第3章 這い寄る様に始まるセイラム事変
1話 始まり方は平穏に
アレックスが王都に帰って行ってから少し経った。
今のアーカムは大人も子供も大忙しだ。
そうついに学校が再開される事が決まったのだ。
学校が閉鎖された最大の理由であるアホな領税が全て撤廃されたおかげで他領に移住していた教育者さん達が戻ってき始めて、その中にはアーカム基礎学校で教鞭を振るっていた人達もいた。
彼等が戻って来たのならと司祭様が中心になって学校の再開に向けて動き始めて、話が持ち上がって一月もしない内に学校を再開させる為に募金が始まったり、遠方に村に住む子供でも学校に通える様に寮が作られたり、アーカムはお祭りをしていた時よりも大忙しだ。
そんな大忙しな大人達に反して子供達は暇かと言えば、子供も入学に向けて準備で大忙しだ。
持って行く筆記用具やノート、背負っていく鞄を準備したり基礎学校とは言え基本の読み書きが出来ないと勉強が出来ないという事から、街に住む有識者の人達に基本の読み書きを習ったりとやる事が盛りだくさんだ。
まあボクの場合はシェリーさんと言う優秀な先生が居てくれたから基本の読み書きは完璧だ、そしてシェリーさんはその教育者としての実力を買われて学校が始まるまで臨時の先生をする事になった。
先生をする事になったシェリーさんんは「私はぁこういうのぉ、向いてないんだけどぉ」と愚痴を零していたけど、どこか楽しそうだった。
そしてボクは今、お母さんと一緒にギルガメッシュ商会に荷物を受け取りに来ている。
「いらっしゃいマリアちゃん、ベティーさん」
「こんにちは、アンリさん」
ボクとお母さんはアンリさんにお辞儀をする。
アンリさんは何時も営業スマイルだけど、どうやら少し疲れが溜まっているみたいだ。
ここ最近、学校が再開されるという事からギルガメッシュ商会は大忙しらしい、アンリさんの目元には隈が出来ている。
どうやら店主自ら接客をしないといけない程、大忙しみたいだ。
「頼まれていた筆記用具一式と鞄、全部届いているよ。ちょっと待っててね、持って来るから」
アンリさんはそう言うとお店の奥に入って行く、支店の店主なのにアンリさんはよく動く。
人任せにはせず率先して自分が動いて、周りの人達の手本になりつつ何か失敗したり困っている従業員が居ればすぐにフォローに回ったりしている。
前に従業員の女性が言っていてけど、必要以上に干渉せずに自主性を推進して滅多に怒らず何でも褒めるけど決して甘い人ではない。
アンリさんは優しくて厳しい上司だと従業員の人達は口々に言っていた。
さてと待っている間、とっても暇だ。
ボクがそう思っているとお母さんは少し周囲を確認してから小声でボクに話し掛けて来る。
「ねえマリア、一つ聞いても良い?」
「はい、何でしょうか?」
「実は貴女の昔の事で気になる事があるの」
「ボクの、昔の事ですか?」
ボクの昔の事、つまり前世の事だ。
そして珍しい事に普段は周りを警戒して外ではボクに前世の事を聞いてこないお母さんが、何故かこのタイミングで前世の事を聞いて来たという事は学校に関係する事かな?
「マリアと同い年の子供達が同じ服を着ていたけど、あれは何で?」
そう言えばお母さんはボクがお腹にいる時にボクの記憶に触れていたんだった、それなら何で子供が同じ服を着ているのか疑問に思うはずだ。
ソルフィア王国が大国で19世紀から20世紀くらいの文明を持っているとは言え、服に関してまだ女性の手仕事で作っている家は多い、地域差もあるけど服は基本的に気軽に買える代物ではない、お店で服を買うという事は古着屋で服を買うという事だ。
だから学校の制服文化はソルフィア王国には無いか、珍しい事という訳だ。
「あれは学校が指定している制服なんです」
「学校が?」
「はい、他にも体操着や靴なども指定があります」
「へえぇ、マリアのいた国はとても豊かだったのね」
「豊か…だと思います、たぶん……」
「?」
お母さんは首を傾げている、当然だよね最後の方がとても歯切れが悪かったから。
豊かな国、だったと思う。
使える物でも捨ててしまうという、少し古くなったら捨てる事が出来るくらいには豊かだったと思う、でも心は豊かではなかったと思う。
何か大切な物を置き去りにして発展して来た、ボクが生きていた頃の日本はそれが顕著に表れていたと思う。
ボクが昔に思いを馳せているとアンリさんが戻って来た。
「お待たせ、筆記用具一式とノートと鞄、これで間違いなかったかな」
「はい、間違いないです」
ボクをアンリさんが持って来た筆記用具とノート、それと肩掛けの鞄を確認して間違いないとアンリさんに答える。
「こちらがお代です」
「お代はいいですよ、これは差し上げます」
「ふえ!?」「え!?」
ボクとお母さんは同時に驚くとアンリさんは何時も営業スマイルで「サービスです、サービス」と言うけど、けっして安い買い物じゃないし鞄は改めて見るととても作りが綺麗だった。
それに使われている革も安価な物じゃない、丁寧に職人がなめした一級品だ。
当然、お母さんもそれに気づいていてお金を支払おうとするけどアンリさんは固辞し続ける、そしてお母さんに説明を始める。
「いや、実は前に商会本部で商品券を渡しただけだと少ないって意見があってね、それで今回の代金は本部持ちになったんだよ、だから受けれ取れないんだ」
「そうなんですか、そうですね……」
お母さんは困ってしまっている。
ボクがスライサーとホットサンドメーカーを親方さんに作って貰って、それを親方さんが商会を通して売り出して、それで商会は大儲けしてそのお礼で前に期限ギリギリの商品券を貰った。
……普通に厚意に甘えてもよくね?とボクの脳裏に過るけど、ボクとしてもう終わった話だ。
だけどここで受け取らないをするとアンリさんが困る。
うん、ここは甘えよう。
「お母さん、ここはお言葉に甘えましょう」
「そうね…ありがとうございます、アンリさん」
微笑みを浮かべてお礼を言うお母さんのその微笑みにアンリさんは少し顔を真っ赤にする。
アンリさん、貴方は既婚者ですよね?奥さんと子供さんもいるって前に言ってましたよね?お母さんの笑顔で顔を真っ赤にするなんて、良かったね奥さんが近くに居なくて。
「それじゃあマリア、戻りましょうか」
「はいお母さん」
ボクはアンリさんから荷物を受け取るとお店に戻る。
帰り道、同じ様に学校に向けて準備に勤しむ人達とすれ違う。
子供達は入学に向けて基礎勉強をしている者からそれを逃げ出して遊ぶ者まで様々だ。
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