4話 今さらだけど誰だったっけ?

 ボクは何とも言えない気分で学校に向けて歩いて行っている、すれ違う同年代の子供達はボクを奇異な目で見てはひそひそと話している、何だろう本当に!何か言いたいんだったら正面から来い!!


 駄目だ、また短気を起こしそうになってしまった。

 落ち着こう、そうこういう時は深呼吸だ、すーはーよし落ち着いた。


 そして気付いたのはボクの容姿が周りの子供達と大きく違うってことだ。

 ボクは周りよりも圧倒的に肌が白い、瞳の色は誰もボクの様にルビーの様に赤くないし髪の色も栗毛や黒毛で白とか白銀とか言われているボクと同じ髪色の子供はいない。

 身長に関しては、うん、ボクは小さい。

 さすがに昔の様に頭一つ分とまで行かないけどそれでも周りより小さい。

 そして一番、周りと違うのはボクがメイド服を着ている事だ。

 ちなみにアストルフォはさすがに子供が怖がると言う理由からお店でお留守番をしている。

 これでもメイド道一級という級位を持っている、さすがに段位はまだ持っていないけどそれでもメイド道に身を置く者として休日以外は基本的にメイド服を着るのがメイド道の掟だ。

 常在戦場の心構えというやつだ。


 だけどそれでもこの視線は煩わしい、気になる事があればはっきりと言えばいい。

 言わないと伝わらない事は沢山ある。

 でもここで変な問題を起こすわけにはいかないから、うん学校に着くまで大人しくしていよう、学校に着けば周りに大人がいる。

 それなら指を差してひそひそ話はし辛くなる筈だ。

 ボクは早歩きで学校に向かう。



♦♦♦♦



 で、到着したんだけども何だろう。

 入り口の前に立っている先生達がボクを見るなり目を逸らしてひそひそ話を始めた。

 木造の2階建てでノスタルジックな学校の入り口前で、大人達がひそひそ話をする光景、シュールだ。そしてこれだと学校でもボクを指さしてひそひそ話をするのが平常運転になりそうだ。

 ボクは溜息を付きながら入り口の前に行き二人の先生に挨拶をする。


「おはようございます」

「おはよう、ええと…」


 ボクの顔を見て困った顔をしながら先生の一人が何やら名簿を見ている。

 そう言えば名札、無いよね。

 日本だとボクが小学生の頃は名札は普通に付けていた、後の世代は防犯の為に付けなくなったらしいけど、それでも生徒の名前が分かる様に名札は必要だ。

 そうじゃないと何故か挨拶を済ましたのに入り口の前で止められて余計な注目を浴びてしまう事になる。


「あっ!ルシオさんね、おはようございます」

「おはようございます、クルーガー先生にドイル先生」

「「!?」」


 入り口の前で名簿を見ていた二人の先生、女性は確か理科の担当でクルーガー先生で男性の方は算数の先生でドイル先生だ。

 二人は覚えていないみたいだけどボクはしっかりと覚えている、何せ追加試験の手伝いに行っていた時に会っているのだ、そしてメイドは基本的に一度で相手の名前を覚える必要がある。

 客人に何度も名前を尋ねるのは失礼な行為だ、だから名前とかは一発で覚えるというのはメイドが身に着けるべき必要最低限の技能だ。

 ボクはドヤ顔で学校に入るけど何だろう、さっきの二人の先生の目はすごく奇異な物を見る目だった。



♦♦♦♦



 ボクが入る事になったクラスは1-Aで二階の左端にある教室だ。

 既に何人かの生徒が来ているみたいだけど……あ、悪ガキ三人組のリーダー格のガキ大将が居る。

 何だろう、物凄く疲れるのが目の前にいる。


「あっ!てめえ!!」

「テメエではありませんマリアローズです、何度も言いましたよね」


 ボクは少し声を低くしてガキ大将を睨む。

 ボクだって怒る事はある、お母さんから貰った大切な名前を軽んじられるのはとても腹が立つのだ。


「そ、そこまで怒る事はねーじゃんか!」

「じゃあちゃんとボクを名前で呼んでください」

「お前だって俺を名前で呼ばねーじゃん!」

「一度も名乗っていない相手の名前を、どう憶えろと?」

「……あ!?」


 どうやらようやく気付いたみたいだ、彼は今まで一度だってボクの前で名前を名乗った事は無い、会う度に必ず何かをしてくるだけだ。

 そんな相手の名前をどうやって憶えろと言うのか、まあとても単純な性格みたいで悪い奴には見えない、逆に悪いのは彼の後ろに隠れて彼をはやしたてる癖に都合が悪くなるとすぐに手の平を返す三人組の残りの二人だ。

 今も彼の形勢が悪くなった途端、こそこそと隠れ始めた。


「そうか、なら名乗るから今日からちゃんと俺の名前を言えよ?」

「なら君も、ボクの名前をちゃんと言ってください」

「分かった、じゃあ言うぞ俺の名前は―――だ!」

「……………へ?」


 今、彼は何と言ったんだろ。

 聞き間違いじゃないよね、だってその名前はその見た目でその名前はあり得ない!


