6話 唐突に始まりました
今日は何時もの様にアストルフォと雑巾がけ。
うん、勝てない。
速さ違い過ぎる、例えるならボクはママチャリでアストルフォはフェラーリだ、勝負にすらならない。
それに速さも凄いけどそれ以上に体重の乗せ方も上手いからボクがやるよりも綺麗に雑巾がけをやってみせる、正直言ってボクは邪魔にしかなっていない。
何だろう、最近のボクって少しポンコツだ。
雑巾がけ以外の掃除でもアストルフォに負け続きでこの前は手首の骨を二回も折られた、勉強は滞りなく進んでいるけど前世で中学生までの勉強を済ませていたというだけでこの先、内容がさらに難しくなっても同じ様に結果を出せるか不安だ。
ああ、三年生に進級したら途端に勉強が出来なくなった人の気持ちが痛い程、分かってしまった。こんな気分だったんだねエリートを自称していた多田君……。
「なに
「リーリエさん……」
「どうした、涙目だぞ」
リーリエさんに正直に今、自分が考えていた事を話す。
するとリーリエさんはボクの頭を撫でて、元気を出せと励ましてくれる。
ボクは顔を叩いて気合を入れる。
「元気が出ました、頑張ります!」
「無理だけはすんなよ、辛かったら泣いて良いんだからな」
「はい!」
ボクに出来ない事を羨んでいても仕方がない、出来る事を一生懸命にするだけだ。
「マリア、ちょっと来てくれるかい?」
「はい、分かりました」
二階の事務所から女将さんが顔を出してボクを呼ぶ、何だろう?ボクに用事みたいだ。
二階に上がり事務所の前に着くとふと、後について来ている人がいる事に気が付いた。
リーリエさんとアストルフォだ、何で?
「いや、何か気になってさあ」
「クエ」
過保護が過ぎるよ、二人とも、何も女将さんがボクに何かする訳じゃないのに……。
後ろの二人は気にせずにボクは扉を叩くと女将さんが入ってくれと言い、ボクは扉を開けて中に入る。
改めて事務所の中を見ると唖然としてしまった、山の様に積まれた書類とそれと格闘する副女将さんやお母さん、それにシェリーさんもいる。
「こんな状況ですまないね、今日はマリアに試験を受けてもらおうと思ってね」
「試験を、ですか?」
何のだろう。
「そうさね、アグネス、説明してやんな」
「はい」
そう言って立ち上がった副女将さんの顔は疲弊していた、隣の机で書類と格闘しているお母さんも疲れた顔をしている、シェリーさんに至って虚無だ。
「今日はマリアに最終試験を受けてもらいます」
最終試験?でもボクは特に試験を受けていない、それ以前に何の試験何だろう。
「混乱していますね、それでは思い出してください。貴女が何の道に入ろうとしているのか」
何の道……それはメイド道だけどまだ何も習っていない、魔法の制御の仕方を完全に習得してからという話の筈だった。結局、二度目は複雑に折れていて治癒に時間が掛かったから明日から本格的に始めると言う話になっていたけど、どういう事なんだろう。
「マリアは自覚していなかったみたいですが、実は随分と昔からメイド道の手習いは始まっていたのです」
「え!それって……」
思い返せば確かに思い当たる節が色々とあった。
1歳の頃から歩き方について注意を何度も受けた、手伝いを始めてからは掃除の仕方やお辞儀の仕方、最近では紅茶の出し方や郵便物の受け取りの仕方も教わった……あれ、特に疑問に思っていなかったけどこれって……。
「そうです、既に貴女は既に基礎が出来ているのです。後は実地で学ぶ事だけ、本来の予定なら魔法の制御に長い時間が必要だと思っていました」
「最初にセリーヌから報告を受けた時には驚いたさね、でもまあ、しっかりとした子だしね、それなら早い内に級位を取らせた方が良いって事で今日、最終試験を受けてもらう事になったんだ」
女将さんと副女将さんの言葉にボクは混乱していた、つまりボクはとっくの昔にメイド道の手習いを始めていて抜き打ちで試験も受けていたと、後は最終試験を残すだけで魔法の制御を習得したら最終試験を行う予定だったと……えええ、もし僕がメイド道を習いたいと言わなかったらどうするつもりだったんだろう、まあ普通に何事もなかったかのようにしていたと思う。
習っていて得する事はあっても損する事は無い、なら教えていても問題ない。
納得だけと釈然としない、ボクのこの意気込みはどこに持って行けば……。
「マリア、最終試験ですが料理をしてもらいます。お題は―――」
「可愛いわマリア、すごく可愛い」
「クエ!クエ!」
お二人とも街中で興奮し過ぎですよ。
ボクは今、お母さんとリーリエさん、そしてアストルフォと共に門前広場に向かって歩いている。
門前広場では朝9時から11時まで市場が開かれている。
近隣の村々から新鮮な野菜や家畜、特産品などが持ち込まれてアーカムに住む人々や行商の人達がそれらを求めて集まりアーカムで一番の賑わいを見せているらしい、まだボクは言った事がないからすごく楽しみだ。
さてボクに出されたお題を思い返す。
お店で出すお酒の肴、調理法は簡易で出来るだけ焼く・煮る・蒸す・揚げるという調理の工程が少ない料理……枝豆の塩ゆでとかは流石に手を抜き過ぎかな。
するとサラダ、は確か他の飲食店から制限を受けていて出せないんだった。
女将さんが月に一度だけ作るビーフシチューもその美味しさからお店の定番として出さないで欲しいと制限を受けている、お酒を提供できるというだけでお客さんが集まるのだから仕方がないと女将さん達は受け入れているけど、その所為でお店の料理の品数は極端に少ない。
缶詰、乾物、入り豆とかで終わりなんてあの立派な厨房がもったいない。
それにしても難しい、無い物が多過ぎるからだ。
日本の居酒屋メニューを作ろうとするとどうしても酒・
鰹節は川魚を
でも酒・醤油・
八方手詰まり、和食や日本食は諦めよう。
すると洋食、酒場と言えばイタリアとスペインかな。
「マリア、ちゃんと前を向いて歩かないと危ないわよ」
「はい、お母さん」
ボクはお母さんの手を強く握り直して前を見て門前広場に向かって歩き続ける。
道すがら考えるけど何も浮かばない、それ以前にこの世界で使われている調味料とか詳しく知らない、カレー粉があれば割と何でもやれるけど無いだろうな。
考えている内に門前広場に到着する。
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