8話 赤茄子だ!

「てめえ!もう我慢ならねえ!」

「それはこっちのセリフだ!」


 二人は怒りが頂点に達したのかお互いに拳を振り上げる。

 やめて!そこで喧嘩なんてされたら野菜が!


「ご両人!ちょっと待った!」

「グエ!」


 ボクとアストルフォの声に喧嘩をしていた二人の動きは止まりボクを凝視する、まあ行きなり青と白のワンピースドレスの子供がヒポグリフに乗って現れたらそういう風になりますよね。


「なんだこのガキ?て!魔獣じゃねえ!?」

「大丈夫ですよ、アストルフォは良い子なので」


 ボクは笑顔で対応する、忘れていたけどそう言えばアストルフォは、ヒポグリフは一般では魔獣扱いなんだよね、でもアストルフォはカッコよくて可愛くて頭が良くて優しい子なのに失礼だ。


「んで嬢ちゃん、こんな厳つい乱暴者と気の良い店主に何の様だ?」


 訝しむ店主はボクとアストルフォを交互に見てから質問をする。


 ボクは振り上げた拳をどうしたら良いのか迷っている、厳つい顔のお客さんが握っている野菜を見る。


 真っ赤で丸くて大玉のそれは、間違いなくイタリアを連想させるあの野菜だった。

 露店で売られているそれの大きさは様々で、大玉の物から小玉の物まで揃っている。

 ボクは思わず顔がにやけそうになったけど我慢、我慢、この争いを治めないと店主さんは追い出されてしまう、そしてボクはあの野菜を買う事が出来ない。


「そちらのえーと―――」

「ダレンだ」


 厳つい顔のお客さん、ダレンさんは溜息交じりに名乗ってくれた。


「ではダレンさん、貴方はそれが毒だと言われていましたね?」

「そうだが、どうみ―――」

「ベラドンナに似ていると?でもベラドンナの実はそんなに大きくはないです、あちらの小玉くらいの大きさですよ」


 ボクは小玉の小さな野菜を指さす、指摘を受けて冷静になったのか気まずそうな顔をするダレンさん、もしかしたら最初にあの小玉を見てそう思ったのかもしれない。だから他のも同じだと決めつけて怒鳴っていたのかも。


「店主さん、一つ確認しても良いですか?」

「おう、何だ?」

「そちらの野菜、もしかしてサラダや煮物に炒め物、南部では色んな料理に使っていませんか?」

「使ってるぜ、まだまだ認知度は低いが南端に行きゃあ欠かせない野菜だ」


 やっぱり、あの野菜だ。


「名前を聞いても良いですか?」

「それだけ分かってんなら知ってんだろ?まあ、俺も商売人だからな聞かれたなら答えてやる、よおく耳をかっぽじって聞け―――」


 店主さんは大きな声でその野菜の名前を叫ぶ。


「こいつはトマトだ!」


 大勝利!!


「なんだ、あいつ両腕を上げやがって?」

「子供の間で流行ってんじゃねーの」


 ボクは思わずガッツポーズをしてしまった。

 それを見た店主さんとダレンさんは冷ややかな目を向けて来る、ついやっちゃった。

 あと大衆の面前でのガッツポーズって思っていたよりも恥ずかしい。


「はあ、はあ、マリア!急にどうしたの!?」

「この馬鹿!危ねーだろ!」


 うっかり忘れていた、そう言えばボクははお母さんとリーリエさんと一緒に来ていたんだった。

 奇跡的な出会いに興奮して我を忘れてた。


「この馬鹿!大馬鹿!天才的な馬鹿が!」


 痛い、痛い、リーリエさん痛いです頬っぺたをつねらないで!


