19話 多くの事柄は唐突に
救援に駆け付けた陸軍の兵隊さん達の凱旋が終わると次は中央から派遣されて来た領主代行で中央の元議員さん、アレクセイ・ドロレス準爵領主代行の就任演説が行われてた事でセイラムを長く支配していたバウマンの圧制が終わりを告げた。
これで一安心。
もうこれ以上、何かに怯えたり警戒したりする気を張った生活をしなくてもいい。
街は平和になった。
と、思ったら緊張の糸が解けた住民は一斉にお祭りを開いて大騒ぎだ。
淑女の酒宴もお店の中で、お店の外で誰も彼もが飲んで食べての大騒ぎ。
ちなみに料理の代金は領持ち。
終わった後に申請すれば後日、領議会から支払われる事になっている。
その所為か、普段はあまり来ない主婦や子供もご来店。
それと……。
「何と!これは旨い!」
「何だこれ!まじで何だこれ!」
「なっ!?野外炊事具だと!しかもこれは、今すぐこれを購入できないか?言い値で買う!」
「信じられん、王都の王室御用達の店でもこれ程の料理は出していないぞ……」
「貴様!何と言った!?醤油こそ最上だ!」
「いいや違うでありますよ軍曹殿!塩です、この引き締まった塩味こそが!」
「いや、それよりもチーズ入りのハムカツこそビールの最良の友、我らの小銃と同義です!」
「ありえん!ギョーザだ!このギョーザこそが最良の友だ!」
「忙しい所にすまない。メイド風ホットサンドを持ち帰りで50個お願いしたいのだが」
「こっちはギョーザを持ち帰りたいのだが、部下に食べてやりたいのだ」
さすがは兵隊さん、食べる勢いも量もすごい!もう今にも前のめりで倒れそうだ!
さっきからカラアゲを一度に5,6人前で頼んだりビールはジョッキじゃなくてピッチャーで、ギョーザはギョーザで看板メニューの一つという事から他のお客さんも頼んだりと、もう笑いしか出て来ないよ!!
「メンチカツ、これは……」
「炊事班長殿は何か分かったでありますか!?」
「ああ、パン粉が違う、全く違う。だがそれ以上にこのソースが分からん!複雑過ぎる、エリンソースに似ているが、ええい!何なんだ一体!?」
「班長殿!自分もこのトマトケチャップが全く分からないであります!」
「照り焼きというのもさっぱりであります!」
そしてそこはそこで内の味を盗もうと必死になり過ぎだ!ウスターソースを水筒の中に入れようとしない!それとトマトケチャップも同じ!
「馬鹿な、こんな事がある筈は……」
「これ考えたのマリアちゃん?さすがはお姉様の娘だわ!」
ダンテスさんはさっきからお店の看板メニューを次々と頼んでは夢中で食べている。
ちょっと前にキルスティさん達が太っていた事を自制心が無いなどと言って注意していた自分自身が
シャーリーさんも隣で同じ様に食べている。
「すまない!持ち帰りでカツサンドを頼みたい」
「こっちは照り焼きサンドを!待機している部下に食べさせてやりたいんだが」
は…はは……はっはっはっは!どんど来い!
一つ残らず作ってやる!
♦♦♦♦
「やり…きっ……た……」
頑張った。
ボク凄く頑張った。
テーブルに突っ伏しながらボクはそう思った。
時刻は10時を過ぎたあたりで兵隊さんは駐留している門前広場に帰って行きお客さんの殆どは材料が無くなったら他の店に移動して行った。
残っているのは何時もの常連さんだ。
「で、あそこの隅は何であんなに暗いんですか?」
「それはのうマリア、街が襲撃されている時に不在で力になれなかった事への罪悪感からじゃよ」
成程、ロドさん達は司祭様や領主代行の護衛の為に不在だった。
そしてラインハルトさんも不在だった。
その気持ちは分かるよ、大変な時に自分だけいなかったという後ろめたさは理解できるよ、だけど四人固まって反省会はしないで欲しい。
そこだけ雨が降っているかの様な暗さなんだ、あと司祭様は司祭様で少しは責任を感じてください、暢気にお酒を飲んで酔っ払らわないで!
