5話 敵意の眼差しと確かな思い

 エマと友達になってから一週間が経った。

 そして学校が再開されてから一週間もしない内に最初の小テストが行われた。

 言い出したのカリム先生でテストの範囲は一週間で教えて来た事だけに限定されていたけど、はっきりと言ってしまえば無茶ぶりだ。

 今まで勉強の機会を奪われていた子供が最近になって勉強を始めて、まだ右も左も分からない状態で何より集団で勉強を習うという環境になれていない子供が満足に答えられる筈も無く結果は惨憺たる有様でカリム先生は授業時間の時間を割いて説教を行っている。


「良いですか!常に集中して授業を受けていれば問題なく答えられる問いばかりでした、だというのに君達は―――」


 この調子でもう三十分は話している。

 内容も同じ事の繰り返しで何と言うかカリム先生の鬱憤晴らしという状態だった。


 そんな状態でも平然と寝ていられるエマの神経をボクは正直にすごいと思う。

 そして驚いた事にエマは勉強が出来た。

 国語を除く全教科で高得点を叩き出したのだ。

 普段はあんなにも悪ガキで勉強とか放り出して遊び惚けていそうなのにちゃんと予習や復習を欠かさずやり、ノートも少し癖字だけどしっかりと取っているなど普段の行動とは正反対の優等生だった。

 そんなエマは国語で酷い点数を出してしまった。

 理由は簡単だ、ちゃんと受けていたなかった。

 それはもう酷い点数で、なのにそれでも平然と寝ていられるエマの神経は鋼鉄で出来ているんじゃないかとボクは思っている。


「ですから!君達が自分の将来を本当に―――」


 それにしてもカリム先生の説教は長い、もうすぐ授業の時間が終わってしまう。

 と思っていら鐘が鳴り授業が終わったみたいだ。

 カリム先生の授業は午前の最後に組み込まれていている。

 午後の授業との間にある休憩時間には生徒は一旦、自分の家に帰って昼食や休憩をする。

 下手に説教を続けて子供が帰って来ないという事態になれば王都で教鞭を振るっていたという理由で他の先生方に大きな顔をしているカリム先生も、立場が悪くなる。

 それを理解しているみたいでカリム先生は「誠に不本意ですが!」と声を荒げて教室を出て行く。


 やっと終わった、もうお腹がずっと鳴りっぱなしだったから勢いで鉛筆に齧りつく所だったよ。

 それにしてもカリム先生は安定感に欠ける。

 急に苛立って声を荒げたり、黒板に文字を書いていて初歩的な綴りのミスをしたり、何と言うか不気味だ。

 それにその不気味と言う感覚、どこかで感じた事がある。

 分からないけど、うん今は帰ってご飯だ!

 ボクは立ち上がって鞄に筆記用具とノートを入れて家にに戻ろうとしていたけど、まだ眠っていた。


「エマ、終わりましたよ。起きてください」

「ん?ああ…やっと終わったのか……」


 エマは欠伸をかきながら立ち上がり帰り体を伸ばす。

 そう言えば驚きな事に、エマは勉強が出来る。

 シェリーさんと言う優秀な先生に教えてもらっていたボクの様に、手を抜いて国語だけ98点を取ったボクとは違い、全教科で100点を取っていた。

 あともう一つ、驚くべきことだけど―――。


「何で、帰る準備を始めないんですか?」

「ん?あ!そうか、自分でやるんだった……」


 そうこの見た目に反してお嬢様育ちな所がある。

 飲食店を経営する両親を持つ同世代の男勝りな少女と言うのがボクの抱いていたエマに対する印象だったけど、最近は「男勝りは演技で根っこは育ちの良いお嬢様」という印象に変わった。


 本人は何も話してくれないからボクは聞かない様にしている。

 まあ、ボクも人に言えない秘密が二つ程あるからお相子だ。

 その後ボクは途中までエマと一緒に帰り、家に戻って皆と昼食を食べ終えた後に以前から計画していた事を実行に移す。



♦♦♦♦♦



 午後の授業の合間に小休憩が設けられている。

 そこを見計らってボクはお昼に家に帰ってた時に作ったお菓子を入れたバスケットを持って教壇の前に立ち、副女将さん仕込みの営業スマイルではっきりと言った。


「皆さん、よかったらお菓子を食べませんか?」


 ふふふ、ボクが作って来たのはただのお菓子じゃないのだ。

 キャラメルとアーモンドが織り成す魅惑のお菓子、そうアーモンドフロランタンだ。

 お菓子作りに関してはリーリエさんには敵わないけど少しでも近づく為に努力を重ねてきた。

 このフロランタンはボクが今出せる全力を注いで作った自信作だ。

 と思っているんだけど、なんだか空気が少し変だ。

 あの顔は、ボクを怖がっている?何でだろう。


「なあ、噂は本当かもしれないぜ……」


 噂?何の―――。


「森の老婆って噂は本当なんだ」

『あの白髪、それに赤い目、間違いない老婆が化けているんだ』


 ―――森の、老婆?どういう意味だろう、聞いた事が無い。


 ボクがそう訝しんでいると生徒が次々と教室から出て行こうとする。

 いけない、これは誤解をされている。

 森の老婆と言うのがどういうのか知らないけど、ボクはそいつが化けている訳じゃない、だから誤解を解かないと大変な事になってしまう。


「ええと、ボクは森の老婆じゃないですよ。皆と同じ普通の子供です、それにこのお菓子だって―――」

『毒が入っているに決まってる!』


 え?誰?毒って何で!?いけない皆の顔がどんどん恐怖の色に染まって行っている!このままだとボクは二度と皆に受け入れてもらえなくなる。


「ど、毒なんて入っていませんよ、本当ですほら!」


 ボクは皆の前で一つ食べて見せる、毒が入っていない事を証明して見せたけど駄目だ、誰一人としてボクの言葉を信じようとしてくれない、それどころか目の色が変わり始めている。

 それでもここで退いたら駄目だ。


「その、とても美味しいの―――」

「やめて!!」


 ボクが近付こうとした時、一人の女の子が声を上げてボクを睨みつける。

 その目は敵意に満ち溢れていた。


「貴女、不気味なのよ!その真っ赤な目も真っ白な髪も不気味なのよ!それに私達の生活が苦しいのに、そんな上等は服なんて来て、何様のつもりよ!!」


 女の子がそう言うとボクを見る目が一斉に恐怖から敵意に変わる。

 やってしまった、お菓子作戦は失敗だったんだ。

 これはもう取り返しがつかない、完全にボクは悪者だ。

 皆の服を見るとボクが女将さん達の手作りの新しいメイド服で、皆のはたぶん古着だ。

 これは色々と最初から失敗していたかもしれない。

 たぶん学校にはもういら―――。


「うっっっまああああああああいっ!!」

「ふえ!?」


 気付いたらエマがいた、エマがバスケットに入っているお菓子を勝手に取って食べていた。

 いやそれ以前にいつの間に来たんだ?確かさっきの授業で居眠りをして職員室に呼ばれていた筈なんだけど、もしかして隙を付いて逃げたしな!


「マリア!これ美味いぞ!何なんだこの美味さは!カラメルの味がして、そんでアーモンドの香ばしさとクッキーの風味が、ああもう!兎に角だ!すごく美味い!!」


 エマが満面の笑みでボクが作ったお菓子を絶賛してくれた。

 絶賛してくれるのは良いのだけど、その前に早く戻らないと先生が来てお説教の時間が延びしてしまう、早く職員室に戻さねば!


「褒めてくれるのは嬉しんですが、その前にたし―――」

「なあ、もっと食べていいか?」


 エマはボクの言葉を遮ってお菓子のお代わりを要求して来た。

 まるで大好物の物を目の前に置かれた犬の様な目をしている。

 この目は、この興奮した目は、たぶんこれ以上何を言っても駄目だ。

 ここは諦めて後で一緒に謝ろう。


「良いですよ、誰も食べてくれないので全部食べていいです」

「え!本当か!?」


 ボクからバスケットを受け取ったエマは満面の笑みでフロランタンを口いっぱいに頬張って、そして嬉しそうに食べて行く。

 当初の目論見通りとは行かなかったけど、エマがこんなに美味しそうに食べてくれるなら作った甲斐があった、そう思う事にしよう。


「エマ!エマ・ワトー!?」


 エマが満面の笑みでお菓子を食べていると先生が教室に乗り込んできた。


「職員室で待っている様に言ったでしょ!何で待ってないの!!」


 顔を真っ赤にして現れたのは算数のクルーガー先生だ。

 それに対してエマは…駄目だ、お菓子に夢中だ。

 これはボクも一緒に怒られるかもしれない、そう覚悟を決めると事情を説明してやはりボクも巻き込まれて一緒に怒られた。

 どうやらボクは先生達の間でエマの世話係に認定されているみたいだった。

 そう言えば、あの女の子。

 クラスに居たっけ?。

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