8話 それは痛快な復讐劇
高級住宅街と聞いてボクはてっきり、テレビとか特集される海外セレブが住んでいる豪邸が建ち並んでいる高級住宅街を想像していたけど、どうやら違うみたいだった。
そもそも王都の土地の値段はとても高い、そして家を建てるのにもとてもお金が掛かる。
王都に住んでいる人の多くが賃貸の集合住宅に住み、お金に余裕のある人は平屋の一軒家を借りるのが普通で、土地を含めて2,3階建ての一軒家に住めるのはとても裕福な名家に限られる。
貴族と言っても誰も彼もがお金持ちという訳ではない。
だから王都に住む準爵や男爵と言った下位の貴族は一つの建物を中央で仕切った二世帯住宅や、普通に集合住宅に住んでいるのが普通だ。
だからなのか、この高級住宅街は二つの区画に分かれている。
伯爵家といった上流階級の人が住む大きな庭付きの豪邸が集まっている区画と、出来るだけ建築費を安く抑える為に殆ど同じデザインでまとめて発注して建てられた邸宅が建ち並ぶ区画の二つだ。
シャーリーさんのお家があるのは後者で唯一の王都で土地を持っている男爵家だ。
リンドブルム家は古くは武官家として多くの将軍を輩出した名門一族で旧外戚貴族という王国が建国された後に渡って来た人達を祖先に持ち、その中でも特に多くの武功を上げた事から男爵家筆頭とまで言われいた。
ただ今の当主代行、つまりシャーリーさんのお父さんでジョージ・リンドブルムが不祥事を起こし続け、シャーリーさんのお母さんが女性初の海軍中将に上り詰めた輝かしい功績にも泥を塗って、今では旧外戚貴族の面汚しとまで言われている。
そんなシャーリーさんの実家を前にボクが思うのはこれで中堅貴族の邸宅…日本だと豪邸に分類されると思うよ?
半地下一階のある三階建て、左右に柵で囲まれた堀のある階段を少し上がった所が一階になっていて外観は隣の建物と一緒で余分な装飾は無い代わりに、シンプルだけど単調じゃなく、設計した人の美学がしっかりと出た立派な家だ。
うん、絶対に日本だと豪邸に分類される家だ。
ボクは呆然と馬車の中からシャーリーさんの実家を眺めていると警務隊の人達が盾を構えて邸宅の出入り口を固め、その後ろでは警邏官さん達が突入に備えて待機している。
全ての準備が整ったみたいだ。
「さてと行きますか」
そう言ってシャーリーさんは立ち上がり、左右に女将さんとロバートさんを引き連れて馬車から下りると盾を構える警務隊の人達の正面に移動する、すると少し立派な服を着た警務官さんが部下を引き連れてシャーリーさんと対面する様に前に出る。
確かあの腕章の形は警部さんだったと思う。
仁王立ちするシャーリーさんの前に出た警部さんは声を張り上げる。
「リンドブルム家当主代行、ジョージ・リンドブルム準爵に対して脱税及び収賄、並びに犯罪組織オルメタに対する協力などの疑いにより逮捕状と捜索令状が出されている」
警部さんが罪状を言い上げると同時に脇に控えていた部下の二人が二枚の紙をシャーリーさんに見える様に掲げる、それを確認したシャーリーさんは冷たい獰猛な笑みを浮かべて「拝謁しましたわ、ではどうぞ」と言って、恭しく礼をして階段の前から離れる。
シャーリーさんが階段から離れると待機していた警邏官さん達が一斉に動き始まる。
「では、よろしいですね?」
「ええ、盛大にやっちゃってください!」
「では、突入!」
警部さんが号令を出すと先頭に立っている警務官さんがドアを蹴破った!?え!?いいの?すごい壊れ方をしたよ、ドアが粉々になってるんだよ!
