9話 カプレーゼ

 お店の厨房、何度見ても立派な厨房だ。

 大柄の女将さんが入っても余裕がある十分な広さ、奥の方にはコンロ?みたいな物があるしオーブンや木製の冷蔵庫?もある、それにカウンター席のある側にはビール樽があって、他にもワインとかもある。


 なんて言うか、これぞ酒場の厨房と言う雰囲気だ。


「それではマリア、試験を始めます」

「はい、よろしくお願いします」


 ボクは今、エプロンを付けて副女将さんの前に立っている。

 ボクがこれから作る料理なら間違いなく副女将さんから百点満点、花丸を添えてもらえると確信している。


「では、始めてください」


 ボクは愛用の脚立きゃたつに乗ってナイフを握る、包丁はまだボクの手には大きくて持ち難いから代わりにナイフを渡された、何でナイフがあるの?と最初は思ったけど丁度良い大きさでとても使いやすいから気にしない事にした。


 材料は真っ赤なトマト、水気をしっかりと切ったスカムッザータチーズ(モッツァレラチーズ)、緑が鮮やかなバジル、挽いた黒胡椒と塩にイタリア料理の定番オリーブ油の以上だ。


 お皿は二つ用意する。

 まずはトマトを輪切りにして行く、両端は使わないから近くで待機していたアストルフォに片方だけ食べさせてあげる、もう片方はボクが食べるけどね。


「クエ、クエ」


 両方ともくれよ、と主張するアストルフォは置いておいてスカムッザータをトマトと同じ厚さと大きさで切ってトマト・スカムッザータの順に交互に皿の上に並べて、バジルを添える。


 もう一つの皿にはトマト・スカムッザータの順番にバジルを付け加えて皿の上に並べて行き、で最後の仕上げは二つの皿も同じ様にオリーブ油を好みの量で掛けて最後は挽いた黒胡椒と塩を適量でまぶして―――。


「完成です」

「驚きました、難題を出したのにまさか百点以上の品を出すとは……」


 副女将さんは驚いていた、けど食べていないのに採点はまだ早いです。


「副女将さん、採点は試食をしてからです。これで美味しくなかったら、容赦なく不合格にしてください」

「……分かりました、それでは公平性を出す為に皆で試食をしましょう。一部、今にも飛びつきそうな子がいますし」


 セリーヌさん、それにお母さんまでキラキラと目を輝かせて涎まで垂らして食べたそうにしている。


 副女将さんとリーリエさんがお皿をテーブルに持って行き、それぞれフォークを持って女将さんの号令を持っている。


「さてマリア、この料理は何て言うんだい?」

「はい、この料理の名前はインサラータ・カプレーゼ、カプリ島のサラダという意味です。ボクがいた世界のイタリアと言う国で食べられていた料理で一般的にカプレーゼと言われています」


 インサラータ・カプレーゼ、一般的にはカプレーゼと言われている日本でも知らない人は殆どいない料理で、イタリアでは定番の料理だ。


 手軽だけど美味しい、料理の素人でも手順を守れば失敗しない。

 忙しい時でも複雑な工程が無いから滞りなく作れる。


 焼く・煮る・蒸す・揚げるという工程はなく、サラダと言わなければサラダには見えない、何よりこの辺りではトマトに対する認知度は低いからトマト料理は一般的はない。


 これが副女将さんの題した課題に対するボクの回答だ。


「では試食を始めますが、セリーヌ、ララは自重を忘れない様にベティーは少し多めに食べても良いですよ」

「ありがとうございます、副女将さん」

「ずるいの、私も多く食べたいの!」

「そうですよ、絶対に美味しいですよこれ!」

「愛娘の初めての手料理ですから、次回からは三人揃って自重してもらいます」

「「「……」」」


 仕方がないよお母さん、だってボクもお母さんも人の三倍が通常なんだから、だからそんな悲しそうな顔をしないで、ボクがすごく恥ずかしいから!


「それじゃあ、まずはチーズからだな」

「あっ!リーリエさん!カプレーゼはトマトとチーズを一緒に食べる料理です」

「お?そうか、成程な、うんじゃあ―――」


 トマトとモッツァレラチーズ、この二つが合わされば必ず美味しい筈だ。

 でもここは異世界でボクや皆は人間ではなく亜人だ、味覚の違いは少ないと思うけど不安だ。

 頼みます、美味しいと言ってください。


「―――何だこれ」


 駄目か、ボクは一度も誰かに食べて貰った事がないから実際のボクの料理の腕は、やっぱりそんなに高くなかったのかもしれない。


「うめえ!?」


 え、うめえ?美味しいという事?


「こいつは美味いねえ、トマトとスカムッザータがこんなに合うとはね」

「それにワインと良く合いそうです、これなら定番に入れても問題ありません」

「美味しいわマリア、すごく美味しい」


 良かった、好評だ。

 それに自分が作った料理を食べて美味しい、て言ってもらえるとこんなに嬉しくなるんだ、知らなかった。


 ボクはずっと自分で作って自分で食べて誰かに食べてもらう機会も無くて、父さんに作っても次の日にはゴミ箱に捨てられていたから自信がなかったけど、本当に良かった。


「マリア?お、おい、どうした?もしかして手でも切ったか?」


 リーリエさんに言われてボクは自分が泣いている事に気が付いた。

 ううう、この体になってから涙脆くなった。

 お母さんは、セリーヌさんとララさんとカプレーゼの取り合いをしているから気付かれていない、兎に角涙を拭かないと。


「いえ、誰かに自分が作った物を食べてもらうのが初めてだったもので、嬉しなってつい……」

「そうか、良かったな」


 リーリエさんはそれだけ言うとボクの頭を優しく撫でてくれた。


「マリアも、自分で作ったんだから食えよ、ほら」


 リーリエさんはフォークにカプレーゼを乗せてボクの口の中に突っ込む、一瞬の出来事だから驚いたけど、モグモグ……うん、トマトの酸味とスカムッザータチーズの甘みが加わって二倍三倍に旨味が感じられる。


 これならお客さんも喜んでくれると思う、女将さんも今日からお店に出そうと言ってくれているから、今から買いに行けばまだ間に合うはずだ。


 トマトやチーズは試作も考えて量を買っているから少し買い足すだけで……あれ、誰だ追加作ったの?トマトが一つも無い!それにトマトだけじゃないチーズもバジルも無い!?急いで買い足さないと!でも今から走って間に合うかな……無理でした、トマトは手に入ったけどチーズは無理でした。

 カプレーゼは次回に持ち越しになりました。

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