7話 王都ルインでの最初の騒動

 王都ルインは幾つかの区画に分かれている。

 細かい事はボクもまだ知らないからはっきりと言えないけどボクが今いるのは船と鉄道の玄関口、王都ルインの港湾区にある中央駅にボク達はいる。

 車窓から見えていた光景だけど改めて見ると圧巻で耳を澄ますとまるで海の様な潮騒の音が聞こえて来る、この世界に生まれ変わって最初に聞くとても懐かしい音だ。


 生前は特に気にした事は無かったけどこの世界に生まれ変わって、ふとした時に思い出しては懐かしく感じた音が絶え間なく響いて来る。

 船の汽笛や海鳥の様な声で鳴く空を悠々と飛ぶ鳥、そして楽しそうに空を飛ぶアストルフォ…ずっと車と汽車の旅だったから溜まっていたのだと思う、カモメに似た翡翠の様な色をした鳥達と楽しそうに飛び回ってとても楽しそうだ。


 背を伸ばして深呼吸、少し興奮しているから気を付けないと走り出してしまいそうだ。

 さて、落ち着いたし周りも見てみよう。


 駅は三階建てになっていて、三階の展望台からだと港を一望する事が出来る。

 港には何隻もの船が停泊していて荷物を下ろしたり積み込んだり、人が下りて来たり乗り込んで行ったりと忙しなく、街は観光客や停泊する船の乗員を相手にした商店が軒を連ね、駅も駅で露店が建ち並び駅から出て来た人達に名産品を勧めている。


「マリア、そろそろ迎えが到着する時刻ですので、停留所に移動しますよ」

「はい、アストルフォ!」

「クエ!」


 副女将さんに呼ばれてボクは三階の展望台からアストルフォを呼んで一階に下りる。

 駅から出てすぐの場所にはバスターミナルの様な場所で、そこには車や馬車が停留してある、たぶんバスと同じ感じだと思う。

 割合はまだ馬車の方が圧倒的に多い。


「マリアさん、今止まっているのは駅馬車と言います」

「駅馬車、つまり駅と駅の間を運行する馬車という事ですか?」


 ボクが興味深さそうに見ていると後ろから現れたロバートさんが説明してくれた。

 駅馬車、鉄道が普及する前に生まれた屋根付きの馬車で四頭の馬で牽引して旅客や貨物を乗せ運ぶ鉄道が整備される以前の人々の長距離の足であり、鉄道が整備された現在でも親しまれる、日本で言う所のバスと同じ存在だ。


 車は耐久性の関係から長距離の足としては活用されていなくてもっぱらタクシーとして近距離の足として活用されているみたいだけど、料金の割に走れる距離が短い事から金持ちが道楽で楽しむ乗り物という扱いで、利用するのも上流階級の人達だけみたいだ。


「これでも昔と比べれば幾分かマシになったんですよ、以前は走ってる最中に蒸気が漏れたり、突然の異常加熱で爆発騒ぎが起こったり、それはそれは大変な乗り物だったらしいですよ」


 しみじみとロバートさんは遠くを見ながら他人事のように語っているけど、あの目は実際に体験した人の目だ!そんな危険な乗り物で長距離の移動をしていたんだ。


 でも、停留所に止まっている車の中には屋根の無い車体が細長いオープンカーがあったり、世界史の教科書に出て来そうなレトロな感じの車があったりと見ているだけならとても楽しい。

 多少の危険は承知で乗りたくなる気持ちは分かってしまう、これって男特有の浪漫という物なのだろうか?


「マリアさんは車がお好きですよね?近い内に指南いたしましょう」

「指南ってロバートさん、ボクはまだ未成年ですよ?それに免許も無しに車に乗るなんて、無免許運転で逮捕されてしまいますよ」

「免許?何故、車を運転するのに免許が?」

「え?免許制度、無いんですか?」

「「……」」


 ボクとロバートさんはお互いに顔を見合わせ、間に沈黙の空気が流れ込む。

 もしかしたら、もしかしたらこれが廻者として初めての元居た世界と異世界との認識の齟齬かもしれない、そうか…ソルフィア王国には免許制度ないか……。 


「ふむ、ふむ、マリアさんが居た世界では車を運転するのに免許が必要だったのですね」

「はい、他にも―――」


 ボクはロバートさんに知っている限りの日本の車に関する事情を説明する。

 乗り物の種類に応じて免許があったり、免許を取得するのに試験を受ける必要があったり交通ルールを守らないと免許の取り消しがあったり、無免許で運転したら罰則があったりとまだこっちの世界に存在しない事を知り得る限りロバートさんに説明する。


