6話 死んでから分かったこと

 昨日は酷い目にあった。


 僕は言い付けを破ってしまい、盛大に女将さんと副女将さんに叱られてしまった。

 普段は笑顔を絶やさない優しいお母さんも鬼の形相だった、二度と言い付けを破らないと心に誓ったものの、やっぱりヒポグリフが気になる。


 こういう時は前世なら勉強するか一週間の献立こんだてを考えたり翌日の仕込みをしたりして気を紛らせていたけど、この体では料理とか無理だ。


「言い付けは破ってねぇーな、よし」

「ふえ!?」


 音を立てずに扉を開いてリーリエさんが部屋に入って来た、どうやら僕が言い付けを守っているか確認しに来たみたいだけど、心臓に悪いからノックをして欲しい。


 そう言えば今更だけど此処ここ何処どこ?お母さんの仕事って何?何で皆、メイド服を着ているの?疑問が尽きない、聞きたいけど聞いて大丈夫かな、ええい、儘よ聞いてみるしかない。


「ねえりりーえしゃん、なんでみんなめいどふくなの?」


 やばい!直球過ぎた!慌てるとすぐにドジを踏む癖があったの忘れてた。


 僕は生前から突発的な出来事とか、想定していない事とか、初めての事とか慌てると必ず失敗する男だと忘れた。それ以前にこの世界でもメイド服て言うのか聞くべきだった。


「これか?これはな、店の制服なんだよ」


 メイド服だった!衝撃だ、メイド服は全世界共通、異世界込みだったとは……。

「お、ていうかよ、これメイド服だって誰から聞いたんだ?」


 失策。

 早く言い訳をしないと変に疑われしまう。


「え、えっとね、まえにね、ららしゃんが『めいどふくはさいこう!』ていってたの」

「ララの奴がか…あいつがね…まあ、いいか」


 セーフ、誤魔化せたか。独特な喋り方と桃色髪、幼い顔立ちの女性のララさん。確かに以前、言っていたし嘘は言っていない、筈だ。


 それにしてもお店の制服がメイド服、喫茶店かな?それだと夜遅くまでやっているのは変だ、喫茶店は朝食と昼食がメインの筈だ、でも夜になると聞こえて来る騒ぎ声は明らかにお酒が入っている感じだ。この前も「エールは最高だぜ!」とか「馬鹿やろう、ラガーの方がうめーだろ!」とか聞こえて来ていた。

 ならここは居酒屋かもしれない、確認してみよう。今度は怪しまれない様に言葉を選ぶぞ。


「りーりえしゃん、ここってなんのおみせなんでしゅか?」

「酒場だよ、ああ酒場ってのはな酒を飲むとこなんだがまだ分かんねーか」


 うん分かるよ、飲んだ事ないけど。飲める年齢になる前に刺殺されたから今まで練習していた居酒屋メニューが全部無駄になったけど。


「おみせのなまえはなんていうんでしゅか?」

「店の名前か?淑女の酒宴ていうんだ」


 へえ、メイドの酒宴ではなく淑女ですか。分からない、店の方針が全く分からない。

 酒場でメイド、喫茶店ではなく酒場とメイド、僕には難解過ぎる。


「なあマリア、お前さぁさっきから服の事聞いてきたり、店の名前きーたりしているけどさぁもしかして…」


 あれ、何でジト目、僕変な事は聞いていないと思うけど、もしや前世の記憶があるって知られた!


「勉強好きか?」

「ふえ?」


 あれ違った、良かった違った。取り合えず肯定しないと。


「うん、べんきょうすきだよ。しらないことわかるのたのしい!」

「そうか、そうか、勉強が好きか」


 リーリエさんが悪い笑みをしている。でもこれは悪巧みをしているのではなく、元々の顔立ちが勘違いされ易い顔立ちで、笑った顔もやはり勘違いされ易い顔なだけで純粋に、僕が勉強が好きだと言ったのが嬉しいだけなはずだ。


「ちーとばっかし早いけど、勉強始めっか」

「うん!」


 まあ、何と言うかこれは一種の職業病みたいな感じだ。


 15年の人生で勉強しかしてこなかった、正確に言うと名門高校と名門大学に入る為だけに必要な事を全てやって来た訳で、正直なところ何もしないに、怠惰に体が慣れていない。

 だからヒポグリフの事が気になって仕方がない、観察を続けると新しい発見が幾つもあるから夢中になってしまった。死んでから分かったことだけど、ボクは怠ける事が苦手な性分らしい。


 死んでから分かった。

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