21話 グリンダとマリアローズ

 あの後、話はとんとん拍子に進んで行った。

 そして本当なら来年、ボクの火傷が落ち着いてから南部に移住する予定だったけどシャーリーさんに雇われる事になったからシャーリーさんと一緒に一週間後、王都に移住する事に決まった。

 決まったんだけど、うん、グリンダが怒ってしまった。


 まだ一緒にいられる予定だったのが一週間後には街を離れるという事になって、その事を説明したんだけど話を聞くなり「話が違う!」と怒ってしまい、それ以来、グリンダはボクから隠れる様になってしまった。

 別れの日まで一緒に思い出を沢山作りたかったけど、あっと言う間に一週間が過ぎてしまい今日はその当日だ。



♦♦♦♦



「これって……」

「ええ、そうですよマリアさん、最新の蒸気自動車です、これに装甲などを施したのが軍用車両として使われています、なので馬力は現行の車両の中で最も高い」


 お店の前に止まっている蒸気自動車を見てボクは感嘆の声を上げてしまい、それを聞いたロバートさんは誇らしげに説明をしてくれた。


「チャーリー&ロビン社のバンデル3型と言います、昨今増えつつある自動車メーカーの多くが先進的なデザインに傾倒する中でも無骨なデザインで有名です、美とは突き詰めた先に後から着いて来るという思想で設計されていますので、実用一辺倒なタフな車です」

「おおぉ……」


 ロバートさんの言う通りだ。

 無駄な、それこそ必要あるのかな?と疑問に思ってしまう様な出っ張りや装飾は一切ない代わりに車体全体から発する頑強さを感じさせるデザイン、テレビで見た自衛隊で使われているトラックに似た感じだけど、はっきりと言える事はただ一つ。


「カッコいい!」

「はっはっは、分かりますか?このカッコよさが!」

「はい!すっごくカッコいいです!」


 とても、とてもカッコいい!

 その後ろにはバンデル4型という荷台を取り払ってバスみたい改修にした車も止まっている。

 何と言うか、今まで馬車ばかりみていたから改めて車を見ると、とても新鮮だ。


「まずはこれに乗ってリューベーク領に移動して、そこから列車に乗って王都に向かいます、そう言えばマリアさんは列車に乗るのは初めてですよね?」

「はい!すっごく楽しみです!」


 正確に言うと蒸気機関車に乗るのが初めてだけど。

 近くの商業高校の前や隣の市に展示はしていたけど実際に動いている蒸気機関車に乗るのは初めてだ、それとソルフィア王国の蒸気機関は薪や石炭を燃やしてボイラーを温める地球とは違い、魔石を使ってボイラーを温める蒸気機関だ。

 だから構造がボクの知っている物とまるで違う。

 だからより一層、楽しみだ!


「それよりもマリアさん、グリンダさんとは仲直りは出来ましたか?」

「……それが、まだ出来ていないんです」


 ロバートさんに言われて興奮していたボクは冷静になる。

 そう、グリンダにちゃんとお別れを言えていない。

 何度も会いに行ったけど逃げられてばかりで話が出来ていない。

 話したいことがいっぱいあるのに、時間はもうそんなに残っていない。

 荷台に荷物は載せ終わった、あとは忘れ物が無いかの確認と常連の人達への挨拶だけだ。

 時間の猶予はもう殆どない。


「悔いは残さない事をお勧めしますよ」

「ロバートさん?」


 急に真剣な声でロバートさんは話し掛けて来た。


「また会えるから、そう思って悔いを残したまま行くと何故か再び会えぬことが多いもの、ですから立つ以上は跡を濁さずに行きましょう」

「……はい!時間までには帰ります!」


 ボクは走った。

 後悔は残したくない。

 ちゃんとお別れを言って行こう。

 今生の別れにはしない為に、また会う為にボクはグリンダにお別れを言う。



♦♦♦♦


 

 グリンダは今、領主館にアッシュさんと一緒に住んでいる。

 当面はバウマン一派の残党からの襲撃を警戒して領主館で匿われているのだ。

 館はまだバウマンが領主だった頃の名残でとても下品な内装をしている。


 趣味の悪さが滲み出た貴族の館という感じで、とても役所には見えない。

 内装は金銀や宝石を使い過ぎた装飾品が至る所に置いてあったり、急に無駄に派手な壁紙に変わったり絨毯が原色だったりしている。


 それでも装飾品の多くに『売約済み』という札が張られ、壁には近い内に大規模な改装工事を行って領役所に相応しい内装に変わると張り紙に書いていたりしている、部屋のあちこちに急ごしらえの看板が立てられていて、そこには『領民課』や『税務課』と書かれている。


 ボクは走りながら少しずつ街が平和になったんだと実感できる変化を見つつ『廊下は走らない、早歩きまで!』と書かれてた張り紙を無視してグリンダの部屋に直行している。

 女将さんに頼んで時間を延ばしてもらったけど護衛に付いてくれる兵隊さんの予定もあるから後10分以内に戻らないといけない!


