7話 瓢箪から駒

 ボクの今までの、アーカムに対する印象は閑散かんさんとしているだった。

 お店の前の馬車通りは名前に馬車が付いている割にはそこまで馬車は通らない、教会にお参りにいった時は空き家が目立っていてセイラム領の領都だと聞かされていても信じられなかった。


 でも門前広場は違う、全然違う。


「すごい!」


 その一言に尽きる。


 色んな人が集まってたくさんの露店がひしめき合っている、露店は門の前まで続いていて相当な広さのある門前広場には露店を出すスペースがなくて商品を背負って売って歩いている人もいる。

 所狭しと並んでいるのは野菜や生きた家畜だけじゃなくて、加工されたソーセージやチーズと言った加工食品、工芸品は多岐に渡っていてガラスや織物とか、露店まである。


 数えきれない、興奮が止まらない。

 これが門前市!


「お母さん!リーリエさん!あれ!あれ何ですか!?」

「あらあら、ここまでマリアが興奮するなんて」

「まあ、こういう場所は初めてだからなあ」


 馬、大きな馬がいる。すごい3メートルはあるかもしれない。

 牛も信じられない大きさだ、バッファローかな。

 籠に入れられている兎とか毛むくじゃらで角が生えてる、七色の鳥に圧巻の緻密ちみつさで作られたガラス工芸、あの屋台では精巧なドラゴンの飴細工を作ってる。


 市場の中央では旅の一座が大道芸をしている、それに何だろうあのハンドルを回しながら楽器を演奏している人もいる。


「すごいですお母さん!リーリエさん!」

「もうマリア、楽しいのは分かるけど目的を忘れちゃダメよ」

「そうでした、早く作る料理を決めないといけません」


 興奮し過ぎて当初の目的を忘れていた、ボクの今日の目的は最終試験に出す料理の材料を買う事だ、決して美味しそうなお菓子とかソーセージの盛り合わせとかじゃないのだ。

 でも心配になったお母さんは、はぐれない様にとボクをアストルフォの背中に乗せる。


「グエ!」


 アストルフォは任せな!と言っているみたいだ、ここまで興奮してしまったら確かに目を離した隙にどこかに行ってしまうと思われても仕方がない、ここは自重の為に素直にアストルフォの背中の上で大人しくしていよう。


 それにしてもソルフィア王国は本当に豊かな国なんだな、香辛料の匂いがしたからその方向を見ると色々な香辛料が売られていた、それこそ昔のヨーロッパで同量の金と交換されていた胡椒がたぶんお手頃な価格で、他にも地球の料理を作る時に欠かせない香辛料も普通に取り扱われている。


 和食や日本料理は無理でも洋食なら問題なく作れそうだ、それに色んな食材があるから料理から考えずに食材から考えよう、これだ!と思う食材を求めてボクは露店を周る。



「どうマリア、何か思いついた?」

「いえ、まだこれ!という物がありません……」

「仕方ねーよ、条件が厳し過ぎんだよ、あたしだって悩む」


 もう一度、副女将さんから出された条件を思い出す。


 焼く・煮る・蒸す・揚げるという工程が出来るだけ少なく、調理手順も複雑ではないお酒の肴になり、小皿で提供出来る量は控え目の料理。付け加えて今まで賄いとして提供された事のあるサラダの類は禁止、また一般的に良く食べられている料理も禁止でソーセージやハムなどに手を加える品も概ね禁止、無理だ。


「き、気軽に考えましょう。きっと答えはある筈よ」

「いや、姉さんなら普通に無理難題を出す。あの人は試験では一切てぇぬかない人だ」

「……オワタ」


 つい弱音が出た。


「ざっけんじゃねえ!!」

「ふえ!」


 びっくりした、急に怒鳴り声が聞こえて来たからびっくりしてアストルフォから落ちそうになった。

 お母さんやリーリエさんも驚いて声の方向を見ている、アストルフォは何だろう少し低い唸り声を出してる、あれ君は鷲だよね?どこからそんな声を出してるんだ。


「毒草じゃねえか!?こんなもん売ってんじゃねえ!」

「うんだと!これだから田舎者は、こいつは南部特産の野菜だ」

「南部じゃあベラドンナが特産なのか?頭おかしいぞ!」


 何の喧嘩だろ、と聞いていたらどうやら売っていた野菜が毒草だと言い張るお客さんと、南部の特産の野菜だと言い張る店主の喧嘩みたいだ、そういえばソルフィア王国は広くて大きいから食文化で大きな違いがあるのは当たり前だ。


 その地域で普通に食べられている物が他の地域だとゲテモノ扱いされるのは狭い日本でも起こっていた。


 いくらソルフィア王国が他国よりそ交通網や輸送網の整備が進んでいるからと言ってもテレビやネットがある訳じゃないから、食文化の違いは日本とは比べ物にならないくらい大きい筈だ。


「こんな真っ赤な野菜があるか!」

「目の前にあるだろうが!」


 真っ赤なんだ、その野菜は……え、真っ赤な色の野菜。


 喧嘩している方をよく見る、今いる場所のすぐ隣で言い合ってる姿が見える。

 顔を真っ赤にして怒っている男は怒鳴り声を上げながらその野菜を掴み取り周りに対して叫び出す。


「お前ら良く見てくれよ!これが野菜か!」


 な!?え、マジですか!


 確か世界史であの野菜はヨーロッパに持ち来れた時、最初はベラドンナに似ている事で毒草扱いされて食用ではなく観賞用の植物として認識されて、日本でも赤茄子あかなすと呼ばれてやっぱり観賞用だった。

 ただ貧しい労働者たちは早くから食べて改良を続けて今ではイタリアを始めとした国の食文化には欠かせない野菜に、国民的な野菜になった。


 そうあの野菜だ!


「アストルフォ!」

「クア?グエ!」


 アストルフォはボクの考えを理解して全速力で走り始める、隣の露店に行くには大回りしないと行けない、振り落とされない様にアストルフォの首にしっかりと捕まる。


「え?あ!マリア!?」

「おま!どこに行くんだ!?」


 ごめんなさいお母さん、リーリエさん、でもこれは喧嘩がヒートアップして野菜を台無しにされる前に行かないといけない、あの野菜なら副女将さんが出した課題を解決できる筈なんだ。


「アストルフォ!全速力!」

「クエ!」


 風の様にアストルフォはボクを乗せて行き交う人々を華麗に避けながら駆けて行く。

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