か不気味な植物が胞子を放出しているから……。
「それじゃあ上に上がるよ、そんで医者呼んで全員の健康診断さね」
階段の所で待機して話を聞いてたシャーリーさんは「さっき、使いを走らせたのですぐに来ますよ、ああ、あと陸軍に関しては中央警邏の方で既に要請したみたいよ」と言って一緒に一階に上がる。
その後、何か病気に感染していないか検診を受けている間にガスマスクの様な物を被った全身防護服の人達が現れて、地下室はこれでもかというくらい焼き払われた。
家具や食器の類も容赦なく、灰とかも危険という理由から袋に詰められて運び出され地下室は綺麗さっぱりと文字通り灰一つ残さず消毒された。
♦♦♦♦
と、言うのがあったのが王都に来た初日でシャーリーさんが父親から家督を奪い返した後に起きた珍事で後日、陸軍の人達が軍医を引き連れて「徹底した検査をする必要があり、何か体に違和感や不調があれば隠さず伝えて欲しい…」と何か新しい病気に感染していないか検査を受けて、それから一週間は常に陸軍の軍医さんに検査され続けた。
「マリア!出て来なさい!」
「クエ!グエ!」
「おーいマリアちゃん、出てきたら甘~いお菓子を食べさせてあげるよ」
そして今日も検査、はいあれです。
採血です。
最初はね、王都だからきっと注射針も最新の物だと思っていました。
だけど違っていた、言える事はただ一つだ。
アーカムの女医さんが使ってた物はちゃんと最新の物で、不思議な事に色々な医療が発達しているソルフィア王国は何故か、注射針がとっても遅れているってことだ!
あれは医療器具じゃない、拷問器具だ!
「はっはっは、ここに居ましたか。では行きますよ?」
「ふえ!?」
バレた!
クソ!小柄な体を生かして収納棚な小さな居場所に隠れていたのに!
「はっはっは、普段はとても聞き分けが良い子だというのに、まあ子供らしいのでいいのですが、ベティーさん捕まえましたよ!では、マリアさん、お尻を十回です」
「マリア!!」
「ふえ!?ごめんなさい!」
こうして今日もボクはお尻を叩かれてから採血される。
本当なら屋敷の片づけをしている筈だったのに未知の病気に罹っているかもしれないと屋敷に隔離されてしまい、なんとか今日の検査で問題なしという事で隔離は無事解除された。
だけど予定よりも一週間も遅れてしまった。
それはもう色んな手続きが遅れている。
例えば王都に到着したら正式に雇用される予定だったけど役所に申請する書類がまだ提出できていなかったり、汚家をリフォームする為の業者さんの手配とか、あとおまけだけどボクの火傷の治療も遅れてしまっているのだ。
「遅れを何としてでも取り戻すわよ!」
心の中で怒涛の一週間を思い出しているとシャーリーさんは立ち上がって声高らかにそう宣言した。
「まずは何から始めるさね、家の清掃とリフォーム、役所に提出する書類や他にも―――」
「まとめて全部同時進行よ!」
「「「はあ!?」」」
女将さんが今後の予定を確認しているとそれを遮ってシャーリーさんはとんでもない事を言う。
「シャーリー、いえシャーロット様、無茶を言わないでください。全てを同時に進行するなどと無茶でしかありません、例え出来たとしても必ず途中で破綻します」
まさにその通りです副女将さん。
「副女将さんの言う通りですよシャーリーさん、数を絞って出来ない事は出来ないで割り―――」
「マリア、今は副メイド長かアグネスさんですよ、私も貴女もシャーロット様に雇われているのですから」
「あ!?ごめんなさい副女将さん」
「また言い間違えてますよ、気を付けてください」
「はい……」
そうボク達は今は淑女の酒宴で働く従業員ではなく、シャーリーさんに雇われて使えるメイドだ。
だから女将さんはメイド長、副女将さんは副メイド長で副メイド長さんは言い辛いという事からアグネスさんという事になっている。
だけど生まれてから7年間も言い続けていたから急に直せと言われても直せないよ。
ボクはそう思いながらシャーリーさんが必死になっている理由を思い出す。
リンドブルム家の家督を父親から奪い返したシャーリーさんは家督を継ぐ事はせず養子に出された従兄のラッセさんに譲る事になっていたのだけど、ラッセさんが王都に引っ越してくるのは一か月後、それも家督を奪い返してた一週間前を時点から一か月後だ。
残り約三週間、その間に全ての事を終わらせないといけないのだ。
「反論は認めません!無理でもやらないとあの鬼婆がネチネチと小言を言って来るから、絶対にやらないといけないの!はい!動いた、動いた」
シャーリーさんはそう言うとボクとお母さんの手を掴んで速足で屋敷の外に出てこの通りに住んでいる人達が共同で使っている馬車を停めている倉庫に向かう。
「御者は、ええい!そこの通りすがりの司祭!やりなさい!」
「な!何故私が!その前にシャーロット!早々に問題を起こしおって!」
「ふえ!?司祭様!何で居るの!?」
「あらロドさん、お久しぶりです」
「これはベティーさん、アーカム以来ですね、ええと説明は出来ないのですが所用で王都に、あと御者は私がこれに任せると事故が起こりますので」
「ロド貴様!言っておくが私はこれでも御者として何年も―――」
「レオニダス殿は邪魔なのでリンドブルム邸に、では行きましょう」
「待て!そこにはアグネスが、絶対にこれでもかというくらい嫌みを浴びせられる」
「浴びせられなさい、それだけの事をしたのですから、ささ、行きますよ」
ロドさんはそう言って司祭様を置いて馬車に乗り込む。
そう言えば司祭様とアグネスさんは仲が悪い、正確に言うとアグネスさんが一方的に司祭様を嫌っている。
何でだろう?今度、聞いて…それは藪蛇かな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます