5話 マリアローズ7歳、人生初の汽車の旅

 機関車は黒い煙を噴き上げながら上機嫌でレールの上をずんずん進んで行く。

 車窓からは田園風景が見えたり、名前も分からない小高い山や小さな湖が遠くに見え、山を貫く長いトンネルや川の上を通る橋の上を走り抜く、景色は矢継ぎ早に変化して行きもう少し見ていたかったと思える景色があったりして生まれて初めての汽車の旅をボクは満喫している。


 ちなみにボクは今、ダンテスさんの膝の上に移動しています。

 7歳になりそれなりに重くなったと思うんだけど同年代と比べて小柄な所為か、とても軽いみたいでボクが膝の上に乗っていても全く苦ではないらしい、汽車に揺られて何時間経ったのだろうか?その間、ボクは代わる代わる誰かの膝の上に座っている。

 本音を言えば少し恥ずかしいけど、でもこんな風に誰かと一緒に過ごす楽しい時間はとても好きだ。

 だから恥ずかしいのは我慢してこの楽しい時間を楽しまないと!


「ダンテス、何時からそんなにマリアちゃんに懐かれたの?」

「少し前に話し合ってお互いの理解を深めただけです」

「……脅した?」

「怒りますよ?男爵家令嬢相手でもやる時はやりますよ、私は」

「お二人共!喧嘩は無しの方向で!」


 さっきから些細な事でお互いに喧嘩腰になってるよこのお二人!

 あと何でシャーリーさんとダンテスさんは仲が悪いのだろう?

 お母さんやリーリエさんとは普通に仲が良いのにシャーリーさんに対してはとてもツンツンしている、シャーリーさんもダンテスさんに食って掛かる様にな事ばかり言っている。

 性格の不一致というのだろうか。


「大丈夫よマリアちゃん、この頭でっかちに脅されてもこの!シャーリーお姉ちゃんが守ってあげるから」

「気を付けなさいマリアローズさん、この女はこの笑顔のまま平然と毒を盛る女なので」

「いや!だから!喧嘩しないでください!」


 今にも殴り合いが起きそうな険悪な空気がシャーリーさんとダンテスさんの間に流れている、さっきから殺気を飛ばし合ってるから普通に怖い!

 それと何で仲が悪いのに隣に座ってるの?

 ボクが二人のバチバチと火花を散らしながら睨み合う姿に困惑しているとロバートさんが現れて二人の間に割って入る様に話し掛ける。


「はっははは、本当に仲が悪いですね、まあそれは置いといてそろそろ昼食の時間になりますが、食事は食堂車で?」

「……いえ、この人数で押しかけたら迷惑になります。そうですね、何か片手で食べられる様な物、サンドイッチなどを人数分お願いします」

「かしこまりました、それでは……」


 ロバートさんは周囲を見渡す。

 人数分となると量があるから一人では運びきれない、あと2,3人は必要だと思うけどキルスティさん、セリーヌさん、アデラさん、ララさんの四人はポーカーに夢中になっていて、シェリーさんはお昼寝中だ。

 それだと残っているのは……うん、ここは駄目元で言ってみよう。


「あの!ボクにも手伝わせてください!」

「マリアさんがですか?ふむ、ふむ……」


 あ、うん、少し前に暴走したばかりだから信用されていない。

 ボクがそう思っているとダンテスさんが「なら、私も一緒に行きます」と言ってくれたからロバートさんも「そうですか、貴女が一緒なら問題ありませんね」とOKを出してくれた。

 そしてボクは頑張って自分の衝動を押さえないとこのままでは、色んな意味で信用を失ってしまう。

 ボクは改めて自制心を持つ事を心に誓った。



♦♦♦♦



 前にロバートさん、後にダンテスさん、そして間に挟まれてボクという並びで食堂者の中に入る。

 ボクが興奮して走り出しても即座に拘束できる様に、アストルフォは動物という事から食堂車への立ち入りは控えた方が良いという事でお留守番中である。

 食堂車の中は…あれ?椅子が少ない。

 カウンターテーブルの中に焜炉や冷蔵庫とか簡単な調理施設はあるけど、カウンターにも反対側の窓際に、進行方向に平行に設置されているテーブルにも椅子が無い、何でだろう?


「どうやら、簡易食堂の様ですね」

「簡易食堂ですか?」

「ええ簡易食堂です、またの名をビュフェとも言います」

「びゅふぇ?」


 びゅふぇ…びゅふぇ……ううん、全く分からない。


「マリアさん、ビュフェとはテーブルに並べられた料理を各自が取り分けて立食する食事の事を言います、そして簡易食堂もまたこの様に各自が好きな物を頼み立食するか座席に持って帰るか、なのでビュフェなのです」

「成程」


 ボクが疑問に思っているとロバートさんがすぐに教えてくれた、つまりビュフェの様に立食する事を前提にした簡易食堂だからビュフェなのか。

 ボクが理解したのを確認するとロバートさんはカウンターに近付く。

 カウンターの中では制服を着込んだ乗務員の女性達がお湯を沸かしながらカウンターの中で雑談している、お客さんはどうやらロバートさんとダンテスさん、そしてボクの三人だけみたいだ。

