37話 ある意味では告白なのでは?

「ふぅ……疲れましたね」

「ああ……」


 アレックスはなってないな、灯台の上り下りでもう根を上げている。

 まあ、これはボクが普段から鍛えているからなんだけど、普通の9歳の少年としては体力はある方かな、あの悪ガキ3人組は何度も襲撃して来るけど10分くらい避け続けると息を上げて降参するからね。


 さてとそれじゃあ疲れているアレックスの為に何か飲み物を…あ、ギルガメッシュ商会が出店しているお店がある、確か王都で流行っている炭酸水にシロップを混ぜた飲み物を売っていた筈だ。


「少し待っていてください、飲み物を買って来ます」

「それだったら俺が……」

「大丈夫ですよ、アレックスは休んでいてください」


 さてと何を買おうか、喉が渇いている時の炭酸ジュースが渇き度合いによって善し悪しがあるけどアレックスはそこまで酷く喉が渇いていないみたいだから普通に大丈夫だと思う。


「いらっしゃいませ、あら?マリアちゃん!」

「こんにちわ、あのレモンと蜂蜜味を二つお願いします」


 あれ、気付いたら囲まれてる。

 ギルガメッシュ商会の女性店員さんに取り囲まれてる!


「可愛い!可愛すぎる!」

「反則よ、この可愛さは!」


 ちょっと鼻息が荒くて怖い、副女将さんは小さい頃から知っているから別に怖くないけどこの人達とは本当に最近になって知り合ったから、少し怖い……。


「はいお待たせ」

「ありがとうございます」


 ボクが受け取ろうとしたら何故か上に上げて取れない様にする、何故?


「ところでマリアちゃん、今日はデート?」

「いえ、友達と一緒にお祭り巡りをしているんです」

「「「……」」」


 あれ?変な事を言ったかな、それよりもアレックスが待っているから早く渡して欲しい。


「マリアちゃん、時として鈍感は罪よ?」

「?」


 何で諭す様に言って来るのだろう、ボクとアレックスはそういう関係じゃないんだけな。

 ジュースを貰ってボクはアレックスの所に駆け足で戻る、あそこにいたら色々な意味で危険そうだったからだ。


「お待たせしました、どうしたんですか真剣な顔をして?」

「え?あ、いや、ありがとう」


 どうしたんだろう、すごく思い悩んでいる様だった。

 思い詰めている様にも見えた。

 ボクはアレックスの隣に座ってジュースを飲んでいるけど、アレックスはどこか上の空だった、どうしたんだろう本当に……。


「なあマリア……いや、何でもない」


 アレックスはそれ以上何も言わずに空を見上げている、その目はとても辛そうで今すぐ全てを吐き出したいという顔をしている、そしてそれを必死に耐えている。

 少しでも屈したらそのまま立ち上がれなくなる、そう思っているのかもしれない。


 その姿は昔のボクと重なる、必死にどんなに辛くても耐え続けた。

 あの時のボクには誰もいなかった、今のボクにはお母さんや皆がいる。


 ならアレックスは?もしいるならきっとここまで追い込まれていない筈だ。

 そう言えばボクはアレックスの事を殆ど知らない、ただ悪ガキ三人組から助けてもらった事で知り合って、お店で再開した事をきっかけに友達になった。

 だけどアレックスは何時も何かを隠している、たぶんそれは話したら今の関係じゃいられなくなる秘密だ、ボクが廻者であることを隠しているのと同じ様に、知らないと何も出来ないけど、でも何か出来る筈だ。

