18話 日々は穏やかに

 僕のお引越しは完全に中止になりました、おまけに無期限延期だそうです。

 理由はまだ犯人が捕まっていない事、また同じ事が起こるかもしれないという理由だった。


 本当に僕は愛されているんだなと改めて実感したんだけどまさか隣の休憩室を寝泊まりが出来る様に小改装して、何か起こればすぐに駆け付けられる様に夜は必ず一人は隣の休憩室に泊まる事になったのは予想外だった。

 後、お母さんと僕が住んでいる部屋も少し改装してアストルフォの寝床が作られた。

 ベットの横、枕元の近くにあった戸棚を少し改装したんだけどアストルフォはとても気に入ってくれて、その日の内からそこで熟睡する様になった。


 色々と問題は起こったけど今は順調に元の日常に戻って行っている。

 さて僕は今、何をしているかと言うとお店の掃除をしている。

 椅子はテーブルの上に逆さで置かれ、日頃から飲んで騒ぐお客さんが汚した床を綺麗に拭いている最中である。まさか小学生の時に身に着けた雑巾がけの技術がここで活かされるとは思ってもみなかった。


「器用なの、何でそういう風に出来るの?」


 何故か語尾に「~なの」か「~の」が付く独特な喋り方をするララさんが僕の雑巾がけを見て驚いていた。眼鏡で小柄で巨乳で幼い顔立ちな人だけど年齢は女将さんと副女将さんに次いで淑女の酒宴で三番目に年長という驚きの女性である。


「ふふふ、僕みたいに小柄な者はこの方法が最適なんです、だから迅速かつ的確に雑巾がけが出来るのです」


 僕は少し胸を張って自慢げに言う、これでも小学生の時には最速記録を保持していた。

 徒競走では真ん中より少し上な程度な僕だったけど、雑巾がけは速さと正確さ、そしてペース配分と持久力という総合力を必要としている、だから全ての数値で平均より少し上という事は総合では上位という事、僕の実力は雑巾がけ日本代表と言ってもいい。


「成程なの、なら私もやるの」


 そう言ってララさんは雑巾を持って僕と同じ様に雑巾掛けをしようとするのだけど…うん、分かっていたこの結果は……。


「あのララさん、ララさんは確かに小柄ですが、一部はとても立派なので無理があるかと」

「何事もやって見ないと分からないの!まだ出だしなの!」


 ララささんの豊かな胸は日本式雑巾がけの猫が背伸びをしている様な姿勢には不向きだった、胸が邪魔になっていているのだ。


「ララさん、無理はせずに普通にモップを使った方が…」

「駄目なの、やれるの、諦めなければ遣り遂げられるの!」

「んな訳ねーだろ!」


 一歩も前に進めず、それでも諦めようとせず遣り遂げようとするララさんにリーリエさんはモップを投げ付ける。その横で僕の真似をしてアストルフォが悠々と雑巾がけをしている。

 その姿に対抗心を燃やそうとするララさん、しかしリーリエさんに「洗濯物を干し来い!」と怒鳴られて渋々、中庭に向かう背には哀愁が漂っていた。


「全くよぉ、何であそこまで対抗心燃やすかね……」


 僕もそう思う。

 そんなやり取りなど眼中に無いのか楽しそうな鳴き声を上げながらアストルフォはお店の隅から隅まで雑巾がけをして行く。


 あ!僕の場所までアストルフォに掛けられた!

 負けた、勝ち負けじゃないんだけど負けた。


「それにしても思ってたより早く終わっちまったな、床磨き……」

「アストルフォ、器用だね……」


 床磨きが終わって改めてアストルフォの規格外な器用っぷりを思い出す。


 椅子をテーブルの上に上げてから箒で履いていたら、僕の見よう見真似で二足歩行による箒掛けをやってみせ、次いでとばかりに普段は高くて不定期でやっていた照明の埃落としを、これも真似して羽ばたきながらやってみせ、そして最後は僕以上の速さで雑巾がけをする。

 何だろう、全敗だ。


「後はテーブルを拭いて終わりだけどよぉ、アストルフォ!お前は水浴びだ!」


 逃げようとしたアストルフォを後ろから羽交い絞めにする。

 必死に抵抗をして来るから、うわ!埃が口の中に入った、思っていよりアストルフォは埃まみれだ。翼をバタつかせて抵抗して来るから僕まで埃まみれだ。


 何でだろう鳥は普通、水浴びとか好きなはずだけどアストルフォは何故か嫌っている。

 馬は海を泳ぐはずだし、たぶん個性だと思う。

 でも暴れ過ぎだ、さっきから後ろ足が地味に当たって来ていて痛い。


「ほら、僕がやってあげるから、暴れない」

「クエ、グエ~」


 お前だって注射から逃げようとしただろう、とジト目で僕を見て来るけどブルータスを先にやったのはアストルフォの方だから気にしない。


「終わったの……」

「な!?ララ、お前もついでに浴びて来いよ」


 洗濯物を干しに行っただけなのに泥だらけ戻って来たララさんに呆れた声でリーリエさんは言う。


「そうするの、はあ…マリアとアストルフォに負けたの……」

「子供相手に勝負してどうするよ」


 裏口の右にあるシャワー室に僕とアストルフォ、そしてララさんが入る、アストルフォは観念したのか大人しくなっている。


 脱衣所で服を脱いでいて気づいたんだけど、ララさんは予想以上に巨乳だ。

 着痩せ、していたんだあれでも……。

 だから時々、殺意のこもった目をしていたんだ、胸が控えめの人達は……。

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