20話 突撃!リンドブルム嬢

「お姉様、一緒に暮らしましょう!」


 早朝、何時もの様にお母さんと一緒に朝の身支度をしているとシャーリーさんが部屋に入って来てそう言った……え?いや、その、今じゃないと駄目なのかな?お母さんはまだ寝惚けていて満足に会話が出来ないんだけど……。

 それに普段は副女将さんみたいに鉄面皮なのに今は何か、とても興奮した顔になってますよシャーリーさん、


「南部に移住されると聞きましたが今の南部は政情が不安定な領地が多く、今後も宰相閣下が色々と工作をされるとおっしゃっていました。再びアーカムの様な事が起こるかもしれません、ですので!私と一緒に王都へ行きましょう!王都は水の都にして豊穣の都、さらに子育ての支援も充実しております、さあ!一緒に暮らしましょう!!」


 シャーリーさんはお母さんが寝惚けているのをいい事にお母さんが「はい」と言う様に怒涛の言葉攻めをしている。


「シャーリーさん!お母さんはまだ寝惚けているので少し待ってください」

「マリアちゃん、だからよ。普段のお姉様だったら断られるかもしれないけど、今なら快諾する話」

「……それ、犯罪ですよね?」

「さあ?露見しなければ犯罪じゃないわ」


 いや、娘の前だよ!

 と、ボクがどうやってこの弾丸特急の様なシャーリーさんを部屋から追い出すか思案しているとダンテスさんが入って来てシャーリーさんの後ろ襟をつかんで持ち上げる。


「何すんの!離しなさい!」

「離しません、それとベアトリーチェさん、この馬鹿はこんな事を言ってますが一番の目的はマリアローズさんの治療の為です」

「それは本当?」


 ダンテスさんの話を聞いたお母さんは目を覚ましてシャーリーさんとダンテスさんを見る。さっきまで寝惚けながらボクに櫛で髪をとかされていたのにだ。


「それは本当なの?シャーリー」

「はい、そうです」

「馬鹿ですよね本当に昔の様に一緒に暮らしたいけど、子供を理由にしたくないとか言って自分の欲望を前面に押し出すとか、普通に断られると思わないのでしょうか?」

「煩い!」


 そう言ってダンテスさんの腕を振り解いてシャーリーさんはボクの前に来る。


「マリアちゃんの火傷は普通なら命に関わりますただ、おじ様譲りのお祖父様譲りの回復力で少しずつ治って行っていますが、このままだと完治しても確実に跡が残ります」

「ええ、お医者様にもそう言われました……」


 全てが終わった後にもう一度お医者様にボクの顔の火傷を見てもらったけど、どうやら相当酷い火傷みたいで完治こそするけど絶対に跡が残ると言われてしまっている。

 目は幸い失明は免れたけど視力は落ちると言われている。


「ですが、王都なら治療が可能です。王都には国家魔導士の医師がいます、その人なら必ずマリアの顔に火傷の跡を残さずに完治させる事が―――」

「シャーリー、貴女の提案を私は受け入れるわ」


 シャーリーさんの提案を聞いたお母さんは二つ返事で、即座に、迷う事無くその提案を受け入れた。

 そして振り返ってボクの目を真っ直ぐ見る。


「マリア、もしかして自分の事は後回しでもいい、顔に傷が残ってもいいなんて思ったでしょう?」

「ふえ!?」


 お母さんにそう言われてボクはギクッとしてしまった。

 今までお母さんはボクの事ばかり優先してくれたから今度はお母さんのことを優先して欲しかった、自分の生まれ故郷で静かに暮らすという選択をして欲しかった。

 治療費だってとても高い筈だ、だからボクの事は後周りにしても良いとボクは思っていた。

 でも、その目は、ボクを真っすぐ見るお母さんの目は異論を認めないという目だった。


「分かりましたお母さん……絶対にこの火傷を綺麗に治す為に努力します」

「はい、それでいいのよ、それじゃあお願いねシャーリー」

「ええ、お姉様。それとマリアちゃん、治療費に関しては宰相閣下に必要経費として申請したので問題ありませんよ、あと扉の外で話を聞いている人達にも用事があるので入って来てください」


 シャーリーさんがそう言うと女将さん達が部屋に入って来る。


「それで用事ってのは何だい?」

「皆さんを、ああ、と言っても中隊に戻られる方以外ですがまとめて雇用したいと思いまして」

「はあ!?まとめて雇うだぁ!?」


 シャーリーさんの言葉にリーリエさんが驚いて目を丸くする。

 そんなに驚く事なのかな?確かに全員を雇うというのは驚きだけど、ボクとしてはこれからも皆と……キルスティさん達とはお別れだけど、それでも一緒にいられるならとても嬉しい。

 それに聞いた限りだけどシャーリーさんは貴族だ。

 貴族なら大勢のメイドを雇うのは普通だと思うけど?。


「言っとくがあたしは確かにこんな礼節もなってねぇ喋り方だけどこれでも段位持ちだ、それに女将や姉さんに至っては練士以上、女将だけども普通の級位持ちが軽く10人は雇える、それこそ段級位を持ってねえ奴なら軽く倍以上だぞ?」


 わお!?え?もしかしてメイド道を習っていないメイドさんもこの世界にはいるの?

 知らなかった、それなら確かにまとめて全員雇うという事がどれだけ凄い事か分かる。


 言うなれば特殊技能を身に着けて人を雇う事と一緒だ、その人の技術に対して適正な給料を支払わないと雇えない。

 女将さんは確かメイド道で七段の上に教士という称号を持った凄腕のメイドだ。

 副女将さんは三段だけど練士の称号を持っている。

 つまり二人を雇うだけでも普通のメイドさんが100人単位で雇えることになる。

 リーリエさんが驚くのも納得だ。


「それに関しては問題ありません、なにせバウマンの国内資産の8割は報酬として貰っていますので全員を雇って10年は軽く遊んで暮らせます、当然、ボーナスも込みで」


 絶句だった。

 本当に絶句だった。

 あれ程までにボクやお母さんを苛んでいたバウマンがここに来て良い意味で絡んで来た。

 でもだとすると、それこそ何で全員を雇う必要があるんだろう?

 女将さんか副女将さんのどちらかだけにしていれば相当、お金が浮く筈なのに……つまり、どちらかじゃなくて両方共を雇う必要があるっていう事かな?


「成程ね、シャーリー、あんたの狙いは私かい?」

「ええ、元近衛騎士団第三中隊中隊長、史上最強と謡われるメイドの一人にして先の争乱で避難民300人を一人で守り切った伝説を持つベルベット・キャンベル、戦闘を除くという条件下で最高峰と謡われるアグネス・モンターク、誰にも雇われていないのなら逃す理由はありません」

「で、他の子達は?」

「愚問ですよ、陸軍でも屈指と謡われた遊撃戦の名手であるララ・フゥベー、諜報員としてグレートアルビオン及びブリタニア連合帝国に潜入してアイアン・クイーン号撃沈に貢献したシェリー・ハミング……雇わないという選択肢は、最初からありませんよ」


 すごいと思っていたけど、ボクが思っていた以上に凄い人達だったんだ。

 ちょっとかん……あれ?誰か忘れている。

 ボクがそう思うとリーリエさんがシャーリーさんに掴み掛る様に詰め寄る。


「あたしは!?」

「ああ、忘れていたは、ええと確か、そうそう手癖の悪い主人を鉄拳制裁、粗暴な言動に反して仕事は丁寧なリーリエ・モンターク、お菓子作りなら王都の大会で入賞経験あり」


 褒めてるのか、貶しているのか判断が難しい評価をシャーリーさんは口にする。

 それを聞いたリーリエさんは怒るべきか我慢するべきか葛藤している、副女将さんが宥めた事で何とか爆発せずにすんだけど、シャーリーさん、遊んでませんか?


「それでシャーリー、あんなたが私等を雇う理由は分かった、次は目的さね、内容によってはベティーが何と言おうが断るよ?」


 女将さんはそう言って腕を組んでシャーリーさんを睨む。

 女将さんは皆のお母さんの様な存在で淑女の酒宴という家族の家長だ、だから皆が危険な事に巻き込まれない様に少し厳しくシャーリーさんを問い詰める。


「簡潔に言いますと、父に誅罰を下します」


 シャーリーさんははっきりとそう言った。

 誅罰って、そう言えばシャーリーさんはお母さんより年下で、まだ未成年だ!

 それだとまだ学園に通っている歳だ、それなのにバウマンに嫁入り……でもそれって宰相さんからの依頼じゃなかったっけ?


「私をバウマンに売り渡した!リンドブルム家を傾かせた!亡きお母様の顔に泥を塗りたくり続ける馬糞に!私はこれから誅罰を下しに行くのです!」


 ああ、そう言う事だったんだ。

 つまりシャーリーさんのお父さんがバウマンにシャーリーさんを差し出し、秘密作戦を行っていた宰相さんが事情を説明してシャーリーさんに協力してもらって、という事みたいだ。

 そしてシャーリーさんはこれから自分をバウマンに売り渡したお父さんに復讐しに行くって事みたいだ。


「宰相閣下にもあの男に私が誅罰を下す事を許可してくださったわ!王都に帰還後に警邏官を引き連れて家に戻り、そしてあの男を縛り首する!その為にも戦力が欲しいの!」

「……これは困ったね、オルメタの残党掃討なら協力するのは問題ないさね、だけど二人が巻き込まれるのは避けたいね」

「それに関してはご安心を、宰相閣下には二人の身の安全を確約して頂いたので」

「よし、それなら問題さね、これからよろしく頼むよ」

「ええ、交渉成立です」

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