2話 それは既に這い寄っている

 ギルガメッシュ商会で荷物を受け取った翌日、ボクは自警団事務所に来ていた。

 正確に言うと淑女の酒宴の皆とあと教会関係者の人達も一緒だ。


 そもそも自警団事務所となっているこの木造2階建ての建物は学校だった、ただ教員が次々と別の領地に移って行ってしまい教師が居なくなったことで学校は閉鎖されて、その後に結成された自警団の詰め所として学校は使われていた。

 学校が再開される事になり自警団事務所も移転す事になり、今日はその移転の手伝いをしに来たのだ。

 何故ならボク自身も忘れていたけどメイドって掃除のプロだ。

 酒場で料理をしたり給仕をしたりする仕事じゃないのだ。


 ちなみに自警団事務所は商店街の空き店舗に移る事になっていて、学校が再開されると主に子供の見守り運動を中心に活動する事になっていて、自警団事務所は子供が暴漢に襲われた時に逃げ込む場所としても活用される予定らしい。


「よいしょっと」


 ボクは今、教員が使う職員室の清掃を行っている。

 男手は自警団が持ち込んだ私物の移動に駆り出されていている、すると大きな机と言った重い物が多い職員室の清掃は女手では難しくなるので、ここでボクが活躍する。


 そう内向魔法を使って筋力を増強すれば普通なら重くて持ち上げられない物でも難なく持ち上げられる、何と言うか最近のボクは料理以外は本当にポンコツだったから久しぶりに大活躍が出来て、とても爽快な気分だ!

 重たい棚とかも軽々と持ち上げて、そして移動して、そして箒で掃いて行く。

 ああ、ボクは今!とっても輝いている!!

 ちなみにさっきから箒で掃いているのはアストルフォだ。


 うん、何と言うか、何度も思うし言うけど、アストルフォは器用過ぎる。

 でもボクが重い物を移動して、アストルフォが手早く箒で掃く。

 自画自賛だけど見事なコンビプレーで職員室の掃除はどんどん進んで行く。


「マリア、そっちおわ――って何ニヤついてんだ?」

「リーリエさん、隣の部屋は終わったんですか?」

「おう、元から汚れてなかったからな、こっちはどうだ?」

「掃き掃除は大方終わったので、後は拭き掃除ですね」


 後ろではアストルフォが器用に雑巾を絞って何時でも雑巾がけを出来る様にスタンバっている、本当に器用過ぎるよね!


「そうか、なら一緒にやってさっさと終わらせるか」

「はい!」

「クエ!」


 リーリエさんはボクだと手が届かない高い所を拭いて行き、その間にボクとアストルフォが床の雑巾がけして行く、して行っていたのだけど……何だろう、これ?

 部屋の四隅に棚とかで隠れて見えない様にされているけど、壁に何か刻まれている。

 この形は何となく梵字に似ている、それがお札の絵柄の様に部屋の四隅の壁に刻まれている。

 最初は魔除けかな?と思ったけど触ってみると嫌な感じがした。

 何と言うか悪意の様な変な感覚だけど、直感でそれが危ない物だと思った。


「リーリエさん、これを見てもらえませんか?」

「ん?どれだ」


 ボクはさっき見つけた刻まれていた文字をリーリエさんに見せるとリーリエさんの顔をが険しくなる。


「こいつは…何か分からねえが術式だな、ただ魔除けでよく彫るやつじゃない」


 ボクはリーリエさんにこの文字を見て思た事を素直に伝える。


「嫌な感じがしました、何と言うか悪意の様なそんな感じがしました」

「……似非司祭にでも見せるか」


 そう言ってリーリエさんは司祭様を呼ぼうとした瞬間―――。


「似非違うから!?本職だから!資格も持ってるし!」


 と扉を勢いよく開けて司祭様が入って来た。

 それに続いてロドさんも入って来た。


「そうい事を言っているから、信用を失うのですよ。レオニダス殿」

「……」


 入って来たロドさんは開口一番に司祭様を嗜める、そうだよね実際に本物なら自分は本物だと言う必要はない、諺でも『沈黙は金、雄弁は銀』という言葉がある。

 普段のお仕事をしている時の真面目な姿勢を日常的に心掛けていればその野性的だけど野蛮ではない顔で誰からも信頼されると思う、だけど実際は余計な一言と配慮無い行動が多い、なので街で女性が噂する気になる殿方No.1はラインハルトさんに持って行かれている。