ボクは衝撃的な光景に驚きつつも馬車から下りてシャーリーさんの隣に移動する。
その間にも警邏官さん達は雪崩の様に次々と邸宅の中に突入して行く。
最初は中から悲鳴や怒鳴り声が聞こえていたけどガラの悪い使用人の人達が次々と連行されて行くと、次第にその声は小さくなって行く。
「さてと、そろそろね」
シャーリーさんは懐中時計で時間を確認すると邸宅の中に入って行く。
「それでは皆さん、私達も突入と行きましょう」
腰に手を当ててシャーリーさんはそう宣言してボク達は邸宅の中に突入した。
♦♦♦♦
ジョージ・リンドブルム準爵は一階の奥にある書斎に隠れていた所を突入して来た警邏官さんに取り押さえられ、今は手を縄で縛られた状態で椅子に座らされている。
シャーリーさんはそんな自分の父親を冷たく、何か汚い物を見る目を向けている。
「お久しぶりですね、お父様」
「シャーロット!?貴様、これは一体どういうことだ!」
どうやら状況を理解する事が出来ていないみたいだ。
そんな自分の父親の様子を見てシャーリーさんはより一層、冷たい眼差しでジョージを見て、状況の説明を相手の神経を逆撫でる様に始まる。
「これは一体?決まっているでしょう、今までの悪事を包み隠さず余す事無く暴露したの、ああ、あとリンドブルム家も返して貰います、家督はラッセに継がせて―――」
「ふざけた事を抜かすな!!」
ジョージはシャーリーさんが言葉を発すると同時に顔を真っ赤にして飛びかかろうとして、脇に控えていた警邏官さんに即座に取り押さえられ床に押さえつけられる。
ボクもシャーリーさんを守る為にジョージの前に立ちはだかる。
「リンドブルム家は私の物だ!それを貴様!ええいクソ!離せ!!」
「相も変わらず、お母様が亡くなってから本性をお出しになられた時は心底…自分の体に流れている血を一滴残らず抜き取りたくなりましたわ」
シャーリーさんは吐き捨てる様に言った言葉、そしてその気持ち、嫌という程…分かる。
ボクもこの体にバウマンの血が流れているというだけで今すぐ、自分の喉を掻き切って一滴残らず血を抜きたい衝動に襲われる事がある、変える事が出来ない自分の出生…そうか、シャーリーさんがボクに優しいのは同じ苦しみを味わい、そして同じ気持ちだからだ。
父親が、憎い。
「ねえお父様、何で私がこんなに愉快に笑っているか分かりますか?」
「知る訳が無いだろう!父親を売る娘の気持ちなぞ!」
こいつ!
頭に血が上っていた。
父親を売った?先に自分が娘を売っただろうが!
振り上げた拳をロバートさんに掴まれて、ボクは正気に戻ることが出来た。
「いけませんよマリアさん、父親に苦しめられ続けた貴女には彼女の気持ちが痛い程、いえ自分の事の様に思えるでしょうが今は私達が出る幕ではありません…下がりなさい」
「……はい」
ボクは後ろに下がる。
また同じ様に怒りに任せた行動を取ってしまいそうだったから、まだボクは自分自身の感情を全く制御できていない。
「ふふふ、良かったですねお父様、もしもマリアちゃんが居なかったらきっと私が考えられる最も痛快で愉快で…冷酷な手段を用いて復讐を遣り遂げていたと思いますから、ですがそれだと同じ苦しみを背負うマリアちゃんに悪い見本を見せる事になる」
シャーリーさんはそう言うと床に押さえつけられているジョージを起こして椅子に座り直させる。
「それでいい、それでいいのだシャーロット、さあ私が無実だと―――」
「勧善懲悪!鉄拳制裁!」
シャーリーさんはそう叫んでとても腰の入ったストレートをジョージの顔に打ち込んだ。
ああ、椅子に座りなさせたのは和解とかそういうのじゃなくて倒れたままだと殴り辛いからだったのか……。
「いいマリアちゃん、こういう馬鹿はね言っても分からないの、だから殴っちゃいなさい!外道に慈悲は必要なし!」
「シャーリー!マリアに変な事を教えないで!」
「いいえお姉様、そもそもお姉様もマリアちゃんも優し過ぎなのです!世の中は困った時は暴力こそ物を言うの!」
「いいえ違います違うわ!確かにこの人は殴られて仕方ないと思いますが、でも暴力で何でも解決というのはとても、とても悪い考えよ?」
さっきまでとってもシリアスな空気が流れていたのに、気付いたら何時もの調子でシャーリーさんが真面目な空気をぶち壊してしまった。
後ろでは顔を殴られ止めどなく鼻血を流しながら気絶するジョージ・リンドブルム。
突然、空気が一変してついて行けない警邏官さん達。
何時もの調子を発揮したシャーリーさんに呆れる女将さん達。
それを愉快そうに見るロバートさん。
こうしてシャーリーさんの復讐劇は幕を閉じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます