第2章 マリアローズは止まらない

1話 明けましてメイド道

 ソルフィア王国は国教を定めていない、でも王室はソルフィア教を信仰している。

 宗教に関する事柄は日本にとても似ている、王室は国民を代表して太陽の女神ソルフィアに祈りを捧げるから国民は自分たちの身近な神々に祈りを捧げなさい、というのがこのソルフィア王国の宗教観の一つ。


 鍛冶師は火や風といった鍛冶に関わる神を信仰するという感じだ。

 日本も似た様な信仰の仕方をしている、学生が受験前に天神様にお参りするのと同じ感覚なのかもしれない。


 多神教国家で宗教に関して緩々で厳しい戒律は無く、誰もが無神論者を自称しながらお正月にはお寺や神社にお参りする奇妙な国で生きたという、前世を持つボクには一神教は肌に合わない。

 だからソルフィア王国が多神教で良かったと思う。


 ちなみに今日は新年、数え年でボクは6歳になった。


 セイラム領は西南部でさらに南部寄りと言う事から冬でも少し肌寒いだけで日本の新年と言う感覚が抜けていないボクには年が明けたという実感が湧かない。


 それに初詣という文化も無いからより一層実感が湧かない。

 除夜の鐘が恋しくなる日が来るとは夢に思わなかった、あと歌合戦も……。


「どうしたマリア、ぼーとしてよ」

「あ、リーリエさん。明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」


 お辞儀をして日本では定番の新年の挨拶をする。


「なんだそれ?」


 新年、最初に出会ったのはリーリエさんだった。


 今は仕事休みの期間だから服装は男性物のシャツとズボンと言う出で立ちで、普段の男勝りな喋り方も合わさって宝塚の俳優の様だ。


「これはボクの生前の故郷で行われていた新年の風習です」

「へえ~律儀な国なんだな。こっちだと新年だけ行う挨拶とかねえな」


 頭を掻きながら欠伸あくびをするリーリエさん、昨日は遅くまで飲んでいたみたいだからまだ眠そうだ。ボクとお母さんは早々にベッドに入ったから何時まで飲んでいたかは分からないけど一番早起きの女将さんがまだ眠っているという事は日付が変わっても飲んでいたのかもしれない。


「そういやベティーはまだ眠ってんのか?」

「はい、お母さんはまだ夢の中です。疲れても溜まっていたみたいですし、まだ起こさない方が良いと思いまして、ボクは初日の出が見たかったので早く起きました」

「初日の出?て、日の出前か!」

「はい、これも生前の故郷の風習です」

「奇妙な国なんだな」


 逆に何で太陽の女神を国名にしている国の人が初日の出を見るという文化が無いのか奇妙だと思うよ。でもソルフィア様を信仰しているのは王室だから一般では仕事始めと仕事納めで行われる祭事の方が重要なのかもしれない。


「いや、王室にも初日の出を拝む風習はあるよ」


 その声に振り向くと女将さんがいた。

 まだ眠そうなリーリエさんとは違ってやる気に満ちた顔をしている。


「付け加えると初月夜という風習もあります、太陽の女神の双子の妹で褐色の肌をした夜を司り秋口から春先までは王室の主祭神を務めています」


 後ろから副女将さんが現れる、ただ何時もと違って少し眠そうだった。


「明けましておめでとうございます、女将さん、副女将さん。今年もよろしくお願いします」


 女将さんと副女将さんにリーリエさんにした日本式の新年の挨拶をするのだけど、副女将さんの服装が何か変だ。


「姉さん!服が裏表、逆!」


 リーリエさんは副女将さんを引っ張て宿舎の方へと向かって行く、そう言えば副女将さんは普段の冷静沈着れいせいちんちゃくな雰囲気とは裏腹に休日はこれでもかと抜けている人だった。


「まったく、まだ寝ぼけてるみたいだねえ」

「そうみたいですね。あの女将さん一つ聞いても良いですか?」


 実は最近、気になっている事があった。

 時々だけどリーリエさんは副女将さんの事を姉さんと呼ぶ事がある。

 でも見た目や特に髪の色が全く違う、何でだろうと気になっていた。


「ああ、そういやマリアの一件の後、もう隠さない方向で行こうって決めたんだったねえ」

「隠さない?」

「リーリエは孤児さね、南部のスラム出身でね。12歳までギャングとして生きていたんだ、で物取りで押し入った屋敷でアグネスに拾われてねメイドになったんだ、だからアグネスを姉として慕ってるのさ」

「そんな過去があったんですね」

「同情したかい?」

「しないですよ、したら怒られます」


 自分の境遇きょうぐうあわれれんで欲しいと願う人はいる、でも逆に自分の境遇きょうぐうあわれむなと言う人もいる、どっちが良いのかは好みの問題だけど言える事はリーリエさんは過去より積み上げて来た今を誇る人だ。


 過去は過去、今は今、正確に表す言葉をボクは持っていないけどたぶんリーリエさんは胸を張っている、だから何時だって自身に満ち溢れているんだと思う。

 憧れるな、ボクもリーリエさんみたいに胸を張れる生き方が目指そう。


「そういや、二ホンだったかマリアの生前の故郷は?」

「はい、そうです」

「国教とかどうなってるんだい、ほら戒律とかあるだろ」

「国教はありませんよ、でも神道か仏教が何となく国教でした。ボクはたぶん仏教です、ただ日本人の宗教観は緩々だったんで、日常生活に特に戒律はありませんでした」

「へ、へえ……」


 いや、ソルフィア王国も似た様な物だと思いますよ。


「ごほん、まああれさね、今年からマリアには本格的に習ってもらうよ」

「何をですか?」

「メイド道さね」


 メ、メイド、道、だと……柔道や剣道に似たものだろうか。

 いやそれ以前に地球にはメイド道なる物はなかった。


「呆けてるところを見るとマリアのいた世界には、無い考えなのですね」

「メイドはいたみてーだけど」


 着替え直しが終わったみたいで副女将さんとリーリエさんが現れる。

 さっきの醜態しゅうたいは無かった事にしたいみたいだから指摘しないでおこう。

 メイド道、名前からして柔道や剣道、茶道や華道と似た様な物なのだろうか。


「メイド道ていうのはね、ようはメイドが修めるべき技能を体系化した物さね」

「そうです、礼儀作法や教養、メイドに必要な業務に関する技能や心構え、そして主と自身を守る為の戦闘術。それらを一纏ひとまとめにして体系化した物がメイド道です」

「……」


 絶句だった、日本には地球にはそんな物は無かった。

 メイドと聞くと思い浮かぶのは喫茶店やレストランで働いている人の制服かイギリスを舞台にした映画や小説に出て来るという印象しかなかった、でもこの世界では何と言うか、すごい職業だったんだ。


 甘く見ていた。


 でも納得でもある、女将さんや副女将さんの歩いている姿は体の軸が通っていた。

 他の皆もお母さんも姿勢や立ち振る舞いが綺麗だった。

 メイド道、すごいそしてボクはそれを習うんだ。

 楽しみだ、今まで一番興奮している。


「目がキラキラしてんな、まあその前にお参りだな」

「お参り?どこにですか?」

「メイド道の祭神、ソルフィア様の侍女長を務める女神様にさ」


 へえ、メイド道で崇めている女神さまにお参りか。

 あれ、でも確かこの街にはソルフィア教の教会しか無くて他の神様に関しては各家々に神棚を置いて祭っているからお参りとかはしないって昨日、お母さんからと聞いていたけど、何で三人は苦虫を噛み潰した様な顔をしているんだろう。


「あそこ、行かねーといけねえか……」

「業腹ですが仕方ありません」

「新年早々、縁起の悪い面を拝まにといけないね」


 この反応はもしやあの方ですか。

 レオニダス司祭様、そう言えばボクの一件で元から仲が悪かった皆は更に司祭様を嫌う様になった、お母さんも皆の様に露骨に嫌ってはいないけどあまり好感は抱いていない様だった。


「取り合えずメイドの仕事始めは4日からさね、それまで骨休みだ」

「はい、それではボクはお母さんに挨拶を―――」

「その前にマリア、分かってるたー思うけど、挨拶はベティーが最初って言えよ」

「!そうでした、危うく同じ過ちを繰り返す所でした」


 そうだった、ボクが初めて喋った時の出来事を忘れていた。


 お母さんの事じゃなくてリーリエさんの名前を最初に喋った事でお母さんが静かに激怒した事があった、それから初めてする事は基本的にお母さん優先というのが淑女の酒宴の決まりになった。


 この日本式新年の挨拶を先に女将さん、副女将さん、リーリエさんの三人にしたとお母さんに言えば必ず怒ってしまう。


「それじゃあ行ってきな、休日とはいえリズムは崩さない方が後が楽さね」

「はい、行ってきます」


 二階に上がり部屋に入るとお母さんはまだ眠っていた、アストルフォはチラチラとこちらを見ているから起こしてもらうの待ちみたいだ。


「おはよう、アストルフォ」

「クエ」


 体を伸ばしながら返事をするアストルフォ、だいぶ大きくなったと思う。

 前は小型の柴犬程度の大きさだったけど今は普通の柴犬と同じ大きさだ、寝床も小さくなって来たから新しく新調しないといけない。

 戸棚の上もこの先の事を考えたらもう無理だと思う。


 アストルフォが起きたのを確認し終わったら次はお母さんだ。


「朝ですよ、起きてください」

「ふあぁ…おはようマリア、今日も可愛いわ」


 朝の日課、お母さんを起こすと同時に目にも止まらぬ速さで抱きしめられる。

 この後、日によるけど最長で30分は抱きしめられるけど今日は昨日が早かったこともあってか5分程でお母さんは目を覚ました。


「新年明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします、お母さ

ん」


 さあ新しい一年が始まる。

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