30話 アストルフォの傍白

 我が主は久しく忘れていた安らかなる眠りを満喫している。


 悪夢にうなされ続ける姿は見るに忍び難かった、されど今は優しき母君に抱かれ静かに寝息を立てながら眠っている、ああ何と愛らしい事か、我が主とその母君は神話にて語られている幼き双子神が優しき大地母神に抱かれ眠っている光景の様で何時までも見ていたと思える。


 悲しき前世と言う重荷に苛まれ、笑顔を絶やす事は無くとも必ず何処かに影を持つ少女であったが、眠りに入る前に我に話しかけた時に見せた笑顔に一切の影が無かった。

 ようやく前世から続く呪いから解放されたのだと、我は心から安堵した。


 奇妙な物だ、人嫌いだった我が人の子の身を案じるている。

 長にして我が父から旅をせよと命じられた時、何故我らを不当におとしめた者どもを見て回らねばならないと不貞腐れた、旅をしてその感情は増々強くなって行った。


 ある時、不幸に襲われ続けその魂の輝きを失いかけていた者が、最も辛い選択を迫られながら失いかけていた輝きを取り戻す姿を目にした。

 その腹に宿りし魂は奇妙に重なっていた、どこまで承知の上での判断かは知らなかったがその者に強い興味を抱き、我は見守る事にした。

 やがて生まれて来た子は奇妙な魂を持っていた。


 我は見守り続ける事にした。


 傷つき倒れた過去を持つその魂は母と同じく輝き続けていた。

 気になり見守る内に愛情を抱く様になった。

 そして忘れもしない、朝焼けに見惚れ目を輝かせる少女が我と目が合い最初は目を逸らし次に我と目を合わせた時のあの眼差し。

 今まで出会った者とは明らかに違う感情の宿った優しい目をしていた。


 それ以来、我はその少女を守る事にした。


 特異な魂を持つが故にそれを狙う有象無象から守り続けた、魔獣や魔物は少女の様な悪性を宿さず善性を持つ魂を好物としていた。最初はその匂いに嗅ぎ付けて来た愚物共を葬った、しかし後を絶たず何れは隙を突かれると思い一方的に我が主と喧伝して回った。


 それ以来、愚物共が現れる事は無く平穏な日々が続いた。


 だが周りの者どもは我を警戒していた、ああ、あれは悪い事をした。

 我の目を見て、我に自身を害する気が無いと判断した少女が我に触れようとして怒られた事があった、我も少女の事をもっと知りたいと若さに任せて近付いたのがいけなかった。


 そして我は少女から距離を取るようにした、愚物共は近付かなくなった事で問題ないと判断したが、それは早計だった。

 我が最も警戒していればあの様な事など決して起こさせなかった。


 だが結果として我は少女と暮らせる様になった、何れ言葉を発せられる様になる。

 その時に謝罪しよう、我が主マリアローズに。


 我が見守り続けた少女であり我が主マリアローズと共に暮らす様になり我は名を授かった。

 我らヒポグリフには個人を表す名と言う文化は無かった、とても新鮮な気持ちだった。

 名前の由来は知らないが、何かと我を騎士の様だと讃えてくれる。

 きっと我が主の居た世界で名の知れた騎士の名なのかもしれない。


 我はその日以来、アストルフォと名乗っている。


 そして我は生涯を賭して使える主を得た、ああ、旅を終えて戻って来た老いた同胞が語る冒険譚に何度も自らの主の話が出ていた、その気持ちを我はこの時知った。


 ただ不満に思う事が一つあった、我が主は我の事を雄だと思っていた。


 確かに我は同胞の中でも男勝りとして知られていたがそれ以上に美形として知られていた、将来の伴侶になってくれと幼い時より何度も求婚を受けていた。

 我が主程ではないが我とて美女だ、だと言うのに我が主は我を雄だと間違えたのだ。


 ふむ、話が逸れたな。


 そうして我は我が主と共に暮らす事となった、我が主は孝行者で母君を少しでも助けたいと幼いながらも手伝いを始めた、女将殿には給金は全て母君に渡してくれと我が母なら涙腺が崩壊してしまう。


 我が主に幸があれ、幸を与えねば我は女神に対して反旗を翻す。


 先日もあの愚か者が我が主を追い詰めた時、反旗を翻したくなった。

 最終的には我が主の魂は救われ、母君と共に穏やかに眠っている。

 だがレオニダスと言う者は警戒せねばならない、あれは、我が主程ではないが善性を宿してはいる、が目的の為なら手段を選ばない男だ。

 何より言葉に配慮がない、あれは別の目的があったからあの様な物言いをしたのではない、考えつかなかったのだ。


 故に傷つき易い我が主にはあの男を必要以上に近付けてはならない。


 壁に掛けれている時計を見るともうそろそろ我が主が起きる時間になる。

 常に一定の時間を眠り、決まった時間に必ず目を覚ますという勤勉な我が主、時には怠惰も必要だと早く理解して欲しい、シェリー殿の様に怠惰たいだが中心に来てはならないがそれでもリーリエ殿を参考にして欲しい。


 眠りながらも学んでいる者もいるがそれでも起きている以上はしっかりと学んで欲しい。


 それに我は最も見ていたい、愛らしい我が主の寝顔を。

 だが時折、鼻息の荒いアグネス殿が写真機を使って我が主の寝顔を記録しているがそういう場合はすぐに起こすべきなのだろうか、だが我も焼き増しをして欲しい、いまだに判断が付かないでいる。


 ああ、我が主は本当に可愛らしい。

 何より我を友と呼んでくれる。


 人は自らを神々の次席だと己惚れている、我らを人の下に置き同列に扱わない。

 歴代の旅をした同胞は一度も友として接してもらった話をしなかった。

 我が主は我に名を授ける時に友に対し礼を失した名は付けたくないと言ってくださった、この名も我を友として授けてくださった。

 そしてそれは建前ではなく本心からであり、今日まで我が主は我を下に扱わず共に歩む者として接してくれた。


 我は生涯を賭して我が主に仕える。


 いずれ訪れるであろう邂逅の時に、我は死力を尽くそう。


 いずれ訪れるであろう乖離の時に、我は死力を尽くそう。


 必ずや成し遂げて見せよう、我が主のもう一つの宿命を最良の形で終わらせると……。


 その前に我の喋り方を改善せねばならない。

 いざ話せる様になった時、このような堅苦しい喋り方では我が主も困惑してしまう。

 努力して旅立つ前の我より砕けた喋り方になったがこれでもまだ固い。

 当分先の事だが出来るだけ練習を続けよう。

 それでは我はもう一眠りするとしよう、良い夢を、我が主達よ。








        ※※※ここからはあとがきです※※※









 一章はこれにて終了です。

 一章は少年が幸せになりマリアローズとして生きて行くことを決意するお話でした。

 二章からはマリアローズが生きて行くお話の序章となります、後半から少し甘酸っぱい―――と私はそうなる様に書くつもりなんです、たぶん甘酸っぱい恋話?になる予定です。

 今まで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

 二章も皆様に楽しんで読んでいただける様に頑張って行きます。

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