 最初は不思議そうにしていたけど次第に理解が出来たみたいで頷いたり感心したり、飲酒運転に関しては「今すぐにでも導入すべきですね、やはり飲酒をすると判断力が鈍りますので」と激しく同意していた。

 一通りの説明を終える頃にシャーリーさんが手配していた迎えが到着した。

 大きな四頭立ての幌馬車が二台、紋章から察するにどうやらギルガメッシュ商会の人達みたいだ。


 馬車が到着したのを確認するとシャーリーさんが馬車に近付き、馬車から小太りの初老の男性が下りて来た。


「マリアさん、よく覚えていてくださいね、彼がギルガメッシュ商会の幹部の一人で次期会長とも噂されるノーマン・コルホーン氏です。とても人の好い御仁で知られているので、しっかりと愛想を振りまいてください」

「え?あ!はい……」


 愛想を振り撒くって…何と言うか、言われるとやり辛い。

 ボクがそう思っているとシャーリーさんとコルホーンさんは挨拶を始まる。


「ようこそ!王都ルインへ、お久しぶりですシャーロットさん」

「ええ、こちらこそお久しぶりですわ、コルホーン様」


 シャーリーさんはギルガメッシュ商会の幹部であるノーマン・コルホーンさんの出迎えに淑女の微笑みで答える。

 毎度の事だけど何と言いますか、これは一種の特殊技能だと思う。 

 ほんの数秒前まで興奮してお母さんと楽しそうに話していたのにノーマンさんが現れたら一瞬で、完璧な淑女の微笑みを顔に張り付けてしまった。

 特殊技能だと思う、というより特殊技能としか言いようがない。


「ぶふっ!」

「わっ笑わないでよ!良いじゃない!私だってお姉様みたいな淑女の振る舞いをしたって!!」

「いえいえ、あのお転婆娘がここまで完璧な微笑みを顔に張り付けるとは予想外だったので、つい…それでは改めてお疲れ様です、シャーリー」

「最初っからそれを言いなさいよ!」


 あ、どうやらコルホースさんはシャーリーさんととても親しい間柄みたいだ。

 知り合いのおじさんに良い様に揶揄われている、そんな感じだ。

 最初は綺麗に被っていた猫もコルホーンさんに揶揄われて脱げてしまって、シャーリーさんは素の顔で久しぶりの会話を楽しんでいる。


「さてマリアさん、荷物を下ろすのを手伝ってください。放って置くと商会の方々が物珍しさから運ばずに調べてしまうので、それに予定も詰まっていますので手早く終わらせますよ」

「はい、分かりました」


 二人の会話が面白くてつい見入ってしまった。

 ロバートさんに言われてボクはやるべきことを思い出し急いで駅員さんから荷物を受け取り、駅の入り口前に留めてある馬車の荷台にどんどん荷物を載せて行く、皆で総出でそれこそアストルフォが何で?と今でも疑問に思ってしまう器用さを発揮して荷物を載せて行ったからすぐに終わらせる事が出来た。

 途中、何度もギルガメッシュ商会の人達に「後でいくらでも見ていいですから!今は運んでください!」と何度も怒鳴ってしまった。

 そう言えばボク以外は使わない様な物も作って貰っているから、それが珍しいのかもしれない。


「マリア、そろそろお屋敷に向かうからこっちに来て」

「はい、お母さん今行きます」


 さて、これからボク達はシャーリーさんの実家のある貴族や裕福な商家の人が多く住んでいるという王都の高級住宅街へと向い、そこから…えっとシャーリーさん曰く「討ち入りよ!」を行う事になっている。

 で、駅のある港区を出発して大通りを抜け高級住宅街のある西住宅区に入ってから気付いたんだけど、後ろを警邏官さん達が乗った馬車が合流していた。

 数は三台で制服を着た警邏官さんが乗った馬車と誰も乗っていない馬車、あともう一台には兵隊さんが来ていた物と似た鎧を着た人達が乗っていた。


「あれは警務隊ですね」

「警務隊?それは一体何ですか?」


 ボクが質問するとロバートさんは教えてくれた。

 警務隊、中央警邏が誇る精鋭部隊で日本の機動隊に似た組織みたいだ。

 今回はオルメタが背後にいる事から要人を兼ねて小隊が出動してくれたらしい。

 そしてボクははっきりと理解した。

 討ち入りって比喩的な事だと思っていたけど本当に討ち入りなんだ。

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