「へ?じゃねーだろ、いいかもう一度言うぞ、俺の名前はエマ・ワトーだ!」

「……女の子だったんだ」 


 ボクは絶句した。

 今まで何かと因縁をつけて来るガキ大将の正体は、どこからどう見ても男の子しか見えないけど立派な女の子だったみたいだ。


「おま…マリアは今まで俺の事、男だと思ってたのかよ」

「うん、だって見た目から既にね、それに声も低いし」

「今、俺が穿いてるのが見えるか?」

「スカートだね、うん女の子だ」


 ボクは衝撃の事実で思考が止まってしまったけど、そうか女の子だったんだ。

 ならそこのお二人さん、女の子を盾にしてなに逃げてるのかな?男なら「俺の後ろに隠れてな!」くらいの事は言おうか?ボクは殺気を篭めた目で無関係のふりをする二人を睨むと一目散に二人は逃げて行った。


「あ?何やったんだあいつら?」

「さあ、お腹でも痛くなったんじゃないですか?それともうすぐ授業が始まるので席に着きましょう」

「おう、そうか」


 そう言ってガキ大将、改めてエマはボクの隣の席に座った、座った!?


「何でき、エマがボクの隣に?」

「俺が決めた、ここに座るって」

「変更を求めます」

「却下だろ、もう決まっちまってんだから」


 まあいいさ、誰が隣であろうとボクのするべき事は変わらない。

 勉強に打ち込むのだ。



♦♦♦♦



「―――という風に、この文章は―――」


 今は国語でカリム先生の授業なんだけどとても退屈だ。

 ただ教科書を読んで黒板に書いてあるだけで、授業は基本的に話を聞いてノートに写すだけで、それだけでそれは生前なら普通だった。

 授業速度が恐ろしく速くて、あっと言う間に先生が黒板を消しては書くを繰り返して一秒も気を抜く暇が無かった、そして今の授業方式は生前のやり方をとても遅くした感じでシェリーさんの楽しい授業を経験した後だと単調で中身が空っぽな授業に感じられる。


 だけど皆は真面目に授業を受けている、いくらシェリーさんと言う名教師を知っていて目の前で教鞭を振るっているカリム先生が退屈でもボクが不真面目になっていい訳じゃない、ボクも一生懸命に集中しないと。

 しないと、しないと……起きろ!エマ!!開始一分で夢の世界に行くんじゃない!


 カリム先生は、気付いていない。

 と言うより生徒を見ていない?何でだろう、まあいやその隙にエマを起こさないと、でもどうやって起こせば良いんだろう。

 小声で、だとあの手の先生は気付くから何か投げたら…エマの性格からして絶対に怒りだす、どうしたら良いんだろう。

 一か八かで小声で言うしかない。


「エマ、起きてください」

「……くー」


 ナイフでも投げてやろうか。

 駄目だ、そんな事をしたらエマが怒る程度の問題じゃ済まない、落ち着けボク!とりあえずもう一度だけ声を掛けてみて、駄目なら諦めよう。


「エマ、起きてください、おき、起きろ!」

「ん?ううん、……」


 一度目を覚まして授業中なのを確認してもう一度、エマは夢の世界に旅立って行った。

 どうしようもない、こればっかりはどうしようもない。

 ボクがそう諦めていると何故かカリム先生がボクを睨んでいた。

 あ、これって学園モノのドラマで定番の友達を起こそうとしたら自分が起こられたという流れだ。


「ルシオさん、何をしているのですか?授業中に不用意に声を何故出したのですか?」


 うわ、すごく声が嫌に高い。

 あの男に似て嫌に声が高い、でも顔に出すわけにはいけない。

 さて、どう説明したら良いのだろうか。


「私語を喋ったわ―――」

「言い訳は良いので謝罪を!授業の妨げを行った事への謝罪を!」


 いや小声で眠っている人を起こそうとしただけでなんですが、あと授業を妨げているのはカリム先生が授業を止めてボクに謝罪を要求しているからで、と言ったら一悶着起こしそうだ、何よりボクに事情の説明を求めているじゃなくて謝罪を要求しているみたいだからここは不服だけど謝っておこう。


 ボクがそう思った矢先にエマは立ち上げって大欠伸をして「良く寝た!」と言った。

 エマの行動に呆気に取られているカリム先生にエマは畳み掛ける様に言う。


「いやーありがとなマリア起こしてくれて、それにしても退屈だからよく眠れたぜ」

「ちょっ!?エマ!」


 歯に衣着せぬエマの物言いにカリム先生は呆然としながら、そして叫ぶ。


「二人共廊下に立っていなさい!!」


 こうしてボクとエマは廊下に立っている事になったんだけど、少しはボクに対してすまなさそうにしろ!そして立ったまま寝るな!!


「何であんな事を言ったんですか?」

「……ん、あ、ああそれか、だってマリアは謝ろうとしただろ?」

「そうですが、そうすればここまで大事には……」


 エマは欠伸をしながらきっぱりと言い切った。


「何も悪くないのに友達が頭を下げさせられそうになったら、黙ってれなかったんだよ」

「ふえ!?」


 友達?ボクが?いつの間に!?

 そんな関係になる様な出来事があったっけ?無かったよね、それどころかボクはエマに敵視されていると思っていたけど、ボクの勘違いだったんだろうか。


「……この際だから言うけど、俺は、俺はお前に嫌がらせがしたかったんじゃねーからな」

「だとすると、何がしたかったんですか?」


 あれが嫌がらせのつもりじゃなかった。

 初対面で人を化け物呼ばわりしていたのに、というボクの抗議の目線にエマは顔を逸らしてはっきりと言った。


「友達に、一緒に遊びたかったんだ」

「それなら、普通に言えばよかったじゃないですか」

「言えるかよ、恥ずかしくて……」


 いや、何で顔を赤くして目を逸らすの。

 アレックスもそうだけど、ボクを目を合わせずに話そうとする人が多過ぎる。

 だけど、そうかエマはボクと友達になりたかったんだ。

 なら今までの事は水に流そう、だって今日から友達になんだから。

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