 残念な人なのだ、司祭様は。


「おおいマリア、何で残念な者を見る目をするのだ?」

「実際に残念だろ、おめえは」


 リーリエさんの一言がトドメとなったみたいで司祭様は部屋の隅で体育座りを始めた。


 そんな司祭様を放ってロドさんはリーリエさんにボクが見つけた物を見せる。

 するとロドさんの顔が一気に、顔だけじゃない気配も鋭くなった。

 殺気立つ、という何度も身近で経験したけど今回のは次元が違い過ぎる。

 息が…出来ない……。


「ロド!!」

「っ!すまない……」


 司祭様がロドさんの肩を掴み怒鳴りつけるとロドさんは放っていた殺気を抑えてくれた。


「っぷはぁあ!?」

「ってめえ!殺す気か!?」


 ボクは乱れた息を整えながらロドさんの殺気を抑えてもなお険しい顔に何か大変な物を見つけたと確信する、でも一体何だろう?普段は温厚なロドさんがここまで殺気立つ程の事だと言うんだろうか。

 ボクは壁に刻まれた文字を見る、嫌な感じはする。

 でもそれ以上の事は分からなかった、だからロドさんに直接聞いてみる事にした。


「ロドさん、これは一体何なのですか?」

「マリアよそこは私に聞くべ―――」

「似非司祭は黙ってろよ」

「……」


 さっきまでの緊張感が司祭様の一言で台無しになった。

 真面目な空気が一変して何時もの雰囲気になったけど、でもここで有耶無耶にしてしまう訳には行かない、この文字から感じた嫌な感じはとても身に覚えがある。


「なら司祭様、誤魔化さずに教えてください、これは何なのですか?」

「やはり君には変な誤魔化しは通じんか、まさに悪手と言った所か……」


 司祭様の目を真っ直ぐ見るボクに、司祭様は何か観念したみたいでその雰囲気に何かを察したロドさんが割って入ろうとしたけど司祭様はそれを制してボクを目を見て話し始める。


「外神委員会という名前に聞き覚えはあるか?」

「いえ無いです」


 外神委員会?名前から察するにこの世界の外の神様に関する委員会と言う事だけど、何だろう変な名前だ。

 図書委員会とか美化委員会とかそう言った学校活動でありそうな雰囲気の名前だ。

 でも司祭様の目は嘘を言っていない、つまりこの文字と外神委員会は関係しているという事になる。

 だからこそ聞かないと行けない、たぶんこれはボクにも関係のある話だ。


「外神委員会とはどういった組織なのですか、司祭様」

「読んで字の通り、外なる神を信奉しその顕現を目論む輩だよ……そして最初期の構成員は全員、廻者まわりものだった」

「っ!?廻者まわりもの、つまりボクと同じ様に異世界から転生して来た人達が作った組織と言う事ですか?」

「そうだ、そして先の争乱を影で操っていたのも外神委員会だ」


 何か、自分の中でつっかえいていた物が外れた気分になった。

 これで、あの日に何で強引な方法で司祭様がボクを引き取るとしたのか合点がいった。


 普段の司祭様は確かに少し間抜けな所はあるけど、実際はとても合理的で狡猾な人だ。

 さっきだってふざけている様な物言いをしたのも話を逸らそうとしたからだ。

 そんな司祭様がお母さんや皆を敵に回してでもボクを引き取ろうとしたのは、ボクが廻者まわりものだったから場合によってその外神委員会に加わるかもしれない、だからその前に監視する事が出来る場所にボクを置こうとした。

 その事にリーリエさんも気付いたらしくて少し顔が険しくなる。


「お前の姉にも何度も言っているが、あの争乱を経験した者だからこそ警戒するのだ、奴等が尊師と称する廻者は最初はただ一般人だったのからな」


 そう言った司祭様の目は少し悲しそうだった。 

 でもすぐに何時もの顔に戻ってボクとリーリエさんを見る。


「そしてここに刻まれている文字は、委員会が使っていた転移の術式に良く似ている。四隅に刻み、空間を歪めて違う場所と一時的に繋げる術式だ」


 司祭様がそう言うとロドさんは短剣を取り出して文字を削って行く!?


「ちょっ!?ロドさん!そんな事をしたら危ないですよ!!」


 ボクが制止しようとするとロドさんは何時もの温和な顔で「問題ない、この手の術式は一か所でも壊せば発動しないのだ」と言って四隅にある文字を削って行く。


「すまないが掃除は一旦中止だ、ここ以外にも術式が刻まれている可能性がある、手分けして破壊する」


 そう司祭様は言い出して学校の清掃は一旦、中止になってしまった。

 そしてボクは愕然とした。

 何故なら学校中の至る所に文字が刻まれていたのだ。

 特に教室といった子供が集まる場所には入念に一つの教室に何か所も術式が刻まれていた、もし気付かずそのままにしていたら……きっと大惨事が起こっていた筈だ。


「これは、当面は立ち入り禁止にして、徹底的に探さねばならないな」


 司祭様がそう言うと自警団の人達も頷く。

 学校はこのまま無事に再開できるのだろうか。

 ボクは一抹の不安を覚えた。 

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