 これなら皆で来ても問題ないと思う。

 ダンテスさんもお客さんがいない事を確認すると食堂車を出て皆を呼びに行き、ロバートさんは料理の注文をしにカウンターに近付いて乗務員さんに声を掛ける。


「注文してもよろしいですかな?」

「え?あ、はい!何にされますか?」

「そうですね、ではこの特製バケットサンドを…二十個お願いします」

「に、二十!?」


 数を聞いて驚く乗務員さん達、当然の反応だ。


「ぷっ!さんざん暇だってぼやいていたら一気に忙しくなってるわよカリーナ」

「煩いわよエミリー、人をおちょくってる暇があったら仕事した仕事!」

「はいはい、それじゃあ食糧庫にバケットの追加取って来るわね」

「お願いね」

「では代金を」


 ロバートさんからお金を受け取ると乗務員さんは手早く料理を始まる。

 バケット、フランスパンみたいなのを三等分にして横から切れ目を入れ、下面にバターを塗り厚切りのベーコンと適度な大きさにスライスしたチーズ、瑞々しいレタスとトマトここまでは普通だけど、乗務員さんは何やら冷蔵庫からピンク色のソースを取り出してバターを塗った反対側の面に塗って行く。

 見た感じはマヨネーズに似た粘度だ、うん、とても楽しみだ。


 バケットを取りに行った乗務員のエミリーさんが大量のバケットを抱えて戻って来る。

 ん?何でボクを凝視しながら立ち止まっているんだろう。

 表情も衝撃的な、それこそ珍獣を見つけた様な顔をしてる。


「本当に…実在した、なんて……」


 え?実在?何が?


「エミリー何してるの?持って来たなら早く……え?嘘、え!?本当にいたの!」


 あれ?こんどはカリーナさん?までボクを見て驚愕の表情を浮かべている。

 いや、本当に何で?誰か説明して!


「何やらマリアさんを凝視されていますが、どうかされましたか?」

「え?あ!すいません!大変な失礼を!」


 ロバートさんに聞かれてカリーナさんは我に戻って謝罪をした後、エミリーさんと一緒に途中辞めになっていたバケットサンド作りを再開する。

 ううん、一体何だったんだろう?ボクを見るなりあの反応だ。

 まるでツチノコかヒバゴンを見つけた様な表情だった。


「ううん……」


 分からない、そんな反応をされる事に対して思い当たる節が全くない。

 ボクがそう思い悩んでいるとダンテスさんが戻って来て昼食を食べる場所に変更は無いという事だったから出来上がったバケットサンド受け取ってボクは皆の所に戻る。


 途中、他のお客さんとすれ違ったのだけど何でだろう?その人もボクを見るなり驚愕の表情を浮かべていた。


「それはきっとマリアちゃんが可愛いからよ!」


 と、シャーリーさんは言っていたけど本当にそれだけなんだろうか?

 ……まあ、いいかな。

 今はこのバケットサンドを食べる事を優先しないと!


 あのピンク色のソース、味はマヨネーズを基本に色んな果物や野菜の味や香辛料の味が複雑に混ざり合ったクリーミーなソースで、何となくだけどサウザンドアイランドドレッシングに似ていた。

 それがシャキシャキのレタスと果汁溢れるトマト、食べ応え十分の厚切りベーコンに癖の少ないスライスされたチーズと合わさると止まらない美味しさだ!

 これで三つ目だけどまだまだ食べられそうだ。


「これだけ食べても、母娘揃ってあの体型……」

「ダンテス、考えたら負けよ……」


 ボクの食べている姿を見て驚愕しているダンテスさんと何か諦めた表情のシャーリーさんは特に気にしなようにして、ボクもお母さんも特製バケットサンドをレールの上をずんずん進んで行く蒸気機関車の様に美味しく食べて行く。


「食べながらで聞いて欲しいのだけど、本当なら今は寝台列車に乗っている予定だったのだけど、どうやら馬賊が出没する様になったみたいでその関係から一部路線が封鎖されているの」


 シャーリーさんの一言でどよめきが生まれる、馬賊…馬賊って何だろう?

 どこかで聞いた事があるけど何だったかな?

 ボクが思い出そうと悪戦苦闘しているとリーリエさんはシャーリーさんに質問する。


「馬賊っつーとあれか、東から流れて来た人間族が組織した強盗団だろ?」

「ええ、そうよ。その強盗団が出没しているの」


 成程、強盗団の事だったのか。


「だから安全を考えてコンスタン領ロバンから臨時で軍用鉄道から王都行の便が出ているから、それに乗り換えて王都に行く事になったわ」

「分かりました。それでシャーリー、その軍用鉄道は本当に安全ですか?」


 副女将さんはシャーリーさんに本当に安全なのか確認をする。

 するとシャーリーさんは不敵な笑みを浮かべる。


「ふっふっふ、本当に安全か?ですって、当り前よ。何せ、試作とは言え装甲化された列車に乗るのだから!」


 誇らしげにシャーリーさんは言った。

 装甲化された列車、つまり装甲列車って…確か、ええと、はっきりと覚えていないけど確か…大砲とか付いてる列車だっけ?え、それって…ええええ!?乗るの?乗れるの?乗っていいの!

 何だろう、すごくワクワクする。

 ボクは思わず興奮してしまう。

 だって、心は何時までも男の子だから!


 と、興奮していたボクはロバンに到着して意気揚々と興奮して暴走しない様に気を付けながら軍用鉄道のある、ロバン東駅に向いそこで現実は非常だと思い知らされた。

 どうしてかと言うと……。


 普通の蒸気機関車と殆ど変わらないじゃん!少しボイラーの所や運転室がゴッツくなっているだけの普通の機関車じゃん!どこが装甲列車なの!!

 それに機関車から後ろは普通の、と表現するのは間違っているかもしれないけど軍用列車ではなく普通の客車だ、すごくバランスが悪くて不格好だ!

 ボクは盛大に裏切られた気持ちになってエルベから上がりっぱなしだったテンションはここで一気に急降下した。

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