行きし屍

春風月葉

行きし屍

 彼は落ち度がないように生きてきた。

 それはとても悲しい生き方だった。


 少年時代、彼は孤独であった。

 両親の趣味は他人の粗探しであったため、少しでも落ち度があればすぐさま餌食となり、怒りを買うこととなった。

 やがて怒りは暴行へと形を変え、幼い彼を襲った。

 毎日の暴力で変色し、皮膚の剥がれた醜い身体を同級生は拒み、彼は他所でも一人だった。

 そんな彼を教師もまた面倒な問題の一つとして扱い、彼には救いを求める先すらもない。

 そのうち、彼は気が付いた。

 自分に悪い点があるからこんな目に合うのだと。

 そして彼は変わった。

 人の怒りを買わぬよう努めて生きた。

 日の流れと共に彼の肌からは傷が消えていった。

 しかし、同時に彼は己を殺してしまった。

 今も尚、彼は一人、人の顔色を見て生きている。

 いや、そう錯覚している。

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行きし屍 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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