「グリンダ!聞えますか?返事をしてください!」


 部屋の前について扉を叩いたけど中から返事はなかった。

 ああもう!こんな時に!何でここまで怒るのかな!


「あれ?マリアちゃん、どうしたんだい?」


 ボクが苛立ちながら扉を叩いているとアッシュさんが現れる。

 どうしたって、貴方の娘さんに会いに来る以外にボクがここに来る理由はないと思うけど……ええい!ここはアッシュさんにも協力してもらおう。


「アッシュさん!グリンダに話が合って来たんですが開けてくれなくて!」

「グリンダが?まだ拗ねているのかあの子は……」


 アッシュさんは呆れんながら扉を叩いてグリンダの名前を呼ぶ。


「グリンダ!出て来なさい!もうすぐマリアちゃんは王都に旅立つんだぞ!このままでいいのか?」

「……よくない」


 部屋の中からグリンダの声が聞こえた。

 聞こえたけど扉は開けてくれない。

 開けてくれないなら……。


「グリンダ、前から思っていたのですがボクは周りから少し勘違いをされています」

「マリアちゃん?」


 ドアノブはたぶん簡単に壊れる。

 だけど目の前の扉にはドアノブ以外に握る所は無い、うん、なら作ろう。

 ボクは魔力を両手に集中させ扉に指を食い込ませる。


「ボクはそんなに温厚では無いです、あと感情的で我儘な面も多々あります、興奮して暴走すなんて日常茶飯事です」

「あのマリアちゃん?何をする気だい?」

「何より力任せに問題を解決する方が性に合ってます!」


 なので扉を力任せに取り外した。

 壊したとも言う。

 部屋の中には寝巻のままベッドに座って目を丸くしているグリンダがいた。


「……馬鹿なの!?」


 そして扉を力任せに壊したボクを見たグリンダは一瞬の沈黙の後、絶叫した。

 でもね、ボクは何度も開けてくださいとお願いしたんだ。

 なのに拗ねて部屋に引き籠ったグリンダの方だ、ならボクは少しだけ強引な手段に打って出るしかないのだ!


「馬鹿はグリンダの方だ!ボクは何度も開けてくださいと言いました!それなのに引き籠ったのはそっちじゃないですか!ボクはちゃんとお別れを言いたいんです!!」

「だから引き籠ったのよ!お別れをしたら、もうマリアに会えなくなるから……」

「え?何を言っているんですか」


 ボクはグリンダの言葉を聞いて呆気に取られてしまった。

 何で、もう会えないという考えに至ったんだろう?

 普通に考えてまた会えるはずだ。


「何でそんなことを……」

「だってマリアにとってアーカムは、大嫌いなバウマンが領主だった場所でそれに、それに何度も殺されかけた場所で、だから王都みたいに魅力的な街に移住したらもう戻って来ないんじゃないかって……」


 そっか、そうだよね。

 普通に考えたら、ボクにとってアーカムはセイラム領は嫌な思い出が沢山ある場所だから他の住み心地の良い領に移住したら、もう戻らないと思ってしまうのは普通なのかもしれない。

 言い辛いけどボクは少し普通じゃない、生前は楽しい事は何もなかった所為だと思う。

 辛くて苦しい事で溢れていて、心を殺して何も感じない様にしていた、だからその所為だと思う。今のボクは辛い思い出より楽しい思い出の方が心に色鮮やかに鮮明に残る。


 グリンダに石を投げつけられた事は言われないと思い出せないくらいに朧気だけど、ボクの為に怒ってくれて友達になったあの日の思い出は昨日の事の様にボクは心に強く残っている。

 だから……。


「戻って来ます、ここはボクの生まれ故郷なんですから、それにボクはアーカムは嫌いじゃないです、むしろ大好きです。沢山の人と出会った楽しい思い出がいっぱいで、何よりアーカムに生まれたからボクはグリンダに出会えたんです」

「マリア……」

「だからまた戻ってきます、それとボクはイリアンソス学園に通う予定です、それはグリンダも一緒ですよね?」

「そうだけど……」

「なら遅くてもそこでまた一緒に居られる様になります、それとボクはお別れだけを言いに来たんじゃないですよ、また必ず会いましょうも言いに来たんです」


 ボクは微笑みながらそう言うとさっきまで今にも泣き出しそうだったグリンダの顔は明るくなる。

 そして立ち上がって腕を組んで何時もの偉そうな勝ち気な笑顔を浮かべる。


「ふ、ふん!なら先に行って待ってるから!11歳になったら上位貴族が通う幼年学校に通ってイリアンソスに入学する予定だから、だから先に行って待ってるから!!」


 グリンダの顔にはさっきまでの暗い悲壮な表情は無かった。

 何時もの伯爵家の子女には似付かわしくない何時もの明るい笑顔だった。


「はい、待っていてください。すぐに追い付きますので」


 ボクとグリンダは笑って再開を誓い合って握手をする。

 こうしてボクの大切な約束がまた一つ増えた。

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