17話 狂気の沙汰

 アストルフォと友達になった翌日、お医者様が戻って来た。


 僕の体は健康そのものだから即日退院、という流れとは行かず瀕死の重傷を負ったのに自力で回復したという衝撃の事実を知らされたお医者様は、全く信用せず徹底して検査をすると言い出して僕の入院は延長となった。


 最大の理由は僕の魔力が無くなったからだ、正確に言うと膨大な魔力を一気に全て使って空っぽになってしまい、まだ溜まっていないからだ。

 子供の持つ魔力の回復力は低いから溜まるのが遅く、一度でも枯渇すると体がストッパーを掛けて一定量まで回復しないと魔法が使えない、だからお医者様の前で魔法を見せる事が出来ず問答無用で入院延長になってしまった。


 事件から一週間が経っても僕は入院している、僕の現在の回復力から算出された魔力が回復するまでの時間は約3年、命の危機に晒されない限り魔法は使えないらしい。


 そして今日も採血、採血だ、採血なんだよね……嫌だ!現代日本で生まれ育った僕にはソルフィア王国で使われている注射針はただの凶器だ。

 僕は健康だ、健康体なんだ!


「マリアちゃん、採血の時間ですよ」

「ふえ!」


 現実逃避をしていたら女医さんの気配に気が付かなかった、いや違う物音一つ立てずに入って来たんだ。

 ひぃ!嫌だ!児童虐待反対!


「クエ」


 窓から逃げ出そうとした僕を窓の前の戸棚の上に座ったアストルフォが妨害する。

 ブルータス、お前もか!


「また逃げようとしたのね、ありがとうアストルフォちゃん」

「クエ」


 笑顔で両手を広げて近寄って来る女医さん、検査技師と言われる日本で言う所の臨床検査技師りんしょうけんさぎしの女性、そして僕には悪魔の使いに等しい人物だ。


「苦いお薬とか、少し痛い検査とか平気なのに、何で注射だけは嫌がるのかしら?」


 それは凶器を使うからだと思いますよ!

 現代日本で使われている注射針なら喜んで協力しますよ、だって後で甘いお菓子が貰えるから、でもその注射針だけは嫌だ。


「さあ採血をしに行きますよ」

「嫌だ!それだけは嫌だ!」

「涙目でも駄目出す、観念しなさい」


 女医さんは僕の腕を掴み引っ張ろうとするけど、僕は後ろに体重を掛け必死に抵抗を試みる。

 何で毎日、決まった時間に採血をしなければならないんだ!


「我儘言うと、アストルフォちゃん抜きにするわよ」

「クエ」


 女医さんの言葉に同意するアストルフォ、再びブルータスお前もか!


 最早これまで、僕は観念することにした。

 誰か早く、注射針だけで良いからソルフィア王国の医療技術を前に進めて欲しい。

 ボクみたいに前世の記憶を持つ者よ、ボクの様な犠牲者がこれ以上増える前にどうか発明して欲しい。


「そう言えば、注射針は使い回していませんよね?」

「当り前よ、内の衛生管理は徹底しているの」


 良かった、ソルフィア王国の医療技術は下手をすると僕のいた世界より高い分野がある、でも法律の整備は別だから気になっていたけど大丈夫そうだ。

 でも、何で注射針は遅れているのかな!

 



 怖かった、痛かった、怖かった。

 最初は小学生の時に予防注射は特に怖くなかったからこの世界でも同じだと思った。


 実際に採血の場でその認識が甘かったことを思い知らされた。

 それ以来、僕は注射の後はその恐怖を忘れる為にアストルフォを撫でる事が習慣になっている。


 そして今日の検査でもお医者様は納得しなかった。

 入院はさらに延長になった。

 僕は何度も採血を受けた。

 そして僕に退院の許可が下りたのはそれから一週間後だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る