「ごめんなひゃい、れもとひゃとがあっはから」

「え、トマト?あらあら、本当だは懐かしい」

「この辺でも育つんだな、だったら先に言え!」

「ふぁい!」


 カンカンに怒ってるリーリエさんは中々許してくれない、でも放っておいたらトマトが台無しにされるかもしれなかったから、だから仕方がなかったんです。


「その辺で止めてやれよ、俺が騒いだのが悪かったんだからよ」

「そうだぜ、嬢ちゃんは俺らを止める為に―――」

「甘やかすな!こいつは放っておいたらすぐに無茶すんだからな!」

「まあまあリーリエさん、マリアも反省しているみたいだから、許してあげて」


 お母さんに言われてリーリエさんは渋々と言った感じにボクの頬から手を放す、ううう、ボクが馬鹿をしたから仕方がないけどすごく痛かった。

 次からは衝動に身を任せずに事前にちゃんと言おう心配をかけてしまったし……。


 だけど今は出された課題を優先しないと、ボクは露店に置かれているトマトを手に取る。


「綺麗なトマトですね、しっかりと熟していた美味しそうです」

「分かるかい嬢ちゃん?喧嘩を止めてくれた礼だ、一つやるよ食ってみろ」

「本当ですか!?ありがとうございます」


 ではお言葉に甘えてまずは一口……甘い!それにしっかりと酸味もあって、でもどこかで食べた事のある味だ……あれだ!桃太郎だ!!

 このすごく瑞々しくてしっかりとした甘さと酸味、間違いなく桃太郎だ!


「どうだ嬢ちゃん?旨いか?」

「はいすごく美味しいです、瑞々しくて甘酸っぱくて―――」

「グエ!グエ!」


 アストルフォも食べたいみたいだ。

 実はアストルフォはお肉も好んで食べるけど一番好きなのは野菜だ、特に新鮮な野菜に目がない、ボクが美味しそうに食べるのを見て食べたくなったみたいだ。


「待ってね今切りわ―――」

「グエ!」


 アストルフォは思いっきりボクが持っていたトマトを嘴で奪い取ると、器用に全部食べてしまった。


「酷いよアストルフォ!ボクはまだ一口しか食べてないのに!」

「クエ、グエ」


 アストルフォは走ってきたやっただろ?という悪い顔をしてボクを見る、可愛くない全然可愛くない!


「じょ、嬢ちゃん、大丈夫か?」

「あ、ダレンさん。大丈夫ですよ、逆にトマトを食べると健康になります、特に日頃から食生活が乱れている人はトマトを食べるべきです」


 何やら思い当たる節があるのかダレンさんは店主さんに謝罪をしてからトマトを一籠も買って帰って行った、もしかして油物ばかり食べていたのかな?だったら血液がドロドロだ、トマトをしっかりと食べて血液をサラサラにして健康になってもらわないといけない。


「んで、マリア。料理は決まったのか?」

「料理?そうでした!」

「忘れてたのかよ」


 ボクはリーリエさんに言われて思い出した。

 そもそもボクは料理に使う食材のトマトを守る為にここに来たんだった。

 さて、トマトなら何が作れるだろうか、色々作れるけどお酒の肴で調理が簡単な料理は……あれしかない、でもそうすると欠かせない材料が一つある。


「リーリエさん、水牛の乳を使ったチーズって売っていますか?」

「スカムッザータか、ああ確か近くの露店で売ってたぞ」


 モッツアレラ売ってた、よしなら作れる。

 オリーブオイルはお店の厨房にあった、バジルは途中の露店で売られてから材料は全部ある。


「お母さん、リーリエさん、トマトを使おうと思います」

「決まったのね。すいません、トマトを一籠お願いします」

「あいよ、600ソルドだ」

「400ソルドにまけろ」


 ちょ!リーリエさん、行き成り値切り交渉を始めるのはどうかと……それに輸送費とか色々掛かってそのお値段な訳で、確か1ソルドは1円くらいだと思うから6玉入っての600ソルドは十分安いと思います。


「500ソルド、色っぽい母ちゃんと可愛い嬢ちゃんに免じてだ、それ以下は無理だ」

「いいぜ、あんがとよ」

「へ、次からも買いに来いよ、次は定価だからな」


 そう言って店主さんはさらにおまけで三つもトマトを追加してくれた。

 嬉しいな、これなら買えり途中につまみ食いが出来る。

 それと、これなら副女将さんの出した課題を100点満点でクリア出来る。


 さあ、残りの食材を買ってカプレーゼを作るぞ!

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