 お母さんが、皆がボクにしてくれた様に……。


「アレックス、辛い時は辛いって言っていいんですよ」


 ボクはお母さんがしてくれる様にアレックスを抱き締めて頭を撫でる。

 アレックスは何をされたのか分からずに少し暴れるけど、すぐに大人しくなる。


「ボクはアレックスが何を背負っているか分かりません、でもアレックスが辛い時に弱音を聞いてあげられます」

「マリア……」


 きっと一人で耐え続けていたんだ、だって少し声が涙ぐんでいるから、ずっと誰にも弱音を言えずに強がっていたんだと思う、昔のボクがそうだったから……。


「人生なんて、何度も転んでも最後に立ち上がって走りぬいた者の勝ちです、だから立ち止まってもいいんです、走り続けるには休むことも必要です」


 きっと誰にも弱い所を見せずに折れたまるものかと走り続けて来たんだと思う。

 お店でボクと話している時のアレックスはとても楽しそうで、年相応の子供に見える、でも辛そうな顔が何時も見え隠れしていた。


「今日くらい、忘れて楽しみましょう、今のアレックスに必要なのは休む事です。休んでまた走り出せばいいんです」


 ボクも生前は誰にも弱音を言えずに辛かったから、少しはアレックスの気持ちが分かる。

 誰かにこうやって抱き締められて、誰かに優しくしてもらいたかった。

 生前のボクが何度も思った事、そしてそれがあればまた走り出せるとボクは知った。


 だからアレックスにボクがして欲しかった事をしてあげる、それが友達としてボクに出来る唯一の事だから……。


「なあマリア、一つ聞いても良いか?」

「はい、良いですよ」


 アレックスは顔を上げて真っ直ぐボクを見る、その顔は意を決した顔だった。


「自分より優れた弟と叔父が居て、自分はその二人と比べて明らかに劣っていて、それでも周囲に期待されていたら、どうしたら良いと思う?」


 始めてボクはアレックスの、心の悲鳴を聞いた気分になった。

 ああ、アレックスはボク以上に苦しみを背負っているんだ。

 ならボクは何と返すべきなんだろう、上辺だけの君にしかない才能があるなんて言えない、ボクは努力さえすれば履がせる程度には才能を持って生まれていた。

 だから死に物狂いで勉強しただけで結果を出せた。


 ならアレックスは?きっとボク以上に努力している筈だ、何も期待されていなかったボクには分からない期待される事への重圧に負けない様に必死に生きて来た筈だ。


 ボクは何と言えばいいんだろう、なら飾らない言葉で真っ直ぐ言うしかない。

 着飾った言葉じゃない、そのままの言葉でアレックスに応えよう。


「ボクにはそれに対する明確な答えはありません」

「そうだよな、ごめん、変な事聞いて……」

「でも、アレックスはアレックスだ。その二人じゃない」

「マリア?」


 きっとアレックスは勘違いをしている。


「一つ確認しますが、もしかしてそのお二人は何でも一人で出来てしまう人ですか?」

「な!?何で分かったんだ、二人の事は全く話していないのに……」


 やっぱりそうか、だからアレックスは自分が劣っていると勘違いをしていたんだ。

 何でも出来るという事は何も分からないという事だ、苦しんで必死になって前へ進む人の気持ちが理解出来ない、そして自分の様に相手が出来ない事を責め立てる。

 それに上辺しか見ない人はそういう人達を褒め称える、そうすれば自分も優れていると勘違いできるから、アレックスが出会ってきた人達がどんな人達なのか知らないけどたぶん上辺だけを見る人が多くいたんだと思う。


「出来ない事があるのは恥ずかしい事でも、ましてや劣っている事ではありません」


 だからボクが言うべき事は決まった。


「何でも出来る人が恵まれている訳でも優れている訳でもありません、出来ない事があるという事はそれだけ他者の痛みが分かるという事です、そして何でも出来る人は他者の苦しみに対して鈍感だと言う事です」


 何でも出来るから誰にも頼らなくていい、何でも出来るから他者が邪魔になる。


「だからアレックスは劣ってなんかいない、その二人よりも誰かを思える優しさを持った大きな人です、もしアレックスが出来ない事で非難されて敵ばかりになっても、ボクは絶対にアレックスの味方です」


 だから苦しまないで欲しい。


「まあ分かりやすく例えると、前に食べてもらったトリテンです、単体では劣っていても合わさる事で美味しさが倍増する、そのお二人は既に完成された味なので他の味と合わさり難いという事です」

「……いや、途中まですごくいい話だったんだのに、何で食べ物の話になるんだ?」

「いえ、その方が分かりやすいかと、それにアレックスは飲食店の息子さんだよね?料理とかすごく吟味してましたし」


 アレックスは呆然としている、違ったのかな?

 それに分かり難かったかな、すごく分かりやすかったと思うんだけど。

 ん?何でアレックスはお腹を抱えているんだろう?笑ってる?


「ぷっ、アッハハハハハ!!何だよそれ、俺が?飲食店の倅?ハッハハハ」


 何で大爆笑?ボクはそんなに変な事を言ったかな?


「でも、ああそうか、そうだな。出来ない事をあれこれ悩んでも仕方がない、出来る事で胸を張ろう、一人で出来ないなら出来る奴を巻き込んでトリテンみたいになってやる!」


 そう言ってアレックスは急に立ち上がる、真っ直ぐ上を向いて目には確かな意思を宿して、さっきまで辛そうだった顔は晴れやかになっていた。

 曇りのない真っ直ぐな目、良かった元気が出たみたいだ。

 アレックスはボクを見て元気よく笑い、ボクの手を握る。


「十分休んだ、そんで祭はまだ途中だ、精いっぱい楽しもうぜ!」

「はい、楽しみましょう」

「で、何から食べるんだ?」


 な!まさかアレックスはボクが食いしん坊だと思っているのか!ボクだって普通に輪投げとか的当てとかしたい、食べてばかりじゃないぞ!


「アレックス、はっきりと言いますがボクは―――」

「マリア、あそこでリンゴ飴売ってるぞ」

「リンゴ飴!」


 前世では何度も食べたいと思いながら最後まで食べられなかったお祭りの定番、リンゴ飴!作ろうと思えば作れるけど、やっぱりお祭りの屋台で買って食べてこそと変にこだわって食べる事無く死んだ、夢のリンゴ飴。


「涎垂れてるぞ……」

「ふえ!?」

「ははは、俺の奢り、一緒に食べようぜ」

「はい!」

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