と、ボクがツッコミを入れているとグスタフさんの腰に何か吊り下げられている事に気が付いた。
何だろう?カンテラ?とても綺麗な装飾が施されているけど見た目は華やかと言うより、とても丈夫そうに見える、あと確かあれはソルフィア王国の国章と王室の紋章だ。
「グスタフさん、その腰に吊り下げているのは何ですか?」
「……何でもない、ただのカン―――」
「国家魔導士に与えられる専用の魔道具さね」
「ベルベット!?」
グスタフさんがカンテラの事を誤魔化そうとした瞬間、女将さんはあっさりと教えてくれた。
そしてグスタフさんは何故か狼狽している。
「いいじゃないかい、隠したって何時かは知られるんだからね」
「今でなくてもいいじゃろ!今日でなくても!」
「国家…魔導士?」
何だろう?と思っていたら女将さんが教えてくれた。
公人・私人を問わず高度に魔法を扱える人を魔導士と呼び、その中でも特に大きな功績を上げ高い実力を持った者に与えられる称号が国家魔導士、グスタフさんも軍人時代に多くの戦功を上げて国家魔導士になったらしい。
腰から下げているカンテラは国家魔導士の証であると同時にグスタフさんの魔法をさらに高める力を持った魔道具みたいだ。
形は何となく水筒に似ている、ただ年季が入っているのか歪んだりしている。
「あまり見んでくれ、恥ずかしい……」
「何でですか?」
「ああ、マリア……少し考えてみるさね」
考えるって何をだろう?
……あ、もしかしてボクもそうだったけど私兵団が何か企んでいるんじゃないか?とか下水道を利用して奇襲して来たり、それこそ何か隠し玉があるんじゃないかとボクは警戒していた、なら百戦錬磨のグスタフさんも警戒していて当然だ。
だけど実際は弱過ぎて肩透かしを食らう結果になってしまった。
つまり、私兵団が何をして来ても良い様に現役時代に使っていた物を持ち出して万全の態勢で待ち構えていたら何もしない内に終わってしまって……確かにそれは恥ずかしい。
ボクはカンテラの事には触れない様に厨房に戻る。
それにしてもやっと、終わったという感じだ。
自分の出生に関わる因縁が遂に終わった。
ボクはそう思いながら夜食の準備を始める。
きっと皆は朝まで飲むと思うから。
ボクがそう思って包丁を手にした時だった、女将さんは立ち上がって「ちょっといいかい?」と言って全員の視線が集まるのを待ってから話し始めた。
「さてと、悪いけど聞いて欲しい話があるさね。淑女の酒宴は今日を最後に看板を下ろす事になってね、急で悪いとは思っているんだけどね」
「女将さん!それってどういうことですか!?」
ボクは思わず声を荒げてしまった。
だって淑女の酒宴がなくなるって……。
「マリアにはまだ話してなかったけど事情は知ってるね?内が何の為に作られたか」
何の為に?それはバウマンを検挙する為の……そう言う事か。
任務の為に作られた拠点なら任務が終われば解体される。
当然の事だけど何でボクは女将さんが言うまで気が付かなかったんだろう。
「キルスティ、セリーヌ、アデラの三人は第三中隊に戻る。私は…まだ決めてないけど後人の育成に専念するつもりさ、他の子らも自分たちの道に戻る」
女将さんの言葉に常連のお客さんは驚きつつ女将さんから淑女の酒宴が出来た経緯を説明されて渋々だけど納得してくれたみたいだ。
嫌、だな。
ずっと欲しかった、ずっと憧れていた、憧れる事しか出来なかった家族が出来たのにバラバラになるなんて…嫌だな……。
「マリア」
「お母さん……」
気付いたらお母さんが後ろにいてボクを抱きしめてくれていた。
それで気付いた、ボク、泣いてる。
「大丈夫よ、今生のお別れじゃない。会いたくなったら何時だって会える、離れても家族はバラバラにならないのよ」
「はい…お母さん……」
そしてお母さんはボクの頭を撫でながら今後の話をしてくれた。
お母さんの生まれ故郷でお祖父ちゃんとお祖母ちゃんのお墓がある南部のアラゴン領の小さな港町オーノミに移住して、新しく開かれるギルガメッシュ商会の支店で働く予定らしくて、ボクは商会が経営する学校に通う予定になっているみたいだ。
グリンダが怒りそうだ。
知らなかったとはいえ別の領に移住する事を言っていなかったのだ。
どう説明したら納得してくれるかな?
あ、湿っぽくなっている時に思う事じゃないけど料理とかどうしよう。
ウスターソースやトマトケチャップとか、レシピは内緒にしていたから淑女の酒宴が閉めてしまうと常連のお客さんが困ってしまう。
……基本のレシピだけ、公開してもいいかもしれない。
ボクはそう思い副女将さんに話すと副女将さんも納得してくれてお店の副女将さんとボクが試作を続けて作ったレシピは教えられないけど、元になった基本のレシピだけ公開する事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます