6話 何度でも、決して慣れない事
「マリア、起きてマリア」
「お母さん?」
寝台車の石畳の様な硬いベッドが原因なのか珍しく、というより人生で初めてボクはお母さんに起こしてもらった。
何時もなら寝坊助なお母さんより早く起きて、ボクがお母さんを起こすのが日課になっていたから、最初は上手く頭が回らなくて状況を理解するのに時間が掛かってしまった。
「ええ、お母さんですよ」
「んん~…おはようございます、お母さん」
「はい、おはようマリア、今日も可愛いわ」
ガタン、ガタンという音と聞こえて来る蒸気機関の軽快な規則的な音から、どうやらまだ王都ルインには到着していないみたいだ。
「それじゃあマリア、すごい景色を見ましょうか」
「すごい、景色ですか?」
「ええ、すごい景色よ、ソルフィア王国で一番の名所よ」
「?」
ボクはお母さんに連れられて寝台車から展望車に移動する。
普通の客車よりも窓が広くて大きいから外の景色が良く見えて、取り付けられている座席も普通の座席よりも座り心地の良い革張りになっているという、とても豪華な作りをしている。
「マリア、あっちを見て」
「あっち…ふえ!?」
何あれ!?巨大な木のお化け!それとも特撮映画の巨大怪獣!
午後に王都に到着する予定になっているからまだまだ王都は遠い筈なのに、遠い筈なのにそれがはっきりと見える。
あれが、あれがソルフィア王国の象徴である世界樹イグドラシル。
小高い山の上に
その威容は東京タワーとかスカイツリーとか、見た事は無いけど絶対にそれ以上の大きさだ。
だけど驚きなのはそれだけじゃない。
世界樹も驚きだけど今、汽車が走っている場所だけどここは王国の中心部にある平野部だ、だから海岸線があるのはもっと南や東の方だ。
なら今、汽車が走っている場所はどういうことなのだろう?どう見ても海岸線を走っている、大きな船だって浮かんでいる。
ボクは興奮しっぱなしの頭を深呼吸をして落ち着かせると頭の中に入っているソルフィア王国の地図を思い出す、確か世界樹から流れ出る膨大な水と北部の狂気山脈から続く川の合流地点、東南部と南東部の間にある地中海へと続いて行く王国でも最大の湖、そうバルフート湖だ!
このバルフート湖を起点に中央部から東部や南部に運河が整備されているとシェリーさんが言っていた。
だけどすごい、思っていた以上に広い!海の様に広いと聞いていたけど海の見える街で育ったボクは海の様だというのは言い過ぎだと思っていたけど、うん、海にしか見えない。
「ふふ、装甲列車がマリアの思っていたのと違っていた所為で少し落ち込んでいたけど、この感じだと暴走一歩手前かしら」
「あっ!お母さん!ボクだって学習します、確かに…暴走ばっかりしてましたがちゃんと反省しています、なのでまた同じ様に暴走したりしません!」
「そうね、じゃあまた興奮して暴走したら、何をしようかしら?」
「え?何を、する気…ですか?」
「ふふふ」
お母さんは妖しく微笑みを浮かべる。
口は禍の元だって、今思い知りました。
「まだ眠っている他のお客様もいます、少し声が大きいですよ、ベアトリーチェさんにマリアローズさん」
「あ、ダンテスさんおはようございます」
「おはようございますダンテスさん、支度の方はもうよろしいのですか?」
「ええ、必要な物は全て纏め終わりました、後は挨拶を済ませるだけです」
準備って、王都はまだまだ先でダンテスさん達が下りるのも同じ駅の筈だからお別れ…お別れをするのはまだ先の筈だけど、だけどダンテスさんの顔はもう少ししたらお別れという顔だ。
「マリアローズさんにはまだ言っていませんでしたね、仔細は教えられませんが私達は一度、小隊本部に戻りそれから騎士団本部に出向しなければなりません、なので私以下三名はこの先のどこかの駅で隠れて下車しなければなりません」
「隠れてですか?」
「はい、事情は軍機なのでお話しできませんが第四小隊が本部として使っている施設は決して誰にも知られてはいけません、隊員が一人でも抜ければ施設を移転する程の徹底ぶりです、ですから例えマリアローズさんでも知られるわけにはいかないのです」
だから隠れて汽車を下りる。
何時、どこで降りたのかも分からない様に黙って文字通り煙の様に消える。
「マリア、悲しい顔…しない、また…会える」
「ふえ!?アデラさん!」
気付いたらアデラさんが後ろに!あとキルスティさんやセリーヌさんも、何時の間にボクの後ろに?完璧に気配を消していたのかもしれない、全く分からなかった。
「三人とも昔の感が戻りましたか?」
「当然、マリアのお姉ちゃんとして私もキルスティもアデラも恥ずかしくない様に鍛え直しましたから」
「そうですか、なら帰還したら休暇無しで即時次の任地に赴きます」
「少佐それって……」
「既に作戦は開始されていると副長より報告を受けています、全く忙しない事ですが今までのツケが纏めて来たと思いましょう」
ダンテスさんやキルスティさん達の顔が一気に険しくなる、今までの気の優しいお姉さんの顔から精鋭無比の軍人の顔に一瞬で変わった。
アーカムで起こった様な事が他の領でも起ころうとしているのかもしれない。
「ごめんねマリア!」
「ふえ!?」
急に大きな声を出さないでくださいキルスティさん!あああ、驚いた。
「せめてマリアが病院に行くまではって少佐にお願いしようと思っていたけど、ごめんね…私達は……」
「分かってますよ、三人とも本当はもっと早く戻っていないと行けなかったんですよね?それなのにここまで一緒に居てくれて……」
これから、これからたぶんとても大変で危険な任務に行く筈だから、笑って見送らないと…でも、やっぱり分かれるのは辛い。
故郷のアーカムを旅立って、ようやく悲しい気持ちが薄れていた所に家族と離れ離れになる、覚悟はしていたけどとても辛い。
胸の所が締め付けられる様でこれが胸が痛いという感情なんだ。
知らなかった、こんなに辛くて痛いなんて知らなかった。
アレックスやグリンダの時と別の感覚だ。
でも、だから、笑って見送るんだ。
だって今生の別れじゃないんだから、また会えるから笑って見送る!
「今まで一緒に居てくれてありがとうございました、これからとても大変な事ばかりだと思いますが、お体に気を付けてください」
ボクはお辞儀をして出来るだけ笑顔を心掛ける、気を抜くと泣いてしまいそうだ。
「マリアローズさんもお体に気を付けてください、それと任務が終われば無理矢理にでも休暇を取得して顔を出しますのでご安心を」
「うん…マリアの、優しいご飯…また食べに行く……」
「ご飯って…まあ、私はキルスティやアデラみたいに気の利いた事は言えないから、またね、どうせすぐに会いに行くから」
「もう!二人共真面目に…マリア、色々と大変な日々が始まると思いますが貴女も自分の体をしっかりと気を使ってくださいね?」
「はい!」
それから少ししてダンテスさん、キルスティさん、セリーヌさん、アデラさんの四人は最初から居なかったかの様に姿を消していた、どの駅で降りたのか全く分からなかった。
煙の様に一瞬で、気が付いていたら居なくなっていた。
ボクは四人が無事に任務を遣り遂げる事を祈りながら王都ルインに到着した。
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